こっちは明かり付いてると恥ずかしいんや、と兄弟子はぼそりと言った。


「そろそろええですか?」と尋ねると「ああ。」とざらついた気のない声が返って来る。
他所に泊まりに行って子どもがいない夜にはセックスをする、と言うのは、僕とこの人の間の不文律のようなものだった。
こういう関係になって長くなると、口にして決めたわけではないが、高座の前日なら最後まではしないとか、跡を付けたいときはなるべく首から下にするとか、互いにそういうことをするときのそうした了承がある。
自然に火が付いた夜とは違って、この日にやると決めてその気になるのは受け入れる方には難しいらしい。
若狭への好意があれだけあからさまだったのとは違って、この人の僕への気持ちがグレーゾーンにあるということは分かっている。
身体だけでも求められるのが嬉しいとか、この部屋にふたりだけで暮らしてた頃の義理とか、先に家族を持った兄弟子に先を越されて、今度は自分だけがひとりになるのが怖いとか、そういう気持ちがないまぜになったまま僕に身体を『許している』というのが近いだろう。
今夜はいやや、という本音をなんとなく口には出せずに流されることの多い人は、本当に面倒くさい男で、気持ちを汲んで『今日はよしましょう』と僕から言ったところで、お前が先に始めたくせに、と言わんばかりの拗ねた顔をしたり、今日はせえへんのか……、と落ち込んだりで、僕は結局、そんなこの人が可愛くていつものように手を伸ばしてしまうのだった。

気乗りのしない相手をその気にさせるのも、相手がこの人なら楽しくないわけでもないけど、ここまでその気がないような様子であればどうするか、と思案しながら頭を掻いていると、普段なら脱がされることを待っているパジャマのボタンに手を掛けたまま、揺れる目付きでこちらを見つめる兄弟子と目が合った。
「あんなあ、今日明かりを消してしたいんやけど、ええか?」
「なんでですか?」
「なんでて……ええやんか、たまには。」
考えてみれば、初めてかもしれない。
電気を消してしたい、というのは、セックスの時にああしたい、こうしたいと受け入れる側が口にするのははしたないと思っているような、どこぞのこいさんのような質のこの人が言うのはひどく自然で、けれど珍しいことではあった。
ただ、ゴムを替えるにも、適切な場所にキスをするにも、セックスの後で身体を拭くにしても、明かりを付けっ放して始める方が後々の都合が良い。
とかく男同士に限らず、セックスを終えたばかりの身体は直後に洗い流すかどうにかしないと次の日が面倒なのだ。だというのに、一度明かりを消した後でまた付けるというのはそのひと手間が億劫になる上、この人は僕とのセックスの後で身体を持ち上げる余力があった試しがない。
それに、何より、一番の理由としては、僕が、この人が行為の最中に乱れるところを見るのが好きなのだった。
誰のものでもない僕しか知らない姿を目の当たりにするというのは、妙に火が付くもので、それなりに経験のある相手と、互いの快楽だけを追い求めて楽しむ時とは全然別の気持ちになる。
どうやって言いくるめようかと思ったが、相手の目はひどく切実な色を湛えていて、ここで嫌だと断る選択肢はないような気がした。
「……明かり消したら、今日はオレが脱ぐし。」という兄弟子の掠れた声には、さっきとは違う色が乗っているのがはっきり分かる。
それはそれで楽しそうな気がしたけど、電気を消すのであれば、今日は全く別の趣向で行くのも楽しいような気がした。「暗いところでするにしても、僕が脱がせたいので、今から隣で浴衣着てきてくれませんか? 出来れば足袋もお願いします。」と言うと、兄弟子はさっと頬を赤らめた。
外から漏れ入って来る明かりはあっても、すっかり明かりを落としてしまっては、こういう様子の変わりようもすっかり見えなくなってしまうのだ。
「裸足ではあかんのか?」と不服そうな顔を取り繕っている相手に、「手順ですから。」と言って押し通した。
兄弟子は、セックスの経験が乏しいこともあって、こちらがひとこと、手順ですから、とさえ言えば、そこまで我を通すことが少ない。
魔法の言葉だ。
「仕事で使う浴衣は着てけぇへんぞ。」と言いながら兄弟子はそわついた様子で隣に駆けこんでいった。



「ちょ、待てて、しぃ。」
「待てません。」
ここは稽古場とは違う。
部屋の布団の上ではこの人は僕の兄弟子ではないし、僕もそうだ。
続き、しましょう、と真っ暗な中で伸びて来た手首を取って、内側の部分を舐めるとひゃ、と小さな声が聞こえた。
緩く結わえられた腰紐を解いて脱がせたいつもの稽古着の浴衣を、そのまますっかり剥いでしまって部屋の隅に丸めて放ってしまうことも考えたけれど、脱がせた上に身体を横たえさせてから、暗い中で、これから抱く相手の肌に触れた。肩の稜線、なだらかな胸に、骨ばった腰。膝から手を入れて閉じた足を開かせる。
膝を立ててどうにか隠そうとしているようだが、脚の間にあるこの人のモノも同じように昂っているのは、こちらからはずっとはっきりと見えているのだ。
薄暗い中にも、レモンイエローの蛍光色にはっきりと光って見える趣味の悪いコンドームを被せた上に口を寄せると、うあ、というはっきりした声が聞こえて来る。
早くこの人の中に入りたい、と思いながら、目の前の人の昂りを大きく開けた口の中にすっぽりと包み込むと、高座の時に履いている足袋に包まれた踵が、裸の肩に当たるのが分かった。

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