身から出た錆

サンクレッドとヒカセン(マリィさん)のはなし。
付き合う経緯書こうとしたら付き合わなかったんですよ。
何を言ってるのかわからねーと思うが(以下略

視点はサンクレッド。
そうなった経緯はラハの付き合った経緯の話と同様。
それが無いと言い出せない状況の暁メンバー。
音に聞こえし色男が、本命の女の子にだけヘタれるのはみんな大好きだろ!な!!

当たり前だけど、ラハと付き合ってる話とは別時空別世界線別ルート。
それはそれ!これはこれ!!



 ■



 恐らく、だが。
 本気の『恋』という感情を抱いたのは、これが初めてだったように思う。

 こう言っては何だが、愛や恋を囁いたことなら数知れない。
 誤解しないで欲しいが、その時は本当に相手を可愛らしい、美しいと心から口にしている。まあ、役割上必要だったからというのもあるが、決して偽りを発したことは無い。
 『軽い男』であった方が、都合が良かったのだ。諜報活動の分野において、賢人号を得た技術のその一つ。……無論、第一には複雑な心境と事情があり、そこから始まったものではあったが。
 そんな俺が恋をしてしまったのは、あろうことか12も年下の女性だった。場合によっては、まだ少女と呼んでも差支えが無いかもしれない。
 見た目の美しさにおいては、きっと俺が目にして来た中でも5本指に入る。
 だが、彼女の魅力はそれだけではなく、一番はきっと強さだ。
 身体的な物もあるが、何よりも心の強さ。それがあるからこそ、彼女は常に凛と立ち、折れず揺らがず、美しい。知り合った人々が、見惚れ憧れ目標にする。彼女と言う灯火を目指し、より良き未来へと導かれる。
 俺もそうだ。何度彼女に救われたか。何度、迷う心に寄り添ってくれたか。
 道を見失う度に、気が付けば彼女がいつも前に居た。励まされ、叱咤もされた。
 長くそんな日々を過ごせば、今度は自分が護りたいと願うようになるのも、傍で支えたいと思うのも。好意を抱くのだって、当たり前の話だろう?

 ただ、それを素直に露にするには、俺は少々小賢しかった。
 10以上年下の少女に愛を乞うのが、気恥ずかしいとも。
 だから。

「……その煩わしさを減らす提案があるんだが」
「あら、なあに?」
「既に決まった相手が居ると公言してしまう、なんてどうだ? 俺で良ければ、虫除けの役割をさせてもらっ」

 星を救った英雄に、数多の縁談話が来ていると聞いて。
 人気の少ない港の端へと誘ってから切り出した、俺の頭に大きな衝撃が落ちてきた。無論、途中で言葉も止められる。

「~~~~~……」
「効果があったとしても、お断りよ」

 思いの他、強めの痛みに思わず両手で頭を押さえる。
 参った、全く反応が出来なかった。言葉の途中で、眉を寄せたように見えた、次の瞬間には殴られていた。握った拳ではなく、手刀の形だったのはせめてもの情けだろう。
 普段、温厚で穏やかで辛抱強い彼女からのこういう打撃は珍しい。
 年若く、かつ森の奥で育った純朴なエレゼン族らしい、というところか。色事に耐性がないというか、割と潔癖なようだ。
 おかげで、いつも優しい彼女からの冷たい眼差しというのは受け慣れているが、流石にこの対応は初めてだ。それだけ、今の提案が論外だったと言うことか。

「話はそれだけ? それじゃあ」
「っま、待ってくれ。今のは俺が悪かった、すまない、謝る」

 潔癖かつ真面目なマリィが、人を欺く偽りの恋人など、受け入れる筈が無い。
 分かっていたのに、ついいつもの調子で……というか、一縷の望みなど抱いてそんな提案をした事が悪手だったのは間違いない。
 いつもの事だろうと、今更嫌われる事は無いとは思うが。
 言いたいのはそうじゃないと、慌てて背を向けようとする彼女の手を掴み、制止を願う。
 幸い、怪訝そうな顔をしながらも、足を止めてはくれた。

「すまない。なんというか、ハッキリと言う自信というか、そういうものが無くてだな」
「……?」
「君を煩わせる状況の、虫除けをさせて貰いたいのはそうなんだが。他者を欺こうとかそういう事ではなく、出来る事なら本当の意味で隣に居る男にさせて貰いたいというか」
「つまり?」
「つまり……」

