あこお嬢様とメイドのきららちゃん

アイカツスターズ きらあこss。
お嬢様とメイドになったきらあこの二次パロです。
あこお嬢様のお屋敷にやってきたメイドのきららちゃんは、全然メイドらしくなくてもう大変!二人の毎日はどうなる!?なお話です。


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「あこちゃ~ん、午後のお茶だよ~!」
 甘ったるい声がして部屋の扉が開いた。あこはゲッ、と顔を歪ませて、読んでいた本からそちらへ目線を移した。ワゴンの上には白地に華やかな薔薇の柄のティーポットやカップ、クッキーやマシュマロ、マカロンが並んでいる。それだけなら心も弾むというものだが、問題はそこではないのだ。ワゴンを押している少女がにこにこしながらこちらに手を振っていた。名門早乙女家に仕えるメイド専用のシックなワンピースと真っ白なエプロンを身に着けてはいるが、ピンクと水色の髪が浮いている。新しく入ったメイドのきららだ。あこはこの少女のことが苦手だった。ため息をつきながらもう一度本に目を落とす。ワゴンのキャスターがカラカラと音を立てながら近づいてきて、あこのいるテーブルの横で止まった。視界の端でそれを確認し、あこはきららの方を見ないまま言った。
「ご苦労様。置いておいて下さったら自分で食べますから、あなたは下がっていいですわよ」
 すると傍らから、思った通り不満の声が聞こえてきた。
「え~~っ!? なんで~~? 他のメイドさん達はお茶の時間には色々するじゃん」
「あなたは信用なりませんわ。先日、イギリスの伯母様から頂いたケーキを落として台無しにしたじゃありませんの!」
「あれは、確かに大失敗だったけど……でもきららお茶の準備の練習もいっぱいしたし、もうぜんぜん大丈夫だよ!」
 横目で見れば、きららは瞳を輝かせてガッツポーズをしている。未だかつてこんなメイドを見たことがなかった。主人に対して馴れ馴れしく声をかけ、軽口を叩き、大失敗をしてもめげずにすり寄ってくる。メイドなのに、全くメイドらしくない。常識がほとんど通用せず、どのように扱っていいのか分からない。だからあこはこの少女が苦手なのだ。
 こんなことならきららのことは選ばなかった。あこはいつもそれを思って項垂れる。早乙女家では中学を卒業すると、家の仕事の一部受け持つことになっている。それに合わせて、自分の右腕となる秘書兼メイドを雇うというのが慣例だ。もちろん中学卒業後も名門女子校の高等部で勉学に励みはするが、家の中ではもう一人の大人として扱われる。メイドの人員募集や採用、解雇も全て自分の裁量でおこなうのだ。
 ほんの3カ月前、学園の中等部の卒業式を終えたあこは、絶賛風邪を引いており意識が朦朧としていた。式典や後輩との語らい、父母との写真撮影など全てのスケジュールを薬で抑え込んで、気合で耐え抜いたが、自室に戻って一息ついて、明日から雇うメイドのことをぼんやりと思い出した。まさかこんな大切なことを失念していたなんてと暗い気持ちになりながら、応募の書類を見返す。
 長年色んな主人に仕えてきたベテランからビジネスの世界で秘書として活躍してきた人、運動能力が高いことをアピールする人まで様々だったが、どこか決め手に欠けている気がした。
 その中でピンクと水色の髪をした少女が目に留まった。年はあこと同じ15歳。最初のメイドは年上でそれなりに経験のある人物を選ぶ方がいいというのは定石だ。しかしそれを打ち破って新しい価値観を創っていくというのも、ワールドクラスで活躍する早乙女家の人間の資質として持ち合わせておくべきではないか? そんな思考が駆け巡り、あこは期待に打ち震えた。結局、脳内コンピューターをカタカタピンポンと弾いて、きららを採用することを決めたのだ。
 それがまさかこんなことになろうとは。新しい価値観どころか、新しすぎてついていけないというか、特異なきららは色々な問題を起こし、何度もあこの逆鱗に触れている。本来なら秘書兼メイドとして他の使用人たちとは違う仕事も与え、扱いも変えるところなのだが、基本的な給仕もまともに出来ないので、あこの指示で他のメイドと同じような仕事をさせていた。
