どうせ3-3で入れないから書くアラタのss
騒動後の、余韻。
誰も音を立てない静かな、
夜が名残を惜しむようなそんな早朝。
アラタと名乗っていた少年の耳にこれまた静かな、柔らかい声が脳内に埋め込まれたAI越しに届く。
「久しいね、ニヴ」
少しばかり低い、アルトの、女性の声。
少年にアラタとは別の、彼女の前だけの名をくれた恩人であり、恩師。
姿はなくともその声は確かに届いた。
二ヴォル、雪の寒さや、冷たさ、脆さを意味する名前。
彼女は少年、二ヴォルが明星アラタという役割をこなさなければならないという強迫観念からその時だけ、解き放ってくれた。そんな人。
「先生、珍しいねわざわざ介入して声をかけてくれるなんて。研究は順調?」
茶化すように返答すると、師は苦笑を漏らして返す。
「つれない愛弟子だな。連絡を寄越したと思えば随分と興味深い事を言い出すものだから急いで連絡をいれたのに。」
「ふふ、ごめんね。」
1年ぶりに聞いた師の声が擽ったくてつい軽口を叩く。拗ねたように返してくれるのが嬉しくて、たまらない笑みがこぼれた。
「構わないよ。
それで、“死への展望が見えた”なんて大層な事を言い出したんだ。お前の価値観を聞かせてくれるのだろう?」
あの事件の後、二ヴォルは師に連絡を入れた。
二ヴォルの師は死という概念を追い求める変人。
彼女は決して希死念慮が強いとかそういう訳ではないが(むしろ生命力に溢れた人だと二ヴォルは考える。)何を持ってして死なのか、それは万物に存在するのか、というよく分からない小難しい哲学を嬉々として研究している錬金術師である。
迷いなく、これまでの経緯を語る。
自分の視点で、どう思い、何を感じたのか。
あの日、何があったのか。
「僕の存在ごと消せたのなら、それは存在の死であると思ったんだ。」
「でも別に死にたいわけじゃない。やりたい事も未練もないだけで。」
疲れ切っているらしい声色で二ヴォルが告げると
師はふむ、と相槌を打ちながら思案しているようだった。
「ぼくにさ、お前は生きながら死んでいるようなものだ、って先生昔言ったよね。理解できたよ、ようやく。」
空っぽであるのは事実である。
二ヴォルが明星ラースからアラタと名を受けた時、ようやく“使い道”があると思って貰えた、と感じた。
学習を重ねた今、おそらく本意は別にあることも理解しているし生い立ちを理解した今、それは半ば確信になっている。
でも、当時は、そうだった。
明星ラースの謝罪を二ヴォルは理解していなかったし
その頃から自分は彼の道具であるという
自認の元精神を保っていたから。
だから、彼の望むようになるために自我など不要であると生きてきた。時折湧く反感や、悲鳴を見ないふりをしてしまい込んで、彼の理想に添えるように、彼の息子として。
人生の大半を道具として生きてきたにもかかわらずよりによって今、それを覆されたとて、どうしろと言うのだ。
簡単に切り替えられたなら、自分はやはり道具でしかないと吐き捨てられたのに。
「お前が何者であろうが、お前はお前だ。」
静かに二ヴォルの話を聞いていた師はしっかりとした声色で諭すように続ける。
「いいか、二ヴォル。私の可愛い弟子。私はお前が第5異端核の器であることも、お前が空っぽである事もわかった上でお前だから私の弟子にした。」
「ぼく、だから、?」
「そうだ。良くわからん子供のこと等知った事か。私はお前の手配を見た時、やはり強引にでも手元に置いておくべきだったと後悔した。
既に消耗しきっていたお前を日本に向かわせたのは間違いであったと。」
師の、悔しそうな声を聞くのは二ヴォルにとってとても珍しい事だった。
頼りなかっただろうか。と考えて、そのまま疑問を口にする。
「ぼくが、識染に飲み込まれて勝てなかったから?」
師は驚いた様子だ。
「お前、抗わなかったのか?」
「まさか。ムカついたから抗ってはいた。
でも、アイツの望みとぼくの願いは根本では両立しそうだったから迷ってはいた、かも。」
続けろ、と静かに響く声が酷く心地よく感じて
考えながら、ゆっくり言葉にしていく。
「アイツはきっと愛されたかった。ぼくよりも先に明星ラースに出会って、ぼくよりも先に愛されたんだって、そういうマウントを取りたかったんだと思う。アイツはぼくの血の繋がりがどうしようもなく羨ましいんだと思う。」
