青き翼の救世主

今から近いようで遠い未来、ネットワークが発達した世界で人々は擬似人格プログラム・ネットナビ、通称ナビと共に生活していた。
ナビは多種多様な容姿と性格を持ち、様々な面で人間の生活をサポートしている。
その中でブリーズ.EXEは幼い頃から年齢不相応に落ち着きのある少年、時凪恵徒と好対照となるように年齢相応の明るく元気な少年型のナビとして作られた。
相性が良かったのか、あるいは恵徒と相性が良くなるようにブリーズが作られていたからかは不明だが二人は二人はすぐに仲良くなり、傍から見れば兄弟のような関係になった。

そんな二人に不幸が訪れる。
ネット警察の刑事である父に憧れて恵徒がオフィシャルネットバトラーとなって間もなく、とある事件の犯人であるナビと廃棄された工場で戦っていた時のことだった。
恵徒とブリーズのコンビネーションでデリート寸前まで追い込まれて自棄を起こした犯人は工場のシステムを暴走させ、恵徒の傍にあった機械を爆発させた。
その爆風をもろに食らった恵徒は致命傷寸前の大怪我を負い、そのまま気を失ってしまう。
「恵徒……!?恵徒!恵徒!」
「どうやらお前のオペレーターはさっき俺が起こした爆発に巻き込まれたみたいだな」
当惑するブリーズを見て犯人は歪んだ笑みを浮かべ、ブリーズにとって最も残酷な言葉を口にする。
「もしかしたら今のでお前のオペレーターは死んだんじゃないか?」
「死ん……だ……?恵徒が……?」
呆然としたままブリーズは呟き、そして叫ぶ。
「嘘だああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫するブリーズを見て犯人はしてやったりと満面の笑みを浮かべる。
しかしその表情はブリーズが泣き叫びながら突進してきたことで絶望を帯びたものに変わり、その直後身体を一瞬の内に両断されてそのままデリートしたためにそこからさらに表情が変わることは無かった。

犯人をデリートした後、ブリーズはひたすら恵徒の名前を呼び続けた。
幸いにも爆発に気づいた他のオフィシャルがすぐに駆けつけたお陰で恵徒は一命を取りとめたが、目覚めたのは気を失ってから数日経った後のことだった。
そして怪我がある程度治って退院できるようになるまでの間、恵徒はオフィシャルの仕事から離れて回復に励むことになった。

一方ブリーズは恵徒が入院してからずっと自分を責め続けていた。
「もっと早く俺があのナビを倒していたら」
「もっと俺が強かったら」
「恵徒があんな大怪我をすることはなかった」
大粒の涙をボロボロと流しながらブリーズは同じ言葉を繰り返し、自分を責め続けた。
恵徒が入院している間ブリーズを預かっていた恵徒の父親──鋭悟やブリーズにとって父のような存在である鋭悟のナビ──シルフィードは何度となく「お前のせいじゃない」
「お前は何も悪くない」とブリーズを励ましたものの、その言葉がブリーズの耳に届くことは無かった。
ブリーズにとって重要なのはただ一つ、「恵徒を守れなかった」という事実だけだった。

そして入院から一年後、後遺症があり松葉杖が無ければ歩くのも厳しい状態だったが少しでも早く現場に戻り、感覚を取り戻すために恵徒は退院した。
一年ぶりの再会を果たした時、ブリーズは開口一番にこう言った。
「今度こそ、俺がお前を守ってみせるから」
恵徒はブリーズが告げたその言葉に違和感を抱いた。
あるいは言葉の裏に隠されたブリーズの決意に気づいていたのかもしれない。

今度こそ、俺がお前を守ってみせる。
もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。
──例え自分を犠牲にすることになろうとも。

それがブリーズの決意であることに。
その決意もあってかブリーズは犯罪者、特に恵徒に危害を加える可能性があるものに対しては容赦が無くなり、一年前の一件に対する自責の念からブリーズも恵徒とは違う意味で「年齢不相応な一面」を持つようになってしまった。
「恵徒を守りたい」という思いはブリーズを強くすると同時に危うくもしていた。
ダメージを一切省みずにデリートを優先する無謀な戦い方は恵徒にとって悩みの種であり、暫くの間はブリーズの意志を尊重して強く咎めることは避けていたがある大きな事件の解決後、流石に我慢の限界に到達していた恵徒はブリーズに「これ以上無茶をするな」と厳しく叱り、不安を口にするブリーズに対してこう告げた。
「その時はふたりで乗り越えればいい」
恵徒の言葉で吹っ切れたのかブリーズの情緒不安定は改善され、かつてのような年相応の明るい少年型ナビに戻った。

それから数週間後、身近で起きた事件をきっかけに恵徒とブリーズはネット社会の存亡に関わる大きな戦いに身を投じていくこととなる。

渡落シティ、寺羽町。
町の名所でもある電波塔・寺羽タワーを中心にショッピングセンターやバーチャル博物館など様々な施設が乱立し、その中を多くの人々が行き交っているこの町もまたネットワークの普及により大きく発展した場所の一つだった。
その町の一角にオフィシャルセンター寺羽支部はあり、寺羽町を管轄とするオフィシャルネットバトラーたちはそこを拠点にして各々に与えられた使命を全うしている。

「日原!」
スライド式の自動ドアを抜けてオフィシャルセンターのロビーに足を踏み入れた緑髪の少年──日原達貴が自身の名を呼ぶ声がした方に振り返ると彼と同年代と思しきワインレッドの
髪の少年──時凪恵徒の姿が目に映った。
「お疲れ、相変わらず仕事が早いな」
「お前こそ復帰したてとは思えない早さだな。確か俺より後にここを出たんじゃなかったか?」
「俺と恵徒の手にかかればあれぐらいの事件朝飯前に決まってるだろ?」
達貴の問いに対し恵徒のパートナーである少年型ナビ──ブリーズは自信満々に答える。
「オペレーターありならそうかもしれねぇがお前一人じゃ三食全部食いっぱぐれそうなぐらい時間がかかってたかもな」
「……あぁ?そりゃどういう意味だショットマン?」
苛立ちを露にしながらブリーズは茶色のアーマーを纏った少年型ナビ──ショットマンを睨み付ける。
「おやおや、今の言い回しじゃ俺が何を言いたかったのか理解できなかったみたいだな。これは失敬、次からはお前でもすぐ理解できるように簡単な表現をするよう心がけるよ」
「てんめぇ……黙って聞いてりゃ人のことを散々馬鹿にしやがってええぇぇ!」
「おーおー怖い怖い、これだから短気なナビは困るねぇ」
「おいショットマン、流石に悪ふざけが過ぎるぞ」
事態を見かねた達貴がそう窘めるとショットマンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「悪い悪い、こいつの顔を見るとつい意地の悪いことを言いたくなっちまうんだ」
「何だよそのワケわかんねぇ理由!?」
「落ち着けブリーズ、ショットマンがからかってくるのはいつものことだろ?」
「そりゃあそうだけどよぉ……」
恵徒がそう宥められたブリーズは落ち着きを取り戻したもののどこか不満げな表情でもごもごと文句を口にする。
「おいおいナビがオペレーターを困らせたら本末転倒じゃないか」
「て・め・え・がそもそもの原因だろうがああぁぁ!」
ショットマンの発言でブリーズが再び怒りを爆発させたのを見て恵徒と達貴はほぼ同時に溜め息を吐いた。
「これじゃキリがないな……こういう時は」
「ネットバトルで解決するのが一番、だな」
短いやり取りで意思の疎通を済ませると恵徒と達貴はロビーに置かれたネットバトルマシンに向かい、携帯端末機──PETをマシンの端末に向ける。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」
「プラグイン、ショットマン.EXEトランスミッション!」

プラグインによりPETからネットバトルマシンに送り込まれたブリーズとショットマンはそれぞれの武器を構え、臨戦態勢を取る。
「覚悟しろよショットマン!てめぇのご自慢のバスターを乱切りにしてやらぁ!」
「お前こそ愛用のブレードが蜂の巣にならないよう気をつけろよ、ブリーズ?」
ブリーズとショットマンが互いを挑発しあう様子を見て恵徒はやれやれと肩を竦める。
「お互い口が減らないな……行くぞブリーズ。バトルオペレーション、セット」
「イン!」
「達貴ー、向こうに気を遣ってわざと負ける、なんてのはナシだからな。んなことしたらあいつが余計に怒っちまう」
「散々怒らせてそういうことを言うのかお前は……」
ショットマンの物言いに達貴は酷く呆れた様子で溜め息をを吐く。
「まぁ元より負けるつもりなんてないけどな。バトルオペレーション、セット」
「イン!」
「負けるつもりがないのはこっちも同じだ」
「行くぞオラァ!」
そう叫ぶと同時にブリーズはショットマンに向かって勢いよく突っ込んでいき、右手の甲に装備したブレードを袈裟懸けに振り下ろす。
それに対しショットマンは動じた様子を見せることなく右腕のバスターを構え、振り下ろされたブレードに狙いを定めて光弾を放つ。
ショットマンが放った光弾はブレードに命中し、その反動でブリーズの腕は本人の意思とは関係なく振り上げられる。
「不用意な吶喊は命取りになるぜ?」
ブレードが振り上げられたことで一瞬無防備になったブリーズに向けて不敵な笑みを浮かべながらショットマンはバスターを連射する。
「チッ!」
舌打ちをしながらブリーズは左腕を横薙ぎに振るい、自分に向かって飛んでくる光弾をブレードで斬り払う。
しかしそれでショットマンの攻撃が終わったわけではなかった。
「バトルチップ、バルカン!」
バスターの代わりに達貴が転送したバトルチップ──バルカンを構え、ショットマンは弾幕を展開する。
「バトルチップ、インビジブル!」
避けきれないと判断した恵徒はすぐさま一時的な無敵効果を付与するバトルチップ──インビジブルを転送し、危機的状況からブリーズを救い出す。
「巻き返すぞブリーズ。バトルチップ、ソニックウェーブ!」
反撃の一手として恵徒が転送したのは地を這うように駆け抜ける衝撃波を放つバトルチップ──ソニックウェーブ。
「いっけぇ!」
その力を使ってブリーズはショットマンに向けて衝撃波を放つ。
「そう簡単に食らってたまるか!バトルチップ、クラックアウト!」
その攻撃に対し達貴は目の前のパネルに穴を開ける効果を持つバトルチップ──クラックアウトを転送し、ショットマンの目の前のパネルに穴を開けることで衝撃波の進行を強制的に塞き止める。
──が、その対応こそが恵徒の狙いだった。
「バトルチップ、フレイムライン!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス、フレイムクロス!」
特定のバトルチップを特定の組み合わせで転送した時に発動する強大な力──プログラムアドバンス。
恵徒が転送した三枚のバトルチップによって発動したそれはショットマンを中心に十字の炎へと姿を変え、ソニックウェーブへの対応に気を取られていたショットマンは炎のダメージをまともに受けてしまう。
「あちちちちっ!ソニックウェーブは最初から囮だったってワケかよ……!」
「ショットマン、余所見をするな!」
ショットマンが炎に気を取られて視線を反らした隙を突き、ブリーズが間合いを一気に詰める。
「一気に決めるぞ!バトルチップ、バリアブルソード!」
そう叫ぶと同時に恵徒が転送したバトルチップ──バリアブルソードでブリーズはショットマンを一閃する。
「油断大敵、火がボーボー、ってな」
ブリーズがにやりと笑みを浮かべながらそう呟いた直後、ショットマンは強制的にプラグアウトされ達貴のPETへと戻された。
「あーくそ、やられちまったか」
「ざまぁみさらせ!」
困り顔で頬杖をかくショットマンに対しブリーズは勝ち誇った表情を見せた──かと思えばすぐに表情を曇らせる。
「……って言いたいとこだけど結構やばかったよなぁ」
「そうだな、一手間違っていたら負けていたのは俺たちだったかもしれない。やっぱり強いな」
恵徒の言葉に対し達貴は一言だけ呟く。
「……次は俺たちが勝つ」
「ああ、俺たちも負けるつもりはないからな」
恵徒が口元に笑みを浮かべながら恵徒がそう告げた直後、着信音が恵徒のPETから鳴り響く。
「恵徒、希からメールが来たぜ」
「希から?今の時間って……そうか昼休みか。内容は?」
「えーと…暇な時があったらネットバトルしようぜ、だとさ」
「そういえばここ最近希や鈴那に会ってなかったな……次の土曜あたり暇か聞いてみるか。ブリーズ、返信を……」
書いてくれ、と恵徒が言おうとしたその時、再び恵徒のPETから着信音が鳴り響く。
「恵徒、今度はオート電話だ」
ブリーズの言葉に頷いて答えた後、恵徒がPETを操作してオート電話を繋ぐと画面に壮年の男性の姿が映る。
「時凪くん、緊急出動要請だ。今すぐ寺羽中学校に向かってくれ」
オフィシャルセンター寺羽支部の長を務める男──森若耕也は神妙な面持ちで出した指示に対し、ブリーズが驚愕の表情を見せる。
「寺羽中学校って希や鈴那が通っている学校じゃねぇか!」
「もしかしてここ最近起きてるウイルスの大量襲撃事件か?これで何件目になるやら……」
ショットマンの発言に一瞬だけ反応を示しつつも恵徒は冷静さを保ったまま森若の指示に対応する。
「……分かりました、すぐに現場へ向かいます」
「森若さん、俺とショットマンは学校周辺に犯人と思しき人物がいないか探ってみます」
「そうか、それらしき人物を見かけたらすぐ報告してくれ」
「了解です」
「時凪くんの方も何があるか分からないから充分気をつけるように」
「分かってます」
短く返事をした後、恵徒はオート電話を切りPETを腰に下げているホルダーへと収める。
「森若さんも言ってたけど警戒は怠るなよ」
「そっちこそ」
互いに軽口を叩き合いながらスライド式のドアを抜けると恵徒と達貴はそれぞれの目的地に向かって走り出した。

達貴と別れた後、恵徒は町の南西部にある寺羽中学校の正門前で立ち往生していた。
引き戸と同じ要領で開く筈の門はどれだけ力を込めて引っ張っても動く気配を見せずにいる。
「くっ……開かないな。ウイルスが入ったせいか?」
「大方門のロックシステムがウイルスにやられて開かなくなっちまってるんだろうな。恵徒、そこの端末に俺をプラグインしてくれ。ウイルスを倒してロックシステムを直せばここも開くだろうしな」
「分かった、頼んだぞ。プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」
そう言って恵徒は腰のホルダーからPETを取り出すと正門の端末にプラグインし、ブリーズを正門の電脳へと送り込む。
「さーて門のロックシステムはっと……」
状況を把握するためにブリーズが辺りを見回すと多種多様なウイルスの大群が跳梁跋扈している様子が目に映った。
「案の定ウイルスまみれかよ……しかも何だよこの数……」
「ある程度は覚悟をしていたがこれは流石に想像以上の数だな……」
「とはいえロックシステムを直すためにはこいつら全部倒さないと駄目そうだな……」
すぅ、と軽く息を吸うとブリーズはウイルスたちに向けて大声で叫ぶ。
「おいそこのウイルスども!俺が遊び相手になってやるから全員こっちに来な!」
ブリーズの呼びかけに答えるかのようにウイルスたちは続々と集まり、十数匹ごとにグループを作って四方八方から襲い掛かろうとする、が──
「エアクレイドル!」
ブリーズが振るうブレードから放たれた幾つもの竜巻に飲み込まれたウイルスたちは次々とデリートされ、その数を減らしていく。
十四個目の竜巻が消えた頃には電脳内で暴れまわっていたウイルスは一匹もいなくなり、正門の電脳は元の正常な状態の姿を取り戻していた。
「これが門のロックシステムだな。こいつをこうして、と」
正門の電脳の奥に設置されていた鍵の形をしたプログラムをブリーズが操作すると正門のロックが解除されたことを伝える電子音が端末から響く。
ブリーズを正門の電脳からプラグアウトした後、恵徒が門を引くとそれまでとは打って変わってとても簡単に開き、敷地内への進入が可能となる。
「誰かいませんか!」
大声で呼びかけながら恵徒は学校の敷地内を駆け回ったがその呼びかけに答えるものは一人として現れることはなかった。
「これだけ探して誰もいないってことは全員校舎の中か?」
「ブラインドがかかっているせいで窓から中の様子が見えないけどおそらくそうだろうな……昇降口から中に入れれば良いんだけど……」
不安を口にしつつも恵徒は学校の昇降口へと向かう。
恵徒の予想通り昇降口も校門と同じく硬く閉ざされており、いくら押しても引いても微動だにしない。
「ここもか……ブリーズ、頼むぞ」
「任せろ!」
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」
昇降口の端末にプラグインし、昇降口の電脳に送り込まれたブリーズの視界に飛び込んできたのは先程と同じくウイルスの大群が暴れまわっている様子だった。
「ここもウイルスだらけか……まぁ全部倒すんだけどな!」
そう叫びながらブリーズは両手の甲にブレードを装備し、ウイルスの大群に向かって吶喊した。

