クリスマスツリーを飾って

 12月の始め、きららとあこがオフを合わせたその日。
 インターホンが鳴ったので出ていくと、届いたのは二人が楽しみに待っていた物だった。
 リビングまで運び込んだそれに、二人ともワクワクと胸を高鳴らせる。梱包を開けて最初に見えたのは緑色。針葉樹らしいすがすがしい香りが広がった。
 そう、クリスマスツリーだ。
 二人は早速その設置と飾りつけに取り掛かった。リビングの窓際はツリーを置くために事前に片づけられていて、きららはまずそこに真っ赤なラグを敷く。
「あこちゃん、こんな感じかな?」
「ええ、その位置がいいと思いますわ。そしたら――」
 ラグの上にツリースタンドを置き、そこにツリーを立てる。180センチもある大きなツリーで、二人で力を合わせてなんとかスタンドのホルダー部分にしっかり立てることができた。
「わ~! ほんとにツリーだねぇ」
「ええ。やっぱり迫力がありますわね」

 今年のクリスマスはツリーを飾ろうよ! と言ったのはきららだった。ツリー? と聞き返すと目の前の瞳はきららんと宝石みたいに輝いている。
 聞けば昨日、クリスマス番組の収録の時に、舞台セットの一つだった大きなクリスマスツリーがすごいと盛り上がっていたら、ツリーを手配したスタッフさんが色々教えてくれたのだと言う。番組で使うものは特注だが、クリスマスツリーを楽しみたいのなら家庭でも気軽にできるのだと。最近はインテリアショップなんかでも生木のツリーが買えて、クリスマスが終わったら回収と処分までしてくれるのだそうだ。大きめのツリーがどーんとお家にあると、すごくいいですよと言われて、どうにも気になって仕方ないということだった。
「生木のツリーがそんなに簡単に用意できるんですのね」
「そうなの! ちょっと調べてみたんだけど、これとか」
 きららの手元のキラキラフォンにはツリーの販売ページが表示されている。
「いいですわね。わたくしもちょっと興味ありますわ」
「うんうん、早速買っちゃお~」
 というわけで、今日、無事にそのツリーをお迎えすることができたというわけだった。
「それじゃあ、ここからは飾りつけですわね」
 あこは後ろにあるソファの上に置いていた大きな段ボールを開けた。こちらには飾り付け用のオーナメントがぎっしり詰まっている。ツリーと合わせて通販でオーナメントセットも買っていて、こちらは2日前に既に届いていた。それを箱ごとツリーの方まで持っていこうとしたら、メェ~ッときららが飛び出してきてなぜだか防がれてしまった。
「どうしたんですの! どんどん飾りつけしませんと、終わりませんわよ!?」
 シャーッと八重歯を剥きながら言ったがきららは譲らない。
「ちがうの! 今年のクリスマスは、クリスマスの日だけじゃなくて、今月いっぱいずーーーーっと楽しむの!」
「え?」
「だから、飾りは1日に何個かだけつけていって、クリスマスの日に全部揃うようにするの」
「なるほど、そういうのも確かに面白そうですわ」
 考えてみれば、12月はお互い忙しくて、クリスマスを楽しもうと思っても数時間だけしか時間が取れないこともしばしば。だから今月いっぱい、きららと一緒にずっと何かを楽しみにできるというのはすごく理にかなっている。
 それでいうとアドベントカレンダーのようなものでも同じような楽しみ方はできるのかもしれないが、まさかツリーの飾りつけを少しずつ進めていくなんて。思いもよらなかったけれど、とっても楽しそうだ。相変わらず常識にとらわれずに色んなことを考えるのが上手だな、とほくほく笑うパートナーに微笑みを返す。
「お互いが空いてる時間に少しずつ飾っていくってことですわよね」
「うんうん!」
「オーナメントの数からいうと、1日に5個ずつ付けていけばぴったりだと思いますわ!」
「おお~! さっすがあこちゃん。そしたら今日はこれだけ付けよ」
 そうしてその日はツリーに電飾だけをつけて、飾りつけタイムを終えることとなった。

