俺っちのメルメルがこんなに素直で良いンですか?

 何の変哲もないフツーの日だった。
 俺っちはこまごまとしたリーダー業に追われて終日事務所に詰めっぱなし。今度のロケの打ち合わせに始まりメルメルとこはくちゃんで受けてた雑誌のインタビュー記事の校正、社食でプロデューサーのおね〜さんと昼飯食いながら、新譜のプロモーションについてみっちりミーティング。夕方は『Crazy:B』初の冠番組を持たせてくれるっつう怖いもの知らずな放送局のディレクターと諸々話し合って、隙間時間でメンバー宛てに届いた大量のファンレターやらプレゼントやらの検閲。ひと通り目ェ通してさ〜帰るかァ〜っつう時に副所長君に呼び止められて赤ペンだらけのライブの企画書突っ返されたら、流石の俺っちもげんなりするワケ。だっていくらなんでも働きすぎっしょ。
 そんで企画書作り直して提出したのが二十二時前。忙しい副所長の蛇ちゃんは三徹目だとかで酷ェクマだったからちょっと同情もしたが、疲れてンのは俺っちも一緒。これ以上嫌味吹っ掛けられでもしたら堪んねェし、さっさと帰るが吉だ。
「わっ……と、天城?」
「んお? メルメルじゃん、お疲れ〜っす」
「――お疲れ様です」
 そそくさと帰路につこうとした俺っちと事務所前でぶつかりそうになったのは、丁度外から帰ってきたっぽいメルメルだった。奴は無愛想にすいっと横を通り過ぎて所長デスクの方へ向かって行った。随分遅いお帰りで。
 一応メンバー全員分のスケジュールを把握するようにしてる俺っちの脳内データベースから今日のあいつの動きを引っ張り出す。確か朝からファッション誌の撮影にラジオの収録、それが済んだら夜まで舞台の稽古――とかじゃなかったか。俺っちに負けず劣らずお疲れさんだ。
 ふと腕時計を見れば時刻は二十二時を回っていて、そう言えばメルメルってまだ高校生じゃなかったか? 補導されちまわねェ? とかって急に気になってきて。メルメルの用事が終わるのを待って一緒に帰るかァ、なーんてなんとなく思った。
「――天城。まだいたのですか」
「お子様がひとりで出歩くには遅い時間だぜェ。送る」
「馬鹿にされたものですね。HiMERUは子供ではありませんので、ひとりで帰れます」
「俺っちユニットリーダーで大人だから、管理監督責任があンの。つうか普通に危ねェし」
「――お構いなく。ついて来ないでください」
「ンなこと言われたってなァ、俺っちも今から帰るンだよ」
 メルメルは数歩先をずんずん歩く。心配してやってるリーダー様をシカトたァ良い度胸だ。どのみち同じエレベーターに乗ることになんのにな。
 エレベーターホールにふたり並んで待つ。奴はスマホに目を落として無言。特別喋ることもないので手持ち無沙汰に階数表示を眺めていると、なんの前触れもなく名前を呼ばれた。
「ん?」
「え?」
「いや、呼んだっしょ今」
「は? 呼んでいませんが」
「……そォ?」
 ……気のせいか。空耳なんて疲れてる証拠だ。間もなくチーンなんて小気味よい音がしてエレベーターが開いたから連れ立って乗り込んで、また無言になる。
(――燐音、)
「!」
 今度は空耳じゃない、メルメルの声でしっかり呼ばれた。横目でそいつを観察していた俺っちは、驚くべきことに気付いた。奴は液晶画面を見つめたままで口を動かしてもいないのだ。
(燐音、送ってくれる……のか)
 え、え? 何? 空耳……じゃ、ない。かなり明瞭に聞こえる。けどもう一度言うが口が動いてない。話し掛けられてるわけじゃない。腹話術でもマスターしたのかこいつは。何を目指してンだ。もう気になって気になって、不躾だと知りつつもじいっと視線を注いでしまう。
(燐音と、ふたりっきり。――嬉しい)
「はぇ?」
「うわ、何ですかさっきから」
