anywhere
俺っち達は仲良しこよしの『ユニット』じゃねェし、得意なことも苦手なこともそれぞれ違う。四人一緒じゃなきゃ仕事受けませんなんてことはなく、オファー内容によっては相性のいいふたりだけで行ってこい、みたいなこともまあまあある。
個人主義者の集まり、協調性皆無の自由な奴ら。だけど全員しっかり『Crazy:B』だ。だからこそリーダーである俺っちも、安心して巣を空けられるわけで。
「……つってもよォ……こんなに長ェこと不在にすンのはさすがに初めてだぜ……」
落ちている木の枝を拾い集めながら呟く。集めた枝はニキのところに持って行って、焚き木にする。
「心配ですか?」
俺っちのあとをくっついて来ていたカメラさんがニコニコしながら尋ねてくる。
「ん〜ん、全然。メルメルもこはくちゃんもしっかりしてっから」
「信頼してるんですね〜」
「やっだなァそんなんじゃねェっすよ! むしろ俺らがいないぶん、のびのびやってンじゃねェかなァ? きゃはは、帰ってこなくていいとか言われそ! ……おっ」
カメラさんを手招きして、でっかい石の下から出てきた立派なトカゲを見せびらかす。今のいいV撮れたンじゃねェの? ちゃんと使ってくれよなァ。
無人島サバイバル生活も、十日目にもなりゃ慣れたもんだ。俺っちとニキとで山に分け入って山菜を採ったり、海に漕ぎ出して魚を捕ったり。砂浜に造った拠点もいいかんじ。派手で賑やかでちょっとチャラめのおに〜さんこと『Crazy:B』の俺っち達が、こんな風に手際良く、面白おかしくアウトドアをこなしていく。意外性も話題性もばっちりっしょ。オンエアはまだ先だけど、チラ見させてもらった予告PVの仕上がりもまあまあ。こりゃ高視聴率待ったなしだ。
撮影してる間は実際に島に留まらなきゃならないから、歌ったり踊ったりの『アイドルらしい』仕事はしばらくお預け。それだけがちょっと寂しい。
「よい、しょ〜っと。今日で……十一日目っす」
砂浜に転がってたでっかい流木にナイフで傷をつけて日にちを数える。俺らがこの島で起きたらまずやること。
白いTシャツを肩まで捲ったニキが、指を折って何やら確認してる。そんで急に「あっ」とか言いだすから、俺っちは竹製のいかだをメンテナンスしていた手を止めて振り返った。頭に巻いたタオルが緩んで落ちてくるのを、しっかり巻きなおして。
「どしたァ?」
「ここに来たのが五月八日っすから〜、今日は十八日っすね」
「つまり?」
「燐音くんの誕生日」
わっ、そうなんですか!? 天城くんおめでとう! なんて撮影クルーが沸いてる。
「そういやァ企画とダダ被りだったな……生きンのに必死で忘れてた」
「おめでとう〜っす♪」
「サンキュ〜。燐音くん産まれましたァ。いえーい」
ニキと肩組んで、カメラに向かって満面の笑みでピース。なんかいいかんじのテロップ出しといてくれ、『バースデーボーイ』とかなんか、金ピカで頼むわ。
でもま、ここは無人島で、今年はバースデーイベントも無いわけで。やることは昨日までと変わらない。火をおこして、ニキが作った飯を食って、また海に潜って食糧を捕ったりなんだり動き回ってりゃ、あっという間に夕方だ。
今日はいい天気で、でっかい夕日が海に沈んでく雄大な景色が思う存分堪能できる。「特別ね!」とか言ってDが持ち込んだ缶ビールを開けて、オレンジに染まった砂浜でささやかな祝杯をあげる。
「悪くねェな」
「めっちゃ良くない?」
「正直めっちゃいい。生きてきた中でいちばんビールが美味い」
「なはは」
気の抜けた会話を交わしながら煽るビールは、サバイバルでくたびれ果てた五臓六腑に信じられないくらい沁みた。焚き火を囲んで、美味い飯と酒とゆっくり流れる時間を楽しんで。本当に、たまには悪くない。こういうのも。
そんでやっぱりこの案件には俺っちとニキが適任だったな、と改めて思うわけで。こはくちゃんは逞しいからいざとなりゃやってくれるだろうが、メルメルなんかは初日でギブっしょ。間違いない。それはそれでテレビ的には面白い画が撮れンのかもだけど、あいつがファンに見せたくないと思ってる側面が映っちまうリスクは、極力遠ざけてやりたいリーダー心。燐音くんってばナイス采配。
そんなふうにあいつのことを考えていた時だったから、ニキの口から「HiMERUくん、」って聞こえてきて俺っちはちょっと噎せた。心読まれたのかと思った。
「HiMERUくんとこはくちゃん、燐音くんの誕生日思い出してくれたっすかねえ」
「……いやァ? 絶対ェ忘れてるっしょ、あいつらが俺っちに優しかったことなんかねェもん。ったく冷てェ奴らだぜ」
「それはあんたの日頃の行いが……ん?」
砂浜に座ってる俺らのところに駆け寄ってきたのはDだ。その手に握り締めたスマホをこっちに寄越して、電話に出ろと言う。
「俺っち宛? え〜なんだろ……」