 ぐ、と言葉に詰まる。おいおい、自称『愛の吟遊詩人』が聞いてあきれる。
 彼女は察しの良い女性だ。俺の言いたい事などお見通しのはずだが、それでもあえて言葉を促す。
 いや、当たり前だ。こんな事を『察してくれ』などと、そんな傲慢な男が女性の心を射止められる筈が無い。分かるだろう、などと言葉にも態度にもせずに愛想を尽かされる愚かな男の、なんと多い事か。
 そんなものは、女心の基礎の基礎。いや、人の心の、と言っても良いか。言葉にしなければ伝わらない事もある、と他でもない彼女自身に諭された事だ。
 喉の奥から言葉を引っ張り出そうと、喉を鳴らす。人に向けて愛を言葉にするという事は、こんなにも困難な事だったか?
 少しでも今まで通りにと、跪いて気障に……などと考えて、即座に却下した。
 決して俺は背は低くはないが、エレゼン族は女性でも見上げる程背が高い。そんな人相手に地に膝を付けてしまえば、顔も目もよく見えなくなる。
 故に、先ほど掴んだ手に、わずかに力を籠めるに留めた。

「真の意味で、君の恋人の座に据えて欲しい」
「本気で言っている?」
「ああ、心から本気だ。何度も俺を救ってくれた君に、俺は恋をしている」
「…………」
「君を愛し、君に愛される栄誉を、どうか」

 真っ直ぐに彼女の緑の瞳を見つめて言えば、普段の軽口に対するカウンターの手刀は落ちては来なかった。此度は本気だと思ってくれたようだ……いや、今までも決して偽りでは無かったのだが。
 掴んだ手を引き寄せ、その甲に口づけても、振り払われも抵抗もされなかった。ちらりと視線を上げても、嫌悪は無い。
 ……ただ、歓喜も羞恥も無い。頬を染めるような事もなく、ハッキリうかがえる感情は、困惑だった。
 俺に手を取られたまま。マリィは、無言でしばし、思考をしているようだった。

「……サンクレッドの事は、女性関係を除けばとても頼れる、心から信頼できる人だと思ってるわ」
「ああ」
「ただ、その肝心の女性関係について、致命的に信用ならないのよね」
「……ぐうの音も出ないな」

 言われるのは仕方がない。彼女にとって、俺は美しい女性に目が無い男だと思われている。
 よりによって、石の家に押しかけて来た女性達の言い争い現場まで見られたことがある。あの時の、敵にすら向けない冷たい瞳と言ったら。背筋に走ったゾっとする感覚は、今でも思い出せる。

「貴女がそうしていた理由はうっすら聞いたし。本気で貴方が女性を弄んで楽しむ人という訳ではないのも、最近は自重しているのも、知っては居るのだけれど」
「だけれど?」
「今もゼロになったとは思えない貴方の『恋人』さんに、後ろから刺されるのは御免だわ。折角ここまで生き残れたのに」
「いやっ、あの時の彼女達とは、しっかり話をして清算したぞ?!」
「貴女の『恋人』さんの皆が皆、ああして乗り込んでくるバイタリティの持主とは限らないんじゃないかしら? 中には、慎ましく心に秘めて熟成……もとい、想い続ける人もいると思うのだけど」
「ぐっ……」

 確かに、居ないとは限らない。女性、と一言で言っても、当たり前だが様々な人が居る。
 中には、口にも態度にも出さず、想いを抱え続けて、結果膿ませてとんでもない行動に出る人間も居る。俺が関わった女性の中にそのタイプが居ないなんて、断言出来ない。

「ボク自身がそれに対応する事は出来るでしょうけれど。将来生まれるであろう子供に矛先が向いた場合が、…………」
「? どうした?」
「いえ、よく考えたら、居るか分からない貴方の『恋人』さんよりも、ボクを仇として狙う人間の方が、確実に存在する上に危険ね、と……」
「ああ……」
「そうね、人をとやかく言える立場じゃなかったわ。ごめんなさいサンクレッド」

