「お父ちゃん、お母ちゃん、うちら結婚するわ~。」
若い頃の私とそっくりの娘が、久しぶりに上機嫌でやって来たと思ったら。
「あ、あんたほんまにその人でええんか……?」
「ええよ~♡ この人、私だけでええて言うてくれてるし♡♡♡」
そらつまり、あんたで手一杯になるから他の女の子に振り回されてる時間がないちゅうだけのことやで……。
そうでなくとも小次郎おじちゃんに振り回されてる奈津子さんやおばあちゃんらぁのこと見てたのに、お相手のことが気の毒……。
そう、娘と腕を組んでやって来たのは、……まさかの。
「あかん!!! あかんぞ!!!」
草々兄さん!!
結婚式に寝過ごしたのが今でも寝床の語り草になってるのに、自分のことは棚に上げて……まあ反対してくれるだけ嬉しいですけど。
「お父ちゃん、この人のどこがあかんの? 料理も作れるし、気立てはええし、落語は上手い。何も反対することなんかないんと違う?」
「あかん、あかん……。」
「せやからな、さっきから何があかんの、て聞いてるやないの。この人かてお父ちゃんがお義父さんになるの我慢してくれてるのに……。」
「俺かて、我慢できるモンならそうしてるわ……! ソイツと結婚したら、オレが四草と親戚になってまうやないか……!」
そうなんですよ……まさかこの年で四草兄さんと親戚になるやなんて……本人にはなんの落ち度もないけど、とはいえそんなん嫌すぎる……。
最近ちょっと大人しくなってきたて思ったらこないだのアレやし、うちの皆ぁ、このままやと一生四草兄さんにきつねうどんたかられることになってしまう……。
「うっ……。お前はほんま……オレに相談もせんと勝手に弟子入り先まで決めてもて。」
それかて、この子が落語家になるいうたとき、勝手に自分の弟子になるはずやて勘違いしたの、草々兄さんですけどね……。
私は、この子が自分の師匠に、て言う時に誰を選ぶか、ちゃあんと分かってました。
「お、オチコ、考え直すなら今やで!」
「いややわあ、お父ちゃん、ちゃんと名前で呼んで。」



「……ていう夢を見たんですけどね。」
「そらまた……。けったいな夢ていうか。草々くんには言われへんわなあ。」
若狭ちゃんの考えそうなことというか、と言わんばかりの顔をしてる菊江さんに、そうなんです、と頷いた。
「ちょっと先取りしすぎとちゃうか?」と磯七さんが合いの手を入れる。
「そうかて、あそこの二人仲ええやん。最近は友達夫婦みたいのもいてるて言うし、そういうのもありなんと違うか? あの子かて、結婚したら実家出てくやろ。」
「あんた、その考えは甘いで、今はほんまに不景気……若狭ちゃんには兄弟子やていうので一応厳しい顔してた草々さんかて、娘がまともな部屋も借りられへんで苦境に立たされる言うたらそのままにはしておけんはずや……。」
「……って熊五郎さんもお咲さんも気が早すぎます。あの子の内弟子修行、まだ始まったばかりですよ……!」
「まあ師匠がヒトシやからな。若狭ちゃんの時も、家事の方の修行は適当にやっとけばええとか言うてたそうやないの。『内弟子修行なんか三日で終わらせて、盛大に「二代目」小草若のお披露目会や~!』とか言いそうやない?」
「言いそう……。草々くんまた暴れてまうんと違う?」とお咲さんが背筋を振るわせてる。
「あいつのことやから、否定は出来んわなあ。」
磯七さん……。
「あの子に『徒然亭草津温泉駅』がええて言われたら、逆にムキになって継がせそうていうか……草々くんがオチコちゃんのこと『オイコラ小草若~!!』て追いかけ回すとこ、ちょっと見てみたい気がするけどな。」
「菊江さん……そんな人ごとみたいに。」
「そら他人事やからな。」
「まあ、若狭ちゃんはどーんと構えとったらええんとちゃう?」
お咲さーーーん。
「まあ、ちょっとヒトシのとこに様子見に行ったらええわ。どうせ師匠役サボって遊びに行くのやりたいとか言うてるやろうし、若狭ちゃん。ちょっとお灸据えたって。」
「それって……やっと子どもが手を離れるていうのに、なんやわたしの仕事、増えてる気がするんですけど。」
「日暮亭のおかみさんは忙しいなあ。まあぼちぼちやったらええわ。」
「そうやで、若狭ちゃんはおかみさんや!」
なぜか寝床の天井からは突然紙吹雪が降って来て、ステージからスポットライトを浴びて、ドレスに着替えた私が階段を下りて来ると、両脇のレッドカーペットには見慣れた顔、顔、顔……。
みんな、ありがとう、私頑張ります!!





「……て夢!!!」
「おい、若狭、さっきからなんや、ごちゃごちゃうるさいぞ!」
「すいません、草々兄さん……。」
「もしかして寝られへんのか?」
「変な夢見てしもて……。」
「俺が歌ったるからさっさと寝え! ♪今日から、オレがァ、お前の寝床ォ~」
いや、それはええですさけ……また変な夢見てしまう……。
って口に出さんだけ私も大人になったなあ。

それにしても、あの子、どんな大人になるんやろな。
この先のことが楽しみのような、怖いような。

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