たとえどんな夜でも/悪犬(2022.12.26)
「世間はクリスマスらしい」
彰人が実家から持ってきたみかんを手に、冬弥が言った。筋が全部取られた綺麗な果肉がその口に運ばれるのを、彰人はなんとなく眺める。咀嚼したそれを飲み込んでも、冬弥がふたたび声を発することはなかった。
「そうだな」
彰人の返事に被せるように、ツリーの前に立ったニュースキャスターがわあ、かわいいですね、などとはしゃぐ。ただ音だけを聞いていたテレビにちらりと視線をやって、スマートフォンを伏せた。またひとつ、ちまちまと丁寧に白い部分をティッシュの上に落としていく相棒の表情は真剣で、ただ作業の合間に雑談を振っただけのようだった。
写り込む雑踏にも手を繋いだり腕を組んだりと距離の近いカップルが多い。あとは子ども連れの家族だろうか。他人はどうあれ、彰人は恋人と日曜の昼下がりをあたたかく浪費しているのだけれど。入っているこたつから眠気が昇ってくるような感覚の中を揺蕩いながら尋ねる。
「……行きてえの?」
「いや、特に」
軽く首を振られて、そうだろうなと思った。そんな迂遠な誘い方をする男ではないことは、彰人がいちばんよく知っている。
俺は彰人と過ごせるなら、なんでもいいんだが。特上の言葉を一瞥もせずに告げられて、すこしむずがゆい。あたりまえのことみたいに、一等の位置を明け渡されている。己だってそれに応えて、いっとう近い距離を許している自覚があった。
夜になればライトアップもされる予定なので、みなさんも是非来てみてくださいね〜! そう呼びかけたあと、画面はスタジオに切り替わって、味気ないテロップが戻ってくる。リビングの壁際に置かれたそれは、ライブ映像を大画面で見られる、という彰人の提案に冬弥が賛同して、共に暮らし始めるときに購入したものだ。日に一度は冬弥の手によって、彰人にとっては退屈な番組を流し始める。
「オレもそう思うけど、……行ってみてもいいんじゃねえか」
「恋」というラベルを貼った以上は、何度も名目をつけてふたりで出掛けたし、相応に触れ合いもした。それでもなんだか手探りのままの関係は、冬弥となら居心地が良いと思える。たぶん、世の中はそれをこそ好意と呼ぶのだろう。
「イルミネーションを見に?」
ぱちん、と瞬いた冬弥が、ようやくまっすぐに彰人を見た。相棒はきっちり背筋を伸ばしているから、胡座をかいて背を丸めた彰人を見下ろしてくる。上目遣いで様子を伺いながら、彰人はすっかりデートの気分になっていた。帰りにあのケーキ屋に寄ろうとか、そういうことを考える。
「ん」
「……外、寒いみたいだぞ」
冬弥は、天気予報士が話す中身を要約する。でも、たかがそれでは冬弥の気持ちを言葉にしているわけではなくて、だから嫌だ、とは読み取れない。
「お前と行きたい」
駄目押し。ぐ、と黙った冬弥は、迷うように唇を開いたり、閉じたり。
「もう少し、……このまま」
彰人とふたりがいい、吐き出された欲に笑みが溢れる。なんでもよくないんじゃないか、と茶化す気分にはならない。「恋人らしい」ことがしたいわけじゃないけど、綺麗なものは冬弥と見てみたい、と続けたら、どんな顔をするんだろうか。
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