15. チャイバッグ カルダモン&ペッパー(たたうら ヴェリリ)

※中世13~15世紀(フランス革命以前)。近世16世紀~19世紀(産業革命まで)。現代20世紀~

 ふわりと鼻先をくすぐる独特の香りに、ちらりとカップを傾けたまま視線を向ける。向けられた相手――リリーは俺の視線に気が付くとニコリとほほ笑んだ。うん、御心配をおかけいたしております。
 四天王による王都襲撃を何とかしのぎ切り、しかしながらそれに纏わるあれやこれや、ついでにマゼルの裁判沙汰に関するあれやこれや、それにこれからのあれやこれや――あーーうん。つまり、仕事が山積みなわけだ。
 そんな中で気が付けば今日も深夜に突入。少し休憩しましょうと差し出されたのはミルクティだった。少しでも胃に優しいものをというリリーの優しさだろう。いつもより甘めなのも疲れた身体に染みわたる。
 一口飲んだ後に口の中に広がるスパイスの爽やかで上品な香り。たしか、スパイスの女王ともいわれているものだな。前世でも少し記憶にある。その時はコーヒーに入っていたが。
 そもそも、前世で紅茶とコーヒーは揃って17世紀にヨーロッパに伝来している。その後、一般大衆化したのは産業革命のころだったと言われている。
 最初に宮廷に喫茶文化を持ち込んだのはポルトガルからイギリス王室に嫁いだ王女で、まだ貴重だった砂糖を大量に入れて飲んだとか。ポルトガルからイギリスへの示威行為の一種だったと言われているが、それでもそこからイギリスの喫茶文化が生まれたのは間違いないだろう。
 日本でも有名なアフタヌーンティの歴史は19世紀だったか?
 この世界は中世が舞台のはずなんだが、建築や服装同様に喫茶文化は近世に近いんだよなぁ。美味い紅茶が飲めるので問題ないんだが、出来ればコーヒーが飲みたい。
 また、前世では紅茶と言えば最初は中国から輸入しており、大衆化して需要が伸びたことでティークリッパーといわれる帆船の発展や運河の開発などに大きく関わっている。で、この世界といえばもちろん木からも採れるんだが、魔物素材をもとにしている茶もある。さすがファンタジーだよな。
 超高級品には魔物の内臓の石? 胆石的なものを粉にするという話なんだが、飲みたいとは思わんな。うん、まぁ前世でも|コピ・ルアク《ジャコウネココーヒー》とかあったけどね。
 で、使われているスパイスはリラックス効果があるんだったか。いや本当にご心配かけます。
 紅茶に淹れられるほか、冬になるとホットワインやホットオレンジジュースに入れられて、王都の広場で売られるようになる。こいつを一杯持って屋台や町をそぞろ歩くのも楽しいんだよな。――何とか年末には終わらせたいな。

 俺はこっそりとリリーをうかがい、デート……んんっ、出かける算段を立てつつ、残った仕事をやっつけるべくペンを手にしたのだった。

--------------
スパイスの女王:カルダモンのことです。

powered by 小説執筆ツール「notes」

228 回読まれています