05. ベルエポック 思い出の夏(五悠)

※平和時空。前回の続きのようなもの。宿儺との仲はそれなりに友好的?


 夏。高専は山の中にあるためコンクリートジャングルの都会に比べればやや涼しいとはいえ、それでも暑いものは暑い。
 さらにここにはその暑さを増長させるような湿度の高い男がいるのだから、たまったものではない。この部屋の主、虎杖悠仁はふうとため息をつく。

「い~~~な~~~。い~~~な~~~。一年生だけでアフタヌーンパーティとか! 僕だけ仲間外れ~~。い~~~な~~」

 大人げない。ここに家入か七海がいればそう一刀両断してくれただろうが、残念ながら頼れる大人はここにいない。いるのは一人の大人げない大人と、お人好しの少年だけである。
 さらにそこに追い打ちをかけてくる存在もいる。

 ――小僧

 ぱっくりと、虎杖の目の下の傷が開くと赤い目と口が現れた。宿儺。と、声に出さずに虎杖がその存在の名を呼ぶ。

 ――うるさい。そこのうつけ者をはよう黙らせろ

 宿儺の方も声を出さずに虎杖の脳内に直接呼びかけるように告げる。下手に声に出すとそこにいる男が余計にうるさくなるのは経験済みだ。おのれの快・不快のみが生きる行動指針の呪いの王は、自らが不快になるような無駄な行動はしないのである。

 ――いや黙らせろっていっても、なぁ。

 うつけって、時代劇ぐらいしか聞かねぇよな。と思いながら、虎杖はいまだに駄々をこねている大人――自身の担任であり、現代最強の呪術師との呼び名も名高い男、五条悟へと視線を向けた。
 事の起こりは数日前、半年前から予約していたというどこかのホテルでやっているアフタヌーンティに行けなかった釘崎をなだめるために、伏黒とともに開催したなんちゃってアフタヌーンティである。
 一応、例の三段の皿やら紅茶はいいものを用意したものの、なんちゃってはなんちゃってである。しかし、どこからかそれを知った五条が、出張の土産を片手に虎杖の部屋に突撃。どうして自分も呼んでくれなかったのかとこうして駄々をこねているのだ。

「ず~る~い~」
「いやだって、先生は任務だったし」

 そもそも繁忙期ゆえに行きそびれた釘崎のためである。自分たち以上に忙しい五条が参加できないのは当然といえば当然だ。
 しかしながら、そんな正論が通じるような相手ならそもそも年下の生徒を前にして全力のダダはこねないだろう。

 ――小僧

 宿儺の声に苛立たしさが増した。
 まさに前門の現代最強、後門の呪いの王。それに挟まれた虎杖は一度天井を見上げた後に深く深くため息をついたのだった。




「はい、どーぞ」
「ありがとう悠仁!」

 五条が駄々をこねた翌日のことである。
 カチャ。白磁に青で風景の書かれたのティーカップに淹れられたのは美しい深紅の液体。ちなみにカップはオランダでロイヤルの関するブランドのものらしい。釘崎が以前調べて騒いでいた。五条本人は「そこまで高くないよ~」と言っていたが、彼基準の「高くない」である。
 虎杖にしてみれば、今この手の中に数万円があると思うと指先が震えないようにするのが精いっぱいだった。なお、本日はカップから皿からすべてがそのブランドであることはひとまず明記しておこう。

「悠仁、説明してくれる?」

 ワクワクした様子の五条に、無事に紅茶を淹れ終えた安ど感でため息をついた虎杖は改めて咳払いした。

「時間がなかったから、アフタヌーンっていうよりもクリームティって感じだけど」

 ちなみにアフタヌーンティはその名前の通り午後のお茶で紅茶と共に軽食やおやつを楽しむものだ。 サンドイッチ、スコーン、ケーキの三つが基本セット。対するクリームティはスコーンだけである。
 虎杖が言ったとおり、五条の前にあるのはホカホカの焼きたてのスコーン。それにイチゴのジャムと白いクロテッドクリームの二種類。どちらも甘党の五条のためにたっぷりと用意されていた。

「微妙に色が違うね?」
「うん、こっちはノーマル。で、こっちは先生が買ってきてくれたお土産のマロングラッセが入ってる」

 一つ一つが個別包装されていたお高そうなやつである。いや、実際お高いのだろう。味見代わりに一口食べ、ついでに宿儺の口に放り込んだ後、双方無言になったものだ。それを刻んでスコーンに入れることに罪悪感を感じなくもなかったが、伏黒や釘崎たちと同じものを作っても機嫌は直らないだろうと贅沢に放り込んだのである。

「へー面白いね!」

 虎杖が五条の正面の席に座ると、五条はまずマカロンのスコーンを一つ手にして半分に割り、何もつけずに一口口にした。

「ん、美味しー! ハチミツ、いや、メープルかな?」
「正解! 先生すごいね!」

 さすがに口が肥えている。虎杖は感心したように返した。ちなみにそのメイプルは五条の部屋にあったものだ。五条の部屋には他にもハチミツも各種揃っている。
 しかもそのハチミルは虎杖が知る限り定期的に入れ替わっているようだ。どこぞの黄色い熊の様に夜な夜なハチミツをむさぼり食べている五条を想像して、ゾッとしたのは内緒である。

 ――砂糖をそのまま食べるよりは栄養がある、と思っておこう。

 なぜ五条がそこまで甘味を求めるのかの理由を知っている虎杖はそう自分自身を納得させた。

「ふふーん、ん、美味しい!」

 続いて五条はクロテッドクリームをたっぷりとのせて頬張る。周囲に小花を咲かせたような笑顔を浮かべる五条に、虎杖も笑みを浮かべ自身も食べようと同じようの最初はマロングラッセに手を伸ばす。
 何もつけていないそれは、マロングラッセの食感と甘みにメープルの風味が重なり、なかなかの味に仕上がっていた。

「ん、我ながら美味しい!」

 マロングラッセがお高い奴だからなぁ。というのは口にせずに、虎杖は残りを口にする。その間に五条はノーマルに手を伸ばし、こちらにはクロテッドクリームをたっぷり、さらにイチゴジャムを乗せた。

「先生はクリームが先なんだね」
「ん? あぁ、乗せる順番?」
「そう」

 三人で食べた時は、どちらを先に塗るかでちょっとした論争になったのだ。ちなみに本場でも派閥があるらしい。

「どっちも好きだけどね~。今日はクリームが先の気分!」
「気分なんだ!」

 そう言ってかじりつく五条に、虎杖はケラケラと笑いながら自分も五条に倣うようにクリームとジャムを乗せた。

「悠仁もそっち?」
「俺はどっちでも好き!」

 ちなみに伏黒はジャムが先、釘崎はクリームが先であった。それぞれの主張を聞きながらもどっちも美味しいよな! と笑って毒気を抜いた虎杖である。なお、呪いの王はジャムが先派であった。

「紅茶も美味しい。紅茶を淹れるの美味いね悠仁」
「へへ、ありがと」

 アフタヌーンティのために一応勉強、練習しておいた虎杖である。二人にも褒められたが、こうして五条にも褒められると喜びもひとしおだ。
 そうして穏やかな夏のひと時を味わい、英気を養った五条は再び任務に駆り出されていったのである。


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