 もちろん解雇しようと思えばできるのだが、すぐに辞めさせましたなんて早乙女家の人間として恥ずかしすぎる。それでも彼女のおこないが大変目に余るのも事実。
 そこで、契約開始から1カ月経とうかというタイミングできららの働きぶりなどを客観的に評価するために、屋敷内で調査をおこなった。すると意外や意外、きららに対する屋敷のメイドや執事たちからの評価はなぜか高かった。きららは長年腰の痛みに悩んでいたメイド長に腰痛ベルトをプレゼントしたり、お皿を洗う時に楽しい歌を歌ってみんなを明るくさせていたという。何か失敗をしてもめげずに頑張っているので見ていて元気が出るなど、使用人たちの反応はすべて好意的なものばかりであった。
 結局脳内コンピューターを弾いて色々と思案もしたが、もう少し様子を見ることにしたのだ。
「それにしても、いつまで様子を見ればいいんですのよ……」
「え? あこちゃんなんか言った?」
「なんでもありませんわ! っていうかいつも言っているでしょう。わたくしのことはきちんとお嬢様と呼ぶこと!」
「あっ! そうだった! ごめんねあこちゃ……じゃない、あこお嬢様」
 えへへと調子よく頭をかくきららに呆れながら、傍らから甘い香りを放つお菓子の方をちらりと見る。そろそろ甘いものがほしいと思っていたところだった。きららはなぜかいつもタイミングだけは抜群に良かった。
「あこちゃ……じゃなかった、あこお嬢様、お菓子食べたいよね。ちょっと待ってね、今お茶も入れるから」
 きららはそう言い、ポットを高く掲げて白磁のカップに上手に紅茶を注いだ。その所作は以前とは見違えるほどだ。たくさん練習したというのも本当なのだろう。目をぱちくりさせている間に、スムーズにお茶とお菓子がテーブルの上に準備され、あこは素直に出されたものに手をつけた。
 薔薇模様のカップを持ち上げると、爽やかな香りがいっぱいに広がった。水色は明るく濃いオレンジ色。おそらくダージリンのセカンドフラッシュだろう。あこの好きなティーブランドのものに違いない。胸を高鳴らせながら口をつけた。
「んにゃっ!?!?……なんですのこれは!!」
「え? 紅茶だけど」
「そうじゃなくて、なんでこんなに熱いんですのよ! 舌をやけどしましたわ!?」
「え~っ、おいしい紅茶の入れ方でググったら、熱々じゃないとだめって書いてあったのに」
「知りませんわよ! わたくしは猫舌なんですの! こんなものとても飲めませんわ!!」
 頬を膨らませてフンとそっぽを向いてやる。するとすぐにフーフーという息の音が聞こえてきた。きららが、あこの飲みかけたカップの中に息を吹きかけていた。
「ちょっとあなた何してるんですの!?」
「熱いんなら冷まそうかと思って」
「はぁ? 馬鹿ですの? ああもうっ、みっともない真似はおやめなさいな。置いていたらそのうち覚めるでしょう」
「そっか~」
 きららはカップをあこの前に戻すと、今度はお皿の上のクッキーを手に取った。綺麗なきつね色に焼き上がったクッキーはかわいい羊の形をしている。
「これ、きららが作ったんだ~。さっき味見したけど、すっっっごくおいしかったよ!」
 言いながら摘まんだクッキーをあこの方に近付けてくる。
「何してるんですの、あなた」
「ほら、あこちゃ……あこお嬢様、あ~ん」
「ってそんなことして下さらなくても結構ですわ!」
 あこはきららが差し出したクッキーをその指先から奪い、ぽいっと口の中に放り込んだ。まだ焼きたてで温かく、甘く優しい味が広がる。悪くない。というかとても美味しい。言われなければきららが作ったものだと決して分からなかっただろう。
「どうかな?」
「……まあまあですわね」
「やった~! あこお嬢様が食べてくれた~~!」
 無邪気に喜ぶ姿に、あこの方もいつの間にか顔が緩んでいた。メイドとして全然なってなくて、迷惑で苦手だと思っていたはずなのに、どうしてだろう。さっきだってあこはずっと素っ気ない態度を取り続けていたのに、きららはずっとあこと一緒にいてくれる。
 何だか胸の奥がほんわりとあったかくなってきた。もしかしたらこれが他の使用人たちがきららを評価する理由なのかもしれない。いずれにしても、もう少し雇っておいてやってもいいか、と思った。
