アイティオン星晶鏡にて
ヒカセンマリィさんのはなし。
カプ要素は特に無いけど、愛されヒカセン。それは公式(強火)。
アイティオン星晶鏡の時の一幕。
視点はアリゼー(すきすきだいすき)
以前のマリィさんの過去の話から直結。
件の弟とは、本当は力と魂を分け合っていた。はず。だった。
■
星界を通り、星の中心へと向かう道。
アイティオン星晶鏡から下る先は、エーテル界とも星界とも呼ばれる、いわば死後の世界。
クルルが上から観測をし続けてくれているから、私達は生者のままそこに居られるけれど、周囲に取り巻いているのは既に死した後の魂達。
神話でたまに語られる、いわゆる『冥界下り』っていうのは、こういう事なのかしらね。
かつて私達に立ちはだかった人々が再び道をふさいだり、逆に私達を進ませるために果てた人々がそれを払ったり、色々あったけど。
案外というか、案の定というか。この場所は、決して暗く鬱々とした場所ではない。
光輝くエーテルで満ちたここは、美しい。気を抜いたら、心安らかに眠りに落ちてしまいそうなほどに、ぬくもりに満ちてさえいる。
……当たり前なのかしらね。
地上で生を終えた命は、その魂をエーテルとして霧散させ、星界へ還る。そして記憶や経験なんてものを洗い流して、新しく生まれて来る。
その場所が、陰鬱としている訳がないのは当然なのかも。母なる海、なんて言葉があるけど、まさにここがそうなわけだし。
母なる星の内海がこんなにも美しい事に、不思議と安心感を覚える。
やはり、この場所を、この星を守りたい。ここを捨てたくなんてない。改めて、強くそう思う。
「…………」
「マリィ?」
最後に立ち塞がった、アモンを退けた後。槍を収めたマリィは、ふと上を見上げた。
その視線の先にはここまで辿ってきた道筋ではなくて、揺蕩うエーテルの光が行き交う様子だけがある。
無言で立ち止まった事に首を傾げたのは私だけじゃなかったけど、更にそこに近付いて、ひょいと顔を覗き込む。
その表情は、戦いの最中の凛々しいものでも、いつもの優しい微笑みでも無くて。
何処か寂しそうな、切なそうな、そんな顔でエーテルの海を見ていた。
それはほんのわずかの間の事で、私が覗き込んでいる事にすぐに気が付いて、ふるっと頭を振ってこちらを見た。
「ごめんなさい、なんでもないの」
「……本当に?」
「ええ。確かに、ここは良くないわね。秘匿されていたのも納得だわ」
照れ隠しのように笑って、先を急ぎましょうとそのまま歩き出した。
詳しい事は何も言わなかったけど、……私にはわかった。きっとアルフィノや、他の仲間達にも。
ここは星界。死後の世界。
人は死ねばエーテルとなってここへ還るけど、すぐに何もかもを洗い流される訳ではない。しばしの間、ここから地上を眺めていたり、抱えていた思いを巡らせていたりしている。
それは、ここまで下って来た間の出来事で、よく分かっていた。
だからこそ、この場所はシャーレアンでも秘匿されていた。本来の用途の重要性もさることながら、もしかしたら死んだ大切な人に会えるかもしれない場所って事なのだから。そんなものがあると知れたら、大パニックになるのは目に見えている。
愛しい人にもう一度会いたい。そんな願いを抱える人の、なんて多いことか。
けど、死者には二度と会えない。本来、そうでなければならない。でなければ、生者の世界が乱れる。
分かっていても……いざこの場に来て、今のわずかの間。きっと、彼女は思ったのだ。
『もしかしたら、死んだ弟に一目でも会えるのではないか』、と。
気持ちは分かる。同じように思っているのは、きっとマリィだけじゃない。
サンクレッドもウリエンジェもそうだろうし。エスティニアンだって、両親や弟と死に別れていると聞いた。
私達だって……もしかしたらルイゾワおじい様ともう一度、なんて。チラリとも思わなかったなんて嘘だ。
そんな後ろ髪を引かれる思いを、彼女は振り払った。
……相変わらず、あの人は強い。今やるべきことから、目を逸らしたりしない。
数歩遅れてしまった私達も互いに顔を見あい、頷き合って、同じように歩き出して……
「……?!」
ぴたり、と揃って足を止めた。
ほんの僅かに先に行く、光の戦士の後ろ姿。
まるで、途中でそれだけ立ち止まったように、体から抜け出て来た光があった。
