Her eyes
最初。あー、最初はなんだったか。
そうだ、ピノコニーのあの艦に乗り合わせたのが始まりだ。愉悦のラブリーベイビーが起こしたお祭り騒ぎを片付けて、そのあとはピピシ人のスウィートハニーをこらしめた。次は仙舟羅浮の演武典礼で出くわして――いろいろあって長々と説教を喰らった。まあ、そこまではいい。広いようで狭い宇宙だ、別の星で再会することだってあるだろう。羅浮の演武典礼は銀河でも有名な一大イベントだったしな。
だがそれも一度までの話だ。二度はない、三度なんてもっとありえない! 発信機でもつけられてるのかと思ったが、メンテに立ち寄ったドクターの話じゃそれもないとのことだった。それならなんだ? どうしてこんなに遭遇する? オレとは目的も性格もまるで正反対の、この純美の騎士とこんなにも顔を突き合わせるハメになっているのはどういうわけだ!
「本当に奇遇なこともあるものです。一週間前、かのエクレメア星系であなたと別れたときは、今度こそもう二度と会えぬ覚悟を決めたのですが。まさか遠く離れたこの星で、またも共闘の誉れを得ることができるとは!」
やたらときらきらしい赤髪の騎士は朗々とそう謳う。こんな騒がしい空間でなんともよく通る声だ。盾にしているコンソールへの銃撃が更に増した。
「オレは前々回のときからそう願ってたぜ、兄弟。いいから黙って頭下げとけこのロリポップが!」
「おっと」
銃弾が掠めた頭を押しのけオマケつきの爆弾を向こうへ放る。曳光弾をくくりつけたコイツはカンパニーの特別製だ、威力は連中のほうがよく知っているだろう。
衝撃と振動と光が襲い来る間、赤毛を抱え込んで黙らせる。たっぷり五秒、静かになったのを確認してからコンソールから顔を出した。部屋の出入り口でカンパニーの犬どもが折り重なって倒れているのが見える。
「なんということでしょう……僕の目の前で犠牲者を出してしまうとは」
「テメェ、盾出しやがったな。死んでねぇぞコイツら」
「おや。それは重畳」
気絶している一人を放り投げて騎士に向かって噛みつけば、飄々と目を閉じてそんなことをのたまう始末だ。誇らしげにするんじゃねぇ!
純美の騎士アルジェンティ――この男との出会いは先ほど走馬灯のように思い出したとおりで、今こうして何度目かの再会をしている理由はオレにもさっぱりわからない。数光年離れた星系で人助けをしているのを尻目に別れたはずが、その一週間後にカンパニーの資源惑星で出くわしたうえ、なぜかオレのあとをついてきているのはいったいどういうことだ?
「なあ兄弟……本当に発信機つけてねぇんだろうな? オレの情報をどっかから聞いてるとか」
「まさか! この奇跡こそイドリラ様のお導きの証でしょう。貴方についていけと仰せなのです。それでブートヒルさん、どこへ向かわれるのですか?」
「ホーリーウーウーボ、ついてくる前に聞け! ここをブッ壊すんだよ」
硬質な足音を響かせ長い通路を闊歩する。最低限の警備しかいない機械稼働のお綺麗な施設。カンパニー謹製、全自動のエネルギー採掘施設だ。似たような場所はいくつも見たことがあった。
住人自ら星ごと売っぱらったか、あるいは根絶やしにされたか――今回の場合は前者らしいが、今更オレには関係ない。大事なのは、宇宙を旅していればカンパニーの所有物には三歩で行き当たるということ。
オレはそんなロリポップを見つけた端からブッ壊して回るのが信条だ。今回も同じ、難しいことは何もない――はずだったんだが。なんだってこんなことになっていやがる。
「これが導きだってんなら、アンタの女神サンは相当悪趣味だな」
「イドリラ様のご尊名を汚すことは僕が許しませんよ! そんなにご自分を卑下なさらないでください」
「誰が自分を卑下してるって!?」
まったく愉快なスウィートハニーだ。ほとんど走るような速度で歩いていても一歩も遅れずついてくる、そんなところも腹立たしい。
この純美の騎士は戦力としてはこのうえなく頼もしいが、こうなってはもはや頭の上を飛び回る禿鷹と大差なかった。要するに、鬱陶しくて邪魔ってことだ。
「いいかダーリン――オレの仕事の邪魔をするんじゃねぇ。アンタの鎧か槍、どっちかだけでもオレの道を阻んだら、その場で風穴開けてやる」
きらきらしい顔面に指を突きつけ言い含めるように告げる。対する騎士は気圧された様子もなく、いつもと同じ調子でゆったりと微笑みを浮かべた。
「もちろんです。貴方は貴方の正義を行えばよろしい。それこそが純美の道であると、僕は信じています」
「……アンタの純美には、カンパニーの艦を襲って皆殺しにすることも含んでいいのかよ?」
「なんと……では僕はその艦を救いましょう。イドリラ様に誓って、必ずや」
どれだけ睨んでもアルジェンティは湛えた微笑を崩さなかった。言葉通じてんのか?