 いけね、声が出ちまった。だってンなこと言う柄じゃねェっしょこいつ。俺らは所謂セフレだけど、そんで俺っちはあわよくばこいつの心も物にしたいと思ってるけど、現時点では一ミリも靡く気配がなかったのだ。ほんの少し下から見上げてくる金の目はやっぱりいつも通り冷たい。
「――鬱陶しいのですよ、じろじろ見られていい気はしません」
「お、おう、わりィ」
「ではHiMERUは失礼します」
 図ったように一階に着いたエレベーターの扉が開く。メルメルはさっさと背中を向けて歩き出してしまった。そこでまた聞こえた、あの声。
(……ああ、また、突き放してしまった。嬉しいのに。今日は会えないと思っていたから、偶然顔が見られて嬉しかったのに。俺の馬鹿……)
 俺っちは悟った。何が起きてるのか皆目見当がつかねェが、とにかく今の俺っちにはメルメルの心の声が聞こえている。さっきので確信した。そうとわかったら仕事の疲れなんて一瞬で吹っ飛んでいた。つまんねェフツーの一日は終いだ。確かめなければならないことが、ある。
「待てって」
「しつこいですよ」
「やっぱ送る」
 追い掛けて手首を捕まえてしまえば振り解けないことを知っている。メルメルは力で俺っちに勝てない。顔を背けたままの彼の返事を辛抱強く待つ。
(う……りん、ねが、俺のこと、心配してくれてる。どうしよう……どうしよう)
 何こいつ動揺しすぎじゃねェ? いつものポーカーフェイスの下にこんな爆弾隠してやがンのかよ。とんでもねーこと知っちまった。……だが都合が良い。俺っちは今夜、想い人の本音をその口から、聞き出せるかもしれない。
 どうしようじゃねェ、と言いたいのを堪えて口を噤んでいると、やっとメルメルが振り向いた。
「――あなたに借りを作るのは癪ですので、タクシー代は自分で出します。余計なことはしないように」
「……きゃは、可愛くねェの」
 どんなにつっけんどんな態度を取ってみたって、今の俺っちにはおめェが可愛く見えて仕方ねェのにな。

 タクシーに乗ってる間も、メルメルは一言も喋らなかった。うん。喋りはしなかったけど考えてることはぜーんぶ俺っちに筒抜け。ひとつわかったこととして、メルメルの心の声は俺っちの頭ン中に直接響いてくるっぽい。内側で鳴った音が頭蓋骨に跳ね返されて空洞でうわんうわん泣くみてえ。なんつーか声にリバーブがかかってるようなかんじ? 若干ぼんやりして聞こえる。……まァンなこたどうでもいい。
 ともかく車ン中で延々と心の声を聞かされ続けて俺っちはもう気が狂いそうだった。メルメルが黙って黄昏てる時はさぞ難しいことをお考えなのだろうとこれまでは思っていたけれど、全然そんなこと無かった。
(燐音、今日は何してたんだろう、ずっと事務所にいたのかな。驚いておかしな態度を取ってしまったかも、しれない……変に思われてないかな。うう、心臓に悪い。顔、見られない。かっこいい。いつもかっこいいけど。あ、少し目元が疲れて……、あんまり見たら駄目だ。ああどうしよう。一緒に帰れて、嬉しいけどすっごく、ドキドキする。バレてないよな……?)
 心臓に‼ わりィのは‼ おめェだっつうの‼
 なに? こいつこんなに俺っちのことばっか考えちゃってンの? 大丈夫? こんなん恋じゃん、恋。なのに表面上は「天城なんかに微塵も興味無いのです」っつう顔してンだろ。矛盾を抱えるのが趣味ですってか? あァ? HiMERUさんよ。どうアプローチするのが正解なのかなんもわかんねえ。助けて。
 そうこうしてる間にタクシーは見覚えのある通りまで来ていた。メルメルが財布を出して降りる準備を始める。そろそろ着くらしい。
(もう……着いてしまう。ドキドキして全然話せなかった、せっかく、送ってくれたのに。このまま見送るのは……嫌だな。さみしい。帰らないでって言いた……無理無理、そんな情けないこと言えない。でも嫌だ、帰らないでほしい、燐音)
「……」
 あーもー焦れってェな。わかったよ。おめェが何も言わねェなら、俺っちが俺っちの意志で帰らねェことを選べば良いンだよな?
