今年



食事を終えるともうぱっぱと片付けて布団を敷いて、今日もいつものように多少はマシになった稽古を聞いて後は並んで寝るばかり、というところだった。
もう今年も終わりやな、とテンションの下がったような調子の声を発した男が今月、十一月のカレンダーを破ると、クリスマスツリーの絵と共に、今年最後の三十一日が現れた。
あと一枚、と薄くなったカレンダーの隣には、近所の電気屋がポストに入れていった翌年のカレンダーが並んで掛かっている。兄弟子が壁に貼る時に横着をしたせいで、端の方にはまだくるりと巻きが入っている上に、妙に斜めに止まっている。
地球が滅びるという二千年問題も、二年が過ぎてしまえばすっかり過去の話だ。
兄弟子の次の落語会は、松が取れて平日の天狗座だった。
鞍馬会長は表向き、常打ち小屋を表立って応援はしないような顔をしているが、マネージャーの烏丸がまたかつてのように頻繁に顔を出すようになって、草々兄さんや若狭、草原兄さんの個人的な伝手とはまた別な形で、こうして徒然亭一門にぼちぼち天狗座での出番が回って来るようになった。僕も、年が明けて以降は、月に二回以上の出番が入っている。他の上方落語の一門にも、すっかり潮目が変わったことが分かろうものだ。まあ、それはいい。
問題は十二月後半の日程だった。
今年は、天皇誕生日が月曜に来て三連休になった代わり、続く二十四と二十五はただの平日。イブの直前は、落語家には縁がない、世に言う三連休。
事前に予定を組もうにも、どこに行くにも人でごった返している予想が付く。仕事のない平日にはいつでも時間の都合が付く芸人にとっては、間が悪いことこの上ない日程だった。
とはいえ、十一月まで妙に予定が詰まっていた兄弟子も、十二月に改まったカレンダーの予定はスカスカだった。
まあ年暮れといえば忘年会とクリスマス。東京の方では第九のコンサートをネタにした落語が出来たくらいで、関西の落語家が素人のコンサートと空きホールの争奪戦を繰り広げるのが十二月という月だった。
そもそもが、いい日程は、人気のあるホテルの部屋の予約と同じようなもので、前年の同じ時期にすっかり決まってしまっている。仕事の予定ですら、割と早い時期に決まってしまうことも多い。全盛期の小草若ブームの頃のように爆発的に人気が出たというなら別だが、長いこと放浪して五月にのこのこと出戻って来た兄弟子に入る隙のあるはずもなかった。
まあ、その方がこちらにとっては都合がいいと言えばいいのだが。
「小草若兄さん、今年はクリスマスどうします? 二十四も二十五も僕は仕事ですけど。」
「クリスマスぅ?」
「そうです。」
相手は、なんでまた今からそんな話してんねん、といわんばかりの顔つきで眉を上げている。
付き合いの長さに甘んじて、好きだとか愛しているとかはこちらから改めて言ったことがないとはいえ、『そういう仲』になってしまったのだ。これまでの経験上、冬のイベントごとについてはこちらから切り出した方が後が早いことが多い。
豪華なホテルの泊まりの前には予約したレストランでのデートが必要だとかいう考えに凝り固まった女が予定を組むのに付き合わされて、あれもダメ、これもダメとなって十二月に入って別れたこともあった。付き合い始めた頃に全部予定立てていたと言われてハイアットの部屋の予約を見せられて背筋の寒い思いをするのも、二度は御免被りたい。
この人は、これまで寝た相手の中でも破格の面倒くささだが、口では何を言ったところで地元で知った顔とやいやいしているのが好きなので、流石に千葉のネズミの国に行きたいだのはないだろうし、逆に、ここでダラダラしているだけでええで、とも言わないだろう。
釣った魚に餌をやるという話でもないが、流れで何も予定はないと返されたら、その辺りの日程で適当なとこでなんか旨いもの食べにいくのはどうです、と誘うのも悪くはないような気がした。二次会で寝床に行けばいいだろうくらいの気持ちだった。寝床がダメでも、忘年会のシーズンだが、まあ二人くらいなら、探せばカウンターに空きがある店のひとつやふたつあるに違いない。
予定がないことを聞き出せれば御の字、腹の内をすっかり聞き出せずとも水を向ければ何かは出て来るはず。そう思って切り出してみたものの、普段であれば腹の読みやすい兄弟子は、喜ぶでも慌てるでもない様子だ。
「四草、お前このところ働き詰めと違うか? ちゃんと休み取らんと、そのうち身体壊すで。まあ、オレはそこに書いてある通りで、年越すまでは何の予定もないで。こういうとき、パチンコみたいな趣味でもあったら、暇潰せてええんやろうけどな。」
……パチンコ?
