あなたのドレスを纏うのは

アイカツオンパレード18話のファッションショーにおける紫吹蘭さん着用ボヘミアンスカイのドレスについて、それにまつわるヒカそらエピソードをやりました。ヒカそら交際前提です。


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 グラスの中で氷が揺れてカランと音を立てた。サイドテーブルに置かれたアイスティーは暖房で少し温くなっている。
 ヒカリはパラパラと雑誌のページを捲った。中程に自分の連載コーナーを見つけて目を通す。今回寄せたコラムは自分でも結構気に入っていて、改めて読み返して自然に気分が上向いた。
 そうして更にもう1ページ捲ったところで、あっと思った。そこからはグラビアで綴られている特集記事だった。先日行われたショー『ブランドコラボコレクション』のコラボドレスを着たアイドル達が紙面を彩っている。そう、今月号はこの特集が目玉記事なのだ。分かってはいたが、自分の連載の後だったのかと少し驚く。
 特集の冒頭のページで凛々しくも美しくボヘミアンスカイのドレスを着こなして見せているのは長年のライバルだ。いつもは蝶のように艶やかに舞うかのような彼女。しかしここではビビッドなオレンジの差し色が美しいエスニックな麻のドレスによって、エキゾチックでありながらも爽やかな色香を放っている。
 それを暫く眺めていると、座っていたソファの右側がグッと沈み混んだ。隣にもう一人座ったからだ。他の誰でもない、この部屋の主である彼女、風沢そらが。
「ーー蘭ちゃん、とっても素敵でしょ?頑張っちゃった」
「……」
 そらの言葉には答えずにまたページを捲る。ヒカリがそらの言動を無視するなんていつものことだから、彼女も気にしない様子だ。というか右肩にもたれ掛かってきた。青い髪が腕に絡み付いてくるようだ。じんわりと体温が伝わってきて、ヒカリは意識的にそちらから目を反らす。
 大空あかりはマイリトルハート、白百合かぐやはレインボーベリーパルフェ。グラビアを飾る彼女達のドレスは、改めて見ても新鮮に映る。
「他のデザイナー達はこれまで繋がりがなかったアイドル達とコラボしてるわね」
「そうだね。どれも意表をついたコラボで、すっごく面白いショーになったなぁ……」
 当日のことを思い出しているのだろう。そらはヒカリの持つ雑誌をぼんやり眺めながら、ふにゃふにゃとした声で嬉しそうに言った。それが妙に腹立たしい。
「……あんたのは、そうじゃないわね」
「え?」
「だから、あんたは別にそういうコラボじゃなかったっていうか、蘭とは共演だってしたこともあったわけだし、なんていうか……」
 そらは目をぱちくりさせて、ヒカリの方を向いた。
「"なんていうか"、何?」
「あーもー、だから私情っていうか、あんたの好み!入ってるって思っただけ!」
 吐き捨てるように言うと、そらがバッと俯いた。返答はない。
 沈黙が重い。急に二人の間の雰囲気が変わったので、ヒカリは内心慌てた。
 流石に今の言い様は少し酷かったろうか。仮にも相手はいちブランドのデザイナー。それも、名だたるベテランデザイナーにも一目おかれている実力者だ。そんな彼女のドレスに"私情"だなんて、失礼だったかもしれない。
 自分の言った言葉を訂正すべきかどうか迷いながら彼女の方を伺った。夏の空のような深い青の髪の隙間から頬が僅かに見えている。それがどことなく赤く、悔しさに染まっているように見えるのは気のせいではないのだろう。
「その、悪かったわ。失礼な言い方したわね。蘭のあのドレス、良かったわよ。アイツの新しい一面をしっかり引き出してた。同じセクシータイプのドレスでも違うアプローチの大人っぽさなのがファンにもよく伝わったはずよ。蘭と言えばやっぱりスパイシーアゲハのイメージがすごく強いから、だからこそ新鮮でいいコラボドレスだったわ」
 感じていたことを一気に捲し立てた。本当はこんなことまで言う筈ではなかったのに、それをさせたのは自分の失言に対する反省の気持ちか。
 もう一度改めてそらの方を見ると、彼女は先程より少し頭を上げて、目だけでこちらを見ていた。その肌はさっきよりも更に赤くなっているように見える。
「やっぱりバレちゃった」
「ーーは?」
「私情って。あのね、蘭ちゃんはスパイシーアゲハのミューズでしょう?」
「なに当たり前のこと言ってんのよ」
「だからそのね、一番スパイシーアゲハのイメージを背負ってる子がボヘミアンスカイを着てくれたら、スパイシーアゲハのファンにセクシータイプのドレスの多様さとか魅力が分かるし、着こなしのイメージもつくでしょう?」
「そりゃ、そうね……?」
 するとそらは、また瞳を伏せてしまう。いつも陶磁器のような白い肌は、首もとまで赤く染まっていた。
 一体何がバレちゃった、なのだ。今一つ要領を得ないその様子にヒカリは怪訝な視線を向けた。いつも飄々としているくせして、時折こういう表情を見せてくるから分からない。他の誰かにも同じ顔を向けるのかどうか、というところまでは知らないけれど。
 するとそれまで言葉を詰まらせていたそらが、すぅっと素早く息を吸い込んでから口を開いた。