「……ん?」
ノートパソコンのモニターに映る光景を目にしたその人物はほう、と感嘆の声を上げる。
「この手際のよさ……なるほどオフィシャルか」
カタカタ、とキーボードを操作した後その人物はにやり、と笑みを浮かべる。
「さて、どこまでやれるか確かめてみるとしようか」
そう呟くとその人物はキーボードの傍に置いていたPETを手に取った。

「これでラストぉ!」
ブリーズがウイルスの群れをブレードで一閃し、その全てがデリートされると昇降口の電脳は元の正常な状態を取り戻す。
「後はこいつをこうして……っと」
正門の電脳にあったものと同じような鍵の形をしたプログラムをブリーズが操作すると端末から電子音が鳴り響き、昇降口のロックが解除される。
「恵徒、どうやらこの電脳他のエリアと繋がってるみたいだ。他にプラグインできるとこがあるか分からねぇし、このまま先に進んだ方が良いと思うんだ」
「……それもそうだな、けど他のエリアもおそらくウイルスが大量にいるだろうから警戒は怠るなよ」
「恵徒の方こそウイルスのせいで何が起こるか分からない状況なんだから慎重に進めよ?」
「分かっている。……行くぞ」
昇降口の扉を開けて恵徒が校内に入るのと同時にブリーズも昇降口の電脳から別のエリアを目指して移動を始める。

「それにしてもウイルスが多いな……ん?」
行く手を阻むウイルスをデリートし、ふとブリーズが顔を上げると二体のナビがウイルスの群れと戦っている姿が目に映った。
「ヴォルテックアロー!」
オレンジ色のアーマーを纏った長髪の少年型ナビが右腕に装備したランスを横薙ぎに振るうと青白い光を放つ雷の矢が放射状に飛ばされ、襲い掛かってきたウイルスたちを貫いてデリートしていく。
しかしウイルスの大群は依然として彼らの周囲を取り囲んだままだった。
「くっそキリがねぇ……いい加減にしてくれよ……」
「ちょっとジュール、何情けない声出してんのよ!ここであんたがやられたら元も子もないのよ!」
「そりゃ分かってるけどよ……」
少年型ナビ──ジュールがシスター風の少女型ナビに反論しようとした時、少女型ナビがはっとした表情で叫ぶ。
「ジュール前!」
少女型ナビの指摘を受けてジュールが振り返るとウイルスたちが今まさに自分を攻撃しようと飛びかかってくる姿が目に映った。
「ここまでか……!?」
対応が間に合わない、とジュールが思ったその瞬間──
「スパイラルブラスト!」
竜巻を纏ったブリーズの吶喊によりウイルスは一掃される。
「ようジュール、危ないところだったな」
「ブリーズ、お前どうして……」
「事件あるところにオフィシャルあり、ってな」
驚きを隠せずにいるジュールに対しブリーズはにやりと笑みを浮かべる。
「なーにかっこつけてんのよ」
「ぶふっ!」
少女型ナビが飛ばしてきた十字架型のユニットを顔面に食らい、ブリーズはくぐもった悲鳴を上げる。
「おいマリア、いきなり何すんだよ!」
「かっこつけてるあんたにイラッときただけよ」
「だからって顔面はねぇだろ顔面は!」
少女型ナビ──マリアの理不尽な言い分にブリーズは怒りを爆発させる。
「大体お前は昔っからなぁ……!」
「ブリーズ、何を騒いでいるんだ?」
騒ぐブリーズを見かねたのか怪訝そうな顔で恵徒はブリーズに声をかける。
「聞いてくれよ恵徒!マリアの奴が……」
「……恵徒?恵徒なのか!?」
切羽詰った声が恵徒の名を呼んだ直後、二人の人物の姿が恵徒のPET画面に映し出される。
「希、鈴那!二人とも無事なのか?」
恵徒の問いに対し白い帽子を被った茶髪の少年──鳴上希は頷いて答える。
「俺たちはたまたま廊下に出てたから助かったけど他の生徒や先生はみんな教室に閉じ込められちまってる。ウイルスぐらいなら俺たちで何とかできると思ってウイルスバスティングをして回っていたんだけど思った以上にウイルスが多くてな……」
「ぐっ……」
「お、おいどうしたんだよジュール!?」
突然呻き声を出して膝をついたジュールの傍にブリーズは慌てて駆け寄る。
「ここまでずっと戦いっぱなしだったからな……流石に限界みたいだ」
「多少のダメージならあたしが回復できるんだけどウイルスが多いから追いつかなくて……」
「二人とも一旦プラグアウトして休め、あとは俺たちで何とかする」
「……その方が良さそうだな、今の俺たちじゃただの足手まといだ」
「仕方ないわね……」
苦い表情を見せながら二人がプラグアウトした後、マリアのオペレーターである長い藍色の髪を緩く束ねた少女──神槻鈴那は不安げな表情を見せながら訊ねる。
「恵徒くん、大丈夫……だよね?」
「……ああ、大丈夫だから心配するな」
淡々とした、しかし確かな意志がこもった恵徒の言葉に鈴那は安堵したような表情を見せる。
「そうだ恵徒、これを持っていってくれ」
そう言って希は二つのデータを恵徒のPETに転送する。
「これは……ジュールとマリアのナビチップか?」
「今の俺たちがお前にしてやれるのはこれぐらいだからな。けどジュールたちが回復したらウイルスバスティングを再開するからな!」
「意気込むのは良いけどまずいと思ったらすぐに逃げろよ?」
「わーかってるって、じゃあまた後でな!」
そう言って希がオート電話を切った後、恵徒はブリーズの方に向き直る。
「ブリーズ、どこかの電脳に犯人がウイルスを送り込むために作ったトンネルがある筈だ。それを探して潰せばこれ以上ウイルスは増えることは無くなる。……犯人が手口を変えていなければ、という前提はつくけどな」
「要するにウイルスの出所を探して叩けばいいんだろ?そういうところは余計にウイルスが多いだろうからすぐ見つけられるさ」
「……だと良いんだけどな」
意気揚々とした様子を見せるブリーズとは対照的に恵徒は苦い顔を浮かべていた。

恵徒とブリーズが校内の探索を始めてから十数分後、突然恵徒のPETから着信音が響く。
「恵徒、オート電話だ」
「希からか?」
恵徒がオート電話を繋ぐと凄まじい形相の希が画面いっぱいに映し出される。
「恵徒!そっちでイカっぽい見た目のナビを見てないか!?」
「い、イカっぽい見た目のナビ?見てないけど何かあったのか?」
「ああ、実は俺たちの担任の先生のナビがPETごと盗まれたみたいなんだ。こんな状況だから生徒のイタズラとは考えにくいし……」
「となると……この事件の犯人が先生のナビを?」
「多分そうだと思う。こっちでも探しては見るけどもしそっちで見つけたら教えてくれ」
「分かった。……ところで鈴那は?」
「先生の介抱をしてる。怪我はないけど扉で感電したみたいなんだ」
「ウイルスの仕業だな……二の舞にならないように気をつけろよ」
「そっちもな」
そう言って希はオート電話を切る。
「イカっぽい見た目のナビ、か。そんだけ分かりやすい見た目ならすぐ見つけられそうだな」
「問題は見つけた後だろうな……もしそのナビが犯人の手に落ちているとしたら……」
「考えすぎ……でもないか。もしかするとそのナビと戦わなくちゃならないだろうし」
「最悪の場合を想定して動かないと痛い目を見るのはこっちだからな……」
「だな。……それはそうとこのエリア、他のとこよりウイルスの数が多くないか?」
片手間にウイルスをデリートしていくブリーズの指摘を受けて恵徒が電脳世界の様子を確かめるとそれまで訪れたエリアよりもウイルスの数が多いことに気付く。
「確かに他のエリアよりウイルスの数が明らかに多いな……ということは……」
「ウイルスの出所が近くにある、ってことだな」
「油断するなよ、向こうも何かしらの対策を練っているはずだからな」
「分かってるって。……お?」
「どうした?」
「あそこにいるのって希が言ってたイカっぽい見た目のナビじゃないか?」
そう言ってブリーズが指差した先には上半身が人、下半身が十本の触手になっている青いナビが背を向けて佇んでいる姿があった。
「おーい、そこのあんた。そこで何してんだ?」
ふよふよと近づきながらブリーズは声をかけようとしたが──
「ぬおああぁぁっ!?」
いきなり触手の一本がブリーズの足を絡め取ったかと思うと青いナビは触手を勢いよく振り下ろし、ブリーズを
地面に叩きつけた。
「ブリーズ!」
「ってぇ……いきなり何すんだ!」
怒りを露にするブリーズを一蹴するかのように青いナビは触手を振るい、攻撃を仕掛ける。
「うおっと!そう何度も捕まってたまるか!」
同じ手は何度も食らわないとばかりにブリーズは触手を回避する。
「あのナビ……どうやら誰かに無理矢理オペレートされているみたいだな。しかも奴の後ろにはトンネルがある」
「となるとやるしかない、か……こりゃ後で頭下げに行くの確定だな」
「仕方ないな、行くぞブリーズ。バトルオペレーション、セット!」
「イン!」
「……グアァッ!」
悲鳴とも取れる咆哮を青いナビが上げると青いナビの周囲が水パネルへと変化し、青いナビは水パネルの中へと身を投じる。
「何だ?あいついきなり水の中に入って……」
首を傾げるブリーズの虚を突くかのように何本もの触手が凄まじい勢いでブリーズに襲い掛かる。
「バトルチップ、カワリミ!」
恵徒が転送した身代わり人形を召還するバトルチップ──カワリミのお陰でブリーズは触手の攻撃から逃れ、青いナビが潜む水パネルの真上を取ることに成功する。
「バトルチップ、ドールサンダー!」
強力な電撃を放つバトルチップ──ドールサンダーを水パネルに向けてブリーズが放つと凄まじい電撃が水パネル全てに襲い掛かる。
当然水パネルの中に潜む青いナビもただで済むわけがなく、突然の大ダメージに悶絶しながら水パネルの中から姿を現す。
「もらったぁ!」
右手の甲にブレードを装備し、ブリーズは青いナビに向かって急降下する。
「グ、ウゥ……メイ、ルシュ、トロム!」
呻くように青いナビが叫びながら二本の触手で水パネルの水面を叩くと地響きと共に大津波が発生する。
「そんな波で俺を押し潰せると思うな!スパイラルブラスト!」
そう叫ぶと同時にブリーズは身体を大きく捻って回転し、竜巻を起こす。
竜巻は津波を巻き込み、大きな渦潮へと変化する。
「ブリーズ、そのまま突っ込め!」
「おうよ!」
恵徒のオペレートを受けブリーズは渦潮を纏った状態で青いナビに向かって吶喊する。
青いナビが反応するよりも先に渦潮は直撃し、渦潮に飲まれた青いナビは水パネルから引き上げられ、空中に投げ出される。
「バトルチップ、エレキブレード!」
右腕のブレードを恵徒が転送したバトルチップ──エレキブレードに変え、ブリーズは青いナビを一閃する。
「ガ、アッ……!」
くぐもった悲鳴を残して青いナビは強制的にプラグアウトされる。
「後はそこのトンネルだな」
そう言ってブリーズは左手の甲にブレードを装備すると青いナビが守っていたトンネルに近づき、トンネルにブレードの一撃を叩き込む。
するとトンネルは形を崩し、跡形もなく消滅する。
「とりあえずこれで一件落着、か?」
「そうだな。ブリーズ、今いるエリアがどこの電脳か分かるか?」
「ちょっと待ってくれ……二階の資料室にあるサーバーの電脳みたいだ」
「二階の資料室だな」
場所の確認を済ませてブリーズをプラグアウトすると恵徒は近くにあった階段を上がり、資料室と書かれた教室の扉を開ける。
照明が消された室内には人の姿は無く、パーテーションで区切られた机の一つにはPETが無造作に置かれていた。
恵徒が机の傍に駆け寄りPETを手に取ると画面にはテキストデータが表示されていた。
「これは……」
テキストデータの内容を見て恵徒は目を見開く。
「どうかしたのか?」
「犯人の置き土産だ」
ブリーズの問いかけに対し恵徒はそう一言だけ返し、テキストデータを自分のPETに転送する。
転送を終えて恵徒が伝言メモを閉じるとPETの画面には先ほど強制プラグアウトした青いナビが横たわっている姿が映し出される。
「今手当てするからな」
そう言って恵徒は回復用のサブチップ──フルエネルギーを転送し青いナビを回復させる。
「ブリーズ、希にオート電話を繋いでくれ」
「りょーかい、ちょっと待っててくれ」
ブリーズがオート電話を起動させてPETから無機質な電子音が数回響いた後、PETの画面に希の顔が映し出される。
「恵徒、何かあったのか?」
「お前がさっき言ってたナビが見つかった。…今どこにいるんだ?」
「一階の保健室だ。……なぁ恵徒、先生のナビは無事だったのか?」
「……詳しいことはそっちに言ってから話す。少し待っててくれ」
希が頷いて答えたのを確認した後、恵徒はオート電話を切って保健室へ向かった。

「ここだな」
目の前の教室が保健室であることを確認し恵徒は扉を開けて保健室の中へと足を踏み入れる。
「恵徒!」
「恵徒くん!」
保健室に入るや否や希と鈴那が恵徒の傍に駆け寄ってくる。
「二人とも怪我は無さそうで良かった。……お前たちの担任の先生は?」
「そこのベッドの上だよ」
そう言って希が一歩横に移動するとベッドに腰掛けているダークブルーの髪の男性の姿が恵徒の視界に入る。
男性は恵徒の姿を見ると酷く驚いたような表情を見せる。
「君が鳴上と神槻が言っていたオフィシャルの子か?」
「はい、時凪恵徒と言います。……あなたが二人の担任の先生ですね?」
「あ、ああ」
「ではこれをお返しします」
そう言って恵徒は先ほど資料室で回収したPETを手渡す。
「これは俺の……クラーケンマン!」
「うっ……その声は……章孝……?」
「良かった、無事だったんだな……」
章孝と呼ばれた男性はPETの画面に映る青いナビ──クラーケンマンの無事を確認すると安堵した表情を見せる。
「芥先生のナビ気を失っていたみたいだけどどうかしたのか?」
「……ウイルスの影響で暴れていたからちょっとな」
「ああそれでか……」
恵徒の気まずそうな返答を聞き希は納得した表情を見せる。
「時凪君……だったね、ありがとう。俺のナビとPETを取り戻してくれて」
「これがオフィシャルの仕事ですから。……そろそろ俺は失礼します、事件の報告をしないといけないので」
そう言って頭を下げると恵徒は踵を返し、保健室を後にした。

「……なぁ恵徒、さっきのテキストデータって……」
「その話はセンターに戻ってからだ」
ブリーズの問いかけを封殺し、神妙な面持ちのまま恵徒は足早に寺羽中学校を出てオフィシャルセンターへと向かった。

「……つまり、事件は解決したが犯人は見つからず仕舞い、というわけか」
オフィシャルセンター寺羽支部、司令室。
寺羽中学校ウイルス襲撃事件を解決して戻ってきた恵徒と達貴の報告を受けた森若はやれやれと溜め息を吐く。
「犯人が潜んでいたと思しき場所に俺が行った時にはもう犯人の姿はありませんでした。……その代わりこんなものが残っていました」
そう言って恵徒は先ほど芥のPETから転送したテキストデータを展開する。
「『ここまでご苦労様、若きオフィシャルネットバトラー君。今回は私の負けだが果たして君たちに我々メサイアの野望を打ち砕くことが出来るかな?』……これはまた随分と挑発的な宣戦布告だな」
テキストデータの内容を一通り読み上げた後、森若は眉間に皴を寄せる。
「あの森若さん、このテキストデータに出てきたメサイアって一体何ですか?」
達貴の質問に対し森若は渋い表情を見せる。
「……メサイアというのはここ最近活動が目に付くようになったネット犯罪組織の名だ。彼らは世界規模で様々な犯罪行為を行ってはいるがその目的は分かっていない。ただ一つ
言えることがあるとすれば……」
恵徒と達貴の顔を見据え、森若は言葉を続ける。
「今回の事件解決をきっかけに彼らは我々オフィシャルへの警戒を強め、場合によっては排除も視野に入れてくるだろう。…二人とも今まで以上に警戒を怠らないように」
「了解!」
二人の返事を聞くと森若はふっと表情を緩める。
「よろしい、ではこの話はこれまでにしよう。二人とも今日はもう家に帰って休みなさい。勿論ナビたちもね」
「はい、失礼します」
恵徒と達貴が司令室を出て扉を閉じたのを確認すると森若は伸びをして椅子の背もたれに体重をかける。
「メサイア……奴らは私たちの手に追えるのか……?」
「ソウハイッテモヤルシカナイノダロウ?」
木製のロボットを思わせる外見のナビ──ウィッカーマンの言葉に森若は苦笑いを浮かべる。
「……そうだったな。あの子たちばかりに負担をかけるわけにもいかない以上、私たちが頑張らなければ」
そう言って姿勢を正すと森若はパソコンに向かい、キーボードを叩き始めた。

