いただきます
小浜の仕事がある日はいつも割といい天気なことが多い。
ちょっと海を散歩してから喜代美ちゃんのうちに寄って、ていうルーティンになってるのは逆やと海を見る時間がまるでなくなってしまうからやった。
こんにちは~、と暖簾をくぐって中に入ると、いつものようにずらりと並んだお箸が半分くらいになっていた。
工房にいるはずの喜代美ちゃんのお母さんが「いらっしゃいませぇ、今日はなんや商品が少ななってるもんで、ほんまにすんません~。」と言って顔を出した。
「あらあ、草若ちゃんやないの。」
笑顔はあの頃と変わらんなあ。
「底抜けにご無沙汰してましたがな~♪」
喜代美ちゃんのお母さんは今はすっかりいい年のおばちゃんになってて、オレが顔を出すときは半分くらい小草若ちゃんになってることがある。
今日は大丈夫な日ぃやなあ、と思いながらサービスしますで~♪て気持ちでいつもの底抜けポーズをとると、「今日も魚屋食堂で焼き鯖食べて来なったんやろ、匂いで分かるわ~。」と言われた。
今日も底抜けに鋭いですなあ、お母さん。
「あっ、オレもこれ、一膳買うた方がええですか?」
四草とこのちびっ子に新しい箸買うたってもええ時期やし、そろそろ大人と同じ長さの箸にしたかてええやろなあ。
「ああ、これねえ、全部売れたのと違うの。こないだ、日暮亭のロビーでなんや物産展みたいなのさせてもろたでしょう?」
そうでしたそうでした。
これで食べると飯が美味い、言うのでロビーに四草とか草々が小浜の塗り箸で飯食ってる写真をサクラのつもりで展示したら、喜代美ちゃんとこのお箸のうちで写真の箸と似た色味と模様のヤツが片っ端から売れてったっちゅうあれかぁ。
草原兄さんと草若ちゃんの写真と同じお箸、ほんまに売れてへんかったもんな……。思い出すのもしんどいで。
「あれでお客さんの反応も売り上げも良かったさけ、今度は東京のコンテナショップ~いうとこで工芸品フェアーやらやるのはどうや、て竹谷さんに言われて、粗方送ってしもたんよ。」
そらまた景気のええ話で。
「お母さん、そらコンテナとちゃいます、アンテナショップですわ。年がら年中デパートの七階で物産展みたいなことしとるお店、て言うたら分かりますか?」
「はあ~、東京には便利なもんがあるんやねえ。」と感心してる。
「なんやそういうの、うちは二匹目の泥鰌狙ったみたいで、そんな簡単に商売が上手くいくとは思わへんのやけど、草若ちゃんどう思う?」
「大阪かて不景気や~、いうのは近頃よう聞きますけど、東京は分かりませんねえ。今では逆にあっちの方が売れ筋の商品でないモノに対してはシビアなとこある、て話も聞くこともありますし、お母さんがそないに心配されるのも分かりますわ。逆に、この間みたいに東京の方での高座の話があったタイミングで、その時の物販スペース借りてお箸売る、とかのがええんと違いますか。」
「そうそう。私も竹谷さんにそないなこと言うたんよ、小草若ちゃんもそう思う?」というのにハイハイ~と頷いた。
その間に、これください、て言うて黒い短めのお箸指さして財布出してたら、「この長さやと四草さんのとこの子どもさん用やねえ、綺麗なと包むからちょっと待っとってくださいねえ。」と出した金をつっかえされてしもた。
このうち、ほんまに昔っから商売下手すぎやがな。
「アンテナショップの店なら、大阪にもありまっせ。日暮亭か草々の家からなるべく近いとこ探しておきますんで、良かったら、次来た時に喜代美ちゃんとオレで案内しますけど。」
「ええんや~、お父ちゃんのお箸並んでるとこなら見たいけど、百貨店みたいなとこ行ったら、無駄遣いしてしまいそうでなあ。昔はそんなことなかったんやけど、オチコちゃんにて思ったらあれもこれも買いたくなってしもて。」
「無駄遣いええやないですか。草々かて、『お義母さん、喜んで無駄遣いしてください、俺が払います!』て言うと思いますけど。ちょっとの贅沢なら、金なんかあいつに払わせたったらええんです。どうせあいつの金かて、酒に消えるだけですし。」
「そやろか。」
そう、そう。
「そういえば、あの竹谷さんて人、今も現役なんですか?」
「そやねえ、最近は定期便のバンも若い人に引き継ぎなったから、大きな会合と事務所でちょこちょことした仕事だけしてなるらしいけど。そういえば、草若ちゃん、昨日の落語会良かったで。あれからほんま何度も小浜に来てくれて、ありがとうねぇ。」
「こちらこそ、いつも呼んで頂いてありがとうございます。これお土産です。」と買うてきた羽二重餅を出すと、あらあ、と喜代美ちゃんのお母さんが笑顔になった。
「草若ちゃん、これ駅で買うて来なったん?」