無言の睨み合いを続けているうち、銀の鎧の向こう側がにわかに騒がしくなる。オレたちが進んできた方向だ。気絶した警備の連中が目覚めて追ってきたらしい。
一直線の長い通路だ、ずいぶんと距離はあったが銃を抜いて狙いを定めるのには一秒もいらなかった。
いらない、はずだったのに――オレの視界にはすでに大輪の薔薇の輝く盾がある。アルジェンティは背中を向けたまま、連中の頭上に召喚した純美の彫刻で奴らを思いきりぶん殴ったようだった。そうして、盾は通路の真ん中で屹然と佇んでいる。
目の前のこの男と同じように。
「先ほど僕は、貴方の目的をお聞きしました。ここを“ブッ壊す”ことだと」
純美の騎士は微笑みを崩さない。ただ美しいままそこにある。
「教えてください、僕は貴方の道を阻んでいるのでしょうか? 僕の認識が誤りでなければ、貴方の向かう先は――そちらなのでは?」
睫毛が瞬いて、きらめく眼差しはオレを通り越して反対側へ投げられた。通路の奥だ。
視線が逸れたのはその一瞬だけだった。中で星でも飼っているかのような瞳はじっとオレを見つめていて、回路が視線の熱で焼き切られそうだ。オレは断つように瞼を閉じてヤツに背を向けた。
「屁理屈こねやがって。おい、オレはここを跡形もなく吹っ飛ばすんだからな。ハニーどもが逃げ遅れたってオレには関係ねぇぞ」
「なるほど……その試練、お受けしましょう」
本当に言葉が通じない。コイツの共感覚ビーコンはオレよりよっぽど質の悪いものに違いなかった。
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結局、純美の騎士は“試練”とやらをきっちり乗り越えていった。管制室も主電源も派手に吹っ飛ばし、崩れゆく建物からカンパニーの下っ端どもを残らず助けて脱出したのだ。もちろんオレは手を貸していない、どころか主電源装置に遠慮容赦なく槍を突き立てたのはヤツだった。
僕は彼らを送り届けます、と言ってアルジェンティはとっとと自分の艦で飛び立っていった。別れ際に不吉な予言を残されたが、忌々しいことにきっと現実になるだろう――『いずれ近いうちにまた、お会いすることになるでしょう』なんて未来は。
「オレの巡狩とヤツの純美。どこが同じ道だってんだ?」
足元の瓦礫をひとつ蹴飛ばす。建物はほとんど崩落して、エネルギー採掘施設としてはもう使えない。だがオレはヤツに言っていないことがあった。
ここはカンパニーの資源採掘施設であり、同時に中継拠点のひとつだということだ。有事の際には小隊が駐屯できるような設備が用意されている――ピアポイントの本部と直接通信できる装置やら、戦艦程度の戦力を備えた艦やらもだ。
「なぁ。アンタの意見を聞かせてくれよ」
背中に突きつけた銃でそいつを小突いてみれば、ホールドアップの姿勢で固まる両腕が大仰に震える。オレたちがいる基地部分はギリギリ崩落を免れていたが、壁や屋根がところどころ崩れて空が見えていた。プライスレス号が飛び立った空だ。
「アイツが連れてった連中、ひとり少ねぇと思ったんだよなァ……騎士サマのお節介を無視して、アンタは何をやってんだ?」
「……ほ……本部に……報告する……」
「へぇ。なんて?」
「指名手配犯……ブートヒルと……じゅ、純美の騎士が結託して……襲ってきたと」
目の前には操作を今か今かと待ち受けるコンソールがある。通信準備を完了して、あとはスイッチを押せばピアポイントとお喋りし放題というわけだ。この星で何が起こったか仔細に報告し、これから向こうに到着する純美の騎士を迎え撃つ用意をさせるのには充分だろう。
何せあの騎士サマは、今や社員を人質に取って堂々と本部に乗り込む極悪人だ。コイツと、何も知らないカンパニーのスウィートハニーにとっては。
「ぎゃはは! 結託ねぇ――じゃ、最初の質問に戻るぜベイビー」
軽く足払いをして床に引き倒す。肩口を踏みつけて縫い止め、その額に銃を突きつけた。頭部全体を覆うカンパニーのパワードスーツも、この距離で撃たれてはしっかり地面まで貫通するのは間違いない。
「オレの巡狩とヤツの純美。同じなワケがあるか? なぁ?」
「し……知るかッ! 純美の信仰者は変人の集まりだ、俺たちの常識が通じるわけがない! 貴様も同じだ指名手配犯ッ……!」
「存護の狂信者が言えたクチかよ。ハァ、つまんねぇ解答だな」
参考にもならねぇ、と吐き捨てて銃口で頭をノックする。引き金に指を引っ掛けて一回転。二回転。
「しかしまぁ、アンタもアイツと同じ意見ってこったな。オレの巡狩は純美の祝福に相応しいらしいぜ」
肩口に乗せた足を曲げ、膝に片腕をつく。ぐう、と苦悶の声が聞こえたがため息でかき消した。
「ずいぶんキュートなことを言いやがる兄弟だ。いったいどこに目がついてんだか……なぁハニー、ひとつ教えてやるよ」
顔を寄せれば見えるのはヘルメットに映るオレ自身の表情だ。笑みを浮かべて、しかし眉を寄せて目を細め、ああ――いつものオレじゃない。カンパニーの犬に銃を突きつけているこの瞬間に、どうしてオレはこんな顔をしている?
