Fruits Bitter Chocolate♡

きらあこバレンタイン2023です。無印の10年後映画の影響などもあり、オトナになったきらあこが過ごすちょっとした特別な日をテーマに書きました。

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「あこちゃん、ちょうどあと1週間だね」
 目の前の彼女が何のことを言っているのか、脳内データベースをわざわざ使わなくてもあこはすぐにピンときた。2月7日からぴったり1週間後と言えば、誰でも知っているあの日だ。
 それにしても、もうそんなに日にちが迫っているのか。それを思うとずんと胸の奥が重くなった。
「きらら、その、申し上げにくいんですけれど、今年は……」
 顔を曇らせながら言えば、きららは柔らかい小春日和のおひさまみたいに微笑んだ。
「だいじょうぶ! 分かってるよ。あこちゃんは初の大河ドラマ出演だもん。撮影でずっと大忙しだし、きららだってこれから4泊5日で海外ライブだよ。いつもみたいにばっちり素敵なチョコ交換なんて忙しくて全っ然むりっ!!」
 メェ~! と胸の前でバツのポーズをしたきららは、だからねと言って、今度はいたずらっ子みたいな表情になる。
「14日当日の夜はおうちにいられるでしょ。その日帰ってくる時にこれだけでいいから買ってきてほしいんだ」
 きららの唇が耳元に寄せられて、それが囁かれる。あこは目をぱちくりさせて首を捻ったのだった。

 2月14日。バレンタインデー当日。
 あこは無事に撮影を終えて、予定通り夜にはうちに帰ってきた。手にはコンビニの袋がある。先週きららが言った通りのものを帰り道で買ってきたのだ。
「あ、あこちゃんおかえり~」
「ただいまですわ」
 きららはキッチンにいて、ニコニコしながらこちらを振り返っている。見ればプラスチックの容器に入ったカットフルーツを大きなお皿に盛り付けているところだった。
「これって……」
「うん、たぶんあこちゃんが思ってるとおりだよ♡」
 自分が買ってきたものと、フルーツ。その組み合わせでこれから何が始まるのかあこにはすぐに検討がついた。すぐさま手を洗い、一緒に準備に加わる。
 あこがコンビニで買ってきたのは何種類かの板チョコだった。
「きらら、これ湯煎で溶かしていくんですの?」
「ううん。レンチンしちゃお。結構きれいに溶けるんだよ。この動画に目安のワット数と時間が書いてあって。牛乳少し入れるの」
「あらあらまあまあ。めちゃくちゃお手軽ですわ」
「でしょ~」
 数分もすれば、テーブルの上にはフルーツと溶けたチョコが入っている耐熱容器がずらっと並べられた。これで準備はOKだ。
「それじゃあ、早速」
「いただきます、ですわ」
 竹串にフルーツを刺して、チョコにとぷんとくぐらせてから頬張っていく。フルーツの酸味とチョコの甘さが口の中で絶妙に絡み合う、チョコフォンデュ。簡単なわりに、フルーツにチョコを絡める楽しさもあって、いつもとは違う特別感があった。
「コレ、いいですわね。時間がなくても材料を揃えるだけですぐ出来て、おいしいですし」
「でしょ。時間をかけてお菓子作りしたり、売り場でじっくり選んだりっていうのもすっごく楽しいけど、オトナは色々忙しいし~~やっぱ時短だよ~~」
 しみじみと、竹串をチョコの中でくるくる回しながらきららが言う。あこは思わず吹き出してしまった。
「あなたがそんなこと言うようになるなんて思いませんでしたわ。時短って。確かにオトナっぽいというか効率的でコスパが最高で素晴らしいですけれど」
「なにそれ、どういう意味~? きららだって、ちゃんとオトナらしくそういうことくらい考えられるけどぉ~?」
 むっとしたきららは、ふふんと鼻を鳴らして、下ろしている髪をかき上げ、チョコがたっぷりついたイチゴにちゅっと口づけてから、ゆっくりと口に含んだ。それがやけにエロティックに思えて、あこはごくりと唾を飲み込んでしまった。それをきららが聞き逃さないはずがない。その場の空気が甘くてビターなものに変わっていく。
「ねぇあこちゃん、きらら、欲張りなオトナだからあこちゃんの方にあるパインにそこのホワイトチョコつけて食べたいなぁ♡」
 きららは唇についていたチョコを舌で舐めとって、思わせぶりな口調で言う。そういうことか。彼女の意図がなんとなく伝わってきて、更に胸が騒いだ。
「……まったく、仕方ありませんわね」
 彼女が望んだとおり、あこは自分が手にしている竹串でパイナップルを刺して、ホワイトチョコを絡めてからぐっと手を前に突き出した。きららは、あーん♡ と言って大きく口を開けて、ぱくっと食べてしまった。それでほくほくと満足そうな顔でパイナップルを咀嚼する。
「あなた、オトナですのにこんな風に人に食べさせてもらうんですのね?」
 ちょっぴり意地悪く言うと、彼女はニヤリと口端を上げた。
「オトナはねぇ、大好きな人の前でだけ、ちゃーんとめいっぱい甘えられるの♡ ね、あこちゃんは? そういうの素直にできるようなちゃんとしたオトナ?」
「わ、わたくしは――……」
 きららがオトナで自分がそうでないということがまさかあるだろうか、いや、ない。それならあこだってちゃーんと甘えるくらい当然できる。だって、オトナだから。顔が熱くなっているのは気のせいだ。
「その……わたくしは、あなたの側にあるイチゴにそちらのダークチョコをつけて食べたいんですけれど」
「うんうん、まかせてっ♡ はいっ、あ~ん♡」
「あ、あーん……♡」
 口を開きながら、じわじわと恥ずかしさがこみあげてきて、さっきよりも顔が熱くなってくるのが分かる。まったく、こんなことでオトナがどうとか、どうしてそういう話になるのだと胸の中で毒づいた。
 舌先にチョコのかかったイチゴが触れて口の中に転がり込んでくる。噛めば甘くて酸っぱくて、ダークチョコはちょっぴりほろ苦い。
 たしか、付き合って初めてのバレンタインにきららからもらったのはチョコレートでコーティングされたハートの形のマシュマロだった。
 自分たちがちゃんとしたオトナになれたか、正直よく分からない。それでも、あの頃のふわふわで可愛くてとびきり甘いチョコレートから、フルーツやダークチョコ、色んな味わいを含む関係になったのは確かだろう。なんと豊かで、素敵な変化。
 ――こういうのを成長って言うんですかしらね。
 これまで紡いできた時間を思いながら、あこはゆっくりと口の中のものを味わうのだった。

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