「メサイア……救世主、か」
オフィシャルセンターから帰宅した後、恵徒は自室で物思いに耽っていた。
「しっかしまぁ犯罪者が救世主を名乗るなんて何を考えてんだか…」
「……名前に関してはともかく、相手は世界規模で活動している犯罪組織だ。舐めてかかると痛い目を見るのはこっちだ」
「まぁそりゃそうだけどよ……」
「恵徒ーご飯よー!降りてらっしゃーい!」
「はーい!……後で父さんに相談してみるか」
ぶつぶつと呟きながら恵徒は自室を後にした。

「……で、こいつらがその手ごわいオフィシャルなわけ?」
スクリーンに映し出されているワインレッドの髪の少年──時凪恵徒と青いアーマーの少年型ナビ──ブリーズの姿を見た一人がその映像を出した人物に問いかける。
「最近は子どもの方が高い実力を持つことが多くなってきたからね、警戒するに越したことは無いと思うよ」
「ラクーンの意見は尤もだな。……ガル、そちらの進捗はどうだ?」
「下準備は完了、後は実行に移すだけだ」
「となると私が陽動をする必要もう無いかな?」
ガルと呼ばれた人物の返答を聞き恵徒とブリーズの映像を出した人物──ラクーンは茶化すように訊ねる。
「ああ、暫くは休んでいていいぜラクーン。こっからは俺の管轄だからな」
「では良い報告を待っているぞ」
「りょーかいりょーかい」
ガルが返答し通信を切ったのを皮切りに他の面々も通信を切っていく。
「さて、彼らはどこまで出来るかな?」
通信を切った後、ラクーンはそう呟き笑みを浮かべた。

「恵徒!」
寺羽中学校ウイルス襲撃事件から数日後、恵徒はたまたま訪れたチップショップで希と遭遇した。
「希お前……学校はどうしたんだよ?」
「この間の事件のこともあって暫く休校になったんだよ。あの事件の影響で体調崩した奴も結構いるしな」
「で、体調を崩してないこいつは平日の午前中から町をほっつき歩いているわけですよオフィシャルさん」
「……ジュール、お前そんなキャラだったっけ?」
らしからぬジュールの発言にブリーズは思わず真顔で訊ねる。
「だって家に籠もってたって仕方ないだろ?そういや恵徒、この後暇か?」
「まぁ暇といえば暇だけど……」
「じゃあさ、今からプログラム研究所に行こうぜ!」
「プログラム研究所?何でまた」
いきなりの申し出に面食らいつつも恵徒は希に訊ねる。
「俺の父さんの知り合いの科学者さんがそこで新しいプログラムを作っててさ、それを見に行こうと思ってたところなんだ」
「……大丈夫なのか?いきなり行ったりして」
「大丈夫大丈夫、アポなら一昨日の内に取ってあるからな。じゃあ行こうぜ!」
「あ、おい希!ったく、強引なのは相変わらずだな……」
悪態をつきながらも恵徒は希の後を追って走り出した。

「こんにちわー!」
寺羽町の郊外に建てられたプログラム研究所に足を踏み入れると同時に希は元気よく挨拶をする。
「あら希くん、ロイさんなら研究室にいるわよ」
「研究室ですね、ありがとうございます」
受付の女性に礼を言って頭を下げると希は研究室がある方向に向かって歩き出し、その後を恵徒は小走りで追いかける。
「さっきの受付の姉ちゃん、やけに対応がスムーズだったな」
「希はここにちょくちょく足を運んでいるから顔を覚えられているんだよ」
「あーなるほど、それでか……」
ジュールの発言を聞いてブリーズが納得している一方、恵徒と希は研究所の一角にある扉の前に到着していた。
「失礼しまーす」
こんこん、と扉をノックして希が挨拶をしながら扉を開けると部屋の奥に備え付けられたモニターの前で何らかの作業をしていた赤みがかった茶髪のアメロッパ人男性は
来訪者の気配に気付き、二人の方に向き直る。
「やぁ希くん、いらっしゃい。おや?そっちの子は……」
「は、はじめまして。希の友達の時凪恵徒と言います」
「そんなに畏まらなくて良いよ。私はロイ・フォージング、ここでプログラムの開発を行っている科学者の一人だ」
ぎこちなく挨拶した恵徒に苦笑いを見せながら男性──ロイは自己紹介をする。
「なーなー、新しいプログラムってどんなものを作ってるんだ?」
ブリーズの質問を受けロイはうーん、と考え込む。
「口で説明するより実物を見てもらった方が早いかな。二人とも、この端末に君たちのナビをプラグインしてくれるかい?」
「その端末ですね、分かりました」
そう言って恵徒はPETを腰のホルダーから取り出してモニターに付属する端末に向け、それに続いて希も自分のPETを端末に向ける。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」
「プラグイン、ジュール.EXEトランスミッション!」
プラグインによりブリーズとジュールはPETからモニターの電脳へと送り込まれる。
「よく来たな」
「うおあっ!?」
突然目の前に現れた鍛冶職人のような格好をした一本足のナビに驚き、ブリーズは素っ頓狂な声を上げる。
「い、いきなり出てきて脅かすんじゃねぇよ!?」
「いや今のはお前が大袈裟に驚きすぎなだけだろ……」
ブリーズとジュールの反応を見て一本足のナビは豪快に笑う。
「驚かせてすまなかったな。オレはタタラ、ロイにこいつの管理を任されているナビだ」
「こいつって……そのプログラムか?」
そう呟きながらブリーズは一本足のナビ──タタラの後ろにある立方体のプログラムを指差す。
「こいつはコピープログラムといってあらゆるデータをコピーすることが出来る代物だ」
「あらゆるデータをコピー出来るってことは……使い方次第ではとんでもないことになるんじゃ……」
「その通り、だからこそ私はどうすればこいつを善事のために活用できるかを研究しているんだ」
恵徒の質問にロイが真剣な表情で答えた直後、不意に研究室の扉が開く。
「先生ー、資料の作成終わりましたー……ってうわわわわ!」
情けない叫び声とともに鈍い音がしたことに驚いて恵徒たちが振り返ると研究室の入り口付近でくすんだ金髪の男性が紙の山に埋もれて倒れている姿があった。
「またかいラドロくん、全く君はいつになったら一度も転ぶことなく資料を運んでこれるんだい?」
「す、すいません……」
転倒時に打った顔を擦りながらラドロと呼ばれたシャーロ人男性は散らばった資料を拾い集めていく。
「あのーロイさん、あの人は……」
「彼は最近私の下で働くようになったラドロ・ナイトシーフくんだよ。科学者としての実力は確かなんだけどドジなところが玉に瑕でね……」
やれやれと肩を竦めるロイと拾い集めた資料をおっかなびっくり運ぶラドロを交互に見て恵徒と希は苦笑いを浮かべた。

「善事のため、か。やっぱ凄い人は考えることも立派だよなぁ」
プログラム研究所を後にして帰宅する道中、希はロイの言葉を反芻しながらうんうんと頷く。
「そういう希だって将来は科学者になってネットワーク社会をよりよいものにするのが目標なんだろ?」
「おうよ!そのためにも偉大なる先人たちからたくさんのことを学ばないとな!」
希の屈託のない笑みを見て恵徒は眩しそうに目を細める。
「そういえば恵徒、この間俺が送ったメール見てくれたか?」
「この間?」
一瞬考え込んだ後、恵徒は目を見開いてああ、と声を上げる。
「暇な時があったらネットバトルしようって書いてあったあれか。……そういえば返事を送るの忘れてたな」
「ほほーう、そういうことなら返事を忘れたお詫びも兼ねてネットバトルだ!A級市民ネットバトラーの実力見せてやるからな!」
「はいはい、じゃあチップショップでひと勝負するか」
「こらー流すなー!負けた方がレアチップ一枚奢りだからなー!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら希は先に歩き出した恵徒を追いかけた。

「後はここをこうして……と」
照明のない暗闇の中、カタカタとキーボードを叩く音が響く。
「これでよし、と。さて、作戦を次の段階に移そうか」
一通り作業を終えると声の主はにやりと笑みを浮かべた。

翌日、いつものように自分の研究室に訪れたロイはタタラをモニターの端末にプラグインし、タタラにコピープログラムの起動を指示するが──
「……どういうことだ、何度やってもコピープログラムが起動しない」
「そんな、昨日までは何事もなく起動したのにどうして……」
不安になったロイがモニターに備え付けられたキーボードを操作し、コピープログラムを解析するととんでもない結果がはじき出される。
「これは……!?」
その結果を見たロイは激しく動揺し、足をふらつかせる。
「……どうするロイ、オレたちでどうにか出来そうな問題じゃないぞ」
「ああ、助けを求めないと駄目そうだな」
そう言ってロイはPETを手に取り、オート電話を起動させた。

「コピープログラムが盗まれた!?」
オート電話を介してロイから事情を聞いた恵徒とブリーズは声を揃えて叫ぶ。
「私たちが研究室を訪れた時にはもうこのよく出来た偽物にすりかえられていたんだ」
「コピープログラムの周りには厳重なセキュリティを敷いていたんだが……ご丁寧にコピープログラムを偽物とすりかえる間だけセキュリティを解除してやがっていてな。お陰で犯人の情報が残ってないんだ」
ロイとタタラの証言を聞き恵徒は少し考え込む。
「……ロイさん、いくつか質問したいことがあるんですけど良いですか?」
「あ、ああ。私たちで答えられることならいくらでも答えるよ」
「ありがとうございます。ではまず一つ目の質問です、コピープログラムの周囲に敷かれていたセキュリティはハッキングで解除されたんですか?」
「いや、さっき調べてみたんだがセキュリティにハッキングの痕跡は残っていなかった。相当うまくハッキングしたかセキュリティの外し方を知っていたかでもない限りこんなことにはならないと思うのだけど……」
「それを踏まえて二つ目の質問をします。そのセキュリティの外し方を知っている人はどれぐらいいるんですか?」
「この研究所の人間とナビは全員知っているよ。そうでないと出来ないことだらけになってしまうからね」
「なるほど……ではこれが最後の質問です。あなたの部下……ラドロさんは今研究所にいますか?」
「ラドロくんかい?そういえば今日はまだ来ていないようだけど……」
そこまで言い終えた後、ロイははっとした表情を見せる。
「……まさか、ラドロくんが……!?」
「俺の予想ではおそらく。……とはいえまだ確証はありません。俺の方で本人に確認を取ってみます」
「あ、ああ頼むよ」
そう言ってロイがオート電話を切ったのを確認すると恵徒はPETを腰のホルダーに収める。
「確かにあのドジな兄ちゃんがコピープログラムを盗んだ犯人なら辻褄は合うけど……そもそも何でコピープログラムを盗む必要があるんだ?」
「それを確かめるためにも探すんだよ」
ブリーズの疑問に対し恵徒は毅然とした表情で言葉を返す。
「とはいえ行きそうなところに心当たりはないしなぁ……」
「おーい恵徒!」
自分の名を呼ぶ声がした方に恵徒が振り返ると希が自分の方へ駆け寄ってくる姿が目に映る。
「どうしたんだよそんな辛気臭い顔して?」
「いや大したことじゃ……そうだ希、ラドロさん見てないか?」
「ラドロさん?そういやさっき寺羽タワーの方に行くのを見かけたけど……確か今日って休みじゃなかったか?」
「寺羽タワーか……走っていけば追いつけるか?」
「あ、おいちょっと待てよ恵徒!何かあったのか!?」
走り出そうとした恵徒を呼び止め、希は不安そうな顔で問いかける。
「悪い、事情を知りたいならロイさんに聞いてくれ!」
それだけ言い残すと恵徒は町の中心部に聳える寺羽タワーに向かって走り出した。

寺羽タワーは寺羽町のあらゆる電波を送受信する電波塔であると同時に町を一望できる展望台を有する観光施設だが、今日は定休日のため展望台へ通じるエレベーターは電源を落とされ機能していない。
「展望台へ上がるにはこのエレベーターを使うしかなさそうだな……」
恵徒がエレベーターの前で考え込んでいるとエレベーターの傍に備え付けられたモニターが突如点灯し昨日ロイの研究室で出会った人物──ラドロの姿が映し出される。
「やぁ少年オフィシャル君、昨日ぶりだね」
「ラドロ……さん」
おどけた口調で話しかけてくるラドロに対し恵徒は怪訝そうな顔を見せる。
「おいおいそんな怖い顔するなよ……と言っても無理な話か。何せ俺はコピープログラムを盗んだ犯人だからな」
「……やっぱり、あなただったんですね」
ラドロの言葉を受け恵徒は暗い表情を見せる。
「おいラドロの兄ちゃん、何でコピープログラムを盗んだりしたんだよ?」
「俺が所属する組織が目的を達成するために必要なものだったからさ」
「組織?」
「メサイア、って名前に聞き覚えはあるか?」
ラドロがメサイアの名を口にした瞬間、恵徒とブリーズは目を見開いて驚く。
「メサイアって学校を襲った奴が残したテキストデータに書いてあった……」
「……もしかして最初からコピープログラムを盗むためにロイさんの部下になったんですか?」
「ご名答、いやぁドジなふりをするのは大変だったぜ。まぁその苦労に見合うだけの勉強はできたけどな」
「何をいけしゃあしゃあと……!」
怒りを露にするブリーズに対しラドロはどうどう、と宥めるように両手を揺らす。
「まぁまぁそういきり立つなって。俺は君らに反撃のチャンスをやるためにこうして顔を出したんだからな」
「反撃のチャンス?」
「そ、今君らがいるこのタワーの電脳には俺のナビが潜んでいる。そいつを見つけて倒すことが出来れば君らもオフィシャルの仕事を果たせて万々歳だろう?」
「……一つ聞きますけど、そのナビがコピープログラムを持っているんですか?」
恵徒の質問に対しラドロはわざとらしく悩むような仕草を見せる。
「それは俺のナビを見つけてからのお楽しみ、ってとこかな。そんじゃ頑張ってねー」
ひらひらとラドロが手を振った直後、モニターはぷつりと音と立てて消灯する。
「あんの野郎……!恵徒、早く俺をプラグインしてくれ!そんであいつのナビをとっちめてやろうぜ!」
「落ち着けブリーズ、腸が煮えくり返っているのは俺も同じだが迂闊に動けば向こうの思うつぼだ。……慎重に行くぞ」
ブリーズが頷いて答えたのを確認した後、恵徒は腰のホルダーからPETを取り出し、モニターの端末に向ける。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」

「あっ、来た来た!」
タワーの電脳に入ったブリーズが最初に遭遇したのは盗賊のような格好の小さなナビだった。
「……まさかこのちび助が?」
「その通り。こいつが俺のナビ、バーグラーだ」
小さなナビ──バーグラーの後方に展開された画面に映るラドロは誇らしげに自分のナビを紹介する。
「さぁてそれじゃ始めようか。バーグラー」
一拍置いて深呼吸をするとラドロは大声で叫ぶ。
「全力で逃げろおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
「おー!」
「……はぁ!?」
ラドロのオペレートを受けて全速力で逃げ出したバーグラーを呆然としながら見送った後、恵徒とブリーズは声を揃えて叫ぶ。
「いやいやいやいやちょっと待て!話が違うだろ!?」
「確かに俺はさっき俺のナビ、バーグラーを見つけて倒せと言ったけど君らには今からそれをやってもらう。さて君らにバーグラーを捕まえることは出来るかな?」
くすくすと笑いながらラドロが画面を切った後、恵徒は大きな溜め息を吐いた。
「……仕方ないな。ブリーズ、あのナビを探すぞ」
「おうよ!絶対とっ捕まえてやらぁ!」
気合たっぷりの声でブリーズは叫ぶとバーグラーが逃げた方向であるタワーの電脳の奥に向かって飛び立った。

