そこは譲らない
「そうだ、ガッちゃんに見せたかったものがあるんだ」
久し振りに寄った伊月の家で、おもむろに家主が立ち上がる。目で追っていると寝室の方へ姿が消え、よいしょっと気合いを入れるような声が聞こえた。
「ほら、見てくれよガッちゃん」
そう言って部屋から持ち出したのは――いや、正確には引き摺っていると言うべきか。それは伊月の背丈を超えるほどの白い蛇のぬいぐるみだった。
「デカくねぇか?」
「そう、デカいんだ。だから丁度良くってさ。手触りもいいんだ。触ってみてくれ」
言われるままに蛇の頭へ手を置いてみる。確かに滑らかで触り心地はいい。しかしデカくて丁度いいってのは何だ。場所は取るし重いしで部屋にあったら気が散って仕方ねぇだろ。
「顔も愛嬌があって可愛いんだよ。賢そうだろ?」
「まあ、そうだな……」
反応に困る。マスコットの類にあんまり関心ねーんだよな。
よく見てみればデカさの割にリアル過ぎない、適度にデフォルメの利いた作りではある。それを愛らしいと捉える奴も世にはいるのだろう。賢いかはさておき、不気味さよりは神秘さが勝るデザインだ。
「コイツはクッションにでもしてんのか?」
「いや、寝るときに抱いてる。結構落ち着くんだ」
「……抱き枕なのか?」
「ああ」
頷くと膨らみのある頭部に頬を寄せ、胴体を両腕で抱いてみせる。心地良さそうに目を細めて微笑む伊月は可愛い。可愛いが。
「ぬいぐるみ無いと寝れないってキャラじゃねーだろ」
「当たり前だ。無くたって眠れる」
「じゃあ何でこんなの買ってんだよ」
ふと、暗い寝室で蒼白い蛇と横たわる伊月の姿が浮かぶ。聖母のように蛇の頭を胸元に抱き、すらりとした脚先に妍やかな胴部を絡ませる様は――それは酷く背徳的に思えた。
平静を装いつつ良からぬ方向へ向かいそうな想像を振り払っていると、伊月が窺うように問う。
「呆れたりしないか?」
「しねぇから言えよ」
そう返せば、少し恥じらいながら下りた髪を耳へ掛け直す。
「ガッちゃんと寝るようになってから……その、何かに寄り添ったり抱き着くのが心地良くなっちゃってさ」
最初は普通の枕だったんだけど、と続く言葉は耳から耳へ抜けていく。つまり何だ、ソイツはオレの代わりってことか。可愛い恋人の愛らしい告白に思わずニヤけそうになる――が、生憎とオレの器はそう広くなかった。
いや何でよくわからねぇぬいぐるみがそのポジションに就くんだよ。オレの場所だろそこは!!
捨てちまえと言いたい衝動をなんとか呑み込み、大人気なく歯軋りをする。
「おい伊月」
「何、ガッちゃん」
「来月からここ引き払ってオレんち来い。鍵作ってやっから」
「来月……え、どういうこと?」
ソイツは置いていけ、なんて無粋なことは言わねぇ。いつも通り寝室に居るのを許してやろう。だがベッドにだけは意地でも上げてやるものか。オメェは部屋の隅でオレと伊月が仲良くしてんのを見てろってんだ!
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