「あの騎士サマはカンパニーの犬どもをオレに殺させなかったんだ。アイツがいなきゃ、アンタら全員銃弾とキスすることになってたぜ」
「は……はぁ……?」
「聞こえなかったか? アンタらは命拾いしたのさ。アイツの純美のおかげでな――さて、そのうえでもう一度聞かせてもらいたいんだが」
足の下の身体が緊張しているのが伝わってくる。生死問わずの指名手配犯とここまで会話したのはきっとコイツが初めてだ。オレの記憶にだってない、カンパニーの下っ端と交流する意味も理由もないのだから。
だが今だけは。今だけはコイツが必要だ。オレが、|ブートヒル《オレ》であるために。
「九ミリのキャンディをテメェらのドタマにブチ込むのが信条のオレの巡狩と。銀河で最も美しい正義を掲げた騎士サマの純美……アイツの言うとおり、ふたつは同じ道だと思うかい?」
沈黙のあと、こくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……貴様の言ったことが本当なら、そんなわけがない。貴様は我々の仲間を数多殺した。純美の騎士が俺たちを守ったなら……貴様の巡狩と奴の純美は相容れないもののはずだ」
「――ぎゃはは!」
踏みつけていた足を下ろして上体を起こす。満足な答えだった。腰を反らして大きく伸びをする。
「百点満点だ、サンキューな。もう行っていいぜ」
「……は?」
怪訝と困惑の声を聞きながらコンソールに腰掛け、銃のシリンダーを開く。何発か撃ちはしたが今すぐ手入れが必要なほどではなかった。弾丸を取り出し口に放り入れ、次は腕の仕込み銃を確認する。
「行っていいだと……? 指名手配犯、まさか貴様を見逃すと思うのか」
「勘違いしちゃあいけねぇ。オレが、アンタを見逃すんだ。オレの巡狩とアイツの純美は違うって言ったろ? だったら今回はオレがアイツに合わせなきゃな」
「何を言って――」
一発。キュートなハニーの言葉をかき消すように天井に向かってリボルバーの弾丸を放つ。
そうして腕のシリンダーを元に戻し、まっすぐ左手を突きつけた。変形していく仕込み銃の向こう側に、半端な姿勢で固まった仔犬がいる。
「純美の女神サンが目を離す前にとっとと失せろ。二度は言わねぇ」
息を呑む音。力を入れ損ねた足が一度滑って、転げるようにして通信室を出ていった。
どたどたとやかましい足音が遠ざかり、すぐに聞こえなくなる。あのハニーはどこかに隠してある艦でピアポイントへ戻ることだろう。もしかしたら向こうでブタ箱にブチ込まれているかもしれない、純美の騎士についての証言を携えて。
いくら銀河が認める変人集団の一員とはいえ、カンパニーと真正面から事を構えるのはさすがにまずい。九割脅しの巡海レンジャーが語ったことにどれだけ効果があるかはわからないが、あとはヤツの勢いで押し切れるだろう。それ以上はオレの知ったことじゃない。サービスはここまでだ。
「なぁ、イドリラさんよ――今回はアンタに道を譲ったんだ。次はないぜ?」
崩れかけた壁の隙間から覗く空を見上げる。左腕の銃口をそちらへずらし、片目をすがめた。
光が収束し、それから。
「おたくの騎士サマによーく言い聞かせとけ。オレの復讐に、おキレイな純美が絡む余地は万にひとつもないってな」
ばぁん。
硝煙と土埃の匂いを嗅いでも気分は晴れなかった。一抹の思いがよぎったからだ――ならば次は、オレがヤツの“試練”になるのだろうかと。
了
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