「……その、だからこれをきっかけにして、これからもセクシータイプのドレスのコラボ展開が出来るかなって。その時にはね、スパイシーアゲハと言えばヒカリちゃんもそうだから、ちゃんと、公にボヘミアンスカイを着てるヒカリちゃんを、みんなに見せられるのかなって……」
 その語尾はどんどん小さくしぼんでいく。
「はぁ!?あんた、それじゃあ……」
 ヒカリは思わず声を裏返らせた。
 そう、これまで自分とそらは互いにアイドルとして切磋琢磨し、アイカツについてお互いの意識や思いを話したりようになって。
 やがてこんな風にお互いの部屋に通うようになって、体を重ねるような関係になった。
 時にそらが完全にプライベートでヒカリのために作った様々なドレスーーぶっちゃけ下着とかもあった、などを身に纏って過ごしたりそんなことも確かにあった。
「一緒にいるときにヒカリちゃんに一番可愛い格好をしてほしくて」と、ヘラヘラしながら言ってきた彼女に、「自分のドレスが一番私を可愛く見せるって言ってるわけ?随分な自信ね」と皮肉めいた返事を返していたが、実際それらのドレスの完成度たるや、どれも個展を開けるのではないかと思うほどだった。
 だから時にはヒカリの方から「このドレス、正式にあんたのブランドのとして出したら」というようなことを口にしたことも何度かあった。すると彼女は、うーんと考えてから「それならやっぱりお披露目のときヒカリちゃんに着てほしいけど……でもいきなりヒカリちゃんがボヘミアンスカイを着たら、ヒカリちゃんのファンがビックリするだろうから。それに、大人の事情的にも難しいかなー」などと残念そうに笑った。
 だからつまり、今回のことは。
「ごめんね、私情、入りまくりで……でも、やっぱりヒカリちゃんがボヘミアンスカイを着られる機会があるなら、諦めたくなくて」
 相変わらずヘラヘラとした顔は、真っ赤に染まっていて、そらはすぐにまた顔を伏せてしまった。
 カッと自身の顔に熱が集まるのを自覚する。きっと目の前の彼女と同じくらい、自分の頬も赤く染まっているのだろう。
「ほんと、バッカじゃないの……」
 吐いたいつも通りの憎まれ口は、今日は少し震えている。
 コラボドレスの理由がそんなものだったなんて、なんて遠回しな思惑なのだろう。自分はそらがコラボ相手として蘭を選んだ、そのことを邪推していただけだったのに。
 確かに今そらはヒカリとこういう関係にあるが、相手は自由なボヘミアン。これまでにも直接見たわけではないが、他の女の子に手を出してる気配を感じたことはあったし、そういうものだと思っていた。今回のショーで蘭を選んだのも、今そらは蘭に対してクルクルキャワワな気分なのだろうし、フィッティングなどは二人きりでおこなったようで、そこで二人がどんな時間を過ごしたのかなんて知らないが、それで完璧なドレスが出来上がるのだから、「風沢そら」らしいな、と思っていたわけで。
 だからまさかヒカリの口から出た"私情"という言葉が、実は自分に繋がるものだったなんて、思いもしなかった。そらの自分に対する気持ちの真剣さに比べて、下らない邪推をするだけだった自分が恥ずかしくなって、同時に酷くモヤモヤもする。
 だって「ボヘミアンスカイを着ている三ノ輪ヒカリ」を公のものにするために、風沢そらという才能が使われたのだ。勿論、蘭が着たドレスは素晴らしいものだったし、そらだって妥協は一切していないだろう。しかし最近交流が出来たアイドル達とコラボしていたら、もっと大きく話題になっただろうし、よりブランドの魅力を新鮮にファンに伝えられたのではとも思う。
 なのに、どうして。
『でも、やっぱりヒカリちゃんがボヘミアンスカイを着られる機会があるなら、諦めたくなくて』
 先程のそらの言葉が思い出されると、胸の奥が熱く震えてふわふわと飛び上がってしまいそうにもなるのだ。
 色々な感情が入り交じって、ヒカリの胸はいっぱいになって、とても窮屈で苦しかった。ため息をひとつ。
「……まったく、どうしようもないわね」
「え?」
「ほら、あんた先にシャワー浴びてきなさいよ」
「え、でも、さっきヒカリちゃん疲れてるから今夜はもう寝るって……」
「~~いいから!行ってきなさいよ」
 そらの顔を掴んで、グイッと部屋の出入り口の方を向かせてそちらに追いやるようにする。
 シャワーを浴びるかどうかを口にするのは、二人の夜の"合図"だ。突然のことにそらは少し戸惑っていたが、やがて言われるままにノロノロと動き始めた。
「ほら、早く!」
 自分の語気が荒くなっているのはひとえに今の乱れた心音を誤魔化すためだ。

 ーー誰にも悟られないようにしなければ。今みたいなモヤモヤは。

 だからきっともうすぐ訪れるであろう、自分が彼女のドレスを纏ってステージに立つところに思いを馳せる。
 当然だが、決してプライベートな感情は出さない。
 地下の太陽「三ノ輪ヒカリ」として、最高のドレスを完璧に着こなす。そんな自身の姿をまぶたの裏に浮かべながら、ソファから立ち上がった若手トップデザイナーの背中をグッと押したのだった。

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