 それからは二人とも、それぞれが家にいられる時間にツリーの飾りつけをしていった。1日ごとに交互に担当を決めてオーナメントを付けていく。泊まりのあるロケの時にはその日の分を頼んだり、忙しくて二人ともが飾りをつけられない日には、後日つけられていない数も合わせてつけたり。
 慌ただしく過ぎていく日々の中で、帰ったら部屋に大きなツリーがあることは確実に生活に彩りを与えてくれていた。仕事のためにあまり顔を合わせられない時にも、飾りつけが進んでいく様子からお互いの存在や一緒に楽しんでいる気持ちを感じられて、胸が温かくなっていく。ツリーを飾り付けていくのがこんなに素敵なことだとは思わなかった。

 12月も半分と少しが過ぎた日、夜遅く帰ってきたあこは、いつものようにツリーのところにいって、爽やかなモミの香りを吸い込んで癒されてから、そのことに気が付いた。
「これ……」
 オーナメント以外に、ハートや星、それに人型をした可愛いジンジャーブレッドがツリーについている。テーブルの上にはメモが置いてあって丸っこい文字が書きつけられてある。
『今日は早く帰って来れたからジンジャーブレッドを焼いてみたよ。ツリーにもつけちゃった! 他にもいろいろつけよ~!』
「まったく、次から次へと。仕方ありませんわね」
 そんな言葉を漏らすものの、あこの顔には柔らかい微笑みが浮かんでいる。そして、その時手に持っていた、ドラマ撮影のクランクアップでもらった花束に付けられていたリボンを外してツリーの枝にきれいに結んでおいた。

 いよいよクリスマス当日。
 生放送は予定通りの時間に終わったものの、その後スタッフがサプライズで用意してくれていたケーキを食べたり、出演者みんなで写真を撮ることになったため、あこが帰りついたのは随分夜も更けた頃だった。クリスマス特番の現場ではわりとこういうことはあるので、きららもきっと分かってはいるだろう。しかし雑誌の撮影とレッスンだけだと言っていたきららは、当然長い時間あこを待ってくれているに違いなかった。
 ふと見ると、目の前にちらちらと白いものが過っていく。
「雪……」
 思わずつぶやいて、漏れた息は外気に触れて白くなる。そこに北風が吹きつけてきて、雪の欠片もあこのオレンジブラウンの髪も一緒くたに舞い上がらせた。
「~~! めっちゃくちゃ寒いですわ! とにもかくにも早く帰るしかありませんわね!」
 ようやく拾えたタクシーに飛び乗って帰路を急ぐ。