「ハイハイ、降りまァす」
「ちょっ……天城⁉」
「おめェんち泊まるわ」
「はあ? 何を勝手に……ちょっと!」
「どっこいしょ。もう降りちった♪ さ、帰ろうぜェ」
「この野郎……」
 心の底から嫌そうな顔をして見せるメルメル。けど奴が内心ほっとしていることは、俺っちには聞こえちまってるンだよなァ、生憎。
 ちなみに俺らは予めそうと決めた日にしかセックスをしない。だから成り行きでヤったことは一度もない。けど今日は流れが来てる気がする。こりゃ確変からの大当たりもあるかもしれねェななんて考えながら、俺っちはあくまで厚かましくて横暴なリーダーの顔をしてマンションへの道を歩いた。



 後から風呂をいただいてリビングに戻ると、メルメルがソファに転がって寝落ちキメてやがった。いやいやンなことある? こいつ俺っちのこと好きなんじゃねェの? 仮にも好きな男を家に上げといてこれじゃ、緊張感無さすぎっしょいくらなんでも。
 ――とは言え夜遅くまで舞台稽古に励んでいた歳下の彼は、他の『Crazy:B』の連中と比べてもやや体力不足は否めないワケで。慣れない座組で長時間過ごして相当精神擦り減らしただろーし、自宅で気が緩んでコロッと寝ちまうのはしょうがねェよな。俺っちとしてはもうちょい聞いときたいことがあったンだけど、叩き起こすわけにもいかねェっしょ。このままソファで寝かしとくのも可哀想で、力の抜けた身体をよっこいしょと持ち上げてベッドルームまで運ぶことにした。
「軽……ちゃんと飯食えよな……」
「んん〜……」
 ぼそぼそとそんなことをぼやきながら慎重に運ぶ途中、浮遊感に気が付いたのかメルメルがぱっちり目を開けた。
「……っ‼」
(あ、えっ、燐音にだ、だ、抱っこされて……⁉ う、顔、近! あう、何、何これ何これ……っ)
「あっおい⁉ 急に暴れンなコラ!」
 慌てて言っても時既に遅し。びっくりしたらしいそいつに思いっきり突き飛ばされてバランスを崩した俺っちは、どったんと音を立ててずっ転けた。咄嗟に瞑ってた目を開ければすぐ目の前にメルメルの顔があって、うっかり床に押し倒す形で転んだことを知る。ばちんと目が合うとその綺麗な顔がぽぽぽと赤く染まっていく。
(うわ、駄目駄目、燐音が近い! 心臓ばくばく言ってる、し、死ぬ! 死んじゃう‼)
 死なねェって。俺っちもちょっと膝打っただけだし。動揺で声も出ないのかひたすら口をぱくぱくさせるメルメルが可笑しくて、しばらくそのまま観察してしまった。
「わりィ大丈夫か? どっか打ってねェ?」
「――あ、ひめ、るは、大丈夫です」
「そ、良かった。疲れてンだろ? ベッドで寝ろよ〜。おやすみ」
 そう言ってリビングに戻ろうと起き上がる。遅れて上半身を起こしてこっちを見上げてくるメルメルは、何か言いたげに瞳を揺らしていた。
「あ、の……天城」
「なに?」
「あっいえ……おやすみ、なさい」
(なんでこんなに、優しくするんだよ……。俺のことなんか何とも思ってない癖に。今日だって、セックス目的でうちに来たんじゃないのかよ。なんで、手を出してこない)
「……ん、おやすみ」
 心の声を聞いて成程と合点がいった。奴が恋心をひた隠しにする理由。要するにヤリ目だとしか思われてないワケね、俺っち。……まあそう思われても仕方ねェくらい日頃の行いが悪いから自業自得なんだけども、ちょっと心外だ。クソ厄介な勘違いを正してやらなければならない。黙っているメルメルからはなおも想いが流れ込んでくる。
(俺だって……燐音に、触ってほしい。セックスしたい。今日だって稽古終わりのシャワールームで、燐音に抱かれる想像しながらオナニーしてたんだよ、俺。……燐音はセックスしたくない? こんなはしたない俺は抱きたくない……?)
