昏い春 - デプ/ウル

「やめろよ」鋭い咎めが、二人の間に切り込まれた。ローガンは顔を寄せるために屈めた背を伸ばし、手のうちに貌を隠したウェイドが肩を丸めて作ろうとする距離を眺めた。古いソファの革が体重移動に合わせてギシリと軋む。
「今はまだ仲良くお別れができる。それぞれの人生を歩んで別の場所でそれなりに友達をやっていける。でも今ここでキスしたら、俺はもう、そこから進めない。死ぬこともできないこの先の生涯、未来永劫このキスを忘れられない」
 俯くウェイドの声はくぐもって、しかし確かな憤りを纏っていた。その芯に抱えた寂しさとかなしさを隠して、ローガンに背中を向け続けた。
「なら、なおさら今すべきだな」
 反論のために勢い込んで持ち上がった顔が、頬に滑る手にハッと息を呑んだ。咄嗟に拳が振り上がり膝が一撃を試みても、詰めた距離に伏せられ瞬く間に関節を捕えられた。「ローガン」声は未だ怒りに濡れて、さらに苦しげな色を滲ませた。
「お前だけがそうだと思うか?」
「何、」
「傷物扱いされるくらいなら、今ここでお前の言うような治らない傷を負わせてやってもいい。どうせ恨みあって血を流してもどうせ痛み以外残らないんだ。キス一つでお前のこの先を奪えるなら───それこそ俺が望んでるものだ」
 言い切って、ローガンはウェイドの首筋に顔を埋めた。肌と着古した上着の間からぬくもりのにおいが立って、ローガンの鼻腔をくすぐる。組み敷かれて強張っていた四肢が、おもむろに力を抜いた。
「アンタはすぐに忘れられる、俺のことなんか」
「世界をまたいで100人も殺した挙句キスした相棒を?」
 掴み上げた手から逃れて、ウェイドの指がローガンの首裏を撫でた。いつの間にか汗ばんでいた肌を、拭うように往復する。
「後悔したがり?」
 間近に見える口の端に小さく笑みが浮かんでようやく、ローガンは密かに息をついた。ああ、と応えて背中に回る手が体を引き寄せやすいように脚をまたいで厚い腰を膝で挟む。
「手酷く頼む」
「……ずたずたにしてやる」




@amldawn

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