「あこちゃ……お嬢様、お茶そろそろ冷めたんじゃない?」
「そうですわね。頂きますわ」
「どう?」
「なかなかおいしく淹れられていますわね」
「えへへ~♡ねぇ、きららも一緒に食べていい?」
「ええどうぞ」
「やった~! ふふふっ、このマシュマロもとってもおいしいんだよねぇ。あこお嬢様も食べた?」
「ええ、頂いていますわ。シトラスのフレーバーですし、今日のお茶に合いますわね」
「そうなの。色んな種類を食べ比べてこれにしたんだよ」
「そうだったんですのね」
 いつの間にか頑なな心を溶かされて、素直にきららの言うことに答えて、会話にも応じてしまっていた。こうして誰かとお茶の時間を楽しむなんて久しぶりだ。最近は従姉妹たちも海外留学中で随分会っていない。久しぶりにティータイムらしいティータイムですわね……などと思って、ハッとした。
 今目の前にいるのは自分と同じ階級の令嬢などではない。メイドだ。メイドのきららとなぜ楽しくティータイムなんてしているのだ。あこはブンブンと頭を振る。
「いけませんわ。なんでこんな真似を……! っていうかあなた、いい加減ちゃんとメイドという自覚をお持ちなさい!」
 きららの方にビシッと人差し指を付き出して言ってやれば、きららは混乱した様子で視線をさ迷わせた。そしてくるんとカールした睫毛を震わせて言う。
「確かにきららはメイドだけど、でもあこちゃんと仲良くしたいの」
「はぁ?」
「てゆーかあこちゃんが言ったんだよ? 仲良くしようって」
「そんなはずありませんわ!」
「言ったよー、面接の時」
「面接……」
 雇用契約を結ぶ前に一度面接は行っている。とはいえ、ニュージーランド生まれで英語が堪能だとか、そういった仕事に関連する能力や資格の確認がメインで、それ以外のことを聞いたり言ったりしたかどうかは定かではない。
「最後に言ったじゃん、採用ってなったとき」
 言われてようやく記憶が甦った。あの時確かこう言ったのではなかったか。
『あなたはわたくしと同い年。普通はもっと年上のメイドを付けるものですけれど、わたくしは普通で終わってしまう仕事をする気はありませんわ。新しい風を吹かせるためには、より新しい感性を持った人材が必要ですの。ああ、プレッシャーを感じる必要はありませんわ。まぁ仲良くやっていきましょう』
 自分の言葉を全て思い出して、あこは頭を抱えた。あの時はまさかきららがこんなにもメイドらしくないメイドだなんて思ってもおらず、仲良くというのも社交辞令的な意味以上のものではない。
「ね、だから仲良くしようね♡あこちゃん♡」
「ああもうどうしてこんなことに! シャーッ!」
「怒っちゃメェだよ! あこちゃんが自分で言ったことなんだし」
「だからそれは、あなたが思ってるような意味ではなくて……」
 はぁ、と重く溜め息をつく。するときららが、あっ! と言って自分の口に両手を当てた。そしてあこを伺うように見ながらおずおずと言う。
「ごめんなさい、またあこちゃんっていっぱい呼んじゃった。あこお嬢様……」
 見当違いのことでしょんぼりする少女に、あこはまた苛立ちを爆発させた。
「もうどうでもいいですわそんなこと! 面倒くさくなってきましたから、あこちゃんでも何でも好きにお呼びなさいな」
「えっ、ほんと? やった~~! 言いにくくて困ってたんだ~。ありがと、あこちゃん! これからも仲良くしようねっ」
「調子に乗るのはおやめ! っていうか何抱きついてるんですのあなた! シャーッ!」
 くっついてくるきららの頬と肩を押し返しながら叫ぶが、きららは諦めずに腕を伸ばしてくる。本当にどうしてこんなことになったのだろう。
 そうは思うが、あこの中からきららを解雇しようという考えはもうすっかりなくなっていた。実を言うと仲良くすることにもちょっと興味がある。さっききららと一緒のお茶の時間は悪くなかった。というより寧ろーー……。
 こんなこと、絶対に本人には言ってやらない。そう堅く胸に誓うあこだった。

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