いつまで経っても


腕のこの辺、まだ日焼けしてますね。
下心のありそうな手付きで触られて、目が覚めた。
半分寝てた頭が覚醒すると、目の前には昔とそう変わらない不機嫌そうなツラをした男がいた。やけに肌寒いと思ったら、さっきまで着てた新しいセーターが脱がされて落ちてるし、後はもう最後の砦がバンザイで脱がされる手前ていうか。
「おま、お前何してんねん!」
「何て、兄さんが風呂に入りたいていうから、そうしたってんのやないですか。」
いや、そうかて、ここ風呂場とちゃうぞ。
それにオレ、お前に脱がせて欲しいとかいっこも言うてないし……多分。
ローテーブルの上にはまだ片付けられてない酒のワンカップがあって、セーターも畳んでへんし、このままやとおチビに白い目で見られてまうなあ、とか考えた。
「そんなこと言うたか?」
とりあえず腕を下げたら肩が寒い。
もう長袖の肌着とか奥に仕舞い付けてたの奥から出したった方がええなあ、とか考えてたら四草のヤツがチュっと口をくっつけて来た。
えっ、今の何や?
口に出す前に「ちゃんと目ぇ覚めたみたいですね。」て。
コイツもまあ、これまでの人生で出会った百人のお姉ちゃんともこないにしてたんやろなあ、と思ったらこっちも段々冷静になってきたていうか。
「風呂の湯、もう張ってあんのか?」というと四草がため息を吐いた。
「浴槽にお湯入れたから先に風呂に入ってください、て僕がつついたら、兄さん、もうねむたい、脱がせて連れてってくれ、て言いましたよ。」
「……そんなん言う訳ないやろ!!」
「言いました。」
ええ~~~。
ぬ、脱がせて連れてってくれとか……。
そもそもオレお前より背ェ高いし、そんなんしてもカッコつかへんやん。
逆にそないしてくれてお前に言われたとこでオレはようせえへんけどな。
「ほんまにオレ、そない言うたんか?」
「『やっぱめんどいからお前がせえ、脱がせてええで。』て腕上げたやないですか。」
「全然ちゃうわ!!」
「僕には同じことです。」と澄ました顔で返事が返ってくる。
近いけどニュアンスがちゃうやろ、それは~!
したらはい、と腕を持ち上げられそうになって、「お前はなんでしれっと続きしようとしてんねん。」ぺシッと頭を叩いた。
そんなん半分寝てたし、言うた記憶もない……わけとはちゃうけど。
「それ先週の話とちゃうんか?」と聞くと、四草の目が冷たくなった。
いや、今のはイケズで言うたんとちゃうぞ。
「兄さんもう、夜は酒飲まんかったらええやないですか。」
「そうかて……。」
お前は気にせんやろうけど、オレはなんや時々猛烈に恥ずかしいなるんやて。
当然みたいな顔で枕がふたつ並んでんのとか、買うてきたゴムが枕元に出てるとこで脱がされるの分かっててパジャマ着るとか。
なんや恥ずかしなって、そういうの全部から逃げたくなってしまう時があるんや。
オヤジの名前から逃げた時と全然変わってへんなと思われそうで、絶対言われへんけど。
「ただ好きで飲んでるていうなら僕かて何もいいませんけど、若狭と甘いもん食うてるときの方が楽しそうやないですか。」
「……はあ?」
顔を上げたら、拗ねたような怒ったような顔になった男が「僕は別に、今日はいややて思ってんのやら、言うてくれたら止めますし……、とりあえずほんまにねむたいなら、今日は風呂入って寝ましょう。」と早口で言った。
ええ~。
そもそも酔うてんのやから、オレほんまは風呂入ったらあかんわけやんか。
そんでも風呂入りたいて思てるオレのこととか……。
「お前ほんま、な~んも考えてへんのやな。」
「何ですか?」と四草はムッとした顔になった。
「夕飯食べて稽古もせんと一緒に寝るとかそういうの、お前は経験豊富やから流れで出来るんかもしれへんけど、オレは、こないして、ちょっと酒入れてへんとあかんのやて。」と言いながらテーブルの上を片付ける。
とりあえず、目が覚めたんやから明日の朝までにここどないかせんとあかんやろ。
そのまま無言で片付けてたら、四草も食べたもんのゴミをまとめて捨てて、ガス台の横にある風呂場の追い炊きボタンを押した。
これ終わったらすぐ風呂に入りましょう、とは言われてないけど分かる。
そない言うても、言われるがままに風呂入るていうんも癪な話やで。
逆にこのままヘッドロックしてオレがこいつのこと風呂場に連れてったらええんか、て思ってたら、四草が、「ここで脱がへんのならもう着ててください。」と落ちてるセーターを拾って渡してくれたので、とりあえずクリスマス用に買うてみたセーターを羽織ったら、肌着の中で乳首の上に貼った絆創膏がずれて擦れる感じがした。
あ、一緒に入ったらバンソコでガードしてるのがバレてまうやん。
「一緒に入りますか? 」
……人の心を読むな!
「別に毎回一緒に入らんかてええやろ。」
入りたない訳ともちゃうけど。
「そんなん、交代で入ってたら途中で湯が冷めるからに決まってるやないですか。追い炊きすんのにもガス代掛かりますし。」
そらまあ、ロマンチックの欠片もない回答ありがとうさん。こういうときはなんでか正直なんやからしゃあないていうか。
「……ま、ええわ。」
どんぶり勘定のオレとお前で、ふたり足して割ったら丁度いいて、喜代美ちゃんも言うてたからな。
「オレが先に入るからお前、ちょっと後で入って来い。」
「その絆創膏剥がしたいなら僕も手伝いますけど。」
しれっとした顔の年上の男は、そう言って、セーターの中に空き瓶を洗ったばかりの冷たい手を入れて来た。
……こんなんいつまで経っても風呂に入られへんやんか。


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