アンドレとの出逢い

男娼館で働くルー。ある日若く美しい男が客としてやってくる。

◆ 

 男娼館でひさぐようになってから半年ほどが経過した。
 店に来る客のほとんどが男だ。フィエルテよりもはるかに年上の中年くらいの男色家から欲を満たしたい物好きな青年まで、幅広く相手した。まれに女の客も来ることがあるが男の数には敵わなかった。
 その日、フィエルテにはまだ客がついていなかった。他の仲間は何人かの常連客と戯れており、すっかり自分たちの世界の中に入っていた。
 数分後、新たな来店客があった。中に入ってきたのはかなり若い一人の男。肩にかかる漆黒の髪は綺麗にウェーブがかっており、見るからに美しかった。
 今まで彼のような美青年は店に訪れたことがない。物珍しさと彼の美に魅せられたことによって、しばらくの間見続けていた。
 男は店内を見渡して物色するかのように手の空いている男娼を探していた。ふと近くの方に目線を下げると、粗末なベッドの上でシーツを握りしめている少年と目が合った。
 客を待っていたフィエルテは、内心彼が自分のところにやって来てくれればいい、と思っていた。その望みは実現した。
 男はフィエルテのベッドに腰をかけた。
 「こんばんは。はじめまして」
 「こんばんは、ようこそ」
 「今夜は君と過ごしたい。私はアンドレ。君は?」
 「フィエルテ」
 「意味は何歳なの、フィエルテ」
 「十六歳」
 「いつからこの仕事を?」
 「半年くらい前。貴方は?」
 「私は軍人だよ、一応ね。ちょっと前まである士官学校に通っていたんだ」
 その後に続いた話によると、しばし男色趣味があるようで過去に何人かの男と関係を持っていたらしい。
 「ここへ来たのは興味本位。まだ一度も男娼館に足を運んだことがなかった。初めての店で君のような美しい子と夜を過ごせるなんて夢みたいだよ」
 初対面であるにもかかわらず友好的に接してくれた。他の客は自分の欲を優先してすぐに行為を求めてくる者も多いというのに。「どのような行為をいたしましょう?」と訊いても首を横に振り、「今宵は君とお話したい気分なんだ」とだけ言った。
 この日の夜は随分と心地が良かった。アンドレは楽しい話をたくさん聞かせてくれる。士官学校での出来事や過去の思い出話などだ。フィエルテもすぐに打ち解けることができ、たくさん語った。
 最初の夜は別れるのも名残惜しかったが「また来るよ」という言葉を信じて待った。数日後も彼は再び店にやってきた。互いに再会を喜んだ。
 「また来てくれて嬉しい」
 「そう言ったじゃないか、数日前に」
 二人でベッドに腰を落とした。アンドレが手を肩に置いてきた。
 「そろそろ君に触れたい。触れてもいいかな」
 「もちろん。断る理由なんてない」
 「よかった。君は随分若いから優しくしないといけないと思って……儚い印象もあったし」
 フィエルテの身体を抱きしめた。ぬくもりが伝わってくる。
 「どうしてそんなことを?」
 「初めて君の顔を見たときからそう思っていた」
 男娼館では自分の気持ちはなるべく殺して、客のために奉仕することだけを、今を生きることだけを考えていた。今まで接した客からは心を見透かされたことはなかった。だがアンドレだけは……。
 「まあ、色々あったんだよ……」
 「そうか……」
 「そうだよ。だからここにいる。僕の人生はこんなはずじゃなかったのに。名前は『誇り』だけどそんなものはないし」
 「それは辛かっただろう、フィエルテ……」
 今まで誰にも話さなかった、否話せなかったことをアンドレには口走ってしまった。それを聞いた彼は否定することなく受け止めた。
 「ごめんアンドレ……こんな話をするつもりは……」
 「いいんだよ。気にしないで」
 その笑顔がフィエルテの孤独な心を包み込んだ。
 「……家族と離れ離れになった。だから生きていく術がこれしかなかったんだ」
 一年ほど前、家は没落に追い込まれてしまったのである。兄達は軍隊に所属し姉は恋人の元へ行ってしまった。フィエルテは両親の意向により叔父の家に預けられた。だがそこでは子供達から嫌がらせを受け生活に馴染むことができなかった。それで逃げるように家出をし、孤独に彷徨っていたところを店の経営者の男に拾われ男娼となった。
 「そんなことがあったのか」
 出会って間もないアンドレに自分が抱えていたもの全てを吐き出した。
 「前みたいな幸せな生活を取り戻したい。家族に会いたい……」
 フィエルテの眼から一粒の滴が落ちた。
 「君はずっと我慢していたんだ。寂しい気持ちを」
 アンドレは孤独な少年の頭を撫でた。
 「君が寂しくないように、また何度でも会いに来るさ」
 




アンドレとは名前だけ考えていたモブ。
結局書き進められずお蔵入り。

2022/3/7

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