光り輝くエーテルは、驚き立ち止まる私達の目の前で、ふわりと人の形を取って、そして振り返る。
それは、見知らぬ少年の姿をしていた。特徴的な長く伸びた耳は、エレゼン族の証。私やアルフィノよりもずっと年下の、恐らく10にも満たない、幼い少年。
エーテルで出来たその男の子は、細部の色合いはあやふや、指先などの像もおぼろげで、今にも儚く消えてしまいそうだった。
『―――本当は。ボクも、一緒に居るはずだったんだ』
寂しげに紡いだその声は、耳ではなく、頭……というよりも、心に直接響くようだった。
もう一度傍の仲間達も見るけれど、どうやら皆に聞こえているみたい。
なのに、先に歩いているマリィは振り返らない。立ち止まらない。
いつもは、本来聞こえない筈のものを聞くのは、超える力を持つ彼女の方なのに。
『なのに、ボクは弱くって。……本当は一緒に、傍で力を合わせて、生きて、立ち向かっていく筈だったのに。ボクが弱かったせいで、アゼムの魂も、運命も、全部お姉ちゃん一人に背負わせちゃった』
本当に辛そうに、申し訳なさそうに、悲しそうに。少年は両手をぎゅうっと胸の前で握りしめて、そう語る。
つまりは、そこに居るのは。
彼女の中から出て来たとしか思えない、そのエーテル、その魂は。
……マリィが折に触れて語る、心から愛する、弟のもの。
『ボクの魂は、お姉ちゃんを守るけど。……でも、お姉ちゃんの心は、守ってあげられないから』
彼が、マリィが旅立つ数年前に亡くなっている事は、以前聞いた。
そうか、その魂は星界に還らず、マリィと共に。本当ならば、隣り合い並び立つ筈だった、同じ運命を分け合った姉に譲られていたのね。
なんとなく、納得できた。
第一世界で、魂だけとなったアルバート……もう一人の光の戦士は、その全てを投げ打って、マリィを助けた。ボロボロになっていた彼女の魂を繋ぎ合わせ、補填したという。
それと同じこと。本来分かれて生まれた魂を、一つに混ぜ合わせた。
……だから、彼女の光の加護は強かったのかもしれない。二つに分ける事で、本来の光の戦士はこの現代の人々と同等だったのかも。なのにそれを、一つにせざるを得なかったから。
『だから、……お姉ちゃんを、どうか、お願いします』
この子は、死んで魂だけになる事で、自分達の真実を思い出したのかしら。
エーテルに還ると、上書きされていた記憶が洗い流されて、強く焼き付いた原初の記憶が蘇る事もあると……可能性の話だったけれど、それがあり得るとつい先ほど見たばかり。
ぺこり、と私達に大きく頭を下げて。少年は踵を返し、先に歩く姉を追い駆ける。
その姿は、甘えようと両手を広げて抱き着く幼子そのもので……けれど、接触と同時に彼はふわりとエーテルの光として霧散して、彼女の体に元のように重なり合った。
「……?」
それはなんの衝撃も生んでいないように見えたけれど、歩いていたマリィは立ち止まる。
そして振り返ったけれど、そこにはもう、誰もいない。
不思議そうに首をかしげて、そして離れたところで足を止めたままの私達に、怪訝そうな顔をした。
「どうかしたの?」
「あ、いや」
「えっと……」
今のわずかの時間に何かあったのかと、当然の疑問を彼女は投げかける。
思わず、アルフィノと二人で言いよどんで、顔を見合わせた。
今のは、幻なんかじゃない。この星界の中だからこそ起こった奇跡。
それを、どう判断して扱えばいいのか。咄嗟に選択が出来なかった私達をよそに、何も迷わない様子で最初に歩き出したのは、エスティニアンだった。
「別に何もない。それより、急ぐんだろう? ハイデリンはもうすぐそこだ」
「? ええ、そうね。随分と待たせてしまったろうし……、メーティオンも、待ってはくれないもの」
「そうだろうな。行くぞ、相棒」
何かを有耶無耶にされた事は察しただろうけれど、必要がないと判じたことをエスティニアンは多く語らない。
だからこそマリィもそれ以上は何も聞かず、同じ師を持ち、同じく竜騎士として槍を携える二人は再び踵を返して先へと向かう。
勿論それに遅れるわけにはいかない。私達も同様に、進むけれど。
「ね、ねえ、いいの? 今のって……」
「アリゼー様。今は、口を噤む時かと」
まだ狼狽えている私をよそに、他の皆……アルフィノさえ、もう迷ってはいなかった。
でも、あんなに会いたがっていた弟の思いが、今そこに居たのに?
