マシュマロなKiss

アイカツスターズ きらあこss。きららちゃんとあこちゃんが、キッスをしたのかしてないのかでわちゃわちゃするやつです。芸カ14で無料頒布したものになります。


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――夢を見ていた。
 それは将来の希望という意味ではなく、眠っている時に見る夢である。
 早乙女あこはそれを分かっていながら、心地よいその夢に自ら身を投じることにした。
 あこは眩いばかりのステージに立っていた。ある時はパティシエに、ある時は敏腕刑事に、ある時は看護師に、ある時はバレリーナに・・・。スポットライトの色が変わる度、様々な役の人生が始まり、それを懸命に生きる。
 やがて波乱万丈な歌姫の役を情感たっぷりに演じ切ると、辺りから割れんばかりの拍手と声援が聞こえてきた。
「みなさーん!どうもありがとうございますわ!!これからも大女優として、もっともっーとたくさんの役を演じてみせますわー!!」
 そう言って会場に大きく手を振った。
 そうしていると、また別のスポットライトがあこを照らし、舞台は違う場面に変化する。
 あこがいるのは棺の中。その全身は献花であろう純白の百合の花によって埋め尽くされていた。棺の周りを喪服に身を包んだ親族達が取り囲んでさめざめと泣いている。
「ああ、私達の愛しいプリンセスよ。まさかこんなに早くに命を落とすなんて・・・」
 それだけ言って大粒の涙を流しながら男は俯く。頭上には金色の王冠が悲しく光っていた。普段は国家を治める彼も、娘を亡くした今この時は、ただただ一人の父親なのだった。
 その隣で同じく冠を付けた女性、プリンセスの母たる女王が彼の肩を支えており、彼女も娘の亡骸に向かって何か言いたげに口を開く。しかしそれはどうしても言葉にならないようで、黒いベールの向こうで絶えずハンカチで目元を押さえるばかりであった。
 どうやらこれはお伽話をモチーフにした舞台のようだ。あこは死んでしまったプリンセス。何故だか役どころもこの後の展開も、台本を読み込んでいるかのように脳内で把握出来た。
 そう、この後は悲しみに追い打ちをかけるように、雷鳴が轟くのだ。あこの思考をなぞるように舞台が進行していく。
 雷鳴の中から嘲笑うかのような甲高い笑い声が聞こえてきた。プリンセスに死の呪いをかけた悪い魔女だ。
 現れた魔女は闇色の外套に身を包み、狂ったように笑っている。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ!!これで聖なる力を持つプリンセスはいなくなった!!この世界は私のものだよ!!」
 断末魔のような魔女の声が響くと、周囲は一気におどろおどろしい空気が立ち込めてくる。
 その時。
「そこまでだ!」
 颯爽と白馬に乗って表れたのは、四ツ星学園M4の一人結城すばる、が演じる隣国の王子であった。
 白い詰襟は金色のボタンや刺繍で縁取られており、銀に煌めいたマントを翻す姿は神々しいほどだ。まさにあこの理想の王子様の姿。
 あこは危うく「すばるきゅん!!!」と叫んで起き上がってしまいそうになる自分を必死で押さえた。自分はまだ魔女の呪いによって死んでしまっている身なのだから。プリンセスが生き返るにはまだ早い。
「魔女!お前なんかの好きにはさせない!!」
「何だお前は!?」
 魔女は不思議な力を使って王子の手足の自由を奪おうとする。しかし王子はそれに屈せず交戦を続け、以前プリンセスから託された聖なる力を持つ黄金の剣で魔女を一突きにした。
 魔女が醜い悲鳴を上げて舞台上に倒れ込む。スモークが焚かれている間にその姿は消えてしまった。そう、魔女は死んだ。だがそれで終わったわけではない。死してなおその呪いは残っている。
 暗雲が立ち込めたままのこの世界を元に戻すには、プリンセスの復活をもって他になかった。それを可能にする方法はただ一つ。
「ああ、愛しいプリンセス。あの日の生き生きとした笑顔、今この私が蘇らせて差し上げましょう。」
 王子は跪いて棺の蓋を開ける。そして、瞳を閉じて唇を近づけた。この口付けをもって世界は救われるのだ。
 あことすばるの唇の距離がどんどん狭まっていく。それと同時に、あこの心臓はバクバクと音を立て、今にも破裂しそうになった。
 今自分は死んでしまったプリンセスだ。それは先程から重々分かっているし、役をすっかり忘れるようなヘマはもうしない。だが、いくらなんでもこの状況で全くドキドキしないようにしろというのは無理な話だった。
 すばるがあこに覆いかぶさる。大丈夫、今なら客席からはあこの表情は見えていない。
 それをいいことに、死んでいるはずのプリンセスのあこは、思いきりぎゅっと目をつぶった。台本では実際にキスはしないはず。だからあと数秒、この状況を耐えればいいのだ。
 しかし、動きを止めてキスのフリをするはずのすばるが、何故か予定の動きをせずにそのままあこに顔を近づけてくる。
 あこの胸の中に、まさか、という予感が弾けた。
”い、いくらリアリティが必要とは言え、そんな、すばるきゅんまさか本当にわたくしとキスを!?そんなの、そんなの・・・嬉しすぎますわ~~~!!!”
 あこの脳内に一気に花が咲き乱れ、教会の鐘の音が高らかに響いてくる。
”わたくしのはじめて、すばるきゅんに、捧げますわ・・・・”
 自らも顔を寄せて、唇を突き出した。
 そして感じた、柔らかくて、甘い感触。
”ああ、キスって、こんなに素敵な味、なんですのね・・・”
 あこはうっとりしながらそれを味わった。それから閉じていた目をうっすら開く。
「お目覚めのちゅー」
 聞こえてきた声は、すばるのものではなかった。今度はしっかりと目を開く。そこには、あこの顔のごくごく至近距離には、よく知った人物の顔があった。
「あ、あこちゃん、ほんとに起きた。」
「きっきららーーーーー!?!?!?」

