お題: 添い寝中、手を繋ぐと寝れなくなる晶くん






 夜の中、羽毛の軽いふくらみが体を包む。右手の先は晶より一回り大きな手のひらに繋がっていて、その先は長くて筋が伸びた腕へ、寝巻きが包む肩へ、そしてすらりとした首に流れ、赤い髪が散る白面へ至る。長いまつげは伏せ、眉間に皺もなくリラックスした微かな寝息。今夜は不眠の魔法使いを夢の入り口に誘うことが出来た。晶もその寝顔にほっと安心して気づいたら翌朝、なんてことも多い。でも時々、こうして上手く眠れないこともあった。置いていかれた、という気分になってしまうともう駄目で、寝かしつけの役割を担う晶にはあるまじき彼の目覚めをまるで待ってしまう。成功した一〇回のうち六回ぐらいは中途覚醒することもある。晶が寝ているうちにいつの間にか起きて寝台から去っていたということもあるし、晶が見つめている最中、薄い瞼がひくりと動いて、夜目にも眩く光を吸い込んだ宝玉が開く時もあった。その美しさと言ったら。カーテンを引いてあるはずの晶の部屋の中で、ふと光を見つけたみたいに現れる。天上に輝く大いなる厄災よりも色鮮やかな大地の色。きっと誰にも見つかっていない、晶だけの宝物。そんな気分にもなる。そう思ってしまえば、晶の瞼は更に丸く開いて、いよいよ彼の寝顔を凝視してしまうのだった。
 それは賢者の役目の在り方からは程遠い……。
 胸の内に浮かんだ願いは即座に打ち消せねばならない。頭をさっと振って、苦い罪悪感を味わう。いつからこんな風になってしまったんだろう。寝かしつけに挑戦し始めの頃はとにかく彼の目の下に刻まれた隈が不憫で、日常の中に溶け込んだこの上もなく分かりやすい晶の役割だった。賢者の魔法使いの役に立てることもどこか誇らしく、晶がこの世界に居ても良い、皆に優しくされる等価でもあると感じていた。それがこんな風に、晶の不眠に気付いた彼が目覚めてもう一度晶の手のひらを固く握り直す空想なんて。
 カーテンの向こう側で淡い黄色が輝いている。薄く、青黒い闇の中、隙間から漏れた光は壁やベッドヘッドを染める。しかし横たわる彼までは届かなかった。高い鼻梁や彫りの深い瞼の根本は夜気の濃紺に沈んだまま、晶の熱視線にも動じず、ただゆっくりと静かな寝息を繰り返すだけであった。
 
 
 
 知らぬうちに空気が白み、暁光が大地を染めゆく。しんと冷えた気配を吸い込み、晶は瞼を持ち上げた。見慣れた天井。ぶら下がったシャンデリアから朝日が散って、晶の瞳を揺らした。意識しないうち、漫然とした悲しみに浸ったまま眠りに落ちていたらしい。置いていかれた気持ちが残ったまま、ただ時間だけが通り過ぎたようにも思う。深く息を吸って吐いた。不埒な願いと悲しみの必要も今は無くなった。首を傾けて隣を見た。彼も薄目を開けて晶を見ていた。カーテン越しの朝日を滑らかな白い頬が弾いている。長いまつ毛が緩慢に瞬き、夜を惜しんで唸り声を上げると晶は思った。晶が眺めているうちに彼の口元がふわりとほころび、微笑んだ。晶は息を呑む。釘付けになった視線の先、まどろみを残した目尻が溶けて、とろとろと晶を見ていた。
「俺たち、同時に目が覚めましたね」
 晶の無防備な胸が急に切なく苦しくなった。息が止まり全身が甘く痺れて、ただミスラの蕩けた眼差しを見返すしか出来ない。ほどけかけていた手のひらを男は再び絡ませ、逃げ打つことを想像もしていない緩慢な動作で、二つの手のひらを自らの頬へ寄せた。晶の手の甲の感触を頬に滑らせて確かめ、再び瞼を下ろした。満足げな吐息が深く長く続いて、晶の心臓がどきどきと音を立てる。
(……くるしい)
 苦しくて、甘くて、全身が飛び上がりそうで、体に収まりきらない感情が晶の中で激しく巡り、ごおっと音を立てている。
 
(もっと、落ちてしまう)
 
 晶は耐えきれず瞼を伏せた。


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