夜明け


雲に覆われでもしたのか、明り取りの小窓から差す月光が消え、とうとう闇夜になった。
部屋のあちこちから、いびきと寝息、身じろぎの音がする。
明るいうちは車座になっていたが、夜になったとみて、身体を横たえるもの、何かに背を持たれて眠るもの。各々があるスペースを使って広がった。
そろそろ寝ちまうか、と思った時、隣で一也が身じろぎするのが分かった。

……ったく修羅場に慣れてねえガキってのは。

後で動く必要があるからさっさと寝とけ、っつっただろうが。
舌打ちをしながら、マントを羽織るシルエットの方に視線を向けた。
食事は出すという甘言を信じて、やっこさんたちも、人質を殺さない程度は心得ているだろう、とでも思っているとしたら、甘すぎる。
これだけの人数がいるなら、人質には十分だ。最悪、この茶番の最中に何かが起こったとしても、最終的に生き残った人間だけが救われる。
こいつはKとは違う、ほんのガキだと頭の中では分かっちゃいる。
だが、この苛立ちはつまり理屈じゃない。オレの中の甘さ、あいつへの情がそうさせるのだ。
覚悟のねぇ腑抜けたツラが気に食わねぇのも、声がまるで似てねぇな、と思うのも、オレがどこかでヤツと似たところを探そうとしているからだ。
腹立ちを一旦措いて名を呼ぼうとしたとき、不意に顔を上げた一也が「あんた、身体は大丈夫なのか?」と言った。
暗闇の中の輪郭。
思わず、クックと声が出た。
親の死に目に立ち会って以来、大学を出て放浪しているような甘ちゃんが、一端の医者みてえな顔をしやがる。
考えてみりゃ、出会いが出会いだ。
こいつにとっちゃ、オレも患者の一人って訳か。
「流石にこの年で地下室に軟禁されるとは思っちゃいなかったが、まあ人生、このくらいのスリルがなきゃ面白みがないってもんだ。」
「いつまでここに閉じ込められるか分からないんだぞ?」
自分の体力の限界くらい見極めが出来ると言ったところで、こいつは聞かねえだろう。
オレがこいつくらいの年に、金づるのジジイどもを相手に腕を磨いてた頃は、確かに似たようなことを考えた。そういやあ、手術の次の日に女と寝ていいかと聞いてくるような馬鹿がいたっけな。
「……明日になりゃ、メシが来る。我慢の出来ねぇやつがかっ食らうところを見てから食え。」
肺活量の限界かと思うほどの長い長いため息が聞こえて来たので、オレはもう寝るぜ、と言って顔を逸らす。
神代のヤツがここに来るまで、早くて三日。あるいは、この茶番劇のストレスで王妃の出産が早まるのが先か。
明日に出て来るメシ次第だが、食えるもんが出て来るんなら、最低限の体力は温存できるだろう。この身体でも5日やそこらなら耐えられるはずだ。
あと四時間もすれば、夜が明ける。
王妃の腹の中の名もないガキにも、いずれ夜明けを見せてやる。
生きろ、と思いながら目を瞑ると、狭い部屋に差し込んできた白い光が、柔くまなうらを照らした。


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