 いや、俺のそれと、君のそれは原因というか、経過の点で随分違うと思うが……
 ただ、マリィを恨み憎む人間は間違いなく居る。星を救った英雄だというのに、ままならない事だ。
 特に帝国には多いだろう。先に拳を振り上げたのはあちらなのだが、それはそうと親兄弟や友人知人、恋人を害されて恨むなとは言えない。今は前向きに変わろうとする人が増えたが、わだかまりが消えるのはきっと数世代先になる。
 マリィ自身も、言ってしまえば親を帝国が原因で亡くしているらしい。なのに、彼女は帝国の人に個人的な怒りを表さないが……、……世の中はそうして割り切れる、強い人ばかりではない。

「……うん。……そうね、正直少し思うところはあったけど。その点を考えたら、ボクがパートナーを得たり子を成したりするのは、無用な諍いを生む可能性が高い気がするわ。誰相手とかではなく、ボク自身の問題ね。なのでこの話は」
「いや、待て、待ってくれ」

 そう帰着するのか!
 これならまだ、俺が伴侶として無理と言われた方がマシだ。いやキツいが、それでも将来彼女が他の好ましい伴侶と、穏やかな関係を得て幸せになるのなら救われる。
 しかしこれだと、自分の問題と割り切って生涯独り身を貫きかねない。
 世の中そんな人も居るし、それが悪な訳ではないが。『思うところはあった』というならば、多少なりともそういう普通の女性としての未来を望んでいたという事だ。
 ここまで他者を救う為に尽力してきた君が、生まれても居ない子という他者を守るために自分の望みを捨てるなどと。そんな事が許されてたまるか。

「確かにそんな可能性が無いとは言えないが。たらればの話で未来を捨てる事は、決して良い選択とは思えない」
「……それはまあ、そうね」
「言ってしまえば、他者を害せず品行方正な人生を送っていても、ある日突然の事故に巻き込まれる事だってある。それすら将来の危険として排してしまうのは、間違っていると俺は思うが?」
「そうね、確かに」

 どんな人物で、どんな生き方をしていたって、不意のリスクはあるものだ。
 それは今までの旅路でも、充分分かっている。そして、そんな脅威を全て排した先にある可能性も。
 そうして歩みを止める事は、俺達のこれまでの否定にもなる。そう説得すれば、確かにと頷いてくれた。
 だが、それなら、と俺の先ほどの求愛に前向きな返答をしてくれそうにはない。未だに、視線を伏せて考え込んでいるように見えた。

「……要するに、俺と伴侶の誓いを立てる事を良しと思えるほど、俺を信頼出来ないし、好きではない、という事だな?」
「信頼はしているわよ?」
「好きではない」
「人として好きよ」
「色恋としてではない」
「……そもそも、色恋の好きと、普段感じている好きって、どう違うのかしら……」
「そこからか」

 参った。思った以上に我らが英雄殿は純朴、というか、そちら方面に疎かったようだ。
 こうなると、今までの口説き文句は本当に軽口として流されていたし、なんなら他の奴らのアプローチも歯牙にかけない、スルーしている、というよりは、本気で気付いていなかったんだな。
 受け取る側にその意識が無いなら、手応えが無くて当たり前だ。

「分かった。ならば、俺に時間と機会をくれ」
「どういうこと?」
「君に惚れて貰う為の努力がしたい。俺とこの先の人生を共に過ごす事を、決断して貰えるだけの信頼を愛を勝ち取る為の、その時間と機会を」

 君に惚れている男も女性も数知れない。しかし、誰一人として、彼女の伴侶の座を得る為のスタートラインにも立てていないようだ。
 正直、自分が他より抜きんでて良い男だとは思っていない。どちらかと言えば悪い男に含まれる自覚もある。君が自ら惚れて選んだ伴侶が出来たと聞かされたなら、俺は素直に祝福できる。
 だが、だからと言って座してその時を待つつもりは無い。
 今、こうして他の誰にも先んじて、スタートラインに立つことは出来たのだ。この幸運をみすみす逃すほど、物分かりも諦めも良くはない。

「まあ……貴方がそうしたいというのなら、好きにしていいんじゃないかしら……?」
「君の大らかさに感謝する。それから、もう一度言うが」
「はい?」
「俺は、既に君に心の底から惚れている。そしてとんでもなく諦めが悪い。それは忘れないでくれ」

