他人の孤独


 電話口で告げたおめでとうという言葉は、どこか台詞じみていた。おれは役者には向かない。実感のこもらない声だと自覚できるほどなのだから、それは確実に電話線をつたって、あの薄く骨ばった耳にも届いただろう。しかし針のような指摘も、機嫌をそこねたふうもないまま、水戸はどうもと言った。この男にしたって、芝居がうまいわけじゃない。いいこともわるいことも、なかったことにしてしまうのがうまいだけだった。
 そんなことをおれはすでに知っていて、だから、顔が見たいと思った。いや、そもそも感慨深さなどかけらも表さなかったのは水戸のほうで、この男はなにを卒業したのだろうというようながらんとした声色に、それでも祝いの言葉をかけたおれは健全な人間にちがいない。水戸がここにいたら、どんなふうにでも笑ってやれただろう。おまえがここにいたら。
「なあ、あさって空いてるか」「あー、四時以降なら」
 じゃあおまえんち行くわ、おう、じゃあ。そう話した二日後の地下鉄は、まだいくらか空いていた。乗り換えたJRが多摩川を越えていく。春大会への準備は新年度と重なって、例年、休日と呼ぶに値する日が消失するのがお約束だった。それに、この時期を逃せば、今年ばかりは水戸のほうが慌ただしくなるだろう。一段階あかるくなったような三月の陽ざしが水面を真白く輝かせている。
 卒業に就職、それらが十代にとっての大きなイベントであり、水戸もその属性に含まれているのだということをようやく意識したときには、もう神奈川に入っていた。受話器越しに聞いた声を反芻する。二年前、おれにとっては感慨深いものであったその日のおめでとうという水戸の声は、電話口のそれよりもよほど暖かかった。合鍵ひとつでたずねてゆくおれもおれだとしても、いったいどんな節目ならば水戸は心をふるわせるだろう?
 知った男の知らない心を考えるおれを、知った街へと電車が運ぶ。まばたきをすると、のどかな眠気に包まれる。おまえのことがわからないなどと泣きつきたくなることは、ついぞなかった。こんなふうに他人の内がわを想像してみる自分さえおれはほんの二年前まで知らずにいたし——というよりそれは新しく生まれたのであって——、そんな思考さえ車窓の風景とともに流れ去っておれのもとに形を残しはしないし、水戸だって、こんな時間を知るよしはないのだ。

 ドアノブをひねってみるまえにチャイムを鳴らすのは習慣のようなもので、水戸はいつからか、鳴らさなくていいよと言うのをやめた。内側から扉をひらいた水戸は部屋着で、重力に逆らわない髪が湿っている。
「昼間から平和なカッコしてんな」「さっきまでバイトだったんだよ」
 いらっしゃい、と身を引いて居間へ戻る水戸のうしろ姿に、うっすらとシャンプーのにおいが残っていた。水戸は吸い殻のたまった灰皿をローテーブルから取り上げて台所に向かう。
「コーヒー飲む?」「飲む」
 卒業とはつまり、水戸は高校生ではなくなるということだった。おれは高校生である水戸しか知らなかったことに気がつくと同時に、水戸がいずれかの肩書きをもたなくなることは、よれたスウェットや髪の長さ、住所、たばこの銘柄、カーテンの色、リモコンの位置、湯が沸くのを待ちながらポケットに右手をつっこむしぐさにインスタントコーヒーのメーカー、あるいは背中の丸み、それらになにか変化をもたらすわけではないのだと知る。やかんが力強く息を吐き出す。おれはといえば変わらずここに来て、なんとなく定位置になった壁側に座っていた。それは水戸にとっても変わらないことのひとつだろうか?
「水戸、卒業おめでとう」「ああ、うん。どうも」「でもあんまり変わんねえなあ」「なにそれ、悪口?」
 いや褒めてる、と言いかけたままで言葉が途切れると、水戸はやかんを持ったまま振り向いた。「違うわ。いいなって話」「はは、わかんね」。水戸が意味を聞き返すのは必要のあることだけで、わかるように言えという返事はいちども聞いたことがない。式どうだった、とたずねると、別にどうもこうもないけどね、と前置きした口から出るのは例によって桜木や友人どもの話で、いっそ安心するほどだった。やつらの話を聞いて、それでおまえは、と聞くのは野暮というものだ。やつらを眺めて、たまに口をはさんで、身軽に笑って、水戸は確かにそこにいたのだから。
 テーブルの上のコーヒーから湯気がたちのぼる。オレは変わったってよ、と言うと右斜めに座りこんだ男は、へえ、と興味もなさそうにコーヒーをすすった。
「瞬発力がなくなったねって。あれ、悪口か? これ」「自覚あんの?」「ない」「ははは」
 あんま変わんねえと思うよ、と水戸は言った。それはそれでムカつく、と口には出さなかったが顔にはしっかり出ていたことを、どこかやわらいだ表情を見て察する。「おまえといるからだろ。おめーもオレに影響されとけよ、不公平だろーが」「どんな理屈だよ。いいんじゃね、柔軟で」「バカにしてんのか」「してる。三井さんがバカなこと言うから」
 知ったコーヒーの味だった。ひとつのボトルからおよそ同じ量の粉末、ひとつのやかんからおよそ同じ量の熱湯、それからおれのマグカップにだけスティック一本の砂糖。同じようで違うものを飲んでいることが、ときどき不思議に感じられる。けれど、そう言ったならこの男がするであろう返事はわかっていて——つまり「そんなもんだよ」と——、なんとなくそれはいいことであるような気がしてくるのだった。あのさ、と妙にささやかな声。
「三井さんは気づいてねえんだろうけど、おれはとっくに大事なもん捨ててるよ。あんたとこうなったときに」
 これで公平だろ、と水戸は笑っていた。なにを捨てたって? 聞いたばかりの言葉が薄れていくのを引き留めようと、目覚めてすぐに遠ざかっていく夢をたぐり寄せるみたいに、おれの頭は必死になっていた。とつぜんの労働にエンジンのかかりきらないそれをからかうように、目の前の男は口をひらく。
「でも、そんなに大事でもなかったのかもしんねーな。ほんとは」
 なにを捨てたって? もういちど口のなかでつぶやく。「なにを捨てたって?」ようやく声になったとき、水戸はたばこを一本抜き出して、ベランダへ出ようとするところだった。ひらひらと手を振ってフィルターをくわえると、ガラス戸が閉じられる。「あ、くそ!」鍵でもかけてやろうかと近づいたとき、それで損をするのは自分であることに気がついた。うす汚れた窓の向こうでおかしそうに口角が上がるので、おれは戸をひいて顔を出す。
「なにを捨てたって」「まあ、くだらねえ矜持みたいなもんかな」「キョージってなんだよ」「三井さんって大学何年生だっけ」
 うるせー、とにらみつけたとき、水戸の頬に夕陽が落ちるのを見た。銀色の空き缶に灰を落とす指先にも。多摩川にさす光がもうずいぶん昔のことのようだった。弁当買ってあるけど食う? と水戸が聞いて、食う、とおれが言う。



2023.04.14
二年目未満の洋三、知と無知について

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