 ***

 豪華客船にしてアイドル学園、ヴィーナスアークの一室、きららに与えられたFuwafuwaDreamのデザイン製作ラボに、あこときららはいた。
 久しぶりにヴィーナスアークが日本に停泊している今日、Wミューズとしての最初のドレスを製作するため、あこがここを訪れていたのだ。
 最初は二人でデザインの案について意見を出していた。いつの間にかお菓子パーティーを始めようとするきららを窘めながら、何とかまとまってきたところ、きららが次の仕事のことでエルザに呼ばれたので一時的に部屋を出ていたのだ。
 一人残されたあこは、これまでのFuwafuwaDreamで使われたドレスの生地のサンプルを見ている間にうたた寝してしまっていた、というのが今の状況である。
「もう、あこちゃん驚きすぎだよ~」
 辺りに散らばったサンプル生地を拾い集めながらきららが言う。先程目を覚ました時、あこは驚いて手に持っていた生地を全てぶちまけてしまった。あこもきららに倣って同じようにそれらを拾い集める。
「すみませんでしたわ。でも、あなたが驚かせるような起こし方をしたからじゃありませんの。いきなり目の前に顔があったらびっくりもしますわよ」
 自分の失態に恥ずかしくなって誤魔化すようにそっぽを向く。
 そしてふと気が付いた。唇にまだ甘い匂いが残っていることに。
 キスされたのは夢の中だけの出来事であって、きららはただ顔を寄せて声をかけて起こそうとした、それだけの筈だ。
 しかし唇に残るこの感触は一体何なのか。夢の中で経験した、というにはやけに具体的な、柔らかい感触だった。
 もちろんあこは実際にはキスなどしたことがない。にも関わらずそれをこんなにも鮮明に思い出せるのだ。
「きらら、あなた、変なこと、してませんわよね?」
「変なことって?」
 きららは大きな丸い目をぱちくりさせながら首を傾げる。
「で、ですからその、わたくしを起こすときに・・・」
「お目覚めのちゅー、したよ?あのね・・・」
「なっ!?!?」
 思わず手に持っていた生地を全て取り落としてしまう。
 あこはわなわなと肩を震わせ、まだ何か言おうとしたきららが次の言葉を発する前に彼女に詰め寄った。
「あなた!最っ低、ですわ!!!!」
「あ、あこちゃん!?」
 いつものようにへらっと笑っていたきららも、怒りを顕わにしたあこに、反射的に背筋をピンと伸ばす。
 あこはシャーッ!と八重歯を光らせながら更に詰め寄った。腸が煮えくり返る、というのはこういう感情を言うのだと感じながら。
「人が寝ているところに、勝手に・・・っ!わたくしのファーストキスですのよ!!どうしてくれますの!?いつかゆくゆくはすばるきゅんにクリスマスイブにプロポーズされて、愛を誓いあって大きなもみの木の下で熱~ぅく交わすはずだったわたくしのファーストキスを、あなたはっ!!」
 あこは早口で、叫ぶように一気に捲し立てる。そこまで言い終えて大きく肩で息をした。
 一方、きららはそんなあこに付いて行けず、ええっと、と人差し指で頬を掻きながら言葉を探す。
「あこちゃんは、ファーストキス、まだなんだ?」
「ええそうですわよ悪かったですわね!!さっきあなたに奪われるまで、この唇は純真無垢そのものでしたのよっ!!」
 そう言ってあこは自分の唇に触れる。そうだ、もう奪われてしまったのだ。
 いくらきららに怒りをぶつけたとて、自分のファーストキスがかえってくるわけではない。それに気が付いて、今度は胸の中が悲しみでいっぱいに溢れた。
「わっ、わたくしの、だいじなだいじな、ファーストキス・・・」
 さっきまで怒っていたかと思えば、今度は顔を歪めてポロポロ泣き出したあこに、きららはどうしたらいいか分からず、一先ずあこの肩を抱いた。
「あこちゃんにとっては、ファーストキスってそんなに大切なものなんだね・・・。きらら、いつもパパやママやお友達や、だいすきなひととはいっつもちゅーしてたし、エルザさまともおはようのキスするし、初めてだとかそうじゃないとか、全然考えたこともなかったよ」
