17. 奈良 月ヶ瀬 蛍、来い(たたうら)

 魔王討伐後、いまだ終わりの見えない書類仕事を捌きながら、マゼルに|集《たか》ってくる利権がらみのあれやこれやをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、出来ないものは殿下になすりつンンッお伺いを立てる。
 そんなわけで連日忙しい毎日を過ごしている俺だが、俺以上に父上をはじめとする大臣たちが忙しいのが見てわかるので文句も言えない。
 そんな中、気晴らしと情報収集のために立ち寄った冒険者ギルドでちょっとした相談を持ち掛けられた。

「|爆炎蛍《フレア・ファイヤーフライ》の発光部分?」
「そうなんだ。南の方で増えていたのを倒したんだが……」

 顔見知りの冒険者が言い出したのは、在庫がだぶついている魔物素材利用方法の相談だった。|爆炎蛍《フレア・ファイヤーフライ》は名前の通り、前世でいうところの蛍に似た魔物だ。サイズは全然似てない。大の大人の顔ぐらいあるサイズで、生きた存在に張り付いて自爆特攻してくる結構厄介な相手だ。
 時には森林火災の原因になったりするんで、見つけ次第討伐するのも冒険者の仕事の一つだそうだ。で、そのドロップ素材の一つが腹部にある発光体だそうなんだが――。

「あー、化粧品とか装飾品の塗料に使われてるんだっけか?」
「あぁ、と言っても需要は微々たるもんだそうだな」

 発光体は淡く輝くので、粉状にしておしろいとかに混ぜるらしい。そうすると夜でも淡く肌が発光して見えるとかなんとか。ただ、その、そのままの勢いでベッドインすると塗った場所だけ暗闇に浮かび上がるので、男性陣には不評。ということもあり、あまり需要がない。
 神殿での祭事とかで神秘性を演出するのに使われたりするそうなんだが、これも大量に使うわけでもない。そんなわけで、大量に持ち込まれても困ってしまうものなのだそうだ。

「結構大きいんだな」
「そうなんっすよ~~」

 サンプルにと一つ譲ってもらい——代金は払った——その大きさに少し驚く。本体が顔ぐらいって聞いていたんだが、発光部分がソフトボールぐらいあるんだが?

「これ単体で爆発とかはしないのか?」
「しませんね。もう少し光が強ければランプとかに使えるんですがねぇ」

 薄暗いギルドの室内でもぼんやりと光っている。だがやはりぼんやりと光っているだけだ。生きているときはもっと強く輝くそうなので、死ぬとやはり光が弱くなるんだろうな。まぁ期待はしないでくれと言ってそれを受け取って屋敷に戻った。

 ……のが半年ぐらい前だったか。
 ようやく書類の山脈が崩れてきたかな。というところで思い出したそれをつつきながら、俺はどうしようかな。とひとごちる。期待はするなとは言ったが、頼ってもらった以上は何らかの報告はしたい。いや、そういう性質だから仕事が減らないんだよな。なんて一人ツッコミしつつ紅茶を飲む。

「ヴェルナー様、これはなんですか?」
「あぁ」

 休憩中、ということもあって尋ねて来たリリーに半年前の説明を繰り返す。リリーも初めて見たらしく、「そうなんですか」と、うなずいて興味深そうに見ている。

「パウダー状にするのが普通なんですか?」
「あぁ」

 しかし、光も弱いしな。暗闇で光るみたいだし、塗料にして暗闇の案内表示にするとかも考えられるが、外だと下手をすると魔物の興味を引いてしまいそうで難しいな。
 そんな話をした翌日、マゼルたちが屋敷を訪ねてきた。今のマゼルは王宮に滞在しながら魔物の残党狩りをしている。殿下の王位継承に合わせて叙爵する話もあるんだが、魔王が倒された今も魔物は存在するし、それまで遊ばせておいていい戦力じゃないしな。

「擬態する魔物か」
「うん」

 マゼルが来たのは、森の中で擬態する魔物が出るのでその討伐方法の相談だった。もちろんマゼルやルゲンツなんかは気配とかでわかるらしいんだが、それができる冒険者ばかりではないしな。
 話を聞くとおそらくカメレオンやイカみたいに皮膚の色を変えて周囲に溶け込むタイプらしい。日中の草原とかならともかく、少しでも陽が落ちたり、薄暗い森の中だと途端に見失ったりするとか。
 あー、あれだ。ゲームだとこちらの攻撃が当たりにくくなくなるタイプのスキルだな。そういや、そんな敵が森にいたな。レベルが上がると、その能力を使われる前に魔法の全体攻撃で倒しちまうんだが。
 現実だとなかなかそうはいかないんだな。
 ともかく、なにかないかと聞かれたんだが――うーん。

「あ、それだったら、あれが使えるかもな」

 それで思い出したのは、昨日の奴だ。そう言えば前世でもコンビニとかに装備が配置されてたな。と思いつつ。それを取り出す。

「これだ」
「それは?」

 首をかしげるマゼルにリリーにしたのと同じ説明をする。もっとも実際にそれができるかどうかはこれから試さないとダメなんだがな。
 マゼルもどうやら遭遇したことがあるらしい。強烈な光を放つので、目がくらんだりしたらしい。思ったより光が強いんだな。死んだ今はぼんやりと光るだけなんだが。

「……なるほどね。確かにそれが上手くいけば助かるよ」



 はじめは水に粉にしたものを溶かしたものを、革袋に入れて魔物にぶつけることを試してもらう。そう、俺がイメージしたのは防犯用のカラーボールだ。
 これだけでもちゃんと光り、魔物が皮膚の色を変えて紛れ込もうとしてもすぐにわかるので討伐には助かったらしい。ただ、うまく水がかからなかったり、持ち運びに難ありだとかいろいろあったらしい。が、方向性が定まればあとはプロの仕事だ。
 勇者が有用のお墨付きをくれたこともあり、とんとん拍子に冒険者ギルドの方で正式に開発が決まり、俺の手を離れた。冒険者ギルドからも需要が増えそうだということと、冒険者の安全性が高まるということで感謝されたが確認のために働いたのはマゼルだし、実際に開発すのはギルドだ。せめて礼はマゼルにしてくれと返す。

 こののちカラーボールっぽいものは完成し、ついでに塗料にも応用されることとなる。その結果、王都の看板やら装飾が派手派手しくなり、夜の景観を損ねるという理由で規制されることになるんだが、この時の俺は知る由もなかった。









powered by 小説執筆ツール「notes」

271 回読まれています