追いかけっこが始まってから数分後、タワーの電脳の奥でバーグラーの姿を見つけたブリーズは獰猛な笑みを浮かべる。
「ようやく見つけた……おいそこのちび助、もう逃げ場はねぇぞ。観念しやがれ!」
ブリーズに気付いて振り返った後、バーグラーはラドロに問いかける。
「なーラドロー、ここまで来ればもう逃げなくても良いよなー?」
「ああ充分だ。向こうは随分と苛立っているようだし、そろそろバトルでケリをつけるとするか」
「よーしやるぞー!」
「……何かよく分かんねぇけど、そっちがやる気ならコテンパンに叩きのめしてやるよ!」
臨戦態勢を取るラドロとバーグラーに対してブリーズがやる気を見せる一方、恵徒は顔を顰めて考え込んでいた。
「あの二人が逃げに徹していた意図は結局分からないままか……」
「恵徒ー!考えごとはそれぐらいにして今はバトルに意識を向けてくれー!」
ブリーズに呼びかけられたことで恵徒は我に返り、画面に目を向け直す。
「ここまで散々振り回された礼をたっぷりとしてやらないとな。バトルオペレーション、セット」
「イン!」
「行くぜバーグラー!バトルチップ、ビッグボム!」
ラドロが転送したバトルチップ──ビッグボムをバーグラーは巨大化させた右手で掴むと全身を使って投げつける。
「そーれ!」
「うおっと」
飛んできた爆弾をブリーズは軽く身体を捻って回避し、にやりと笑みを浮かべる。
「そんな爆弾いくら投げてこようと……」
当たらない、とブリーズが言おうとしたその時、自分に向かって飛んでくる無数の爆弾がブリーズの視界を埋め尽くしていた。
「そ、ソニックヴィジョン!」
高速移動によって生じた残像を身代わりにしつつブリーズは雨のように降り注ぐ爆弾の中を必死に逃げ回る中、恵徒はその状況に疑問を抱いていた。
「……おかしい。ラドロさんがバーグラーに転送したバトルチップは一枚だけの筈なのにどうしてこんな状況が……」
「んなこと良いから助けてくれええええぇぇぇぇ!」
ブリーズの悲痛な叫びを受け、恵徒は状況の考察を打ち切ってオペレートに集中する。
「こういう時は……これだな。バトルチップ、トリプルシュート!」
「うおらああああああぁぁぁ!」
パネルを剥がして投擲するバトルチップ──トリプルシュートによって投擲されたパネルの残骸は爆弾の雨に直撃する。
「うわーっ!」
その結果生じた爆発が連鎖したことによって凄まじい爆風が発生し、その爆風に巻き込まれたバーグラーは数秒間空を飛んだ後ぽて、と言う音と共に地面へ落下する。
「は、剥がしたパネルで迎撃とは豪快な……」
荒っぽい対処に面食らうラドロを意に介した様子もなく恵徒は冷静な口調で話しかける。
「……ラドロさん、あなたはさっき俺がした『コピープログラムはあなたのナビが持っているのか』という質問に対して『ナビを見つけてからのお楽しみ』と答えましたよね?それってつまり……」
何かを言い淀む恵徒の様子を見てラドロは口元に笑みを浮かべる。
「君の推理はおそらく正解だよ、少年オフィシャル君。俺が盗んだコピープログラムはバーグラーに組み込まれている。だからこういうことが出来るのさ。バトルチップ、リュウセイグン!」
「いっけー!」
文字通り流星群を降らせて攻撃するバトルチップ──リュウセイグンの効果で出現させる流星の数をバーグラーはコピープログラムによって増やし、その脅威を引き上げる。
「またこのパターンかよ!」
「このままだと埒が明かないな……」
先ほどと同じくブリーズは残像を駆使して止む気配のない流星群を回避し、恵徒は対処法を考え始める。
「……これしか無さそうだな。ブリーズ、スタイルチェンジだ!」
「了解!」
ブリーズが返事をすると同時に冷気を帯びた竜巻が発生し、流星群を弾き飛ばすと同時にブリーズを包んでいく。
「何だ何だー?」
不思議そうにバーグラーが首を傾げていると竜巻は内側から引き裂かれ、飛竜を模したアーマーを纏ったブリーズが姿を現す。
「スタイルチェンジ、アクアワイバーンスタイル!」
「へっ、アクアってことは電気属性が弱点なんだろ?だったら簡単だな。バトルチップ、エレキボール!」
そう言って余裕の笑みを見せながらラドロは雷球を飛ばすバトルチップ──エレキボールを転送しバーグラーはコピープログラムで雷球の数を増やすが──
「バトルチップ、ヒライシン!」
電気属性の攻撃を反射する罠を仕掛けるバトルチップ──ヒライシンを恵徒が転送したことにより雷球はバーグラーの方へと送り返され、直撃する。
「しびびびびびびび!」
「ば、バーグラーーーーっ!」
思わぬカウンターを受けてラドロが慌てふためく一方、ブリーズはびきびきと表情を強張らせていた。
「き、昨日希とジュールに勝っといて本当に良かったな……」
「今の状態であんなのをまともに食らったらひとたまりも無いからな……次の一撃で決めるぞ」
「了解!」
そう返事をすると同時にブリーズは両腕を頭上でクロスさせ、大きく鋭い爪を装備した両手に冷気を集約させる。
「ニブルヘイム!」
咆哮と共にブリーズが両腕を振り下ろすと猛烈な吹雪が発生し、雷球のダメージで弱っていたバーグラーは回避や防御に転ずる暇もなく吹雪を食らい、その場から消滅──デリートした。

「……お、おいおい。君らはコピープログラムを取り返しに来たんじゃないのか?」
バーグラーをデリートされたことに驚愕しつつもラドロは意外そうに訊ねる。
「さっきまでの状況でコピープログラムを奪取するのは困難と判断したので次善の策を取りました」
恵徒の返答を聞き、ラドロは冷や汗を頬に伝わせる。
「冷徹だねぇ……まぁそういう判断が出来るからこそ君らは大人顔負けの活躍をしているんだろうけどね」
「何余裕かましてんだよ、ラドロの兄ちゃん。このタワーの出入り口であるエレベーターの前に恵徒がいる以上、ここから逃げることは不可能だってのに」
「はっはっは、甘いぞ少年たちよ。俺がいつ『俺はタワーの中にいる』と言ったかな?」
「……は?」
真顔で素っ頓狂な声を出したブリーズに対し恵徒は一瞬はっとしたような表情を見せた後、苦々しげにラドロを睨み付ける。
「そういうことか……!」
「お、おいどうしたんだよ恵徒?」
恵徒の反応を見たラドロはにやりと笑みを浮かべる。
「どうやらオペレーター君の方は気付いたみたいだな」
「……ああ、分かったよ。どうしてお前がそんな余裕ぶっているのかにな」
苛立ちの混じった低い声と刺々しい口調で恵徒はラドロに告げる。
「お前は最初からこの寺羽タワーの中にいなかった、そういうことだろ?」
「ご名答。けどよく気付けたね」
「最初に違和感を感じたのは希からお前の目撃証言を聞いた時だ。ブリーズが言ったとおりここの出入り口は俺の目の前にあるエレベーターか、もしくは裏にある非常用の階段だけだ。その二箇所を塞げば袋の鼠になってしまうような場所に向かった理由が俺には分からなかった。バーグラーを逃げ回らせたことについてもそうだ。お前が所属する組織……メサイアにとって邪魔者である俺たちの排除が目的ならわざわざそんなことをする必要は無い筈だからな」
「ちょ、ちょっと待てよ。だったら何でラドロの兄ちゃんはわざわざこんな回りくどいことをしたって言うんだよ?」
「答えは簡単だ。自分が逃げ終わるまでの間俺たちをここに留まらせること、それがこいつの目的だったんだ」
恵徒の回答を聞いたラドロはぱちぱちと拍手する。
「大正解!まさかそこまで見抜かれるとは思ってなかったなぁ。……さてと、俺はそろそろお暇させてもらうとしよう。次会った時には今回の借りを返させてもらうから首を洗って待ってなよ」
そう捨て台詞を残しラドロが通信を切った後、恵徒は目の前の壁に拳をぶつけ大きな溜め息を吐いた。
「……ロイさんに報告して謝らないとな」
「何かここんとこ謝ってばっかりじゃないか?」
「そういう対応が必要な事件ばかりが起きてるってことだよ」
やれやれと肩を竦めながら恵徒はブリーズをプラグアウトし、踵を返して寺羽タワーを後にした。

「……そっか、それは大変だったね」
恵徒から事の顛末を聞かされた後、ロイは恵徒に労いの言葉をかける。
「申し訳ありません、コピープログラムを取り戻すことができませんでした……」
「いや、あれの悪用を防いでくれただけでも充分だよ。これは私からのお礼だ」
そう言ってロイは恵徒のPETに一つのデータを転送する。
「これは……バトルチップ、ですか?」
「コピープログラムを元に作ったものだ、君なら正しく使ってくれると信じているよ」
「……期待に沿えるよう頑張ります」
苦い表情で答えた恵徒に対し、ロイは苦笑いを見せる。
「そんな気負いしなくて良いよ。それじゃまたいつでも遊びにおいで」
笑顔でそう言ってロイがオート電話を切った後、恵徒は大きな溜め息を吐いた。
「正しく使ってくれ、か。気が重いな……」
「いやいや、気負いするなって言われたばっかだろ……まぁ良いか。とりあえず今日はもう帰って休もうぜ?」
「……そうだな」
ブリーズの提案に一言そう答えると恵徒は自宅に向かって歩き出した。

「何だよガルの奴、かっこつけたこと言っといて負けてんじゃん」
ガル──ラドロの報告を受け以前恵徒とブリーズの映像を見ていた一人が不満げにぼやく。
「確かにガルは敗れたがコピープログラムを手に入れ、こちらに送り届けるという任務は果たしている。複製品とはいえコピープログラムの性能データを取ることができた点も踏まえれば
及第点を与えても良いだろう」
「クロウは評価が甘いんだよ……で、次は誰が何をするんだよ?」
その問いに対しクロウと呼ばれた人物はふむ、と考え込む仕草を見せる。
「そうだな、例のプログラム確保と行きたいところだがガルの件も考慮するとオフィシャルの存在は軽視できない。何かしらの手を打つ必要があるだろう」
「でしたらオフィシャルの相手は私たちに任せてください」
そう発言したのは先ほどクロウに質問した人物とは別の人物だった。
「何か妙案があるようだなフォックス。良いだろう、オフィシャルの相手はお前たちに任せる。モール、お前たちは例のプログラム確保に向かえ」
「へいへい、ちゃっちゃと終わらせてきますよ」
モールと呼ばれた人物は肩を竦めながら言った後、フォックスと呼ばれた人物の方に向き直る。
「おいフォックス、本当に大丈夫なんだろうな?」
「抹殺は流石に難しいだろうけど君たちが任務を達成するまでの時間稼ぎはしてみせるよ」
そう言ってフォックスは微笑んで見せた。

「どうしたんだよ恵徒、急に鈴那の様子を見に行こうだなんて」
ラドロによるコピープログラム盗難事件から数日後、恵徒は鈴那の家である教会に向かっていた。
「この間の事件以降鈴那と一度も会っていないから心配になったんだよ。希と違って鈴那はあんまり外に出歩かないタイプだしな」
「けど今の時間だと学校に行ってるんじゃないか?」
「それならそれで良いんだよ」
ブリーズと他愛もない話をしながら歩いている内に恵徒は目的の場所──教会の前に着いていた。
「いつ見ても大きさに圧倒されるな…」
そんなことを呟きながら恵徒は教会の敷地内へと足を踏み入れると花壇の手入れをしていた男性が恵徒に声をかける。
「おや君は……もしかして恵徒くんかい?」
「お久しぶりです。……あの、鈴那はいますか?」
「鈴那なら裏の庭園で花の手入れをしていると思うから行っておいで」
「奥の庭園ですね、ありがとうございます」
そう言って恵徒は男性──鈴那の父親に一礼し、教会の裏にある庭園と向かった。
「今家にいるってことはまだ学校は再開してないみたいだな」
「あの事件からそんなに日が経ってないから無理もないか……っ」
不意に強い風が吹き、色とりどりの花弁が空へと舞い上がる。
「……やっぱりここの花は綺麗だな」
「恵徒くん?」
不意に名を呼ばれて恵徒が振り返ると不思議そうな顔で首を傾げる鈴那の姿があった。
「あら珍しいわね、あんたたちがここへ来るなんて」
「事件以来顔を見てなかったからちょっと様子を見に来たんだよ。まぁお前に関しては余計な心配だったっぽいな」
「あんたねぇ、そういうことは思っても口にしないのが紳士的ってもんよ?」
ブリーズの発言に対しマリアは不満そうに頬を膨らませる。
「そういえば恵徒くん、この間の事件はメサイアって言う犯罪組織の仕業だって聞いたんだけど……本当なのかな」
鈴那の思わぬ発言に恵徒は目を丸くする。
「あ、ああオフィシャルでもそう判断しているけど……どうして鈴那がそれを?」
「教会のホームページにある掲示板にそういう情報を書き込んでくれる物好きがいてくれるお陰よ。まぁ時々ガセネタが書かれてたりするけど良い情報源なのは確かよ」
「掲示板かー……そういやオフィシャルセンターの奴以外殆ど見たことなかったな」
「そんなことだろうと思ったわ」
ブリーズの発言を聞いたマリアは肩を竦め、恵徒は気まずそうに咳払いをする。
「……二人が元気なのは確認できたことだし、そろそろお暇させてもらうよ」
「あ、ちょっと待って」
踵を返して立ち去ろうとした恵徒をマリアが呼び止める。
「そういえばあんたたちに会ったら渡しておこうと思ってたものがあったのよ。はいこれ」
そう言ってマリアは一つのデータを恵徒のPETに転送する。
「何だよこれ?」
「ココロプログラムを制御するプログラムパーツ、確かナチュラルハートって名前だったかしら。あんたには必要なものだろうって希が作ってくれたのよ」
「うぐっ……す、少しはましになった…と思うんだけど……」
「自信が無いなら付けなさい、良いわね?」
「……はい」
マリアに言い負かされてブリーズはしょんぼりと肩を落とし、その様子を見た恵徒と鈴那は手で口元を押さえながらくすくすと笑った。

「さてと、これからどうするかな……」
鈴那たちと別れて教会を出た後、恵徒とブリーズは寺羽町の南部にあるショッピングセンターに訪れていた。
「なぁ恵徒、パトロールがてら掲示板を見てきて良いか?ここの電脳には掲示板が何個もあるからいろいろな情報が見つけると思うんだ」
「……ブリーズ、お前もしかしてさっきマリアに言われたこと気にしてるのか?」
恵徒に図星を突かれブリーズはうぐ、と声を詰まらせる。
「そ、それもあるけどよ……」
「はいはい、何か目ぼしい情報があったら教えてくれ」
宥めるような口調で言った後、恵徒は傍にあるモニュメントの端末にPETを向ける。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」
プラグインによってブリーズはショッピングセンターのホームページに送り込まれる。
「えーと掲示板掲示板っと……ん?」
きょろきょろと辺りを見回しながらブリーズが散策していると和服を模したアーマーを纏ったナビの後姿が目に映った。
「何だあのナビ?変わった格好してるな……」
不思議そうにブリーズが見ているとそのナビはプラグアウトしてその場から姿を消す。
「あっ……行っちまった。何だったんだろ、あいつ」
疑問に思いつつもブリーズは当初の目的を果たすために散策を再開していた頃、恵徒もパトロールがてらショッピングセンターを散策していた。
恵徒がいるエリアには様々な飲食店が立ち並んでおり、店内から流れてくる料理の匂いは嗅いだものの空腹感を誘う。
不意にぐう、と腹の虫が鳴ったことで恵徒は自分が空腹になっていたことを自覚する。
「……何か買って食べるか」
そう呟きながら近くの飲食店へと足を運ぶ途中、恵徒は和服を纏った黒髪の男性とすれ違ったが特に気にした様子もなく飲食店へと入っていった。

「……あれが例の子か、ああいう様子を見ている分には年相応の子どもだと思えるんだけどな」
物陰に身を潜めながら先ほど恵徒とすれ違った男性は苦笑交じりに呟くと懐からPETを取り出す。
「準備の方はどうだい?」
「あと一ヶ所で完了します」
「ならそこが終わり次第作戦を開始しよう」
「了解しました」
ナビとの会話を手短に済ませると男性は意を決したように強い眼差しで空を見上げた。

