差し入れ
「これ、うちのおかんから草若師匠にも差し入れしてんか、て言われたんですけど、食べて貰ってもええですか……葱のアレルギーとかないですよね?」
高座を終えて帰り支度をしていると、今日の日暮亭の手伝いをしていた草々の弟子がどこからかやってきて、でかい袋を差し出して来た。
「……なんやこれ?」
「葱煎餅です。親が今住んでるとこの名産で。」
草々の三番目の弟子が差し出したビニール袋に描かれたロゴは、こっちでは見慣れないものだった。中身を見ると、『草若ちゃんへ』と丁寧な文字で書かれたファンシーな封筒がセロテープで貼り付けてある。
これ、ファンレターちゃうか……?
それは分かるねんけど、なんで差し出し人がお前のおかんやねん、ていうか。
ファンは貴重やし、オレももう選り好み出来るような年とちゃうねんけど。
「草々師匠と若狭師匠にもよろしく、てついでみたいに入ってた普通の煎餅もあったんですけど、草若師匠の煎餅だけちょっとごつくて高いやつですね。」
そんなん言われたら、ファンレター突っ返しにくいやんけ。
「お前、田舎どこや。」
「田舎はないです。もともと、父親も母親もこっちの出ぇやったんですけど、親だけ転勤で関東行ってもうたんです。その頃にはオレも大学行くか専門行くかて時期で、千里に住む爺ちゃんとこに居候で居らせて貰ろたんで。これは埼玉の名産で。」
「ほんなら、お前の親は今は埼玉に住んでんのやな。」
「いや、今居るのは神奈川の山ん中ですけど。」
……はぁ?
「休み取って埼玉に遊びに行ったとかで。こっちでもよう京都行ったり奈良行ったりしますけど、関東も案外狭いですね。あ、この葱煎餅、俺も食ったことあるんですけど、割と美味いですよ。」
「このドアホ。こういう時は口だけでもええから『めっちゃ美味しいです。』て言わんかい!」
「あ、そうですね。」
そうですねとちゃうわ。
ほんま、草々の弟子やの~~~。
「まあええわ、手紙だけ貰とくし。お前のおかんには葱煎餅美味かったとか適当言うといてくれ。」
「え? その手紙、どないするんですか……?」
目の前のスカタンは、巷に良くある話みたいに、後になって脅迫に使われるんと違うやろか、ていう顔になっている。考え過ぎや。
「これはまあ、このまま天狗のマネージャーに見せて、適当に返事打ってもらうわ。それでええか?」と言うと、そんなあ、という顔になった。
「芸能界ってえぐいですね……。」
「全く返事せんわけにもいかんからな。四草かてそうしてるし、草々のヤツも、基本的には喜代美ちゃんに代筆させてたで。マネージャーなら業務内の仕事やけど、喜代美ちゃんに日暮亭の仕事もほとんど丸投げで任せてんのに、天狗のマネージャーでもやれる仕事を勝手におっつけてる方がアカンやろ。」
「それは……まあそうですけど……。そういえば、うちの師匠もこういうファンレターみたいなもん貰てたんですか?」
「まあ、基本的には、あいつのファンはほんまの落語好きが多いから、アンケート用紙に頑張れ~、とか応援してるで、とか今日のはいまいちやったとか、そういうのが長々書いてあることはあっても、ファンレターみたいなもん滅多に来えへんけどな。四草の落語の会に顔出すようになった頃だけは、なんやちょいちょいそういうのが来てたて聞いたで。」
あの頃の喜代美ちゃん、なんで私と言うものがありながら、なんでこんな浮かれた手紙出して来るのがいるんですかね、てめちゃめちゃキレ散らかしてたな……。
まあ、確かに、緑姉さんくらいの年の人が言うならともかく、そもそも落語家に所作が格好ええとか必要ないんとちゃうか、とはオレも思うけどな。
第一、オレが草々と同じことしたかて別にキュンと来てるヤツおらへんやろ、て言い合うてるうちに、言うたら言うただけ腹立って来て、喜代美ちゃんはパフェの後でクリームあんみつお代わり、てやけ食いしてたし、オレはオレでクリームソーダの後でなんや腹立って来て、立て続けてぜんざい食うてたし。
四草も割とああいうの来るから、まあ喜代美ちゃんの気持ちは分からんでもないけどな。
住所とか電話番号とか書いてある手紙もあるから、日暮亭の会員に入ってへんかったらダイレクトメール送っといてくれ、とか言ってあいつもあいつで喜代美ちゃんに来てたファンレターそのまま横流ししてたけど。そんなんで腹が収まるもんとちゃうで。
まあ、どんなファンレターが来てたかて、中身が子持ちのおばちゃんて可能性はあるわけや、て思ってたらあいつのクリスマスの仕事のレポート見てたらまあほんまもんの若い女子おるな…ていうか……思い出したらまた腹立って来た。
それ考えたら、この葱煎餅てものは、草若ちゃんのファンがこの可愛い草若ちゃんに向けて送って来てくれたわけで……ていうてもまあ、あんまり帰りの荷物が増えるのもめんどいか。今日はあいつも仕事が入ってるから迎えに来てくれる訳とちゃうし。
「葱煎餅は、まあ半分ここに置いて午後の仕事のヤツらに食べて貰えばええやろ。」
菓子器の中にあったゼリーとエリーゼもほとんど半分になってもうてるし。
「後の半分は、どないするんですか?」
「袋のまま事務所の方に持ってって、喜代美ちゃんと一緒に食べるわ。それにしてもなあ、師事してる師匠のとこにええヤツ買ったったらええんと違うか?」
「師匠とおかみさんには、煎餅の他にも鰻の蒲焼があったんで。」
「……鰻……!?」
「そうなんです。オヤジが好きなとこのなんですよね。おかんにブラウスの一枚も買われへんくせに、外に見栄張るの止めといたらええのに、ていつも思うんですけど。オチコちゃんがほうとう食べたいて言うてたから、次はほうとうにするて言うてました。」
オレには煎餅で草々には鰻か……。そういえば喜代美ちゃんの御実家からも大層な越前蟹もろて、蟹すき食べたことあったなあ……。
「オレも弟子取るか?」
「えっ? 草若師匠、誰ぞそういうのが今いてるんですか?」
あ、しもた。口に出てたんか……。
「いや、そうやないけど。」てこっちがこない言ってんのに、(ニュースや、誰ぞに言わな)て顔すんなて!
大概分かりやすい弟子やで。
弟子取って鰻食べられるならそうしたいけど、家にでっかい子どもがふたりいてるし難しいていうか……。
「この葱煎餅、残りはふたりで食べとくわ。お前んとこのおかんにもありがとうて言うといてくれ。」
「分かりました! ほな、お先に失礼します。」とかっちり礼だけして出て行きよった。
お前……草々の弟子の割には逃げ足早いなあ。
デカくて丸い葱煎餅見てると、ここで一枚食べよか、て気になってきたけど、喜代美ちゃんこないだなんやちょっといいお茶もろたて言うてたし、あっちで一緒に食べよ。
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