 掴もうと伸ばした手を引っこめるつもりもなければ、例え儚い糸でも掴んだなら手放さない。
 先ずはこの前提条件を、再度刷り込むように告げれば、やはりマリィは少し困ったような顔をした。驚きの脈の無さだが、嫌悪でさえなければいくらでも挽回の目はある。
 困っているというか、困惑か。どうして俺がそう言う感情を自分に向けているのかが、理解出来ていないのだろう。
 全く、君以外は敵でさえ君の魅力が分かるだろうに。自分の事には酷く鈍い……いや、無頓着なんだな。良くも悪くも自分を評価していない。下げてもいないが、上げもしない。
 ならば、分かるまで教えるだけだ。最悪、分からなくても『俺はそう信じている』と理解させる。
 やってやろうじゃないか。諦めの悪い大人ってものを思い知らせてやる。



■



 ———と、言う訳で始まった攻防戦? だが。
 改めて、吃驚するほど脈を感じない。相手が本気で惚れている女性でなければ、早々に撤退しているレベルだ。
 基本、彼女はとても冷静で穏やかで大らかな人だ。感情を出さない訳では決して無いが、大きく発露はしない。怒るとしても、とても静かで……底冷えするような、そういうタイプ。
 改めて見ると、好意も敵意も同じように受け止めているように思う。どちらにしても即座に益も害も無いようなら、『そうなのね』と頷く。どちらにしても、平等に、丁寧に。
 そして、俺がどんなに彼女の魅力を囁き、愛を伝えても『ありがとう』と答えるだけだ。
 もう少し、照れるだの恥ずかしいだのという心の動きをしてくれたら、そこからとっかかりを得られると思うのだが。そんな様子もなく、礼を言うだけなのだ。
 信じていないというか、照れる理由が無いといった様子。
 挙句の果てに、『自分に恋愛感情が搭載されていない気がする』と言い出す始末。若干俺もそうじゃないかと思い始めている。
 であれば、どうするか。
 諦めるつもりは無い。世の中には、生まれつき感情を欠けさせて生まれる人間が居るのは知っているし、彼女もそういう類で、ピンポイントに恋愛感情を持っていなかったとしても。
 色恋以外の好悪はあるのだ。彼女にも受け入れられない、嫌悪を示す相手は居た。同様に、他よりも信頼し、大切に扱おうとする仲間も居る。
 その中の好意と信頼の一番を得られれば、充分だ。向ける愛と同じだけの愛を返して欲しいというのは、傲慢なのだから。
 ……ただちょっと、どうすればその座を射止められるのかが、少し問題ではあるが。

 そんな風に、スタートラインには立てたものの、前進の感覚を掴めずにいるうちに、気が付いたらヴァレンティオンデーが近づいていた。
 これには少々苦い思い出がある。
 マリィは案外マメな人で、こういう行事には積極的に参加する。無論、それだけの余裕がある時は、だが。
 ヴァレンティオンの時も、暁の血盟の皆に簡単な菓子を作って配るのは定番だ。
 ……が、俺がそれにあやかれた事は無い。
 たまたまその時期に居なかったという時もあるが、丁度良くその場に居て、マリィも菓子を配っている最中で、それが切れたという事もなく、今まさにアルフィノに渡した現場に居合わせた事もあったというのに。
 純粋に貰えなかったのである。

『いいものを配ってるな。俺にも貰えるか?』
『サンクレッドに? 要らないでしょう』
『つれないな……麗しの我らが英雄殿からの栄誉を賜れないのか?』
『貴方は先ず、タタルが預かっている恋人さん達からの贈り物をどうにかした方が良いわよ。どうにかしたとして、それ以上は健康を害すると思うわ』

 ……これだ。
 恐らく、石の家に届いた諸々を丁度見てしまったのだろう。女性達のおしかけ事件以来の冷たい視線を頂いた。ついでにアルフィノからは苦笑を向けられた。
 これを皮切りに、タイミングの悪さだったり、居合わせても似たような理由で彼女からヴァレンティオンの祝い菓子を貰えることは無かった。
 初回はともかく、その後年々貰えない重みが増したのは言うまでもない。前回などは、まさかのリーンから貰いました! と輝く笑顔で報告され、俺が貰えてない事を知ると物凄く心配そうな顔で励まされ、泣くかと思った。悪気が無い分たちが悪い。
 そしてここに来てのヴァレンティオン。こうなればやられっぱなしではない。
 今回は幸いにも時間的にも世情的にも余裕がある。そもそも、ヴァレンティオンは決して女性から贈り物をする日ではない。当然男性からだって贈るものだ。
 そう決意し、多少の依頼を片付けた後にオールド・シャーレアンに戻ってきた。ウリエンジェをどう撒くかと考えたが、妙に訳知り顔で私はこれで、と去って行った。
 ……まあ別に、最近のマリィへの求愛については何も隠していないので、察したとしても不思議はない。
 そうして、バルデシオン委員会支部へと顔を出す。もし彼女がシャーレアンに来たのなら、必ずここに顔を出すからだ。

