灰皿
□紆余曲折を経てやっぱイズりんは脳死してなんぼだろと思った結果のやつ
□全てにおいて考えるな、感じろ思考 一人称は意図的
□なんとなく時間軸は秋手前
□ちょっと結構かなり不謹慎かもしれない
仕事先であるバーの店締めを終えて、午前4時。伊塚イズコの自室にて。
妙にしめったような生ぬるい空気の中、冷房を付ける程ではないくらいの季節のやり取り。
「ヅカさんって僕の歳知ってるっけ?」
「………太陽と同級生だから、19?」
「ぴんぽーん」
「またお客さんに年齢聞かれたの」
「聞かれた」
凛は我が物顔で占拠していたイズコのベッドの上でぶらぶらと足を動かしながら笑う。その視線はキッチンで酒を作るイズコに向けられていて、手元に視線を落としている彼とそれがかち合うことはない。そのことにお互いに気にすることもない。年下の自分が率先してイズコの酒を作らなきゃ、なんて思考も今の凛には全くないし、どうして年上の自分が自分で酒を作ってるんだ、なんて思考もイズコには全くなかった。
「やっぱ子供っぽいのかなぁ」
「実際未成年ではあるからね」
「え、ヅカさんからもそう見える?」
「あんまり考えたことないかな」
「なにそれ」
そのまんまの意味、と口にしながら冷蔵庫を閉めると、イズコはグラスを2つ持ってキッチンを抜け出す。その内の片方―たっぷりの氷とコーラと瓶底に余った数滴のウォッカーが入ったグラスをサイドテーブルに置きながらお手製のオレンジジュースのウォッカ割りを喉に通すと、凛も一旦起き上がりながらグラスに口を付けながら適当感の否めないイズコの返答にも納得…というよりは聞いておきながら凛自身何も考えていないのだろう、ゆらりと首を傾げて見せると、半分ほどコーラ+αを飲んでサイドテーブルにそれを戻す。そのまままたベッドに倒れ込むと、少しだけ枕に顔を埋めて、次いで肘で身体を支えるように上半身を起こしながらじっとイズコを見据えた。
19歳、と聞けばああなるほど、と思わされる容姿と言動をしているなと一連の凛の様子を眺めながら改めてイズコは思う。
一方で凛も、ヅカさんいくつだっけ、10個上だから…29?わ、大人じゃん。そんなことを改めて思う。
だからどう、というわけではない。
少なくとも凛は。イズコに大人の余裕だとか、甲斐性だとか、そういったものを求めたことも、何なら後者に関しては見出したこともない。ただ一緒にいて心地良いと思ったから、彼が許してくれる限り近くにいて触れていたいと思っただけだ。イズコが凛の年齢に対して何を思っているのかは分からないが、こうして余ったリキュールを数滴とはいえ躊躇いなくコーラが入ったグラスに入れるのだから、特別に年齢を意識していることはないのだろうな、と思う。といってもこのマンションに住む人間は大体が年齢と倫理観が紐づいていないので、子供扱いしていない、と判断する理由にしていいのかは不明瞭だが。なんならきっと、なんとも思ってないかもしれない。瓶が終わった気がするから何となくコーラの上で振ったら数滴出てきた、くらいの。
「僕達がこのまま適当に生きてったとしてさぁ」
「うん」
「多分ヅカさんが先に死ぬじゃん」
「そうだね」
「こまるぅ」
「まぁ、遺される側って大変だよね。色々」
「他人事過ぎない?」
「死んでる予定なので」
わざとらしく頬を膨らませるような拗ねた素振りをして見せた後、ぐしゃりと潰れた。ベッドを背もたれにする形で腰掛けていたイズコは横目で伏せられた凛の横顔を一瞥した後、遊ぶようにその跳ねた毛先を指で摘まんでは離し、そのままサイドテーブルに置かれていたラクダのパッケージの煙草に移行した。言っている内容のろくでもなさの割にあまりにふわふわとした空気感でお送りしていることに疑問を覚える人間はこの空間にはいない。
「もうちょい縮まらないかなぁ」
「手っ取り早く患うなら煙草吸って肺がん辺りじゃないの、やっぱり」
「でもラクダさんキャラメル味じゃなかったし」
「それはそう」
「お酒もなぁ…、絶対コーラ最高って思っちゃうもん」
煙草はちゅーであの苦さならいいや、と言いながら机上にある勝手にキャラメル味だと思い込んでいたラクダのパッケージを横目で見遣るとすぐさま凛はわざとらしくごろんごろんと左右に身体を揺らす。
別に凛とて自分を痛めつけたいわけではない。煙草や酒に特別な好奇心があるわけでもない。ただ現時点での身体のディスアドバンテージの差を埋めたいだけで、その得物になってくれそうという観点で咄嗟に浮かんだのがその2つだっただけの話で。とはいえそもそも積み重ねている年月が10年も違う以上、今更イズコと同じ手法で何かをどうしようとしたって埋まらないことだって、一応弱いおつむでも分かっているつもりだけど。
でもまぁ、ヅカさんだって別にわざと置いていこうとしてする訳じゃないもんね。じゃあ仕方ないかぁ。てかなんでこんな話になったんだっけ?あれぇ?