「だっ、なっ……⁉」
 思わずでかめの声が出た。なんて? シャワールームで? 俺のこと考えながらオナってたって? 想像するだにエロ過ぎてもう勃つ。ンなもんおくびにも出さねーじゃねェかおまえ、とんだ役者だわ。エッチなことなんて何ひとつ知りませんみたいな顔しやがって。あれもこれも嘘じゃねェか、ああもう、ああもう!
 俺っちは一旦顔を覆って深く息を吐いた。あんなこと言わせちまったからには(言ってはねェけど。聞こえただけだけど)きちんと美味しくいただいてやらねば男が廃るってモンだ。あとヤリ目じゃねェ。ちゃあんと今夜、教えてやるよ。
「ごめん、やっぱ、ヤろ」
「っ、あま、ぎ……?」
「メルメル。セックス、しよ」
 顎を掬って視線を捕らえて、あえてあからさまな言葉をぶつけてやる。彼がこくりと唾を飲んだのがわかった。涙をたっぷり溜めた金色の目がこっちを見返してくる。
(ふわ、やば、い、風呂上がりの燐音、色気がすごくてくらくらする……ど、しよ、俺、心臓破裂しそ)
 ……こいつ俺っちとヤる時いつもこんななのかよ。これからもっとすごいことすんのに、心臓いくつあっても足んねェンじゃねェの……なんて一抹の不安を抱きつつ、手始めにその唇に噛み付いた。

 触ってみれば確かにメルメルのアナルは準備万端で、さっき風呂入った時にやったのか、まさかシャワールームでこっちも弄ってたのかはわかんねェが、俺っちの指をすんなり受け入れた。ローションを含ませて中を掻き回すとあらぬところからくちゅくちゅと湿った音がする。二本目もすぐ入っちまいそう。ベッドに四つん這いにさせてるそいつの顔は見えなくて、耐えるように強く抱き締めた枕を噛んで声を殺しているから、ふうふう苦しそうな息遣いだけが聞こえる。が、しかし。
(っあ……♡ 燐音の、ゆび♡ きもち♡ あうう、そこっ……もっと、ひっかいてぇ……♡ ァ、も、ちょっと、した……ぁ♡ )
(……、もうちょっと下、ね)
「ひゃんっ⁉」
 お〜……イイ反応。メルメルはココが好き、と。まァこんなかんじで、奴のイイとこ、焦れったそうにするとこ、俺っちには全部手に取るようにわかる。
「今ンとこ、ヨかった?」
「ふー、ッ、ン、ぐ……よく、ない」
 はいダウト。ダウトダウト。嘘喰○の世界なら死んでた。カ○ジの世界でも社会的に死んでる。そんな負け確の嘘。嘘過ぎ。思えばセックスをする時メルメルは絶対に「イイ」と言わない。言わなくても顔見りゃわかるから放っといたけど、こう何度もバレバレの嘘吐かれるとちょっとムカつく。こうなりゃ意地でも「イイ」って言わせてやンよ、この強情野郎。
「あっそ、ヨくねェのかァ〜」
「ッ♡ ん、んん〜〜ッ! やめっ、よ、くな、んひぃ!」
(あっあっ♡ りんねの、ゆびが、おれのなかっ、でぇ♡ あばれてりゅ♡ きもちいとこばっか、だめ♡ だめ♡♡)
「メルメルゥ〜? 触ってもねェのにちんぽギンギンにおっ立てといて、ヨくねェって? ちゃんと言わねェとこのままだぜ? おめェもつれェっしょ」
「ふ、うう〜っ♡ い、わな……、 ッ」
(つらい、つらいぃ……おなか、切ない♡ 精子だした、ッ♡ もぉ出したいぃ♡ ゆ、びじゃ足りな……燐音♡ りんねのほしいよぉ♡♡)
「……」
(あっ⁉ きゅ、に指、出てっちゃ……、やだ、やだやだ、きもちいのもっとほしいの♡)