「おー、お久しぶりー」
「ああ。ちょっと尋ねたいんだが、マリィは今日ここに来る予定はあるか?」
「予定って言うか、今来てるよー。奥のホールに居るんじゃないかな、どうぞー」

 相変わらずのんびりとしたオジカ・ツンジカの答えに、思わず口元に笑みが浮かぶ。どうやら、運が向いて来ているらしい。
 我らが英雄殿はなんともフットワークが軽い。予定があるのかないのか、一日に縦横無尽に国を跨いで移動する事もザラだ。
 情報収集して追いつく速度ではなく、転移魔法を使えない身では追いつけない。
 どこにいるかと探してもなかなか会えないのに、いざ何かが起こってここに居てくれたら、という場面には必ず分かっているように顔を出す。
 当人の性格は真面目なのに、その振る舞いはどこか気まぐれな猫のようだな……などと。
 珍しく、ここ一番の会いたいタイミングで会える事実に上機嫌になりながら、ホールに繋がる扉を開ける。
 そこには確かに、愛しの彼女が居た。
 が、それだけではなかった。

「は………」

 意図せぬ呼吸音が喉から出た。
 マリィの正面に居たのはグ・ラハ・ティアだ。
 居ることは何も不思議ではない。今は委員会の立て直しの為に、クルルと共にここに詰めているのだから。
 問題は、俺の目に入ったその状況。
 マリィを目の前にして、キラキラと赤い瞳を輝かせて、子供のような笑顔で、耳と尻尾を喜びに震わせている。
 生粋の英雄オタク、やや拗らせたマリィへの好意を持った男なので、まあ珍しくもない反応だ。
 その手にあるのは、明らかに想いの籠った、可愛らしいリボンと包装紙で飾られた贈り物。マリィから渡されたのだろう、小ぶりの箱を受け取った所のようだ。
 ヴァレンティオンデーに。女性から。男性へ。愛らしく飾られた贈り物を。

「———おい。どういう事なんだ、それは」
「はい?」
「あれ、サンクレッド?」

 気が付いた時には、二人へ距離を詰め、マリィの肩を掴んでしまっていた。
 俺の入室には気付いていなかったようで、二人はそれぞれこちらへ視線を向けて、きょとんと首を傾げる。
 近くで見ると、やはりあからさまな本命の贈り物にしか見えなかった。
 過去一度も貰えた事は無いが、マリィが配るこの日の菓子は、もっと簡素な包みだった。ハッキリと義理だと分かるもの。
 であれば、そう言う事だ。疑う余地が無い。

「マリィ、君の想い人はグ・ラハだったという事か?」
「? ああ、これは」
「いや、グ・ラハが悪いと言うことじゃない。多少拗らせてるが、一途に君を思う良い男なのは認める」
「貴方もまあまあ拗らせてると思うわよ。ではなくて、これは」
「だが、現在進行形で口説いている最中の俺が居るのに、それは無いんじゃないか? 散々心の内は伝えているつもりなんだが」
「あのね、サンクレッド。これは」
「せめてハッキリとフッてから、いやフられたい訳じゃないんだそんなのは御免だ、だが俺は君から義理すら貰えたことが無いんだぞ? 正直悔しさしか無い、俺はそんなに君から見て魅力が無」
「静まりなさい」

 ゴッ! と言い募る俺の脳天に手刀が落とされた。危うく舌を噛むところだった。
 穏やかなマリィからの有無を言わせぬ打撃、まさか二度目が発生するとは。

「……マリィ、俺に対してだけ少々手が早すぎやしないか」
「言葉だけで停止してから文句を言ってちょうだい。で、説明してもいいかしら?」
「はい……」

 確かに、自分の言いたいことと感情が先走りすぎたことは認める。マリィは合間合間に何かを言おうとしていたにも関わらず。
 故に物理で止めたと言われれば、それ以上返す言葉もない。落ち度があるのは間違いなくこちらだ。
 全く余裕も何も無い姿を晒したことも情けなければ、呆れた眼差しを投げられるのも居た堪れない。