「ただいまー」
恵徒とブリーズが別行動になってから数十分後、散策を終えたブリーズは飲食店のスクエアに行き、そのスクエアを設けている店で休憩している恵徒と合流を果たしていた。
「おかえり、何か良い情報は見つかったか?」
「んー……メサイアの噂はいくつか見つけたけど役に立ちそうな情報は無かったな。それはそうと恵徒、お前何食ってんだよ」
「え、ドーナツ」
「じゃなくて!何自分だけ食ってんだよ!ずるいぞー!」
ぎゃあぎゃあと喚くブリーズの主張に観念したのか恵徒は手に持っていた食べかけのドーナツを皿の上に置き、溜め息をついた。
「分かった分かった。買ってきていいぞ、電脳ドーナツ。ただし一個だけな」
「さっすが恵徒!分かってるー!」
あからさまに喜ぶブリーズを見て恵徒は困ったような笑みを浮かべた。
「じゃあ早速……」
ブリーズがそう言い掛けたその時、突如同じスクエアにいるナビたちが頭を抱え絶叫し始めた。
「うああああああああ!」
「お、おいどうしたんだよいきなっ……!」
異変を目の当たりにしたブリーズはナビたちの傍へ駆け寄ろうとするが、突然強烈な頭痛に襲われ頭を抱えた。
「ぐっ……があぁ……っ!」
「どうしたんだブリーズ!?」
「あ、頭が痛ぇ……!それに何かすげぇ胸がムカムカする……!」
苦痛を訴えるブリーズの状態はPETの画面端に表示されているココロウィンドウ──ナビの感情を視覚的に伝えるシステムによって表され、それを目にした恵徒は驚愕の表情を見せる。
「これは……ココロバグ?いや今はプラグアウトが先だ!」
そう叫ぶと同時に恵徒は近くにあったモニターの端末にPETを向け、ブリーズをプラグアウトした。
「ブリーズ、大丈夫か!?」
「あ、ああ……PETに戻ったら頭痛も胸のムカムカも治まったみたいだ」
「ということは異常の原因はスクエア内にあるみたいだな」
「だったら早く何とかしに……行きてぇけど何の策もなしに突っ込んだらさっきと同じ目に遭っちまうからなぁ……」
「何か良い手は無いか……?」
暫く考え込んだ後、恵徒はあるものの存在を思い出す。
「そうだ、あれを使えばもしかしたら……」
そう呟きながら恵徒はナビカスタマイザー──パズルの要領でプログラムを組み込みナビを強化するシステムの画面を起動して先程マリアに貰ったプログラムパーツ──ナチュラルハートを組み込むとプログラムの読み込みを行い、その効果を反映させる。
「よし、カスタマイズ完了だ。行くぞブリーズ」
「おう!」
ブリーズの返事を聞いた後、恵徒はPETをモニターの端末に向けなおす。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」

「ぐっ……」
再び飲食店のスクエアに足を踏み入れた瞬間、ブリーズは頭を押さえた。
「大丈夫かブリーズ?」
「ああ、ちょっと頭は痛ぇけどそれ以外は何ともねぇ。あのプログラムパーツを組み込んだお陰だとしたらすげぇ効果だな……」
「後で希にも礼を言っておかないとな。……ブリーズ、何か怪しいところは無いか?」
「ちょっと待ってくれ」
頭を抱えて苦しむナビたちから思わず目を背けつつ、ブリーズが辺りを見回すとスクエアの一角に見慣れないものがあることに気付く。
「何だこれ……札?」
不審に思いつつ札のような形をしたデータに近寄るとさっきまで大したこと無かった筈の頭痛が急に激しくなり、ブリーズは反射的に頭を押さえていた。
「っ……!もしかしてこれが原因か?」
「その可能性は高いな。ブリーズ、壊せそうか?」
「とりあえずやってはみるけどよ……」
空いている左手の甲にブレードを装備するとブリーズは腕を振り上げ、札型のデータを斬ろうとするが──札型のデータから飛び出してきた狐のようなウイルスの群れがそれを妨害しようとブリーズに襲い掛かった。
「うおっ?!」
突然のことに驚きつつもブリーズは腕を振り下ろし、ブレードでウイルスの群れを一閃する。
ブリーズの迎撃を受けたウイルスの群れはきぃ、と小さな悲鳴を残しデリートしていく。
「ったく驚かせやがって……」
ぶつくさと文句を言いながらブリーズはブレードを構えなおし、改めて札型のデータを切り伏せる。
切り伏せられた札型のデータは一瞬の間を置いて爆発し、その残骸が消滅する。
それと同時にブリーズの頭痛が治まり、苦しみから解放されたナビたちも落ち着きを取り戻していく。
「やっぱりあのデータが異常の原因だったみたいだな。にしても誰があんなものを仕掛けやがったんだ?」
「それも含めて他のエリアを調べる必要があるだろうな、あれだけの被害を出すものがこのスクエアにだけ仕掛けられたとは考えにくい」
「この状況じゃ俺らぐらいしかまともに動けないだろうし……やるしかねぇな」
やれやれと肩を竦めながらブリーズは別のエリアへと向かって飛び立ち、恵徒は食べ残していたドーナツを口に放り込んで飲食店を後にした。

「っのぉっ!」
頭痛に耐えながらブリーズが目の前にある札型のデータをブレードで一閃する。
切り裂かれた札型のデータが爆発して消滅するとブリーズの頭痛は治まり、札型のデータの影響で我を忘れ暴れていたナビたちも正気を取り戻していく。
「これで五つ目か……ったく、あといくつ残ってんだか」
「今のが最後ですよ」
思わぬ返答に驚きブリーズが振り返ると先程見かけた和服を模したアーマーを纏い、狐を模した仮面で顔を隠した青年型ナビの姿があった。
「あ、さっき見かけた奴!……ってのは置いといて、何で今のが最後だって分かるんだよ?」
「分かるも何も、あれを仕掛けたのは私ですからね」
「あー確かにそれなら分かって当然だよな」
うんうんと納得しながら言った後、数拍の間を置いてブリーズは驚愕の表情を見せる。
「……はぁ!?」
「わざわざ自分から教えてくれるなんて親切な奴だな。……何が狙いだ?」
「狙いも何も、隠す理由が無くなったから明かした、としか答えられないかな」
恵徒の問いに対して返答したのは青年型ナビの傍に展開された画面に映る和服を纏った黒髪の青年だった。
「初めましてこんにちは。私の名は狐雅彩葉、こっちは私のナビのサクヤ。先日は私の仲間がお世話になったね」
「仲間?」
きょとんとした顔で青年──彩葉に訊ね返した後、恵徒は何かに気付いたような表情を見せる。
「まさかあなたもメサイアの……」
「……マジで?」
「ええ、本当ですよ」
ブリーズが思わず口に出した言葉に対し、青年型ナビ──サクヤは口元に笑みを浮かべながら答える。
「マジかよ……ラドロの兄ちゃんと言いメサイアのメンバーは犯罪者っぽくない見た目の奴が多いな……」
「人は見かけによらない、とよく言うだろう?」
柔和な笑みを浮かべる彩葉に対し、恵徒は厳しい表情で彩葉を睨み付けていた。
「狐雅……さん。あなたは何故こんな騒ぎを起こしたのですか?」
「端的に言えば君たち誘き寄せるためだよ。君たちの存在は私たちメサイアの目的達成を阻害する要因になりかねないことは先日の一件で証明されたしね。……けどまさかこっちが事を起こす前からここに来ているとは思わなかったよ」
「それは随分な偶然ですね。偶然ついでに一つ質問に答えてもらえませんか?」
「私に答えられることなら、という制限はつくけど良いかな?」
「構いません」
軽く目線を下げて軽く深呼吸をした後、恵徒は彩葉の方に向き直り問いを投げかける。
「あなたたちメサイアの目的は何ですか?」
「……これはまたシンプルかつ直球な質問だね」
苦笑交じりに呟いた後、彩葉は恵徒の質問に対する答えを返す。
「己が欲望を満たすこと、それがメサイアの目的だよ。例えば先日君が対峙したラドロ君はどんな手を使ってでも欲しいものを手に入れたいという欲望を満たすために活動しているのさ」
「……じゃあ狐雅さんはどんな欲望を満たそうとしているんですか?」
「質問は一つじゃなかったのかい?……なんて意地悪を言うのはよしておくよ」
こほん、と咳払いをすると彩葉は恵徒の質問に対する答えを返す。
「醜く争う人々を嘲笑いたい、それが私の欲望だよ。私的な話になってしまうけど私の実家は今莫大な遺産の相続権を巡る醜い争いの真っ最中でね、蚊帳の外で眺めている分には他人事と笑っていられるのだけどひとたび巻き込まれれば……それはもう酷いものだよ。そんな状況に嫌気が差した私はサクヤと共に出奔し、紆余曲折を経てメサイアに籍を置くこととなった、というわけさ」
「何つーか……趣味悪いな」
「よく言われるよ」
ブリーズの言葉を受け彩葉は苦笑いを浮かべる。
「……お喋りが過ぎたね、そろそろ実力行使に移らせてもらうよ。……と、その前に。バトルチップ、アンインストール」
彩葉がバトルチップを転送し、サクヤが投げつけた札がブリーズの身体に当たった瞬間、突然ブリーズは地面に落ち尻餅をついた。
「あいたっ!……ってあれ?何で俺地面に落ちてんだ?」
突然の出来事にブリーズが混乱する一方、恵徒はPETの画面に映し出されたある情報に驚愕していた。
「ナビカスに組み込んだプログラムが全部効果を失っている……さっき転送したバトルチップの効果か!」
「えええええちょっと待ってくれよ!他の効果が無効になってるのもまずいけど飛べないのは一番の死活問題だろ!」
「落ち着けブリーズ。『飛べない時は──」
恵徒の言葉を受け、ブリーズは冷静さを取り戻す。
「『飛べない時は泳げば良い』か!そうと分かれば話は簡単だ!」
そう言いながらブリーズが地面に手を置くとブリーズを包むように水柱が発生し、数秒の間を置いて切り裂かれた水柱の中から明るい水色のアーマーを纏い下半身を蛇の身体に変化させたブリーズが姿を現す。
「スタイルチェンジ!アクアヒュドラスタイル!」
「……なるほど、もう一つスタイルを持っていたのですか」
「サクヤ、不用意に電気属性で彼を攻撃してはいけないよ。ラドロ君たちの二の舞になってしまうからね」
「承知しました」
「気を取り直していくぞブリーズ。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「来なさいクダギツネ!」
サクヤの呼び出しに応じるかのように彼の頭上から狐のようなウイルスが数匹現れ、ブリーズに襲い掛かる。
「そいつらならもう何匹と倒してるっての!」
悪態をつきながらブリーズは右手に装備した水流のブレードを振るい、ウイルス──クダギツネを一閃する。
「こいつはお返しだ、サーペントダンス!」
咆哮と共にブリーズが左腕を振り下ろすと周囲のパネルが水パネルに変化し、その中から水で出来た無数の龍が現れ、その顎でサクヤのか細い身体を噛み砕いた──かと思いきやぽん、という軽快な音と共にサクヤの姿は一匹の黄色いクダギツネに変化する。
「へ?」
間の抜けた声を出したブリーズをよそに黄色いクダギツネは身体から電気を発し、水の龍たちを蹴散らしていく。
「おや、背中ががら空きですよ」
背後から響いた声にブリーズが気づき、振り返るよりも先に爆撃がブリーズの背中にダメージを与える。
「がっ……!」
「ブリーズ!」
ブリーズと恵徒が驚愕の表情を見せる一方、ブリーズの背後に立っていたサクヤは不敵な笑みを浮かべる。
「あんの狐野郎……馬鹿にしやがって!」
「どうやらあのウイルスを使ってカワリミの真似ができるみたいだな……厄介な相手だ」
口元に指を当てながら恵徒は少し考え込んだ後、ブリーズに一つの指示を出す。
「ブリーズ、かく乱にはかく乱で対抗だ。ちょうどヒュドラになっていることだしな」
「了解!」
返事をするや否やブリーズは水パネルに飛び込み、姿を眩ませる。
「おやおや、かくれんぼですか?」
軽い口調で問いかけながらもサクヤは札型の爆弾を構え、ブリーズがいつ攻撃を仕掛けてきてもいいように備えるが──
「残念、そんな悠長なことはしねぇよ!」
叫ぶと同時にブリーズはサクヤの背後に現れ、サクヤが迎撃を行うよりも先に尾を伸ばしてサクヤを捕らえる。
「せえぇのっ!」
掛け声と共にブリーズは自分の身体を大きく仰け反らせ、その勢いを利用してサクヤを地面に勢いよく叩きつけた。
「がはっ……!」
くぐもった悲鳴を上げ、サクヤは悶絶する。
「一気に決めるぞ!バトルチップ、シルバーフィスト!」
「おらぁっ!」
恵徒が転送したバトルチップ──シルバーフィストを右腕に装備したブリーズは渾身の力を込めてサクヤに拳をぶつける。
「ぐぁっ……さ、彩葉、さま……申し訳……あり、ま……」
最後の言葉を言い終えるよりも先にサクヤの身体を構成するデータは崩壊し、デリートした。

「……やはり私たちでは君たちの相手にはならなかったみたいだね」
自嘲するような笑みを浮かべながら彩葉は悔しさを滲ませた声で呟く。
「さぁ、大人しくお縄についてもらおうか!」
「悪いけどそうはいかないよ、私にはまだやらなくてはならないことがあるからね」
そう言い残し、彩葉は口元に微かな笑みを浮かべながら通信を切る。
「ブリーズ、狐雅さんがどこからプラグインしたか分かるか?」
「……駄目だ、がっちりプロテクトがかけられてて特定できないようになってる。これじゃ追いかけようが無いな」
「また逃げられた、か……」
溜め息混じりに呟きながら恵徒は頭を軽くかきむしった。

「──で、結局フォックスは負けたわけか。まぁあいつのナビ戦闘向きじゃないから期待はしてなかったけどさ」
クロウからフォックス──彩葉が恵徒に敗れた旨を聞き、モールは肩を竦める。
「そういうお前は自分の責務を果たせたのか?」
「でなきゃこんなえらそうな態度取らねぇっての。奴らとは別のオフィシャルに多少てこずらされたけどちゃんと例のプログラム、ブレイクプログラムは取ってきたぜ」
そう言ってモールはクロウの元に一つのデータ──ブレイクプログラムを転送する。
「ふむ、これで必要なプログラムは揃ったな」
「ってことはついにあれが完成するのか?」
モールの問いに対し、クロウは首を横に振って否定する。
「あれを完成させるためにはお前が取ってきたこのブレイクプログラムと先日ガルが取ってきたコピープログラムを改造する必要がある。が、その作業が終わるまでオフィシャルも悠長に待ってはくれないだろう」
「となるとまた時間稼ぎを行う必要がありますね。ガルやフォックスは当分動けないようですし、モールも浅くはない手傷を負っているのでしたよね?」
不意に口を出してきたラクーンの問いに対しモールはぐ、と言葉を詰まらせる。
「となると私が動くしかなさそうですね。よろしいですか、クロウ?」
「ああ、以前と同じように陽動を頼む」
「承知致しました」
そう言ってラクーンが通信を切った後、クロウは不満げな表情のモールに訊ねる。
「どうしたモール、何か言いたいことがあるなら言ってみろ」
「……じゃあ言わせてもらうけどよ、ラクーンを信用して良いのか?そりゃ確かにあいつは強いしやることはきちんとやってるけどよ……どうも得体が知れないっていうか……」
「その得体の知れなさが奴の武器だからな、お前が疑念を抱くのも無理からぬことだろう」
モールを宥めるように言った後、クロウはにやりと笑みを浮かべる。
「仮に奴が反旗を翻すようなことがあれば始末すれば良いだけの話だ」

「……そうか、今度はブレイクプログラムが奪われたのか」
「申し訳ありません、犯人と対峙しておきながら取り逃してしまうなんて……」
暗い表情で謝る達貴に対し森若は優しく微笑む。
「いや、日原くんたちは充分頑張ったと思うよ。……そういえば時凪くんたちの方も大変だったみたいだね」
「……犯人に逃げられたのはこっちも同じですけどね」
森若の労いに対し恵徒は気まずそうな表情で言葉を返す。
「……え、えーと……」
「そ、そういや気になってたんだけどさ、ブレイクプログラムって一体どんな代物なんだ?」
ブリーズがわざとらしく大きな声で訊ねると森若は一瞬安堵したような表情を見せ、軽く咳払いをすると質問に対する回答を告げる。
「ブレイクプログラムというのはこの町の郊外にあるデータ廃棄場で使われていたあらゆるデータを壊して無に帰すプログラムのことだよ。……以前メサイアが奪ったコピープログラムの対極に当たるもの、と言って良いかもしれないね」
「対極……ですか。コピープログラムとブレイクプログラム、その二つを揃えてメサイアは一体何をするつもりなんでしょうか?」
「色々と調べてはいるんだけどまだ分かっていない、というのが現状だよ」
厳しい顔で述べた後、突然森若はぱん、と手を叩くと目を丸くする恵徒と達貴に笑顔を向ける。
「さて、暗い話ばかりしていても気が滅入るばかりだからそろそろ明るい話をしようか。実は近々海外から援軍が来る予定なんだ」
「援軍って…それ明るい話なんですか?俺たちが頼りないって思われてるってことなんじゃ……」
「そ、そんなネガティブな理由じゃないから安心して!?」
慌てふためく森若の様子を見て毒気が抜かれたのか恵徒と達貴は肩を竦め苦笑いを浮かべる。
「それで、その援軍ってオフィシャルの人なんですか?」
「うーん……厳密に言うとオフィシャルではないかな。でも強力な味方であることは確かだよ」
「オフィシャルじゃないけど強力な味方、と言われても……」
「まぁ詳しいことは本人が来た時話すとして、二人とも疲れているだろう?今日はもう帰ってゆっくり
休みなさい」
「……分かりました、お言葉に甘えさせてもらいます」
森若の提案にそう答えると恵徒と達貴は司令室を後にした。