 無言でアナルから指を引き抜いて俺っちは、メルメルを仰向けに引っくり返した。涙と涎でべったべたの物欲しそうな顔しちまって、気高く美しい孤高のアイドル『HiMERU』はどうしたよ。ファンが泣くぞ。……なんつって、俺っちもちょっと冷静になってみようとしただけ。さっきからこの調子で可愛い本音を聞かされ続けてムスコは痛いくらい張り詰めてるし、このままだと抱き潰しちまいそうだから一瞬ファンのこととかを挟んでみた。けど無駄無駄無駄でしたァ〜。もう無理。だってまさにアレ、「上のお口ではそう言っても下のお口は正直デスネ」ってアレ。頑なに「イイ」と言っちゃくれねェが、蕩けきった表情が証明してる。ンな顔見せられたら俺っちも限界っす。まだ二十一歳、ヤりたい盛りのオトコのコなんで。
「メルメル……そこ座って、そう」
「な、んです」
「舐めて」
「ひっ⁉ デカ……、馬鹿馬鹿、前も断ったでしょう、忘れたのですか馬鹿天城っ……!」
「舐めてくれねェなら今日は終わり〜。どうする?」
「……っ、あう……」
(やだ、やめちゃやだ、エッチしたいぃ……でもフェラなんて無理だ、あんなの口に突っ込まれたら顎が外れる。うう、はやくほしい、なかにほしい……♡)
 顔を真っ赤にして目を泳がせるメルメルのほっぺたに、ガチガチのムスコをぺちぺちとぶつけてやる。お綺麗なお顔にこんなグロいモンを擦りつける背徳感。癖ンなっちまいそう。ベッドに腰掛けた俺っちの脚の間に座らされたメルメルは、三分くらいあーとかうーとかひたすら呻いてた。俺っちがこの程度で萎えないオトコでマジ良かったネ。フツーこの状態で三分も保てねェからな。ちなみにこいつにしゃぶってもらったことは未だかつてありませんので、どんなもんかお手並み拝見です。
「ハイあーんして」
「……、ぁ、んん!」
(う、そ、嘘、燐音のが、くち……俺の口のなか、いっぱい♡ こんなの、むりぃ……♡)
「ハイハイ頑張って、ベロ動かして〜」
「ふ、ぅんっ……は、んむ、」
(あう、おおき、い♡ あ、カウパー出てきたぁ……燐音の、味、興奮する♡ おなかのなか、きゅんきゅんってするぅ♡)
「ん……、じょーず。もうちっと、頑張ってな」
「んう♡ あむ、ちゅ、ん、んっ」
(燐音、少し息、乱れてる……気持ちいいの我慢してる、顔……色っぽくて、好き。ん、撫でてくれるのうれしい……あ♡ 耳、触っちゃ、や♡)
 ――ここでメルメルはひとつ勘違いをしている。予想の範疇だったが、メルメルはフェラが下手。ドのつく下手くそ。口もベロもちっちぇえしな。……まァそれはこれから仕込みゃ良い。今俺っちがヤられてンのはおめェの舌テクじゃなくて、その正直すぎる心の声に、なんだけど。ンな野暮なことは言えないので、いいオトコの俺っちは股座に座り込んだメルメルの耳元に、思いっきり吐息を注ぎ込んでやる。
「は、ァ……きもちいよ、メルメル。いーこ」
「んぅ……♡ ぁ、んえ、んん♡」
(あ、あっあ♡ 耳、やば、だめぇ♡ 燐音の声、ぞくぞくって、うあ、力、抜けちゃ♡)
「上手に出来たから、ご褒美……やらねェとな?」
 メルメルは俺の顔が好き。声が好き。それを知った上で、それらの手札を惜しげもなく披露して見せたら奴は腰が砕けちまったらしい。フローリングにぺたんと座ったまま動かないそいつをひょいと抱き上げて、またベッドに転がす。涙で潤んだ期待でいっぱいの目がじっと見つめてくる。
「あ、まぎ」
「ン〜、二十点」
「ふえ、?」
「エッチの時いつもなんて呼んでるっけ?」
「……り、燐音……」
「ハイ、合格ゥ♡」
「ひああ♡♡ りんねっ♡ っあ、あ! あん♡」
 頭ン中じゃ燐音燐音って、何遍も呼んでる癖になァ。天邪鬼。組み敷いた細っこい身体にひと息に突っ込む。ずぷずぷ、スムーズに根元まで突き入れて熱い粘膜に包まれると、途端にぐっと精子がせり上がってくる。待て待ていくら興奮してるったってまだ早い。つーか興奮しすぎてゴムつけ忘れた気がするけど、メルメル気付いてねェよな? ぜってー後で怒られる。気付くな。……いや、ンなこと勘づく余裕もねェくらいめちゃくちゃにヨがらせてやりゃあ良い。