そんな凛の中身があるようで何もないすっからかんの思想に気付いているのか否か、イズコはぱちんと硬い音を鳴らしながら煙草の先端に火を灯していた。
考えるの飽きちゃった、と薄暗い天井を見上げながら凛は息を吐く。奇しくもイズコが煙草の煙を吐き出すタイミングと重なって、妙な心地になる。視界の隅からゆらゆらと立ち上がってきた紫煙を思わず視線で追いかけると、それは次第に透明になって消えていく。でも確かに煙草の残り香はあって、鼻孔を擽って透明になってにも関わらずその存在を主張する。普段ならどうとも思わない現象が今はどうにも不思議に感じた。いつの間にか慣れていた、彼のにおい。
「とりあえずヅカさんこれからもいっぱい煙草吸ってね」
「それはまぁ、吸うけど」
「そんで俺の肺が真っ黒になったら、いつかはヅカさんのせいで死ねるってことでしょ」
フクリューエンってやつで。そうゆるりと口にしたかと思えば、それにより自分が吐き出した言葉が頭の中でより明瞭になったようで。がばっと上半身を起こしながら天才じゃん!と言いたげに瞳を輝かせる凛に、イズコは少しだけ目を細めた後、灰が零れそうになる吸いかけの煙草を、とんと灰を零してから陶器の灰皿の端に置いた。
そのままちょいちょい、と空っぽにした手を丸めて手招くと、凛は不思議そうに数回瞬きをした後に身を屈めて招かれるがままに顔を寄せる。そうして凛が手が届く距離に来ると、イズコは両手を伸ばして凛の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、次いで頬へ手を滑らせた。その肌の質感に何となく10代を感じたことはイズコは口にしないでおいた。
「んぇ? なぁに」
「頭悪いなぁと思って」
「ひでー」
容赦のない言葉をふんわりと投げ掛ける反面、ふにふにと凛の頬をくすぐる両手は優しい。凛はその温度差がどうも可笑しくて口元をゆるませると、ぐっと首を伸ばして自身の唇をイズコのそれに押し付けた。本当は煙草の味を求めて舌を伸ばしたかったがその姿勢に項が悲鳴を上げたので諦めてすぐに離すと、その様子を見たイズコはのそりとした動きでベッドへ上がり、つられるように半身を起こしていた凛の肩をとんと押す。
その力に逆らうことなくベッドに倒れ込むと、先ほどより幾分とキスがしやすくなった体勢に嬉しそうに笑いながら、凛は手を伸ばしてイズコの唇を親指でなぞる。
「毎日ちゅーしてたら早くフクリューエン溜まるとかないかな」
「その分俺も吸ってるからね」
「うわぁ、たしかに!」
陶器の端に置かれた吸いかけの煙草は、薄らと煙を出しながらも尽きていた。
BGM:ねむるまち(くじら)
□□□だそく
受動喫煙(じゅどうきつえん、英: passive smoking、environmental tobacco smoke, ETS)とは、喫煙により生じた副流煙(たばこの先から出る煙)、呼出煙(喫煙者が吐き出した煙)を発生源とする、有害物質を含む環境たばこ煙(ETS)に曝露され、それを吸入することである。
~ つらつらと ならぶ もじ ~
喫煙者が口や鼻から吐き出すたばこの煙、保持するたばこの先から立ち上る煙、空気中に漂うたばこの煙、ポイ捨てたばこや灰皿のたばこのくすぶりによる煙、目に見えない薄く広がった状態、煙粒子成分の除去された状態、喫煙後数呼吸に含まれる状態のいずれも、有害物質が多く含まれており、人の健康に悪影響を及ぼす。(Wikipediaより引用)
白い背景に仰々しい書き方をした言葉が並んでいる画面を見て、凛は目を細めて、小さく首を傾げて、数秒。煌々と光る画面はそのままにスマートフォンを枕元に雑に放り投げて、大きく伸びをする。自身の体格にあった彼のTシャツを着ることにももう慣れた。電子画面から視線を外すと薄暗い部屋では途端に聴覚が遠くで響くシャワーの音を主張して来て、なんとなく面白い。
お世辞にも学があるとはいえない凛にとってただただ目が滑った先ほどの文章の中で、唯一スッと頭の中に入ってきた一文を頭の中で思い浮かべると、ゆるりと口角を持ち上げた。きっと今自分は、だらしないゆるんだ顔になっているんだろうなと思いながらも止められない。有害物質という言葉がこんな魅惑的に響く日が来るなんて。
「はやく俺の中にいっぱいになーぁれ」
なんならそれが今日でも構わないのにね、なんて。
そんなことを思いながら、凛はすっかりぬるく溶けて薄くなったオレンジジュースのウォッカ割りに手を伸ばした。
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