何度も何度も喚いていたけれど、二ヴォルにとってはしごく当たり前のことしか識染は言わなかった。
だから、腹も立たなかったし、いっそ哀れにすら思えた。
「人間と、根本的に考え方が違うのかと聞かれたらそんなに違いはないんじゃないかな。ただ、強すぎる力を振るったら潰れて、それで遊んでる子供。悪いことを悪い事とわからなかった子供。やらかしの結果が洒落にならなくて、親のようにしたった相手に躊躇いなく殺されかけたの。」
だから、慕う気持ちは反転して、裏切られたと
そういう恐怖と憎悪に変わった。
そういうことなんじゃないか、と。
「対してぼくは、アイツの器なのに半分ラースの血を引いているから殺されなかった。自分の事は世界の為に死ねと言った癖に器は殺したり処理しないのが気に食わないんだろうね。」
だから、いたぶって消し飛ばして、成り代わってやろうとしたのかな、と考。
一方二ヴォルはといえば、識染に体を今更奪われた事に関しての苛立ちと氷室凛を殺害しようとしたことに関する憤りはあれどそれ以上のにチャンスを感じていた。
やっと、明星ラースの願いを叶えられる。と。
異端獣と呼ばれる化け物の核を3つも取り込んでくれたのだ。あとはそのまま殺してくれれば少なくとも現状3体分の害獣の封印措置が取れる。
二ヴォルに消えて欲しい識染と、識染ごと死んだら上手く行けば始末できるかもしれないと考える二ヴォル。
そういうかみあいがとれていた。
その話を聞いていた師はそうか、と寂しそうに呟いた。
「でも、お前は生きているだろう
心境の変化か?それとも世界が望まなかったか」
二ヴォルはその言葉に思案する。
師は時折、不思議な言い回しをする。
理解しかねるときと、何となく感じ取れる時があるが、今回は後者だった。
「心境がそんなに簡単に変わるわけないでしょ。ただ、これまでぼくと一緒に戦ってた人が識染をくだして、ぼくが生きることを望んだから。」
二ヴォルは何処までも効率と現実主義である。
師を仰ぐにあたって死にたいという希死念慮はない。
ただ、秩序を守るために必要であるならば自身の死すらも使うという覚悟と意思があるだけ。
二ヴォルは感情が薄弱なだけで、意思は強い方だ。
これは誰に頼まれたでも影響を受けたでもなく
昔から二ヴォルに備わっている価値観である。
明星ラースが秩序側だったのも大きいかもしれないが、そもそも倫理観と価値観が他の人間とおおきくズレているのにも自覚がある。
運命に嘆く事も、運命に抗うことも二ヴォルにはなかった。
そんな暇があるならば、それをいかに誰かの役立てるかを考えていた。
そんな姿を見てかつて師は、いきながら死んでいるようだと笑ったのだ。
「もう死んでいるようなものなのに、今更生きろなんて残酷だよ。ぼくにはね。でも、敗者に語る言葉なんてない。そうでしょ?」
通信先の声がそうだな、と、安堵したように返す。
「相手に合わせてペルソナを作るのは慣れっこだよ。でも、誰かの手を取るのは慣れないから。特に価値観が合わないけれど、それでも憧れるような相手は」
彼女の主張を信じられた訳ではない。
今だって二ヴォルは彼女の主張を偽善だと思っている節がある。
それでも、それをまっすぐ誰かにぶつけられる彼女に、二ヴォルは素直に憧れた。
きっと、見ているものも感じている事も違う。
交わることの無い物だと、判断している。
けれど、彼女が望むならしばらくはそれに付き合ってもいいと、折れたのだ。
張り合う程の体力も時間もなかったともいう。
「ぼくは彼女を肯定しない。
でも、彼女を否定しようとも思わない。
どうせ生きるなら、彼女に付き合うのも一考かなって。」
師はそこまで聞くと、ふふ、と何処か嬉しそうな笑いを零した。
「お前の心境の変化は喜ばしいものだ。
全く物騒な報告をよこすからヒヤヒヤしたぞ。
世界がお前の敵になろうが、最悪私が攫ってしまうからな。問題は無い。
研究はひと段落したからな、お前が満足したら、迎えに行ってやる。それまでは、頑張りなさい」
師はそう告げると二ヴォルが望んだ資料を
そのまま寄越して通信を切った。
相変わらず突然来て突然居なくなる不思議な人だが
二ヴォルはその距離感の居心地がよかった。
渡された資料を片手に再びスケッチブックに向き直る。
やるべき事を、役目を全うする為に。
powered by 小説執筆ツール「arei」
6 回読まれています