 ドアを開けると、中は明かりがついていなかった。
「ただいまですわ。……きらら?」
 もしかして待ちくたびれてもう寝てしまったのだろうか。クリスマスなのに、きららが? でも待たせすぎたのでそういうこともあるのかもしれない。
 前にも確か同じようなことがあった。それは確か一緒に暮らし始めて最初のクリスマスで、その時は待ちくたびれたのはあこの方だった。
 あの時は、せっかくのクリスマスなのにきららが遅かったせいで一緒に過ごせなかった……! なんて彼女は大泣きしたものだが、今年はそんなことには絶対にならない。
 だって今月二人が少しずつ一緒に作り上げてきたクリスマスツリーがあるのだから。
 リビングに続く廊下を進んでいく。摺りガラス越しに見える部屋の中はやはり明かりがついていないようで静かだった。そっと戸を開けてみる。
 暗い中、電飾の小さくて柔らかい光に包まれているツリーがまず見えた。その根元、正しくはツリーホルダーのすぐそば、赤いラグの上にきららは毛布を被って座っていて、ゆっくりとこちらを振り返った。
「あ、おかえり。 お仕事お疲れさま~」
 優しく微笑んでそう言ってくれる。
 電飾の明かりと、きれいなツリーと、きらら。
 その光景があまりにも美しくて、あこは少しの間、息をするのも忘れてそこに佇んでいた。
「どしたのあこちゃん。ほら、早くここに来て、今日の分の飾り、つけよう?」
「え、ええ。もちろんですわ」
 そう、今日の飾りつけ担当はあこなのだ。あこの飾りつけが終われば、このツリーはやっと『完成』する。
 最後に残っていたオーナメントを取りつけ、それから以前から引き出しに入れて準備しておいたそれを取り出した。
「あこちゃん、それって」
 あこの手の中にあるのは、猫と羊の羊毛フェルトでできたぬいぐるみだった。ツリーに取り付けられるように紐もついている。
「ええ。実は作っていましたの。こういいうのやったことなくて結構時間がかかったんですけれど、ちゃんと間に合いましたわ。わたくしたちのツリーにぴったりでしょう?」
「うん……うんっ!」
 猫と羊。可愛い二匹をツリーの真ん中、あこが以前結んだリボンの上に二つ並べて取り付ける。そうして完成したツリーを改めて眺めてみた。
 ずらっと付けられたオーナメントの間に、きららの焼いたジンジャーブレッドやあこが作ったアイシングのクッキー、それにふわふわのポンポンが付いたヘアゴムやシュシュなど、それぞれが可愛いと思ったものや二人にとって思い出があるものが所せましと飾られている。
「ツリー、やってみてほんとに良かったなぁ」
「ええ。同感ですわ」
 しばらくそうして眺めた後、ホットミルクを入れてツリーについていたお菓子を食べた。二人でおいしいねって微笑み合って、飾られているものについての思い出について色々話してみたりして。
「ふぁあ……眠くなってきちゃった」
「ええ、ほんとですわね……あらあらまぁまぁ。もうこんな時間」
「えっ! いつの間に!」
「学園に通ってた頃のことまで遡って話して……話し過ぎましたものね。早く寝ませんと――」
 寝室へ行こうと、うんしょと立ち上がったあこの手はぐいっと下方向に引っ張られて、また毛布の中に戻ってしまう。引き戻したのはもちろんそこにいる彼女だ。
「ちょっときらら、もう寝ますわよ?」
「うん。そうなんだけど。今日はここで寝ない?」
「ここで?」
「うん。だってクリスマスが終わったらツリーはなくなっちゃうでしょ。今日は最後の夜でもあるんだし、ツリーの側にいたいなって」
 相変わらず電飾は優しい光で緑の葉を照らしている。
 きららとあこのツリー。きららとあこだけの、二人で作り上げたツリー。この生木らしい爽やかな香りを感じられるのも今日までなのだ。
「まぁ確かに、その気持ちは分かりますわ……仕方ありませんわね」
 ツリーのすぐそばに来客用の簡易マットレスとシーツを持ってきて、二人で毛布にくるまった。
「ほらあこちゃん、もっと寄らないとはみ出しちゃうよ~? ほらほら♡」
「なんか下心を感じますわね、その言い方」
「ちがうも~ん! きららはあこちゃんが寒くなって風邪ひいたら大変だから言ってるだけですぅ~。あこちゃんのえっち~♡」
「まったくすぐ調子に乗るんですから。まぁ寄った方が暖かいですから寄りますけれど!」
「うんうん♡ぎゅーってしようね♡」
「ちょっと! どこ触ってますの! 今日はもう寝るって言ってるじゃないですの」
「メェ~っ、怒っちゃやだ~」
 二人で作ったクリスマスツリーがあって、大好きなパートナーのぬくもりと息遣いが感じられる。なんて素敵な時間なんだろう。
 ――メリークリスマス。
 今日の最後にお互いそう囁き合って、優しいキスを交わしてから瞼を閉じた。

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