そうぼやきつつスピーカーモードに切り替えた端末から流れてきた声は、今この瞬間、何よりも聞きたかったもので。あいつだったらいいなとちょっとでも考えたせいで聞こえた幻聴なのかもって、一瞬疑ったくらいだ。
『──天城?』
「メ、ルメル」
『はい、HiMERUです。そちらは順調ですか? 椎名を困らせてませんよね』
「なんで俺っちが困らせる側ってハナから決めつけちゃってンの? やっぱ冷てェ奴だよおめェは」
メルメルはこはくちゃんといるらしく、特徴的な笑い声が漏れ聞こえる。
『HiMERUはんな、燐音はんに言わなあかんことがあるんやって。聞いたり』
『ちょっ、桜河……! こほん。──そう、HiMERUから『Crazy:B』のリーダーである天城に報告があるのですよ。今日がなんの日かは知っていますね? ええ、HiMERUが受けていたオーディションの結果発表の日だったのです』
いや知らねェよ、という文句は見事にスルーされた。ドラマのオーディション受けに行ってたのは知ってたけど。メルメルは続ける。
『そろそろ無人島生活にも新鮮味がなくなってきた頃かと思いましてね。HiMERUからとびきりの刺激をプレゼントしようかと』
「おォ? そこまで言うからにはさぞ大したことなんだろうなァ? 半端なことじゃ驚かねェぞ」
カメラは一部始終を収めている。あらゆるパターンを想定して、頭ン中でリアクションを用意して。向こうでメルメルが息を吸うちいさな音が、電波に乗って俺っちの耳に届いた。
『──月9の主演、射止めましたよ。お誕生日おめでとうございます。では』
ブツッ。情けも容赦もなく電話は切られた。「あっもう切ってしまうん?」というこはくちゃんの声が途中まで聞こえた気もしたが、耳に残るのはツーツーという無情な電子音だけ。
「ちゃんと誕生日覚えててくれたんすねえ。良かったっすね燐音くん、……あれぇ?」
呑気に笑ったニキは顔を覆って俯いてしまった俺っちに気づき、「どうしたんすか?」と言って肩を揺さぶる。
「祝ってもらえて嬉しくて泣いちゃったとか?」
「……ちげェ……」
顔を上げた俺っちは実際ちょっと泣いていた。でもそれは単純に“祝ってもらえたから”じゃなくて。
「あンの野郎、俺が本当に喜ぶこと、ちゃんとわかってンじゃねェかよ……」
こみ上げるのは、クールを気取るくせに中身はどこまでも愛情深い、あのわかりづらい男への愛しさだった。
こちらはこちらで番組から依頼されていた『遠隔地からリーダーの誕生日を祝う、仲良しのユニットメンバー』の役割をきっちり演じてやった。撮影クルーが退室するのを見届けて、俺はぐんにゃりとソファに沈む。
「へったくそな照れ隠しやなあぬしはん。お誕生日にとびっきりのええ知らせ聞かせたりたい、っち言うたらええのに」
「うるさいですよ桜河……」
短いカットは適当に編集され、無人島で電話を受ける天城の様子と併せてオンエアされるのだろう。向こうのリアクションを聞く前に一方的に電話を切ってしまったから、あの男がどんな気持ちで、どんな表情で俺の“おめでとう”を受け取ったのか、わかるのはもうしばらく先になる。
「燐音はんにいちばんに伝えたかったんやないの? 堪忍なぁ、わしが最初に聞いてしもて」
「にやけるのやめてくれます? ……いいのですよ、サプライズには打合せが肝要ですから」
「ほぉ〜ん?」
なおもにやにや笑いをやめない桜河をひと睨みして、けれどまったく効き目がないことを悟り、ため息をつく。それからぼそぼそと零した。
「頑張りましたよ……それなりに。HiMERUを、『Crazy:B』のHiMERUを……もっと、知ってもらえるようにって」
「知っとるよ」
「今日報告できて良かった……椎名も、天城も、ハードな撮影を頑張ってくれているのですから」
桜河はふざけた空気を引っ込めて、「わかっとる」と頷いた。
「みぃんな癖もんのわしらやもん。凸凹やから、それぞれの場所でそれぞれ頑張る。ほんで四人揃って歌う時は無敵じゃ。やろ?」
背凭れに預けていた半身を起こす。気の強い末っ子は、赤髪の長兄によく似た豪胆な笑顔を見せた。
「燐音はん、むっちゃ嬉しいと思うで。HiMERUはんが『Crazy:B』んことほんまに大好きやって、よぉ伝わったと思うで。安心しぃ」
俺はちいさなちいさな声で「そんなんじゃありません」と返すのがやっとだった。
「燐音はんもニキはんも、はよ帰ってくるとええね」
「……はい」
「あんなんでもおらんと静かで寂しいし、はよ会いたいわあ」
「はい…………あっ」
つい流れで肯定してしまった俺をからかう気満々に桜河が笑う。もういい、もう大好きでいいから。そういうことにしといてやるから。
だからできるだけ早く無事に帰ってきて、「よくやった」と俺を労え。讃えろ。そんな風に考える俺は、彼の言う通り照れ隠しが下手なのだ、きっと。
(2023年燐音バースデー)
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