X、狂おしき冬
処刑台の上を白く彩る柔らかな雪が静かに降り積もる十二月下旬のこと。凍てつく寒さの中また誰かの死刑が執行される。
しかし私は父の異変に気付いた。
処刑台の上で父は足元がおぼつかず「処刑人の剣」を握ったままふらふらとした。数人の助手に支えられ呼吸を整えなんとか持ち直したようだが、その姿を見ていた民衆は何が起こったのかと不安な声を上げていた。処刑台には少しの雪が積もっていたが、それに足を滑らせたわけではなさそうだ。
なんとか持ち直した父は心配そうな空気に空気に包まれながら刑を執行した。
刎ねた首から流れ出る鮮血で雪が赤く染まる。その上を覆うようにしてなおも純白の結晶は降り続いた。
家に着いた時、父に具合はどうかと尋ねた。「ああ、大丈夫だったんだが、少し優れないみたいだ」と答えた。
実は父の様子が少しおかしいと思ったのは今に始まった事ではない。その前から疲れた顔をしていたし、庭に植えた花を「これは悼みの花だ」と教えてくれた時もやつれていたように見えた。
今までの疲労が積み重なってしまったのだろう。
後日、知り合いの医師に診察を頼んだところ、しばらく療養が必要だと言われた。
数日間様子を見ただけでは回復せず、更にこの冬の気候の厳しさもあってか高熱を出しとても仕事ができる状況ではなくなってしまった。幸い、その間は執行命令が下されることはなく安静に過ごせていた。
高熱が下がった後もあまり万全ではないようで、過労をいかに拗らせていたのかが見てとれた。
これから先どうなってしまうのか。私は何かを予感したかのように胸がざわめいたのを覚えている。
その予感は的中したといっていいだろう。ある日、「処刑人の剣」(愛用していた模擬剣の方である)の手入れをしていた時、父が様子を見にきた。そして辛そうでありながら(体調不良が慢性化していた)真剣な面持ちで私にこう言った。
「私は処刑台に立つのが困難かもしれない」
思わず手入れをしていた手が止まる。
「シルヴァン…。私の代わりに刑の執行をしてくれ」
そう告げられたのはあまりにも突然だった。まるで死刑宣告でもされたかのようだった。ある程度の予想はしていたものの、まだ心の準備ができていない。
「僕がやるの?」
父は大きく頷いた。
「君は今まで私の仕事を支えてくれた。剣の扱いもうまくなった。だから大丈夫だ」
そしてもう一度、「私の代わりになってくれ」と言った。
これが処刑人の息子に課せられたさだめである。いつ父親の後を継ぐことになるのかはっきりしないまま生きる。それは明日かもしれないし十年後かもしれない。実際、助手として務めてからまだ二年しか経過していない。そういうことである。だから父はいつ後を継いでもいいように、幼い頃から死刑執行人としての教育を施してくれたのだろう…。子供ながらにそう悟ったのである。
今は模擬剣を握りしめているが今度は本物の「処刑人の剣」を手に処刑台に君臨しなければならない。
私はもう自分の運命を呪うなど愚かなことはできない。
「わかりました。父さん。あなたの代わりを務めます」
1757年1月8日。私は死刑執行人の代理人となった─。
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