嘘つきローレル

「優しくするな」

 目の前の男を睨みつけて吐き捨てる。そして、スマホの画面からアプリをタップし「悪い。助けてちょっと酔った」と友人宛にメッセージを送る。
 今日はサークルの飲み会で、少し気が緩んでいたようだ。ちくしょう。調子乗って強いのに挑戦するんじゃなかった。

「そう言われても、酔ってふらふらしてるのは放っておけない」
「お前、彼女居るだろ。幼馴染でも他の女に構うな。つーか、トイレの前で待つな。他の人の邪魔だし。ほら、こっちなら邪魔にならないから移動するぞ」
「ーー夕貴」

 捨てられた子犬みたいな顔する男、直人とは家が隣同士の幼馴染というどっかの映画か漫画の設定かよと思う関係だ。だからと言って、直人と私は恋愛に発展などしなかった。関係は変わらず、手のかかる弟とそれを見守る姉だ。
 まあ、長い間一緒に居たのだ。これがまだ恋人が居なかったら「悪い。肩だけかして」くらいは頼んだろう。
 私は友達からの「今行くよ!」というメッセージを見て安心して息を吐く。そして、この手のかかる弟にしっかり注意しなくてはと気を引き締める。
 
「助けは愛佳を読んだから大丈夫。あとな、さっきも言ったが、直人は恋人がいるだろ」
「うん」
「本当の姉だったらそんなことはないだろうけどな。お前が一番に考えるべきなのは、彼女。私じゃない。分かったか?」
「……でも、今更他人みたいにはできない」
「それは、ありがとう。でもな、短くまとめるから頭に叩き込め。彼女を優先しろ。以上」

 どうやらこの顔からして納得は出来ていないようだ。
 確かに、気の弱い直人を自然と私が守ってきたのだ。こういう家族みたいな絆ができてしまうのは無理もない。そう……家族なんだ。
 こんなことを言うのは気が引ける。けれど、ここはハッキリさせておかなければならない。

「もう、話すのもダメなのか?」
「それは良い。でも、こういう風に構うのは止めろ。自覚を持て。この飲み会に彼女が居たらヤバかったぞ」
「……もし」
「ん?」

 直人は何か言いよどむ。しかし、真っすぐ私を見て口を開く。

「嘘って言ったら?」
「ーーーーは?」

 頭から足のつま先まで冷えていく感覚が走っていく。
 私の声に怯えたようだが、直人はまた言葉を紡ぐ。

「だから、その、彼女が居るのは嘘で、夕貴がどう反応するか見たかっただけっていうのは……」
「それ、本当?」
「ーーっ」
「本当なんだな」

 直人は悪いことをしたと自覚している時、目をそらす。私に嘘をついて悪いことをしたと思っているから、目をそらしたんだ。
 お前は知らないだろうが、私が姉だとハッキリ線を引くきっかけになったのは、お前に彼女ができたからだ。可愛い子だと笑って言っていたからだ。
 全て吐き出しそうになったが、ぐっと堪えた。腹の底から色々な感情が混ざり合ってどうにかなりそうだ。
 
「……いだ」
「えっ」
「お前が嫌いだ」

 前から小走りで手を振る愛佳が見えた。私は泣きそうな直人を置き去りにして、愛佳の方に向かう。

「ごめん! 遅かった?! 大丈夫?!」
「大丈夫。さっきよりは良いし。まあ、肩だけ貸してほしいかな」
「でも顔色悪いし、一緒に帰ろうか。家まで送る! ……って、あれ直人くん? いいの?」
「いい。てか、お言葉に甘えていい?」
「う、うん。もちろん!」

 きっと、直人は俯いて泣いている。でも私は振り向かない。私がこういうことをされるのが嫌いだと直人は知っているはずだ。こうすればどうなるか分かっていたはずだ。
 私が、もっと素直な性格なら受け入れられただろうか。違う結末があっただろうか。
 そんなことを考えたが、私はやっぱり許すことができなかった。

 こんな嘘をつくならば、好きだと言ってほしかった。
 そして、私自身も関係を壊すのを怖がらずに、好きだと伝えればよかった。

 外に出て空を見る。半分欠けた月が私たちの関係の終わりを告げるように光っていた。
 

powered by 小説執筆ツール「notes」

216 回読まれています