神様


譲介くん、どの靴下にしようかな。

やだ。
じょうすけ、くつしたはかない。

黄色かな、青色かな。

いーーーーやーーーーーだーーーーー。

じゃあ、お母さんが選んであげようか。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な。
か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り。



普段通りの食事を終えた後、どれか適当に選んどけ、とTETSUが譲介に差し出したのは、どれも似たり寄ったりのカラーのチラシだった。
受験に勝つ夏期講習、秋までに差をつける、最強講師陣の夏期講習、学習塾/夏の陣。
どのチラシも圧倒的にダサいな、という顔をして「どこでも構いません。」とチラシを突き返す譲介に、TETSUはため息を吐いた。
「オレが選んでもいいが、それじゃ意味ねぇだろ。」
「どうしてです?」
「帝都大の合格率だけ見りゃ、もっとゴールに近い場所がある。ここからは近くねえがな。調べたが、夏場なら移動するだけでバテる。おめぇに見せたのは、どれも、この辺で妥当なとこだ。英語より数学が強いとか、ここから近いとか、講師の顔が賢そうだとか、自分で好きに選べ。」
「……僕が行くの前提なんですか?」
「学校の夏期講習がねぇってんだ、保護者の言うことをは素直に聞いとけ。……一人の時間が長いと、人間ロクなことを考えねぇからな。」とTETSUは口角を上げるだけのこちらの癇に障る笑いを見せて、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ここでマイペースに勉強してえってんならそれでもいいが、夏の二十七階の暑さを舐めんなよ。この時期の最上階暮らしはただの見栄だ。それに、受験前になりゃ、どの道おめぇの方から行きたいって言い出す。適当に足慣らししとけ。金なら出してやる。」
軽井沢辺りに新しいヤサを作っとけば良かったぜ、などと言いながら、TETSUは、話を終えたとばかりシャワーを浴びに行った。
保護者、か。こちらが休みに入ろうが、構わずに一週間や半月家を空ける予定なのだろう。
手術日が決まっている案件ならここからここまでと明言するが、いつまでとは決まっていない不在が続くこともある。
そういう時は決まって、この日なら帰れる可能性がある、という途中経過のメッセージが、持たされたスマートフォンに入る。コーヒーの袋の減らなさは、そのまま彼の不在の長さだった。
ざあざあとシャワーの水音が聞こえてくると、長い夏のことを考え、譲介はため息を吐いた。
「……夏期講習、ね。」
ソファの上で、チラシをもう一度、目を通すつもりで眺める。
自分が塾に通うことになるとは思わなかったので、何を基準に選んでいいのか分からない。
どこでもいいと言うなら、一番近いところにしておこうかと思ったが、笑ってしまうことに、住所を見ればどの予備校も、駅周辺の繁華街の辺りに固まっていて、距離は早々変わらない。インターネットでの評判を見ても、きっと調べる時間の無駄になるだろう。
値段の一番高いところが無難だろうと思った時、彼が食卓の上に置いたスマートフォンに、ポン、と音がした。
あの人を、仕事へと誘うその音は、譲介をこの部屋から連れ出してはくれないのだった。
長い休みの間くらい、オレに付いてくるかと一言言ってくれれば。
きっとどこへでも一緒に行く。
譲介は、ため息を吐いて、テーブルの上にチラシを横に並べる。



シャワーを終えた彼が、首に落ちる水滴を拭いながら戻って来たので、腰かけていたソファから立ち上がった譲介は、ここに決めました、と言って一枚のチラシを差し出す。
ふうん、とTETSUは譲介の選んだチラシを見た。
値段が高いわけでも、チラシの写真の教師の見栄えがいいわけでも、帝都の合格率がいいわけでもない。
「ここが気に入ったのなら、書類を作って出しておいてやる。」とTETSUは頷く。
(そういうわけでも、ないんですけど。)
「よろしくお願いします。」と言って一礼し、譲介はいつものように、彼の点滴の準備を始めた。

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