2023/11/29 27.ピッコロ
ウナギだ。ウナギが食べたい。
マゼルが魔王を討伐してくれて世の中がそこそこ平和になった今こそがそのチャンス。
いや、実際のところこの世界にウナギはいる。ただ貴族の食卓には上らない。と言うのもウナギは|下魚《げざかな》の一種で、庶民の魚だからだ。
日本でも江戸時代ぐらいまでは庶民の魚だったし、ロンドンでも典型的な労働者階級の魚だったわけで、それはこの世界でも一緒。それをなぜ俺が食べたことがあるかと言うと、学園を抜け出して行ってた飲み屋でたまに出たからだ。そう、あの悪名高いウナギのゼリー寄せだ。
うん、まぁ、あれだ。うっすらとした塩味と魚臭さのある、よく言えば鯖の水煮――だいぶ味が薄い。って感じの料理だ。それに柑橘の汁をぶっかけて食べるのが定番。俺は一回食べただけで次から頼まなかった。なんつーか、もっとうまい食い方を知ってるだけに切なさが勝った。
そもそも水辺にも魔物がいる世界だから、下魚とはいえ滅多に入荷してなかったしな。
しかし、しかし今だ。魔王討伐の反動で魔物の活動が下火になっている今。そして今の俺にはリリーがいる。うまく説明できなかった部分をリリーにイラストで描いてもらい、まずはウナギの捌き方の図解。――とはいえ、目を目うちで固定して、三枚に捌く以外は知らんのだが。
何だったかな、大阪の方は商人の町だから「腹を割って話す」で腹から、関東は武士の町なんで切腹につながるから背から捌くんだっけか? まぁこの世界はどっちでもいいと思うので、大阪の方がわかりやすいからそっちを広めておこう。
最終形を図解してもらい、あとは料理人と料理人のスキルに丸投げだ。あと、泥抜きもしてもらう。
ツェアフェルトの料理人は嫡男に庶民の魚を食わせることを渋ったが、その頃にはすっかり俺は変なことをする存在として定着していたようで――誠に遺憾だが――とりあえず引き受けてもらえた。
味付けは最初にシンプルに塩コショウで。と、お願いして待つこと数時間。
信じられないような顔をして料理人が皿を持ってきてくれた。リリーとフレンセンにもテーブルについてもらい、さて実食。
「…………美味い」
「美味しいです、ヴェルナー様」
「信じられません。これ、あのイールですよね」
笑顔のリリーとフレンセンも信じられないというように皿を見下ろしていた。
外はカリッと、中はふっくらとした白身。これだよ、これ。これがウナギだよ。あーなんか泣けてきた。
「信じられません。これがイールだとは。ヴェルナー様、いったいどこでこのような調理法を?」
「あー、ゼリー寄せしかないから、焼いたらどうなるかと思っただけだ」
誰も焼かなかったんかい。と思ったが、脳筋世界だしな。普通に焼いたら何か不都合があったのかもしれんし。あと、ウナギの骨は油で揚げてもらった。酒の肴にいいんだよなぁ。
「淡泊な味わいなので、いろいろソースが考えられそうです」
「そうか」
俺としてはこのままでもいいんだが、貴族の皿としてはシンプルすぎてダメなんだろうなぁ。てかうっかりツェアフェルトでは庶民の魚を食べているとか噂されても困るのでは? 料理人もそれは思い当たったようだが、新たに見つけた食材に好奇心と創意工夫の意欲が抑えきれないらしい。
父には言っておく。と返して、俺は残りをゆっくりと味わった。あー、美味しい。
「なるほど、これがイールか」
「まぁ、あれが」
後日、さらに磨かれたウナギ料理が夕食の席に出された。父も母も驚いたようだ。母はあまり裕福ではない子爵の出だと聞いていたので、多分食べたことがあるんだろう。父は――まぁ、うん、人のことは言えないので、どこかで食べたことがあるんだろう。ちょっと父の学園時代の話とか聞いてみたいな。
ツェアフェルトの領地には海につながる川があって、沼がある場所があり、そこではウナギが採れる。そこの名物にならないかとすでに資料はあれこれまとめて提出済みだ。今日はそのお披露目ともいえる。
「ヴェルナー」
「はい」
「このまま進めなさい」
「ありがとうございます」
伯爵当主のオッケーが出た。俺は内心でガッツポーズをしながら、何とかポーカーフェイスで頷くと、ウナギを切り分けた。オリーブオイルとニンニクのソースがかけられたお洒落な料理に生まれ変わったウナギは、それはそれで美味しかったです。
まずは小さな一歩を刻んだと思おう。
ウ・ニャーギ焼き
ツェアフェルト地域の名物料理。中世時代、ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトが考案し、領地に広めたと言われる。
ウ・ニャーギが何を示しているかわからないが、イールを焼いた料理全般の総称として現代に伝わる。
庶民の魚だったイールを高級魚に押し上げた功績は認められるものの、今日においてイールが絶滅に瀕している大元凶ともいわれている。
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twitterでウナギのゼリー寄せに渋い顔をしているヴェルナーがいたのでついw
ちなみにフランス料理だと油で揚げたり、赤ワインで煮たりと、いろいろ調理法がある模様。さすがだよなぁ…。
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