「……そろそろ二ホンか」
窓の外に映る景色を眺めながら男性はぼそりと呟く。
「ねーマスター、この国の奴らって強いかな?」
「……どうだろうな、事件の多さから考えてそれなりの実力を備えたものはいると思うが……」
「強い奴がいれば良いんだけどなー」
「お前はそればっかりだな……」
やれやれと男性は溜め息を吐いた直後、着陸準備の開始を告げるアナウンスが響いた。

「……あれ?」
ココロプログラム暴走事件及びブレイクプログラム盗難事件から数日後、チップショップへ向かおうとしていた恵徒はフォーマルな服装をしたダークグリーンの髪の外人と思しき男性がきょろきょろと不安げに辺りを見回す姿を目撃した。
「迷子かあれ?」
「多分な……一応話を聞いてみるか」
恐る恐る近づき、恵徒は男性に声をかける。
「あのー……何かお困りですか?」
声をかけられた男性は一瞬驚いた表情を見せた後すぐ困り顔に戻る。
「あ、ああ、情けない話なのだけど実は道に迷ってしまってね……君、すまないけどオフィシャルセンターへの道を知っているかな?」
「オフィシャルセンターでしたら案内しますよ」
恵徒の申し出に男性はぱっと明るい表情を見せる。
「本当かい?是非お願いするよ。何分二ホンは土地勘が無くてね……」
「この町は結構道が入り組んでますから余計迷いやすいと思いますよ」
そんな他愛も無い会話をしながら恵徒と男性はオフィシャルセンターに向かって歩き出した。

「おや?」
恵徒と男性がオフィシャルセンターに到着するとたまたまロビーに訪れていた森若と鉢合わせする。
「あ、森若さん」
「時凪くん、その人は……」
「道に迷っていたらしいのでここまで案内してきました。……あの、森若さん?」
森若の酷く動揺した様子に恵徒は首を傾げる。
「……時凪くん、この間海外から援軍が来るって話をしたよね?それ、今君の横にいる人なんだ」
「……えっ?」
突然明かされた事実に恵徒とブリーズはほぼ同時に間の抜けた声を出す。
「何入り口で騒いでいるんだ?」
声に気付いて恵徒が振り返ると達貴の呆れ顔が目に映る。
「ああ日原くん、いいところに来たね。実はこの間話した援軍の方が今来たところなんだよ」
「援軍って……もしかしてこの人が?」
「そう、この人の名前はドルリー・クリスティ。キングスランドで活躍しているネットハンターだ」
「ネットハンター?」
「ネット警察やオフィシャルでは対処できない面倒な犯罪者の始末を生業としているもののことだ」
ショットマンの疑問に返答したのは先程森若に紹介された男性──ドルリーだった。
「事情はある程度把握している、無論君たちの活躍もな。ここへ来たからにはすぐにでも手を貸してやりたいところなんだが……少々面倒なことになってしまってな」
「何かあったんですか?」
恵徒に問われたドルリーは暫く黙り込んだ後、気まずそうに口を開く。
「……実は私のナビが行方を眩ませてしまってな。行き先の検討はついているんだがその場所がどこにあるのかが分からなくてな……」
「あ、もしかしてさっき迷子になってたのって……」
「……つまりそういうことだ」
それでか、と納得したような表情を見せる恵徒とブリーズに対し、事態を把握できていない達貴とショットマンは不思議そうに首を傾げる。
「えーと……それで、ナビが行きそうなところってどこなんですか?」
「……ウラインターネットだ」
ドルリーがそう告げた瞬間、森若が驚愕の表情を浮かべる。
「う、ウラインターネットって……それも単身で……!?」
「何分そういう場所を好む奴でな……すまんがウラへの入り口がどこにあるか教えてもらえるか?」
「わ、分かりました。それじゃまずは地図を……」
そう言いながら森若はドルリーのPETに地図のデータを転送する。
「この印がついている場所にウラの入り口があります。時凪くん、日原くん。ドルリーさんの案内とナビの捜索を頼めるかい?」
「はい、任せてください」
「度々すまないな」
「それは良いんだけどよ……何か最初とキャラ違くないか?」
「人に助けを求めるのに高圧的な態度を取っては失礼だろう」
ドルリーの返答を聞きブリーズはなるほど、と頷いた。

「なー恵徒ー……本当にここにウラの入り口があるのか?」
地図に示された場所──町の東部にあるバーチャル博物館のホームページをショットマンと共に探索していたブリーズが恵徒に訊ねる。
「森若さんの話を聞く限りここにある筈なんだけどな……」
「まぁウラなんて危ない場所の入り口がそう分かりやすいところにあるワケないだろうしなぁ、地道に探すしかないだろ」
「そりゃそうだけどよー……お、何だあれ?」
「ん、どれだ?」
「あれあれ」
そう言ってブリーズが指差した先にはいかにも怪しい雰囲気を漂わせる門の石像が鎮座していた。
「……いやー、いくら何でも露骨に怪しすぎだろあれ」
「だよなぁ」
「けど調べないわけには行かないよなぁ」
「そうだよなぁ」
はぁ、とほぼ同時に溜め息をつくとブリーズとショットマンはしぶしぶ門の石像の傍に近付く。
「……で、どう思う」
「うん、露骨に怪しすぎて寧ろハズレだと思いたくなる」
「俺もそう思う」
「……お前らさっきから何の話をしているんだ?」
「ああ達貴、そこの石像が怪しいなって話をしていたとこなんだよ」
「石像?」
首を傾げながら達貴と恵徒は門の石像に目を向ける。
「……確かに怪しいな」
「他にそれらしい場所もないしその石像を調べるしか無さそうだな」
「やっぱそうなるよなぁ……」
やれやれ、と肩を竦めるとブリーズは石像に手を伸ばそうとすると突然地震が起こり、轟音と共に門が開き始める。
「おいブリーズお前何したんだよ!?」
「いや何もしてねぇよ!ちょっと触ろうとしたらいきなり開き出したんだよ!」
「どうやらその門、ある程度実力を持ったナビが近付かないと開かない仕掛けになっているようだな」
「……分かるんですか?」
「ウラの入り口にはこの手の仕掛けが設けられていることが多いのでね」
恵徒と達貴にそう説明した後、ドルリーはブリーズとショットマンの方に向き直る。
「今の話で察しはついたと思うがその門の先はウラインターネット、表とは比較にならない実力を備えた犯罪者たちが蔓延る危険な領域だ。……覚悟は良いか?」
「おうよ!」
「ま、ここ来た時点で腹は括ってたしな。ちゃんとあんたのナビを連れて帰ってくるからのんびり待っててくれよ」
「……ではお言葉に甘えさせてもらうとしよう」
「何か引っかかる言い方だけど……まぁ良いや、ともかくウラインターネットに突入だ!」
そう言って門の方に向き直るとブリーズはショットマンと共に門の向こう側──ウラインターネットへと足を踏み入れた。

「ここがウラインターネットか……噂で聞いたことはあったけど薄気味悪いところだな」
明るい色で構成されている表のインターネットに対し、ウラインターネットは暗い色で構成されているためかショットマンが述べた通り薄気味悪い雰囲気を漂わせていた。
「ウラの奴らはよくこんなところに入り浸れるよなぁ……あっ」
ブリーズが声を上げた瞬間、ヒールナビが宙を舞う様子がブリーズとショットマンの目に映った。
「ぐへえぇっ!」
「なーんだ、やっぱり口先だけじゃん」
つまらなそうな顔をしながら黒いコートを纏った少年型ナビは倒れ伏したヒールナビを見下ろす。
「あんだけでかい口叩くからちょっとは手ごたえがあるかと期待してたのにとんだ肩透かしだよ」
「ち、ちげぇ!さっきのはちょっと手加減してただけだ!俺が本気出せばお前なんて」
「あーはいはい、もう良いよ」
ヒールナビの言葉を遮って少年型ナビがそう言った直後、ヒールナビは少年型ナビが右腕に装備したナイフで一閃され、断末魔を残してデリートする。
「見苦しく言い訳する奴は弱いって相場が決まってるんだよ。あーあ、もっと手ごたえのある奴は……」
「随分と遊んできたようだな?リッパーマン」
ドルリーの低い声に驚き、少年型ナビ―リッパーマンは恐る恐る振り返る。
「ま、ままま、マスター…」
「お前のことだからここにいるだろうとは思っていたが案の定か、全く手のかかる奴だ」
やれやれとドルリーが肩を竦める一方、恵徒と達貴はリッパーマンをまじまじと見つめていた。
「このナビがドルリーさんの……何か意外だな」
「俺も正直もっとごついナビだとばかり……」
「なーんか失礼なこと言われてる気がするけど……君たち、そこのナビたちのオペレーター?」
「えっ、あ、ああそうだけど……」
「ふーん……」
品定めするようにブリーズとショットマンを暫く眺めた後、リッパーマンは残念そうに肩を竦める。
「まぁ気を紛らわすぐらいは出来るかなぁ……ねぇ君たち、俺とバトルしようよ」
「おいリッパーマン、お前何を言って……」
「だってここの奴ら弱くて戦い甲斐がないのなんのって……それにこいつら、マスターと一緒にいるってことはそれなりに強いんでしょ?」
リッパーマンの言い分を聞き、ドルリーは右手で顔を覆いながら溜め息を吐いた。
「……すまないが君たち、リッパーマンの相手をしてやってくれないか。こいつは一度言い出すと滅多なことでは折れてくれなくてな…」
「それは構いませんけど……」
「じゃあ決まりだね。で、どっちが先に来るの?何なら二人がかりでも構わないけど」
「んだとてめ……!」
リッパーマンの挑発的な発言に怒りを露にするブリーズをショットマンは手で制する。
「おにーさんおにーさん、いくら何でも俺らを下に見過ぎじゃない?俺らこれでもオフィシャルなんだけど」
「ふーん、じゃあちょっとは期待できそうかな。で、君から来るの?」
「……そうだな、俺からやらせてもらおうか。良いよな?」
「……負けたら承知しねぇからな」
「じゃあ俺らが勝てるよう応援でもしてくれ」
ブリーズの言葉に対しショットマンは軽口を返すと改めてリッパーマンを見据える。
「そんじゃこのおにーさんに俺らの実力を見せてやろうぜ、達貴」
「ああ、言われっぱなしは癪だからな」
「リッパーマン、今回私はオペレートをしないからな」
「構わないよ、寧ろちょうど良いハンデだと思うしね」
リッパーマンの発言が頭に来たのか、達貴は露骨に苛立った様子を見せる。
「……目に物見せてやる。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「バトルチップ、マシンガン!」
達貴が転送したバトルチップ──マシンガンでショットマンはリッパーマンの足元を狙い撃つものの、軽快なステップを踏みながらリッパーマンは銃撃を回避していく。
「それで攻撃してるつもり?」
「だったらこれはどうだ!バトルチップ、センシャホウ!」
マシンガンと入れ替わりに装備したセンシャホウを構え、ショットマンはリッパーマンに向けて砲撃を放つ。
「うおっと!」
直撃こそ回避したものの、着弾と同時に発生した爆風を背に浴びたリッパーマンは態勢を崩す。
「危ない危ない、けどそんな攻撃を何発飛ばそうと」
不敵な笑みを浮かべながらリッパーマンは一瞬で間合いを詰め、右腕に装備したナイフを構える。
「俺に当てることはできないよ、マーダーステップ!」
「っ!」
「バトルチップ、バリア!」
咄嗟に達貴が転送したバトルチップ──バリアがリッパーマンの連続攻撃を防いだことでショットマンは難を逃れる。
「た、助かったぜ達貴……にしても、チップもオペレートもないのにこんだけ強いとかどうなってんだよ……」
「悠長に戦っている場合じゃないな、一気に攻めるぞ」
「了解!」
「何を企んでいるか知らないけど、生半可な作戦じゃ俺に一矢報いることすら……」
「それじゃあご覧に入れようか。バトルチップ、ダブルポイント!」
自信ありげな表情で達貴が転送したバトルチップ──ダブルポイントの効果でショットマン側のパネルの一部がリッパーマン側へと塗り替えられる。
「む、あれは……」
ドルリーが何かに気付いたような反応を示す一方、リッパーマンは感心したような表情を見せる。
「へぇ、中々面白いことをするね。けどそれはちょっと分の悪い賭けじゃないかな?」
「ダブルポイントは自分側のパネルを相手側に変える代償として次に行う攻撃の威力を引き上げるバトルチップ。うまく使えりゃ相手に大ダメージを与えられるが……」
「一番のデメリットは俺みたいな接近戦を主体とする奴の攻撃が当たりやすくなるってことだよね」
ブリーズの言葉に連ねるように言った後、リッパーマンはにやりと笑う。
「つまりそれは諸刃の剣にもならない、ただの自殺行為ってことさ!」
嬉々とした表情でリッパーマンがショットマンとの間合いを詰めたその時、ブリーズは呆れ顔で呟く。
「あーあ、踏み込んじまった」
リッパーマンが渾身の一撃を叩き込むために右腕を振り上げようと瞬間、達貴とショットマンはほぼ同時に唇の端を吊り上げて笑う。
「バトルチップ、メガキャノン!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス、ギガキャノン!」
達貴が転送した三枚のバトルチップによって発動したプログラムアドバンス──ギガキャノンの銃口を向けられた瞬間、リッパーマンは目を見開いて驚く。
「なっ……!」
「軽率に突っ込みすぎだよ、おにーさん」
いつもと同じ調子で軽口を叩きながらショットマンはギガキャノンを発射する。
ダブルポイントの効果が乗った強烈な一撃をほぼゼロ距離で食らったリッパーマンは後方へ勢いよく弾き飛ばされた後、どしゃあという音と共に地面へと叩きつけられた。

