幸せになりましょう、一緒に。/その2


妙に真剣な顔をしていたので、別れ話を切り出されるのかと思った。


「せっかくの休みですけど、明日はジムに行こうと思うので、良ければ徹郎さんも、付き合ってくれませんか?」
ピザを食いながら見ていた映画のタイトルロールが流れるタイミングというのが、これまた分かりやすいシチュエーションだった。
ああいいぜ、と返事をする前に、徹郎は思わずクックと笑ってしまった。
明日は、互いに休日が重なった奇跡的な一日だ。そういう日は、得てして前日に互いを貪るようなセックスをしてから、夕方までは無為に過ごすことが多い。
夕食を食いに出掛けるか、そうでなければ生活用品の買い出しに行くにしても、徹郎が回復して動けるようになるのを待っての話になる。かといって、譲介に手加減して欲しいわけでもないので、今夜も、恐らくはいつもの休暇と同じになるのかと思っていたのだ。
案の定、さっきの笑いを引きずりながら理由を聞くと、思った通り、年下のパートナーは「最近腰回りが、」と言ったきり言葉を濁した。
これ以上太っちまったら夜に支障が出るんじゃねえのか、と忠告しても、じゃあ今から試してみますか、などと抜かして取り合わなかったヤツが、三十路も半ばになって腹が出て来たのに気づいて、ようやく危機感を感じたらしい。
そりゃあまあ、譲介の今の普段の食生活じゃ、いつかはこういう話も出て来るだろうと思っていた。
カレーだけ食べられればそれで構いませんと嘯いていたガキは、気付けば、デザートは別腹です、などと一昔前のOL――まあ今じゃこういうのも死語かと思うが――のようなことを言う大人になっていて、こちらの知らぬ間に果物や菓子の類を良く食べるようになっていた。神代の診療所で出されたものを出されるままに食べていたらこうなったと言うが、あるいは、高校時代までは押さえてた自我が出て来たかというところだった。
今だって、本人は気にしてはいるが、多少の贅肉は愛嬌のうちだし、言うほど変わりはない。寝るときに身体に腕を回すと、存外に触り心地は良いのでそもそもオレの方じゃ悪くはないと思っているが、まあ色々と考えることはあるんだろう。健康維持は医者の務めです、など口では言っているが、恐らく看護師に釘でも刺されたに違いない。
ジムか。
クエイド財団の福利厚生で、本部から車で五分の場所にある系列のジムの会員証は持っているが、会員証を作りに行ったきり、ほとんど利用した記憶がない。そもそも、トレーニング用のウェアに着替えるのが面倒というのが第一のハードルだった。
まあ、半袖に適当なズボンを合わせりゃそれでいいか。
「オレとのセックスは暫くお預けってことか?」と問いかけると、譲介は「徹郎さんは今の重さのままでいてください。」と言って、答えをはぐらかすようなキスをした。



『ポッピングシャワー、チョコレートをダブル、フレッシュベイクドワッフルコーン。』
数多くのフレーバーを前に悩んでいた譲介が浮かべた嬉しそうな表情に、オーダーを聞いた男が、エクセレント、と言って微笑む。パーカーを着ている譲介の年を、二十代半ばとでも思っていそうな顔つきをしている。
たっぷり五分悩んだ末の決断だった。
これがカップ麺なら今頃割り箸を割ってるところだ。そんなことを考えながら、TETSUは同じ寝台で寝起きしている男のつむじを眺めた。
ジムに通い始めて数か月。
運動の結果が筋肉量として現れて来たと見るや、譲介がこれ幸いと、食事の後で「ちょっと寄り道していいですか。」と徹郎を連れて来たのが、このチェーンのアイスクリームショップだ。
バスキンロビンス。定番中の定番だ。
「徹郎さんは何にします?」
『……シトラスツイスト。』
「まずはコーンかカップかを選んでください。」
レジ前のラミネート加工されたメニューを指さして、譲介はガキを諭す時の顔つきをした。
そもそも、迷いたくて迷っているわけでもない。コーンかカップか選ぶ必要のないソフトクリームを食わせるような店に連れて来いとは思うが、レジ前で選択を迫られているこのタイミングで、それを言ったところで意味がなかった。
これだ、とでかでかと子ども用と描かれたデカいコーンを指さすと、やはりというか、難しい顔をした店員に、成人はこちらとこちらから選んで欲しい、と有無を言わせぬ口調で言われてしまうことになった。
ワークアウトの隙に粉を掛けて来ようとする野郎どもを追い払うほどには面倒がるような話でもないか、と自分に言い聞かせて、譲介と同じワッフルコーンにする、と相手に伝えると、待ち時間にコーヒーが飲みたいような気分になってきた。
「ふたつのアイスでプラマイゼロだぞ。」
「分かってます。」
譲介は、ダイナーに朝飯を食いに行く時の、いつもの水色のパーカーだった。
夜の気取ったデート以外は、ガキの頃と寸分変わらない、ラフな身支度だ。
そうした格好を見ると、高校の頃は、さして甘味の類を楽しんで食っていたようにも見えなかったが、変われば変わるもんだ、と徹郎は思い出す。
『夏でもねえのに奇特な野郎だ。』と言って譲介を指さすと、リップサービスのつもりか、店員はまた、愛想笑いに見えない微笑みを浮かべて『うちのお客は皆そうですよ。アイスクリームは、人を幸せにするものですから。』と言った。
『僕が愛してるのは美味しいアイスクリームだけじゃないですけどね。』
左隣に立つ譲介が、そんな風に余計なことを言いながら、指輪のある方の手を握って来たので、徹郎は、口元に笑みを浮かべながら、コイツの育って来た腹筋に肘鉄を入れるなら今だな、と思った。

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