「ボクは、クリスタリウムの皆からの贈り物をグ・ラハに届けに来たの。今持ってるのはその一つで、ライナからのものよ。ちなみにこれが全量」

 これ、と示されたのは2人の傍のテーブルの上。大きな紙袋に溢れんばかりの贈り物が詰め込まれている。
 なるほど、クリスタリウム中の人々から愛される水晶公とあらば、こうもなる。なんなら少ないまであるな。きっと、持っていくマリィの持てる量やら、受け取る側の負担やらを考慮して、ここまでは減らし……いや、凝縮したと言ったところか。
 そして、愛孫たるライナからならば、その愛の籠った贈り物の箱も納得だし、それを受け取ったグ・ラハの喜びも当然だ。
 見たままだけを受け取った、俺の盛大な勘違いというわけだ。
 冷静に話に耳を傾ければそれで済んだ話だと言うのに。益々恥ずかしい。

「それは、いや、その、……すまない。俺の早とちりだったな……」
「分かってくれて良かったわ。それで、これはリーンから貴方へ」
「え」

 はい、とマリィが差し出したのは、可愛らしいピンクのリボンがかけられた箱だった。
 随分と少女趣味が全開だ。受け取る側をもう少し考えろと言いたいが……
 趣味嗜好をほとんど出さず、自分を封じて他人に従い生きていたアイツを思えば、成長すら感じられてしまう。

「元気でやってますから、心配しないでくださいね、ですって。ガイアと一緒に作ったそうよ」
「そうか……。ありがとう、届けてくれて」

 共に菓子を作る友人も居る事に、思わず表情は緩んだだろう。
 元気にしている。こうして、贈り物をする心の余裕だってある。マリィが伝えてくれた言葉を口にする、笑顔すら思い浮かぶようだ。
 それだけで、全て報われた気持ちになる。不思議なものだ。親というのは、こういうものなのだろうか。……実の親の記憶も曖昧な俺には、ハッキリとわからないが。

「で、これはボクからの分」
「ああ、ありが……」

 遠く離れた『娘』からの贈り物にしみじみと暖かさを感じていたところ、ひょいと手渡された包みを、つい反射的に受け取り、途中で止まってしまった。
 まじまじと、手にしたそれを見つめる。
 グ・ラハが持っている箱や、リーンからの贈り物に比べたら、あまりにもシンプルで飾り気の無いそれ。
 過去にも何度か見たが、ついぞこの手に乗せられる事のなかった物が、唐突にお出しされた事に、理解が追いつかなかった。

「これ、は……」
「欲しいかと思ったのだけど。要らないなら、返してくれていいわ」
「いや!! 要らなくない!! 断じて返さないぞ!!」
「そんな全力で言うほどのものでも無いのよ?」
「え、サンクレッドにだけか?! オレは?!」
「もちろん、皆の分あるわよ。はい、グ・ラハ」
「やった! サンキューマリィ!!」

 はい、とグ・ラハにも包みは渡される。俺の手にあるものと、全く同一だ。茶色の小さな紙袋。飾り気も何も無い。
 それでも、大好きな英雄からの配り菓子を手にして、今にも小躍りしそうなくらい喜ぶグ・ラハを、マリィは微笑ましそうに見ていた。
 ところで、贈り物の量ならかつての俺より今のグ・ラハの方が大量に見えるんだが?
 健康を害するとはなんだったのか。

「っと、クルルが戻ってきたかな。ちょっと行ってくるな」
「ええ。あ、クルルやオジカ達の分もあるからね」
「伝えとく! 疲れてるだろうから、絶対喜ぶよ!」

 ふと、開けっ放してしまったホールの扉の外が少々騒がしくなったのが聞こえた。
 確認していなかったが、外に出ていたクルルが戻ったのだろう。相変わらずのご機嫌の様子で、グ・ラハは小走りで分館の受付の方へと向かっていった。
 そして、ホールに二人で残されて、手にした二つの贈り物に視線を落とす。
 リーンからのものは、勿論掛け値なしに嬉しいものだ。
 一方、マリィからのこれは。
 グ・ラハに渡されたものと全く同じだ。律儀なマリィが、世話になった相手に感謝を表すために用意したものの一つであって、これと言う特別性は無い。
 それを絶対に返さないとばかりに執着を見せた先ほどの自分が、急に恥ずかしく思えて来た。流石に余裕が無さすぎやしないか?
 少々身長が高くて、性格が落ち着いているだけで、年齢は俺の方がずっと上なんだぞ? 大人の余裕はないのか。いや、余裕なんぞ見せていられる関係になれていないのだ。仕方ないだろう。