「あ、予定いっこあったわ。ここと家の大掃除とおせちの買い出しな~。」
それ、クリスマスの予定とちゃうやろ。
妹弟子の尻を追いかけてた時はあないにしつこくクリスマスの予定聞いてたくせになんなんですか……と、口に出したら負けのような気がしたので、買い出しですか、と尋ねた。
「草原兄さんには、小草々もおるし、オレがいない間の掃除の方が捗ったで、とは聞いてたけど、オヤジの部屋も仏壇もあるのに手伝えんかったのは、ほんま悪かったな。草々と若狭には話通してあるから、疲れてるとこ悪いけど、今年も付き合ってくれ。」
分かりました、というとそんなら良かったわ、と返事が来た。
予想した返しでないどころか、肩透かしもいいところだ。
こちらから口火を切るのを待って、とぼけている様子でもないのが気に掛かった。
「小草若兄さん、去年のクリスマスはどうしてたんですか?」
「どうて、普通に仕事してたわ。まあ、仕事ていうても、落語とはちゃうけどな。」と言って、手をひらひらと振った。
「どこもホテルは高うなるし、バイトは学生バイトの新人入って来るしで、なかなかの地獄やで。お前は仕事か?」と聞かれて、はい、と頷く。
仕事は入れていた。何を高座で掛けていたかも覚えているが、仕事以外の話となると、どんな風に過ごしていたかの記憶がほとんどない。
小草若兄さんの失踪に連なる形での草若の襲名のごたごたは、どこから漏れたか、上方落語界にはすっかり知れ渡っていたので、例年の仕事が減りはすれ、増えることはなかった。そういう時は、稽古に励むか、または伝手を辿って仕事を得るかだ。
雨後の筍のように増えた草々兄さんの弟子も、二人が辞めて小草々ともうひとりが残るだけとなった。そんな、落ち目の徒然亭と言われていた時期でも、固定ファンのいる草々兄さんと創作落語が出来る女流落語家という箔が付いている若狭は流石の地力というか、引く手あまたというほどではないが、そこそこの仕事を入れ、また、仕事を入れることで小草若兄さんのことを忘れようとしているように見えた。
僕は、おかみさんが亡くなった頃の時期に戻ったような顔をして草若邸から距離を置いて部屋の中でひとりで稽古をするか、草原兄さんのところに顔を出して稽古を付けてもらうかで、そんな風に時間を過ごすようになったのもこの頃だった。
最期の稽古を付けてくれた草若師匠が繋いでいた僕らの糸は、今はふっつりと切れたような具合になっていた。兄さんたちとも若狭とも、たまに梅田の駅近くのホールで仕事が入ったときに、行方の手がかりが分かったらめっけもん、くらいの気持ちで寝床に顔を出した時に居合わせるくらいだった。
「……去年は去年で忙しかったちゅう顔やな、お前のソレ。まあええわ、来年は、オレも仕事めちゃめちゃ入れたるで!」
「そうしてください。……もう寝ますか?」
「お前が寝たいなら電気消すけど。」と言いながら、年下の男はもう布団に潜り込んでいる。
「稽古はしないんですか?」
「今日は寝て明日にするわ。おい、四草~、寝て起きたらもう十二月やで。ヤバいぞ! 仕事のない十二月がいっちゃん怖いけど、まあそれ終わったらまた新しい年やからな。」
寝よ寝よ、と布団を被ったその下で、子どものような男がどんな顔をしているのかは分からない。
分かるのはただ、僕の仕事を見に来てください、とは言えそうにないということだけだ。
電気を落とすと、暗くなった部屋の中で布団に入る物音が聞こえて来た。
「掃除の買い出し、一緒に行くか?」
「そうですね。」
財布を雑に放り投げて「お前、行って買って来い。」とは言わんのやな、と思うと、妙に寂しいような気持ちになった。
早く来年になれば、と思ったが、そうなったらなったで、また新しい年に心機一転という顔をして『そろそろ、ここから出て行くわ。』と言い出す日も近いのかもしれなかった。
僕の口から、ずっとここに居ってください、と言うことが出来れば。
話は簡単だろうか。
ふとそんな考えが頭の隅を過ぎったが、目を瞑って忘れることにした。

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