あと数秒、振り返るのが早ければ、その姿を見ることができたっていうのに?
何も言わないの? このまま、黙ってろって?
なんだか納得いかない、それで本当にいいのかと小さな声で問うたけど、それに対してウリエンジェが制止を求め、首を横に振る。
「死者の想いは、時に未来へ進む力ともなり、逆に過去に縛り付ける枷ともなる……。愛情深きかの方が、どのように受け止めるかは分かりかねますが、故にこそ今は、お伝えすべきでは無いかと……」
「そうだけど、……そうだろうけど」
分かるわよ。マリィにとっては、きっとこの世界の何よりも大切なのは、亡くした弟の想い。
それが根幹にあるから、彼女はここまで一度も折れず、くじけず、諦めずに立ち続け、戦い続けて来た。
もしもそれが目の前に現れたら。間違いなく、良くも悪くも動揺する。その後、どんな風にそれを受け止めるかも分からない。
今は、立ち止まっていい状況じゃない。既に終末は始まっていて、一刻の猶予もない。
……それでも。
「分かってるけど、……なんだかそれって、あの人を戦わせるのに、不都合だから隠すみたいじゃない」
これから、未踏の地に踏み込み、どんな戦いが待つかわからない。
私達も共に赴くけれど、最も重要な戦力であるのは彼女だ。メーティオンとも直接面識があるのはマリィだけだし、1番因縁があるのは間違いない。
それでも、……私達まで、彼女を都合よく戦わせるような扱いをするの?
必要だとは分かっていても、そうせざるを得ないなんて、悔しくて悔しくて……軽く唇を噛んでしまった。
「気持ちは分かる。分かるが……あいつ自身もだが、あの弟の気持ちも汲んでやれ」
「ええ。この場所だからこそ、ああして言葉を伝えに姿を表せたのでしょうけれど……、この場所だからこそ、今にも星界に引っ張られて霧散してしまいそうだった。意思を伝えるための時間は、あれが限度だったでしょう」
サンクレッドもヤ・シュトラも、決して彼女を利用しようとなんて思っていない。
二人の言葉に、小さく深呼吸して、考える。
ずっとマリィの中に居たあの子だって、死者には違いない。それがこんな場所で彼女から離れたら、そのまま星界に還ってしまいかねない。
だから姿を表せるのは、ほんのわずかな間で……、彼はその時間を、姉に声をかけるのではなく、私達に想いを託すことに使ったのだ。
「彼だって、マリィと会いたかった筈だ。言い尽くせない程の想いを伝えたい筈。……それでもあの子は、自分を……過去を、振り返らせることを選ばなかった。そしてマリィ自身も、今は振り返らないという事を、既に決断している」
「……、……そうね。なんだか、とてもよく似た姉弟だわ」
そうだ、もうマリィは弟への未練を、今は振り返らないと自ら示していた。
勿論これからだって想い続けるだろうけれど、それは今この時ではない、と。
そして、弟も自分の方を見させる事をしなかった。迷いとなって姉の足枷にならないように。
二人とも、未来の希望を掴む事を選んだのだ。
あまり顔は似ていなかったけど、その在り方はよく似ている。間違いなく、あの弟もマリィと同じ、光の戦士だったのだろう。
「大丈夫だって。何も、これから先ずっと黙ってろって訳じゃないんだ」
「そう、よね」
「ああ。全部終わったら、ちゃんと話そう。その為にも、オレ達も、勿論マリィも、全員で無事に戻って来るんだ」
「……あなたが言うと説得力が違うわね、グ・ラハ」
「んぐ、……そう言わないでくれ、充分反省したんだ」
皮肉を込めて笑うと、グ・ラハはなんとも気まずそうに言葉を詰まらせる。
それに、ヤ・シュトラ達もひっそりと笑っていた。
今は、伝えられないけれど。いずれ……そう、全てが終わったら。きちんと、あの子の想いを彼女に届けよう。
その為にも、必ず私達は全員で、生きて帰る。
さあ、行こう。星の中心へ。
そして……天の果てへ。終末の嘆きを、今こそ止める為に。
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