「今まで、特に誰にも言った事は無いのだけれど」
「……なんだ?」
「ボクね、人の面倒を見るのが好きなのよ」
「いや、君の面倒見の良さは知ってるが」

 静かに内心で自分の情けなさに凹んでいた所、不意にマリィが口を開いた。
 そうして出て来た言葉に、思わず突っ込む。
 君が面倒見が良い事なんて、出会う前から知っている。随分と人の好い冒険者に会ったと、イダやパパリモが絶賛していたのだ。見ず知らずの女性の悲鳴を聞いただけで駆け出し、身体を張って守るような人だと。
 俺だけではない。皆が知っている事だ。流石に、その自覚くらいはあるんじゃないのか?

「違うわ。面倒見が良いとかではないの。面倒を見たり世話を焼くのが『好き』なの」
「ほう?」
「心のままにそうしたら、何処に出しても恥ずかしいダメ人間を作り出す自信があるくらいに」
「それはそれは……」
「勿論、それは誰の為にもならないのは分かってるわ。だから、普段はどんなにささやかでも、対価を出して依頼として頼まれる事以外は、しないようにしてるのだけどね」

 それは、少し意外だった。
 なるほど、確かに『面倒見が良い性格』と、『面倒を見るのが好き』とでは、少々ニュアンスが異なってくる。
 しかも、ダメ人間を作り出す確信があるほどとは。人の世話を焼く事は美徳に思われるが、なんでもかんでも代わりにやってしまえば、末路は何も出来ないダメ人間が生まれるのは当然だ。親が子にしたなら、それは優しい虐待だろう。そこに愛があったとしても。
 とはいえ、それが良くない事だときちんと理解し、自分の嗜好を自制する辺りはマリィらしい。相変わらず、自己判断や制御に長けている女性だ。

「貴方は、余裕があって頼り甲斐のある、格好良い男だと思われたいようだけれど」
「それはまあ、な」
「ボクはそういう趣味の人間だから。欠点の無い完璧な人より、手のかかる面倒な人の方が、好きなんだと思うわ。……さっきのサンクレッド、可愛かったわよ」
「なん、」

 続けさせると他の人に迷惑がかかるから、止めたけれどね? などと言って、彼女は俺を横目に見ながらフフっと笑った。
 とても楽し気なそれに、思わず絶句した。
 先ほどの感情の暴走を、無様とも言える執着を、『可愛かった』と?
 しかも物理で止めたのが不快だったからではなく、居合わせた人間の迷惑を考えたからで、二人きりならあのまま聞いていたかったとでも言いたげで。
 尚もくすくす笑う、どこか悪戯な様子の彼女は、初めて見るものだ。
 驚いた。清廉潔白な印象しかなかったが、とんだ魔性の女なのでは?
 下手に近づいたら、ダメ人間待った無しの甘やかしが襲い来るのでは、という想像をしてしまい、迂闊にもぞくっと背筋が震えた。
 悪寒ではない。興奮に近い。
 いやいやいや、冷静になれ。俺は決してダメ人間になりたい訳ではない。そして、別にマリィもしたい訳ではないだろう。
 無言であれそれ考え込んでしまった俺をしばらく眺めてから、マリィはホールからすたすたと歩いて行ってしまう。その手には大きな袋。おそらく、ヴァレンティオンの配り菓子を、クルル達にも届けに行ったのだろう。

「……って、待ってくれ! 俺からも渡すものが!」

 結局やられっぱなしだ。今迄のお返しに、こちらからスマートに贈り物をするつもりだったのに、終始彼女に振り回されているじゃないか。
 本格的に情けない。『愛の吟遊詩人』はとっくに引退しているが、本格的に二度と名乗れなさそうだ。
 ……まあ、それくらい無様に追いすがるくらいの方が、マリィの好みなのかもしれない。
 非常に情けない気持ちになるが、それで恋した君の心が俺に向くのなら、それもまた良し、か。



■



 マリィはちゃんと自制するので、相手をダメにするタイプの人ではありません。
(レべ兄を見ながら)



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