 あこは涙を拭い、鼻水をずずと啜りながらきららをキッと睨んだ。
「日本では家族や友達と挨拶でキスなんてしませんもの!それに挨拶でしたキスなんて、ノーカウントですわよ」
「・・・えっと、じゃあさっきのちゅーは絶対にノーカウントだね、あこちゃん?」
 取り繕って弁解するでもなく、きららはあくまで落ち着いた様子で言う。
 あこは、はぁ?と眉間に皺を寄せた。
「わたくしは例え挨拶であっても唇を許したりしませんわよ。最初に唇に触れた相手がファーストキスの相手であって、それはすばるきゅんで然るべきであって!!それなのにそれがあなたで・・・っ!!」
 あこは自分の言葉にまた悲しくなって唇を震わせ始める。そこでようやくきららは、自分とあことの間に認識の違いがあったことを理解した。
「あこちゃん、別にきららはあこちゃんにキス、してないよ?」
「はぁ?」
 あこはパチパチと目をしばたたかせる。新しく出かかっていた涙も目尻でぴたりと一時停止した。頭の中にはハテナマークが大量に浮かんでくる。
「え、あなたさっき、”お目覚めのちゅーした”なんて言っていたじゃありませんの」
「だから、あこちゃんにちゅーしたのは、この子だよ」
 きららは机の上にあった、白地にピンクの水玉模様の袋を手に取り、中から取り出した個包装の包みをほどく。それをひょいと親指と人差し指でつまみ上げた。
 白くてふわふわした、ネコの顔の形のマシュマロ。それを呆気に取られているあこの唇に、ちょんと触れさせた。
「ほら。こうやって、マシュマロにゃんこちゃんのお目覚めのちゅーであこちゃんは起きたんだよ。そう言おうと思ったのに、あこちゃん最後まできららの話聞かないから」
「え、え、あ・・・・」
 ニコッと笑うきらら。きららの言葉は嘘ではないだろう。なぜなら確かに今、唇に触れた柔らかくて甘い感触は、夢の中で体験したキスのそれと全く同じだったからだ。
 そう、勘違いだった。その勘違いで自分は怒ったり泣いたりして騒いでいたのだ。あこの顔が一気に朱に染まる。
「あっあなたが紛らわしい言い方するから!ですわよっ!!」
「ふふふ。あこちゃん顔が真っ赤っ赤だ~かわいい~~」
 そう言うきららは、明らかに笑いを必死で噛み殺していた。
「もう!笑うんじゃありませんわよ!」
 あこは更に恥ずかしくなって、きららに背を向けると、さっき取り落としてしまった生地のサンプルを片っ端から拾い集めた。後ろからは相変わらずきららがくすくす笑う声が聞こえてきており、どんどん居たたまれない気持ちになってくる。
 そうしていると、あこのアイカツモバイルが鳴った。モバイルの画面を確かめると、それはあこ自身が設定しておいたアラームだった。いつの間にかもう夕方になっている。
 スケジュール管理も立派なアイカツだ。今日はこの後劇組定期公演の舞台稽古があるため、その前に鳴るように設定しておいたのだ。そしてこのアラームは今のあこにとって、まさに渡りに船であった。
「ああもうこんな時間ですのね!?今日は公演の通し稽古がありますから、わたくし、これで失礼いたしますわ」
 言うが早いか自分の荷物を纏めて部屋を後にする。廊下を早足で突っ切って、あこは慌ただしくヴィーナスアークを下船した。もちろんアラームは余裕を持って設定しているから、そこまで急ぐ必要もない。
 船から少し離れたところであこは徐々に歩みの速度を緩めて、ふぅ、と息を吐いた。
 自分の勘違いで、きららの前で醜態を演じてしまった。しかし結果的にあこの純真無垢な唇は守られたのだ。
 そう、いつかきっとだいすきなひとと愛を誓うときまでこれを守り抜くのだ。
 そう決意を新たにしようとするのに、どこか拍子抜けしているような自分がいることに驚いた。あのマシュマロの甘い香りが脳内にちらついてくる。
 この気持ちが一体何なのか、吹いてくる秋の風は、あこの唇の上をただただ滑って流れていくだけで、何も答えてはくれなかった。