 突っ込まれた方のメルメルは高い声で鳴いて身体をびくんと跳ねさせた。目をぱしぱし瞬かせて混乱してるように見える。
「……っ、……ぅ、ん……♡」
(あ、う、燐音のっ、俺のなかに入ってる♡ すご……、中からいっぱい押されて、入っただけでイきそ♡ うあ、このまま動かれたら、俺、どうなっちゃうの……♡)
「……どォメルメル、俺のカタチわかる? ぎゅうぎゅう締め付けて離さねェから、ちゃあんとわかってるよなァ?」
「っく……わ、かんな……」
(んう♡ 耳の近くでっ、喋るな、ぁ♡ 息が、掛かって……締め付けちゃうぅ♡ 燐音のカタチ、おっきくてカタくて太い燐音のカリ高ちんぽ♡♡ 好きっ♡ 大好き♡♡)
 混乱したいのはこっちである。よくもまあここまで思ったことと違うことを言えたモンだ。俺なら一日で気ィ狂ってる。『HiMERU』の構造上嘘吐くのに慣れきっちまってンのかねェ、と遣る瀬無さが頭を過ぎるが、今は難しいことナシナシ。こいつを陥落させることだけに集中したい。
 ともあれ可愛く喘いだのは最初だけで、メルメルはまた頑なな態度に戻ってしまう。手の甲で唇を覆って声を抑えようとすんのはいじらしくてそそるけど、今日は全部包み隠さずに聞かせてほしいンだがなァ。最初はゆっくり、徐々に抜き挿しを早めていくと彼は耐えきれないといった風にぶんぶん首を振った。
「〜〜ッ♡ っ♡ ん、ぁッん、う♡」
「こンの、強情っぱり。あんまり俺を、困らせるンじゃねェよ……、早くイイとこ教えねェと、意地悪すンぞ」
「うる、さ、ぁ♡ そっちこそはやく、終わらせろっ……!」
「……。そうかよ、ッ!」
「いあッ……⁉ うそ、待っ、燐音、ああ!」
 流石に苛ついた上いい加減余裕もない俺は、そいつの細腰を強く掴んで引き寄せた。そうして無理矢理浮かせた尻に、深く深く腰を打ち付ける。何度も貫いては大きくグラインドさせて中を抉る動きを繰り返す。メルメルは衝撃に目を見開いて、精液を飛ばしながら悲鳴のような喘ぎ声を上げた。
「あっ♡ あっあっ、や、あん♡♡ やだ、ひゃ、め……っ、りん、ねぇ♡♡」
(ひうう♡♡ つよいぃ♡ こんなっ、だめぇ♡ おれ、奥っ……りんねに犯されて、気持ちよく、なっちゃってる♡ しゅご、いぃ♡ もっと、もっとちょうだい♡♡ 奥ごつごつってしてぇ♡)
「ハッ、俺に犯されンのが、ンなにイイかよ……? とんだ変態だなァ、メルメル♡」
「ちが、よく、ないぃ、ばかぁ♡ ひゃ、あん♡♡ ちくびやらぁ♡」
(もぉむり、ぃ♡ ぜんぶきもち♡ おれ、ばかになっちゃうよぉ……♡ ひん、イくの止まんな、アァ♡♡)
「へェ~、乳首もイイのかよ? オンナみてェにヨがって恥ずかしくねェの?」
 ワザと放置したままだったメルメルのちんぽは、壊れた蛇口みたいにとろとろと精液を漏らし続けていた。ちゃんとイかせてやらねェと可哀想かと思って数回扱いてやれば、メルメルがぐっと息を詰めてからがくんと背を反らして盛大に射精した。白い体液が出きった後も犯し続けていると時折ぴゅっと透明な液体が吹き出して、俺の胸や腹を汚した。トコロテンからの潮吹きとは素質ありすぎじゃねェのこいつ。開発したのは俺なんだけど。
「も〜メルメルってば淫乱ちゃん♡ い〜っぱい気持ちよくなれたなァ? 偉い偉い♡」
「はひ、も、だめぇ、死んじゃ、う♡ りんねっ、りんね♡」
「っ、どったの、燐音くんですよォ」
「やう、りんね、きもち、よぉ♡ おれ、りんねがすきっ♡ りんね、しゅきぃ♡♡ あっん♡ りんねになか、ぐりぐりってされて、またいっちゃうのぉ♡♡ あ♡ ふああんっ♡♡」