バトルの終了を確認したブリーズがショットマンの傍に近寄ると二人は示し合わせたようにハイタッチを交わす。
「相変わらずのえげつなさだな。俺たちもあれで何度痛い目を見たことか……」
「あのおにーさんが深読みするタイプじゃなかったお陰もあったと思うけどな」
「……何かあの兄ちゃん、すげー目でこっち睨んでんだけど」
ブリーズの言葉を受けてショットマンが振り返ると恨みと憎しみが入り混じったような眼差しで睨み付けるリッパーマンの姿が目に映った。
「うわっ、何あれめっちゃ怖い」
「よ、よくもおおおぉぉ!」
「そこまでだ、リッパーマン。……そもそも、私たちが何をしに来たか忘れたわけじゃあるまいな?」
今にも暴れだしそうだったリッパーマンをドルリーは一声で制する。
「それとさっきのバトルについてだが、ダブルポイントを使った時点で相手が何か仕掛けてくると警戒せずに踏み込んだことがお前の敗因だ。その点を反省できないようでは
何度やっても敗北を繰り返すことになるだろうな」
ドルリーに論破されたリッパーマンが暫く黙り込み、ようやく思いついた言い訳を口にしようとしたその時。
「あ、あの……」
「ん?」
一体のノーマルナビがおずおずとした様子でブリーズたちに近づき、声をかけてきた。
「……って何でノーマルナビがこんなところにいるんだよ?」
「大方どっかの犯罪者に拉致されてここに放り込まれたんじゃないか?」
「でもなきゃノーマルナビがこんなところにいるわけないよな……なぁあんた、ちょっと聞きたいことが……」
事情を聞くためブリーズがノーマルナビに声をかけようとするのを遮るようにリッパーマンが間に割って入り、右腕に装備したナイフの切っ先をノーマルナビに突きつける。
「ちょっ、何やってんのおにーさん!?」
「君たちこそ何暢気に話しているのさ、こいつは敵だよ」
「……えっ、敵?」
リッパーマンの思わぬ発言にブリーズとショットマンだけでなく恵徒と達貴も目を丸くする一方、ドルリーは厳しい表情でノーマルナビを見据える。
「……そのナビマーク、なるほど奴のナビか」
「おや、私のことをご存知の方がいましたか。これでは仕方がありませんね」
それまでとは大きく異なる声色でノーマルナビは呟き、やれやれと肩を竦める。
「どうしましょうか、ミスター?」
「ふむ、予定を変更するしかなさそうだね」
ノーマルナビの後ろに展開された画面に映る黒髪の男性はわざとらしく困った様子を見せた後、ふと何かを思い出したような仕草を見せて恵徒たちの方に向き直る。
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名は操谷茉里人、こちらは私のナビのミラーマンだ。以後お見知りおきを」
「以後お見知りおきを?面白みの欠片もない冗談だな。どうせ今回の仕事を終えたらまた名前と顔を変えるのだろう?Mr.グレイ」
ドルリーの厳しい言葉に対しMr.グレイと呼ばれた男性は無言で笑みを返す。
「Mr.グレイ?」
「奴の通称だ。素性も名前も一切不明であること、金さえ貰えばどんな組織にも与することからウラではそう呼ばれている」
「そういえば君と顔を合わせるのは二年前のアメロッパ以来だったね。活躍の噂は常々聞いているよ、ネットハンターのドルリー・クリスティ君?」
「お褒めに預かり光栄だが、私はお前とお喋りをしにきたわけじゃない。お前がメサイアの一員であることは調べがついている。お前には未だ不明瞭な点が多いメサイアという組織に
ついての情報を洗いざらい吐いてもらう」
ドルリーの言葉に対し、Mr.グレイはわざとらしく怖がる様子を見せる。
「おや怖い、情報の守秘をするためにも然るべき対処をしなければならないね。ミラーマン」
「お任せを」
ミラーマンが身構えたのを見たショットマンはおどけた口調で訊ねる。
「おいおい、まさか三対一で戦うつもりか?」
「おっと、それは確かに少々厳しいものがありますね。ではこうしましょう、ミラースライド」
そう呟いた瞬間、ミラーマンは三人に増えその姿をブリーズ、ショットマン、リッパーマンにそれぞれ変化させた。
「さ、三人に増えて俺たちに化けた!?」
「ふーん、鏡だけに化けるのが得意ってわけ?言っておくけど見せかけだけじゃ俺を倒せないよ!」
そう叫ぶと同時にリッパーマンは右腕にナイフを装備して斬りかかり、自分と同じ姿に化けた個体と鍔迫り合いを繰り広げる。
「さてでは、私たちも始めましょうか?」
そう言ってブリーズとショットマンに化けた個体が身構えたのに合わせてブリーズとショットマンも臨戦態勢を取る。
「……敵だと分かってても自分と同じ姿の奴と戦うってのは何か変な気分だな」
「それに関しては俺も同感だな、けどやらなきゃやられるのはこっちだぜ?」
ショットマンの軽口に対しブリーズはちっ、と舌打ちをする。
「んなこと百も承知だっての、恵徒!」
「ああ、メサイアの情報を聞き出すためにも奴を倒すぞ」
「達貴、さっきバトルしたせいでへばってたりしないよな?」
「聞かれるまでもない」
互いに確認を終え、アイコンタクトを交わすと同時に軽く息を吸った恵徒と達貴は同時に叫ぶ。
「バトルオペレーション、セット!」
「イン!」

「スパイラルブラスト!」
咆哮と共にブリーズは竜巻を纏って吶喊するが、ブリーズに化けたミラーマンは左手の甲に装備したブレードでブリーズが振りかぶったブレードを防ぐ。
「太刀筋は悪くありませんが、まだ粗が残っていますね」
「何えらそうなこと言ってんだよ!」
不快そうに叫びながらブリーズはミラーマン目掛けて右腕を突き出すがブレードが貫いたのは残像であり、本体は一瞬の内にブリーズの背後へと回り込んでいた。
「バトルチップ、インビジブル!」
恵徒が転送したバトルチップ──インビジブルの効果でブリーズはミラーマンが振り下ろしたブレードの直撃を免れたものの、その表情は酷く強張っていた
「た、助かったぜ恵徒……にしても何なんだよあいつ……」
「これまでの戦いを勝ち続けていたからといって油断していたつもりも驕っていたつもりもない……筈だ」
「俺だって手を抜いてるつもりは一切ねぇよ。……単純にこいつらが強いってだけの話だな、認めたかねぇけど」
ブリーズが忌々しげに睨むとブリーズに化けたミラーマンは含みのある笑みを浮かべる。
「そういえば君たちとこうして対峙するのは学校以来になるかな」
「学校?」
Mr.グレイの言葉を受けて少し考え込んだ後、恵徒ははっとしたような表情を見せる。
「まさかあの時クラーケンマンをオペレートしていたのは……」
「あの時は借り物のナビだったから君たちに勝ちを譲ることになってしまったからここでその借りを返させてもらうよ」
「はっ、だったらあのイカの兄ちゃんの代わりにそこの偽物をぼこしてっ」
突然背中に加わった鈍い衝撃のせいでブリーズは言葉を詰まらせる。
「おっと悪い、後ろを確認してる余裕がなくてな」
「何だよ、余裕ぶってた割に苦戦してるじゃねぇか」
「そっちこそ人のことを言えた義理か?」
ブリーズとショットマンが背中合わせで軽口を叩きあう中、恵徒と達貴は厳しい表情で考え込んでいた。
「……日原、何か突破口は見出せたか?」
「残念ながら何も。時凪、お前は?」
「右に同じ、だ」
苦々しげに恵徒が首を横に振ったのを見て、ブリーズに化けたミラーマンはくすりと微笑む。
「いくらオフィシャルといえどやはり子どものようですね」
「ではそろそろ幕引きを……おや」
ショットマンに化けたミラーマンが不意に言葉を切って振り返るとリッパーマンに化けた個体がリッパーマンが振るったナイフで一閃され、消滅した様子が目に映った。
「さっきも言ったよね?見せかけだけじゃ俺を倒せないって」
「おやまぁ、こうもあっさり一体倒されてしまうとは」
「まずいですね、このままでは数の優位を取られてしまいます。如何致しますか?ミスター」
ブリーズに化けたミラーマンがおどけた口調で訊ねるとMr.グレイはふむ、と考え込む仕草を取る。
「ここは退くのが賢明な判断だね」
「了解しました、それでは皆さんごきげんよう」
そう言って一礼するとミラーマンはプラグアウトし、それと同時にMr.グレイは通信を切った。

「あーあ、逃げられちゃった。まぁ良いや、あいつは倒し甲斐がある方だったし」
楽しそうな口調で呟いた後、リッパーマンはブリーズとショットマンの方に向き直って満面の笑みを見せる。
「やっぱりさっき俺が負けたのは偶然だったみたいだね?」
「いや偶然って言うかハンデのせいじゃ……」
「言うだけ無駄だぜ、あの兄ちゃんこっちの話に耳を傾ける気ないって顔してるし」
ブリーズの指摘を受けたショットマンはリッパーマンの顔をまじまじと見た後、諦めたように溜め息を吐く。
「まぁこの話は一旦置いとくとして……強かったよな、さっきの奴」
「……ああ、完全に遊ばれていたよな俺たち」
「ウラで名を馳せるということはそれ相応の実力を持っている、ということだ。君たちには少々荷の重い相手だったかもしれんな」
慰めの意味も込めてドルリーはそう声をかけたが、恵徒と達貴の暗い表情を目にすると気まずそうに頬杖をかいた。
「今後の戦いに不安を感じるなら一つ提案があるのだが」
ドルリーが言い終えるよりも先に恵徒と達貴はほぼ同時に顔を上げ、話を聞く姿勢を見せる。
「……正直で結構。ではご静聴願えるかな」
こほん、と軽く咳払いをするとドルリーは提案の詳細を恵徒と達貴に語り始めた。

「さぁ着いたよ、ここが目的の場所だ」
そう告げてリッパーマンが指差した先に広がる光景を目にした瞬間、ブリーズとリッパーマンはほぼ同時に渋い顔を見せた。
「うっわ、何だここ」
思わずそう呟いたブリーズの視界には毒々しい紫色に変化したパネルが点在するエリアが広がっていた。
「ここはウラの奴らにとって格好の修行場なんだよ。表じゃお目にかかれない強力なウイルスがわんさか出てくるからね」
「さっきも言ったように君たちが改善すべき点は戦略だ。ある程度実力がついてくると勝率の高い戦略が組めるようになってくるものだが、その戦略が原因で実力が頭打ちになってしまうこともままある。ちょうど今の君たちのようにな」
「その状態を打破する方法がこのエリアにあるんですか?」
達貴の質問に対し、ドルリーは頷いて肯定する。
「ここに出現するウイルスが落とすバトルチップは市販のものより性能が高く、中にはここでしかお目にかかれないものもある。そのうちの何種類か手に入れば新しい戦略が見えてくるだろう。ウイルスを手際よく倒せれば、という前提はつくがな」
「ここに出てくるウイルスの強さは表の比にならないからね、高いバスティングレベルをマークしつつ倒すのは大変だと思うよ?」
「今まで用いていた戦略の見直しをしつつ新たな戦略を組み上げること、それが私からの課題だ」
「はい!」
恵徒と達貴がはっきりした声で返事をするとドルリーは笑みを浮かべる。
「宜しい。では早速始めてもらいたいところだが、その前に一つ注意しておきたいことがある」
「注意しておきたいこと?」
ドルリーの言葉をオウム返しに呟き、恵徒は首を傾げる。
「このエリアにはウイルス以外に時折ナビの亡霊が出現する。君たちなら大丈夫だとは思うが……もし対処仕切れない場合は無理せず撤退するように。暫く逃げに徹していれば向こうも諦めて姿を消してくれるからな」
「ナビの亡霊かー……きっとおぞましい顔してるんだろうなー……」
「想像するだけ背筋がぞわっとしてきたわ…けどおにーさんなら余裕で倒しちゃうんでしょ?」
そう言ってショットマンが振り返ると背を向けて蹲り、頭を抱えて震えるリッパーマンの姿が目に映った。
「ちょちょちょ、どしたのおにーさん」
「ど、どうしたんだよリッパーの兄ちゃん。そんなに震えて」
ショットマンとブリーズが声をかけるとリッパーマンは泣きじゃくった顔を向ける。
「し、知らなかったんだよ!ここにお化けが出るだなんて!」
「……へ?」
予想外の発言にブリーズとショットマンは思わず目を丸くする。
「あの、ドルリーさんこれはいったい……」
「どうも一人で遊び歩いている時にナビの亡霊に追い回されたのがトラウマになっているらしくてな……その手の話題が出た途端にその有様だ」
「ああ、それで……」
そう納得の言葉を呟くと恵徒と達貴はリッパーマンに同情の眼差しを向ける。
「……とりあえず行くか」
「……そうだな」
居た堪れなくなったのかブリーズとショットマンは手短なやり取りを済ませるとドルリーに出された課題をこなすためそそくさとその場を後にした。

「……つまりあの子たちは今ウラインターネットで修行中、というわけですか」
「ああ、事後報告になってしまってすまない」
「行ったきり何の音沙汰も無かったので凄く心配したんですよ」
オート電話越しに謝罪の言葉を述べてドルリーが頭を下げると森若は苦笑いを見せながら言葉を返す。
「まぁ全員無事だったので安心しましたけどね。……そうそう、日が暮れる前までには家へ帰してあげてくださいね?」
「無論それは承知の上だ」
ドルリーの返事を聞いた後、森若はすっと表情を真剣なものに変える。
「しかしまさかMr.グレイがメサイアに加担していたなんて…」
「奴らが成そうとしていることはこちらが想像している以上にスケールが大きいのかもしれんな。……モリワカ、あの子たちの修行が一段落したら私は情報収集に専念しようと思う。後手に回りがちな現状を打破するためにもな」
「……分かりました、でも無茶はなさらないで下さいね?」
「分は弁えている」
森若の言葉に対しそう返事するとドルリーはオート電話を切った。

「お、出てきた出てきた!」
ウラインターネットでの修行を始めてから五日ほど経過したある日の昼下がり、恵徒とブリーズは軽快な動きによる翻弄を得意とするウイルスたちのバスティングを行っていた。
「バトルチップ、サンドリング!」
恵徒が転送したバトルチップ──サンドリングを食らったウイルスたちは足元のパネルに発生したアリジゴクに捕らわれ、身動きを封じられる。
「ブリーズ!」
「おうよ、エアクレイドル!」
そう叫ぶと同時にブリーズは手の甲に装備したブレードを振るって竜巻を飛ばし、アリジゴクに捕らわれた
ウイルスたちを殲滅する。
「恵徒、バスティングレベルは?」
「……S。ドロップはバトルチップだ」
「いよっし!」
喜びの声と共にブリーズはガッツポーズをする。
「今の奴は確か十八戦目でSを取れたことになるから……ちょっとは早くなったのか?」
「最初の奴が三十七戦目でやっとだったのに比べればまぁましになった方だろうな」
「けどまだまだって感じだよなー……またフォルダ構成見直してみるか?」
「そうだな、もっと確実に高いバスティングレベルを叩きだせるような構築を考えてみるか」
様々な意見を交わしながら恵徒とブリーズがチップフォルダの構成を考えている頃、達貴とショットマンは頑強な鎧を纏ったウイルスに苦戦していた。
「セブンスバレット!」
そう叫ぶと同時にショットマンが放った弾丸は七つに分裂し、ウイルスに多段攻撃を加える。
「……いやー、いくら何でも堅すぎでしょ」
攻撃の影響で発生した煙の中から無傷のウイルスが現れたのを目にした瞬間、ショットマンは溜め息混じりにそう呟いた。
「だったらこうするまでだ。バトルチップ、サウンドボム!」
達貴が転送したバトルチップ──サウンドボムをショットマンが投げつけるとサウンドボムは爆発と同時に凄まじい衝撃波を発生させ、その衝撃波を受けたウイルスは粉々に砕け散る。
「おー、倒せた倒せた。さっき手に入れたチップをフォルダに入れといて正解だったな。……ところで達貴、バスティングレベルは?」
「……8。ドロップはバトルチップだけど…」
言葉を濁す達貴の様子を見たショットマンはあちゃあ、と声を上げる。
「ブレイク性能が無いと倒せないことに気づくまで時間かかっちまったからなぁ……とりあえず攻略法は分かったことだし、もう一回あいつと戦ってみるか」
「ああ、防御力の高い相手への対策を練るのにちょうどよさそうだしな」
手短に話し合いを済ませるとショットマンと達貴はエリアの散策を再開した。

「……ふむ、修行は捗っているようだな」
PETの画面を通してブリーズとショットマンの様子を眺めながらドルリーは一言そう呟いた。
「しかしたった五日でここまで成長したことを鑑みるとモリワカの指導力に少しばかり疑問を抱きたくなるな……む?」
ドルリーが画面に目を向け直すとブリーズたちがそれぞれ姿が異なる敵と対峙している様子が映っていた。
「……亡霊に遭遇したか。既知の敵と戦った経験を基に未知の敵とどこまで戦えるか、成長の度合いを
測るにはちょうどいい相手かもしれんな。まぁいざという時は……」
言葉を濁しながらドルリーはPETの隅で蹲って震えているリッパーマンにちらりと目線を向けた。

「うおお、何だこの大物」
対峙する敵──これまで戦ってきたウイルスとは大きく異なる雰囲気を放つ人型の存在にショットマンは軽く狼狽する。
「ウイルス……にしては雰囲気が違いすぎるな。ということはあれがナビの亡霊……か?」
「多分そうかもな。どうする?達貴」
「……やるだけやって勝ち筋が見えないなら逃げる、それで行くぞ」
「りょーかい」
確認を終えてショットマンが戦闘体勢を取ったのと同じ頃、ブリーズもまた亡霊ナビと対峙し戦闘体勢を取っていた。
「さぁて、力試しと行くか?」
「気を抜くなよ、亡霊と言っても相手はネットナビ、それもウラに現れるということは相当な強さの筈だ」
「んなことわかってるって……っとうお!?」
突然亡霊ナビが振るってきたソードを仰け反って回避し、その勢いを利用してブリーズはサマーソルトキックを亡霊ナビの顎に叩き込む。
「ガッ……!」
一瞬ふらつきこそしたものの亡霊ナビはすぐさま体勢を立て直し、右腕に装備したソードを勢いよく突き出す。
「ソニックヴィジョン!」
そう叫ぶと同時に発生させた残像を身代わりにしてブリーズは亡霊ナビの攻撃を回避し、上下反転した姿勢で亡霊ナビの背後に回りこむ。
「バトルチップ、ビハインドクロス!」
亡霊ナビの反応を先読みした恵徒が転送したバトルチップ──ビハインドクロスの効果でブリーズは振り返ると同時にソードを振るった亡霊ナビの攻撃をかわしつつ再び背後に回り、その背中を両手の甲に装備したブレードで斬りつける。
「グ、ウゥ……ッ!」
「これで仕留めるぞ!バトルチップ、カマイタチ!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス、エアロデスサイズ!」
恵徒が転送した三枚のバトルチップによって発動した無数の風の刃を発生させるプログラムアドバンス──エアロデスサイズによって亡霊ナビは全身を切り刻まれる。
「うおらああああああぁぁぁっ!」
咆哮と共にブリーズが放ったブレードの一閃は風の刃を全て食らって弱りきっていた亡霊ナビにとどめを刺し、デリートさせた。
「恵徒、バスティングレベルは?」
「……S。ギガチップのおまけつきだ」
「うおおマジかよ!大収穫じゃねぇか!どんな性能なんだ?」
「ちょっと待ってくれ、えーと……」
PETを操作し、恵徒は今しがた手に入れたギガチップの詳細に目を通し始めた。