「ホテルの茶請けがたまたま同じもんだったんで。これ旅先やと思うと、底抜けに財布の紐が緩くなってもうてあかんですなあ。売店に売ってたんで、ここの手土産にどうかなと思って。」
「そしたら、このまま立ち話もなんやし、どうぞ上がってって~。冷蔵庫にでっち羊羹もあるけど、今日はおもたせの方を先に食べましょうか。」
「オレも、こちらのお茶で食べたかったんで、そないしてくれたら嬉しいですわ。」
昔みたいに、自分ちみたいな顔していつものように中に入って、いつものようにデカいちゃぶ台と、風の通る縁側。昔と変わらないように見えるけど、部屋にはエアコンが取り付けられて、障子紙には染みが見えるようになった。近所の建具屋さんにお願いしてたんやけど、もう引退してしもて、と言われたのがもう二年前のことや。
気が付いたら、草々と喜代美ちゃんか、あるいは正平くんが来ているのか、箸立てが新しくなったり、ティファールのポットが増えたりしている。
「そういえば、喜代美ちゃんのお父さんは? まだ工房なら、オレもご挨拶がてら呼んできますけど。」
「それがねえ、今日も組合の会合や、言うて出て行きましたわ。」
「大変ですねえ。」
「それがなあ、草若ちゃん。今日は出て行く前のお父ちゃんの様子なんやおかしかったから、うちに内緒でお酒飲みに行ってるかもしれへんな、て気がするのや。」
「はあ~、あの真面目な喜代美ちゃんのお父さんが……。」
いや、オレかてオヤジのことよう知らん人には落語家の大御所てさぞかし真面目にお稽古して落語家やってるて思われてたな……。って心ん中でひとりツッコミしてどうすんねん。
「そうやの、うちの人あの顔でお酒好きでねえ、」
喜代美ちゃんのお母さん、お茶の入った急須と湯のみふたつ、上品な羽二重餅を乗せた……茶托と違うか、これ? が並んだ盆がこちらにやってきた。
「若い頃みたいに働けるならともかく、三丁町で飲むようなお金もあらへんのに、て思ってたら、こないだ正平が家計の足しにしてや、て置いてあったお金半分のうなってて。」
ええっ!?
「それ、使たらあかんやつやないですか。」
包みを開けたら羽二重餅。このくるみ入りのが美味いねんな。
「そうやのよ。電気と水道代にしよと思てた分やったんにねえ。……男の人って、なんであないに外で飲むのが好きなんやろなあ、草若ちゃんやったら分かる?」
「いや~、そういう気分になる時があるんとちゃいますか? 今はようやりませんけど、オレも割と若い頃は酒飲んでた方やったんで。」と言ってしまったけど、ほうけ、というお母さんの顔はなんやまだちょっと怒ってはるみたいやなあ。
「今はどないなん?」
「どっちか言うとまんじゅうこわいの方ですね。今日は羽二重餅ですけど。」と言うたらやっと笑ってくれた。
「そやけんど、草若ちゃん、いつ見ても痩せとるねえ。うちの喜代美とはえらい違いやわ。お義父さんもお義母さんもそんな太ってはらんかったのに、誰に似てしもたんやろ。」
あっ…そうですねぇ…。
……オレの脳裏に、今年になって喜代美ちゃんと一緒に食べたパフェの写真のいくつかが走馬灯のように通り過ぎて行った。ビールが糖質とか良く言うけど、甘いもんはそのまんま砂糖やからなあ。
「えらいすんません。」
「いやあ、なんで草若ちゃんが謝るの?」
なんでていうか……それ半分くらいオレのせいかもしれんとは、さすがに言えへんし。
こないだのわらび餅パフェも美味かったけど、明らかにあかん時間やったよなあ。
あの締めパフェ文化て、流行りやけどどこからやって来たんやろ。
「あ、いや……なんとなく。兄弟子やし?」
「ふぅん。」
「喜代美ちゃん、今も可愛いらしいやないですか。」
「ほうけ?」
「そうですて。」
安心させたるためににっこり笑うと、そうやとええけどねぇ、とため息を吐いた。
「太ったて言っても、働いてる上で子育てもしてたら、ダイエットなんかやっとる時間なさそうやから、掃除とかご飯作るのとか他のことみたいにきつく言うのも悪いような気ぃがして、こっちからはよう口を挟めんのやわ。」
パフェ食わせる店で夜まで開いてるとこある~、言うたら、四草と草々が夜席とか地方の仕事に出てる間にちょっとだけ、言うて抜け出して食べに行ったりとか出来るやん。子どもらぁはあれ、小草々と他の弟子らに頼めるし、あれがあかんのや。
「今度、喜代美ちゃんとオレとで、なんや健康的に痩せる運動とかやってみます。」
「そしたら、お茶も入ったでぇ、草若ちゃんもたんと食べなれ~。」
「ありがとうございます。」
やっぱ美味いなあ。
後でこれ、おチビにも買ってったろ。
したら今は、いただきます。
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