「……ッ! ぐ、……⁉」
 瞬間、胎内がうねうねと蠢いてかつてない強さで締め付けられる。電流みたいな快感をやり過ごすことが出来ずに中にぶちまけたと思ったら、メルメルの身体から不意に力が抜けて、ベッドに転がったまま人形のように動かなくなった。目蓋は固く閉じられ、ほんの少し開いた唇からは――寝息が聞こえる。
「……落ちやがった……」
 深く眠ってしまった相手からは当然、心の声も聞こえてこない。ああ駄目だ、俺も猛烈に眠い。ばたんと隣に倒れ込んで、ほんのり火照った寝顔を眺める。額に滲む汗を拭ってやって、後処理のことをしばし考えて、やめた。起きたら何とかしよう。
 何だか、怒涛のように色んなことがあった日だった。一度射精しただけなのに10回は搾り取られたような心地だ。そのくらいの重みのある射精だった、うん。
「……俺も、好きだよ」
 穏やかな寝息を零す唇にそっとキスをする。感情の伴わない関係だからと、今日まで何となく避けてきた行為。これからは許されるだろうか。後出しジャンケンみたいでずりィのはわかってるけど、こいつが起きたらもう一度、ちゃんと言おう。落ちる間際にわけもわからず口走ったんだろうさっきの告白も、どうせ忘れちまってるだろうから、今度は素面のメルメルの言葉でもっかい聞かせてくれるように頼み込んで。それから仕切り直して、恥ずかしくなるくらい甘〜いキスがしてェなァ。
 そんな幸せな妄想を繰り広げながら俺は、微睡みの中に落ちていったのだった。



 目を覚ますと自分の部屋じゃない天井がまず目に入って、横を見ると裸のメルメルが寝てて、目線を下げると自分も何も身に着けてなくて。そこまでを認識してやっとゆうべのことを思い出した。だいぶ自棄っぱちなセックスをした気がする。くあ、と大欠伸をしてからのそのそと起き上がり、未だ眠りの中にいる彼を抱き上げて風呂場に運ぶことにした。
 風呂場でゆうべ出したモンを掻き出してやってる途中、メルメルがぱっちり目を開けた。よりによって今かよと思わないでもない。取り乱すかと思われた奴は、しかし俺の顔をまじまじと見て固まった。
「……、……? ……?」
「……どした」
「り、んね……いえ、なんでもありませ……ぎゃあ‼」
 数拍遅れて状況を飲み込んだらしいそいつは足元の洗面器を蹴っ飛ばして派手にすっ転んだ。巻き込まれて俺も転んで、メルメルに押し倒される形で風呂場の床に倒れ込む。ごちんと頭を打って「あでっ」と声が出た。閉じていた目蓋を持ち上げると目の前にメルメルの綺麗な顔。訝しげにこっちを見つめる、ふたつの金色。
「……燐音」
「あい?」
「……呼びましたよね? 俺を」
「……いや、呼んでねェけど?」
「いえ確かに今、あなたの声で……」
「へ? ンなことは……、あ」
 俺は両手で顔を覆った。デジャヴ。今度はこっちの心の声がメルメルに聞こえちまってるらしい。わかんねェけどたぶんそう。
「最ッッッ悪……」
「り、んね……?」
 ああもう、何でもいい。どうせ考えてることが全部バレちまうなら、今この瞬間に言ったって言わなくたって同じっしょ。俺は目を丸くするメルメルの頬を両手で包んで、意を決して想いを口にした。
「なァ俺、おまえが好きだよ」
 心に浮かぶままに伝えた嘘偽りのない言葉は、正しくこいつに届いたはず。それに返事はどうあれ気持ちはもうわかってる。唇を引き結んだメルメルの心の声はもう何にも教えちゃくれねェけど、怖くなんかない。衝動的にその頭を引き寄せて口付けた俺を拒まなかったその温もりが、何よりの証明なのだから。

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