 *

 あこが帰ってしまい、一人部屋に残されたきららは、サンプル生地や資料で散らかった部屋を一通り片付け終えると、もう一度さっきのあこの表情を思い浮かべた。無意識にふふっと笑みを溢してしまう。
 最初は急にあこが怒ったり泣いたりするのでどうしたことかと思ったが、聞いてみればそれは勘違いで、恥ずかしがるあこは何とも可愛らしかった。
「やっぱりあこちゃんってとってもかわいいなぁ」
 そして、思い出す。きららが部屋に戻ってきた時、うたた寝していたあこの姿。
 穏やかに眠っているその顔は、いつもステージの上やカメラの前で見せる元気な顔、またS4としての凛々しい顔や、普段きららと一緒にいる時の、イライラと照れが混じり合ったような顔とも違っていた。
 そう言えば一緒のベッドで寝たことが数度あるとはいえ、いつもきららの方が先に寝てしまうので、あこの寝顔をじっくり見るのは初めてだった。
 どこかあどけなさを残しながらも、睫毛は長く整った顔立ち、それに桜の花びらのような、淡いピンク色の唇。改めてそれを瞼の裏に思い浮かべる。
「あの時、ほんとにキス、しちゃってたらよかったかな」
 思わずポロリとこぼれ出た言葉に、きららは自分自身でも驚いた。
「そっか、きらら・・・」
 胸の中に、今まで感じたことのない愛しさが込み上げてくる。
 きららは傍らにあった、白地にピンクの水玉模様の袋を手に取った。
 中から一つ取り出す。先程一旦封を開けて、もう一度包み直した一匹の猫だ。

 それを優しく見つめながらきららは、さっきあこの唇に触れたそれに、そっとキスを落とした。

END

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