「バトルチップ、ボルカノイラプト!」
ブリーズが亡霊ナビにサマーソルトキックを叩き込んでいる時、ショットマンは達貴が転送したパネルに火山を出現させその火山の噴火で相手を攻撃するバトルチップ──ボルカノイラプトで亡霊ナビに攻撃を仕掛けていた。
「グガアアァァッ!」
噴火をもろに受けた亡霊ナビは態勢を崩し地面に手をついたがすぐさまもう片方の腕に装備したバスターを構え、ショットマンを狙い撃つ。
「うおわっと」
あらかじめ展開しておいたバリアのお陰で亡霊ナビの逆襲を回避したショットマンはすぐさま右腕のバスターを構え直す。
「こいつはお返しだ、クランブラスト!」
そう叫ぶと共にショットマンが放った光弾は亡霊ナビが反応するよりも先に直撃し、それと同時に発生した爆発で更なるダメージを与える。
「次でとどめだ!バトルチップ、イーグルアイ!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス、ホークアイ!」
達貴が転送した三枚のバトルチップによって発動したプログラムアドバンス──ホークアイでショットマンは亡霊ナビに狙いを定め、亡霊ナビを撃ち抜く。
「グアッ……!」
くぐもった断末魔を残して亡霊ナビはデリートする。
「バスティング完了っと。達貴、バスティングレベルは?」
「S、ドロップはギガチップだ」
「おーそりゃ大当たりだな。で、どんな性能なんだ?」
「ええと性能性能っと……」
達貴がギガチップの詳細を確認しようとしている頃、その様子を画面越しに見ていたドルリーはほっと安堵の息を吐いていた。
「杞憂で済んだか。亡霊たちをあれだけ手際よく倒せるようになったのならもう充分かもしれんな。……で、お前はいつまで震えているんだ」
相変わらず蹲って震えているリッパーマンに呆れの眼差しを向けながらドルリーは肩を竦める。
「……む、もうこんな時間か。そろそろあの子たちを家に帰さんとな」
PETの画面端に表示された時間を見てそう呟きながらドルリーは恵徒と達貴の元へと向かって歩き出した。

「クロウ!俺にあいつらの始末をさせてくれ!」
突然の申し出に発言者であるモール以外の全員が目を丸くした。
「……どうしたモール、いつになく気が立っているようだが」
「どうもこうも、ラクーンの奴がオフィシャルの連中を倒してこなかったからだよ!」
「いやいや、ラクーンの管轄は時間稼ぎであって倒すのは管轄外じゃ……」
「負け犬、いや負けガモメは黙ってろ!」
横槍を入れてきたラドロに対してモールは辛辣な言葉をぶつける。
「で、でもあれが完成すれば彼らも敵ではなくなるんじゃ……」
「んな悠長に待ってられっか!それに邪魔者はさっさと消した方が良いに決まってんだろ!」
「……良いだろう、そこまで言うならお前に一任する。必ず奴らを始末して来い」
クロウの口から許可の言葉が出た瞬間、モールは獰猛な笑みを浮かべる。
「おうよ、派手な花火を上げてきてやるから楽しみにしてな!」
威勢の良い発言を残してモールが画面を消した後、ラドロと彩葉はほぼ同時に溜め息を吐く。
「なぁクロウ、本当にモールの好きにさせちまって良いのか?」
「私も心配です。彼のやり方は何と言うかその……とても荒々しいというか……」
「あれは頭ごなしに押さえつけるよりも好き勝手暴れさせた方が後で穏便に事を鎮められるからな。……それはそうとガル、ボスがお前の助力を求めておいでだったぞ」
クロウの発言を聞いた瞬間、ラドロは目を大きく見開く。
「おま、そういうことは先に言えよ!クロウ、すぐ行くってボスに伝えておいてくれよ!」
そう早口で捲くし立てるとラドロは慌しく画面を消した。
「……私は伝書鳩ではないのだが」
「ボスと直接連絡を取れるのはあなただけですから自然とこういう流れにもなりますって」
ラクーン──Mr.グレイがそう言うとクロウは複雑そうな表情を見せ、彩葉はくすくすと笑う。

「最初はここで良いか、一発頼むぜ」
「おうよ」
短いやり取りを済ませてモールがその場から数歩離れた直後、さっきまでモールが見ていた建物が突然爆発した。
「な、何だどうした!?」
「爆発だ!中で何かが爆発したんだ!」
「お、おい火が上がってきたぞ!」
建物の周辺にいた人々が慌てふためく中、モールは雑踏を抜けながら口の端を吊り上げる。
「さぁ早く出てこいよ時凪、また昔みたいにたっぷり痛い思いをさせてやるからよぉ」

「また爆破事件……ですか」
ウラインターネットでの修行を終えてから数日後、寺羽町で多発している爆破事件の話を聞いた恵徒は嫌そうな表情を見せていた。
「時凪くんには嫌なことを思い出させてしまうから話すかどうか悩んだのだけど……そうも言ってられない状況だからね」
申し訳無さそうな表情を見せながら森若は話を続ける。
「今のところ分かっているのは爆発の原因が機械の暴走であること、爆破された箇所が比較的人気の無いところだったお陰で被害者は殆どいないということぐらいだね」
「情報少なすぎだろ……ん?どうしたんだよブリーズ、んな難しい顔して」
そうショットマンに声をかけられるとブリーズは顔を上げて一瞬目をぱちくりさせた後、状況を把握したのか自分の考えを述べ始める。
「思ったんだけどさ、今回の事件ってメサイアの奴らの仕業なのか?何か今までの事件と大分毛色が違うっていうか、幼稚さが目に付くっていうか……」
「確かに今まで奴らが起こした事件には何かしらの裏や意図があったけど今回の事件からはそれらしいものが見えない。まるで鬱憤晴らしに騒ぎを起こしているかのようだ」
「けどメサイアって確か自分たちのやりたいことを好き勝手やるってのが方針なんだろ?俺は寧ろこういうことする奴が今まで出て来なかったことの方に驚いてんだけど」
「俺たちが遭遇した人は皆大人だったからな……そういえば日原、お前たちが前に遭遇したっていうメサイアのメンバーはどんな奴だったんだ?」
恵徒がそう話を振ると達貴は気まずそうに表情を暗くする。
「……それがナビの方は直接遭遇できたんだけどオペレーターは全く顔を出さなかったからどんな奴かが分からなかったんだ。ただ確実に言えるのはそのナビが強烈な炎……いや爆発を武器としているってことぐらいだ」
爆発、という単語を耳にした瞬間ブリーズがぴくりと肩を震わせたのを恵徒は目にしたが、あえてそのことには振れずに話を続ける。
「爆発……か。もしかしたら今回の事件の犯人はそいつかもしれないな」
「その可能性はあるかもな、あいつ結構強かったからもし戦うことになったら気をつけろよ?」
「お、おう」
「……ブリーズ、お前さっきから何かおかしくないか?らしくない反応が多いというか……」
そう言いながらショットマンが疑るような眼差しを向けるとブリーズは酷く慌てた様子を見せる。
「そ、そんなことねぇって。それより事件の調査に行って来ようぜ!情報足りないって言ってただろ?」
「まぁそうだけどよぉ……」
「……森若さん、情報収集がてらパトロールに行ってきて良いですか?」
そう申し出た恵徒の顔を見た森若は何かを察したような表情を見せる。
「良いよ、行っておいで」
「ありがとうございます」
礼を言って恵徒は頭を下げるとそのまま踵を返して司令室を後にした。
「……えっ何今の流れ。どういうこと?」
「お、俺にもさっぱり……」
状況が飲み込めず置いてけぼりを食らったショットマンと達貴はぽかんとした表情のままその場に立ち尽くしていた。

「うーむ……どれにするかなぁ……」
恵徒たちが司令室で事件の話をしている頃、希はチップショップの陳列棚の前で唸り声を上げていた。
「買うなら今持ってる奴と組み合わせやすいのにしろよー」
「分かってるってそんなの!……ん?」
ふと視界に入った人物の姿に既視感を覚えた希はその人物──赤黒いジャケットを羽織った灰色の髪の少年の傍に近寄り、その姿をまじまじと見つめた後はっとした表情を見せた。
「発地!お前発地じゃないか!」
声をかけられた人物──発地ダンはきょとんとした顔を希に数秒間向けた後、ようやく何かを思い出したような表情を見せる。
「ええと……鳴上、か?」
「うっわ久しぶりだな!お前何も言わずにいきなり転校しちまうしそれきり何の音沙汰もなかったしで心配してたんだぜ!」
「お前は相変わらずみたいだな」
どこか呆れたような表情でダンは呟く。
「……そういえば鳴上、時凪がどこにいるか知っているか?」
「恵徒?んー、教えてやっても良いけど……その前に俺とネットバトルだ!」
「何だよその突飛な話の繋げ方は……」
呆れ顔を見せるジュールに対しダンはにやりと笑みを浮かべる。
「良いぜ、相手になってやるよ」
「お、自信満々って顔だな?後で吠え面かいても知らねぇからな!」
威勢のいい声でそう叫ぶと希は足早にネットバトルマシンの前へと駆け寄っていった。

「……ブリーズ、お前さっき違うことを考えていただろ」
オフィシャルセンターを出て暫く歩いた後、恵徒が徐に訊ねるとブリーズはぎょっとした表情を見せる。
「な、何の話だよ?」
「とぼけるな。……大方あの事件のことだろ?」
恵徒がそう訊ねるとブリーズは一瞬固まり、暗い表情を見せる。
「……ああ、確かあの事件でも同じ手口だったなって思ってさ……」
「そういえばそうだったか。……けどあの事件の犯人はお前がデリートしたんだろ?だったらただの偶然じゃないか?」
「……そう、だよな。いやきっとそうだ、そうに違いねぇ!」
わざとらしく明るい声でそう言うとブリーズはくるりと一回転してから恵徒の方に向き直る。
「ところで話は変わるけどさ、ドルリーの兄ちゃんは何処でメサイアの情報探してるんだろうな?」
「多分ウラインターネットじゃないか?あそこには表じゃお目にかかれない情報が沢山転がっているって聞くしな……ん?」
チップショップの横を通り過ぎようとした時、恵徒はいつになく店内が賑わっていることに気づく。
「あれは……希か?それとあいつは……」
「どうやらネットバトルをやってるみたいだな、折角だしちょっと覗いてみるか?」
「……そうだな」
ブリーズの提案に対し短く答えを返すと恵徒は店内へと足を踏み入れた。

「ぐっ……」
全身に受けたダメージのせいで立っていることすらままならなくなって膝をついたジュールを見下ろしながら対戦相手である赤と黄のアーマーを纏った青年型ナビは不敵な笑みを浮かべる。
「お前は結構頑張った方だよ。ただ俺を倒すには至らなかった、それだけの話だ」
「まぁ、そういうことだよな……」
やれやれとジュールが溜め息を吐いた一方、ブリーズは見開いた目を青年型ナビに向けていた。
「あ、あいつは……どうして……」
震えた声でブリーズが呟いている間にジュールは強制プラグアウトされ、希のPETに送り戻される。
「ん?……よう時凪、久しぶりだな」
青年型ナビのオペレーターである少年──ダンは恵徒の存在に気づくと親しげな態度で話しかける。
「……確かに久しぶりだな、発地」
「噂は聞いてるぜ、相変わらずオフィシャルとして活躍してるんだってな」
「あ、ああ……」
曖昧な返事をした恵徒の目線の先にあるもの──ネットバトルに負けて消沈する希の姿に気づいたダンはばつが悪そうに頭を掻く。
「……鳴上の奴なら俺に負けてちょっと落ち込んでるだけだから心配いらねぇよ。それはそうと時凪、俺とネットバトルしないか?」
「ネットバトル?それは構わないけど……」
そう言ってネットバトルマシンに近寄ろうとした恵徒にダンは待ったをかける。
「悪いけど場所を変えさせてくれ、ここじゃちょっと都合が悪いんだ。移動先は……」
不意に言葉を切るとダンは恵徒の耳元に顔を近づけ、言いかけた言葉の続きを囁く。
「町の郊外にある廃工場、一年前お前の死に場所になる筈だったあの場所だ」
ダンが指定した場所を耳にした瞬間、恵徒は目を見開いて驚く。
「おい発地、今のは一体どういう……」
「詳しい話は向こうで聞いてやるよ。じゃあ向こうで待ってるからなるべく早く来いよ」
恵徒の言葉を遮ってそう言うとダンは踵を返し、悠然とした足取りでチップショップを後にした。

「……発地の奴、一体何をどこまで知っているんだ?いやそれよりも今は……」
そう呟きながら恵徒は俯く希の傍へと歩み寄る。
「のぞ……」
「だーっ!ちくしょう負けたー!」
恵徒が声をかけようとした瞬間、希は突然顔を勢いよく上げ大声で叫ぶ。
「まさかあのタイミングであんな攻撃を仕掛けてくるなんて……何であの時使うバトルチップを間違えたんだよ俺はーっ!」
「えーと……希ー?」
「ん?」
恐る恐る恵徒が呼びかけると希は今しがた恵徒の存在に気づいたかのような表情を見せる。
「あ、恵徒。お前いたのか……ってちょっと待てよ。お前さっきのバトル見てたのか?」
「い、いや俺が見に来た時にはもう決着がついてたから見てたとは言えないかな……」
「そっかー……じゃあ自分たちで改善点を探すしかないな。ジュール、家に帰ったら反省会だ!」
「お、おーう……」
希のテンションについていけなくなったのかジュールは気のない返事をする。
「あっおい希!」
「悪い恵徒、話があるなら今度聞くから!じゃあな!」
早口で詫びの言葉を述べると希は慌しくチップショップを飛び出していった。
「相変わらず立ち直りが早いというか何というか……少しは心配するこっちの身にもなってほしいもんだな。そう思わないか?ブリーズ」
苦笑交じりに恵徒がそう声をかけた時、ブリーズは酷く動揺した表情で肩を震わせていた。
「何であいつがいるんだよ……あいつは俺が……なのにどうして……」
「……ブリーズ?どうかしたのか?」
不安げな表情で恵徒が声をかけるとブリーズははっとした表情を恵徒に向ける。
「恵徒お前……覚えてないのか?さっきの奴のナビ……あいつがあの時お前を殺しかけた奴なのに……」
ブリーズの衝撃的な発言に恵徒は驚きのあまり一瞬言葉を失う。
「…………本当、なのか?」
「ああ間違いねぇ、あいつの顔は嫌になるぐらいはっきりと覚えているからな。あいつのせいでお前は……」
顔を俯かせ拳を振るわせるブリーズの姿を見て恵徒はふっと表情を和らげる。
「だったらその時の借りをきっちり返してこないとな」
「……あ、ああ。そうだな」
予想外の言葉と表情に動揺したのかブリーズは酷く狼狽した様子を見せる。
「向こうから場所を指定してきたということは何かしらの罠が仕掛けられていると思った方が良いだろうな。……あの時の二の舞を避けるためにも気を引き締めていくぞ」
きっと表情を引き締めながら恵徒はチップショップを後にし、ダンが指定した場所――廃工場がある方向に向かって歩き出した。

寺羽町郊外西側には工場地帯があり、その中には企業の撤退により廃棄された工場が存在する。
そしてその内の一つ──一年前に起きた爆破事件の痕跡が未だに残る廃工場の中に恵徒が足を踏み入れると奥で待ち構えていたダンが声をかけてくる。
「よう、案外早かったな」
「希の立ち直りが早かったお陰でな。……発地、お前に一つ聞きたいことがある」
「……内容次第だな」
「だったら単刀直入に聞く。発地、お前はメサイアに所属しているのか?」
恵徒がそう訊ねるとダンはにやりと笑みを浮かべる。
「答えはイエス、だ。ついでに言うとここ最近爆破事件を起こしたのも俺だ、お前を誘き寄せるために派手な花火を上げまくっていたのさ」
「……そうか、それなら俺はオフィシャルとしてお前を捕まえなきゃならない」
「じゃあまずは俺のナビ、プロードマンを倒すんだな。そこの端末から行ける電脳の奥でプロードマンが待ってるぜ」
「……そこの端末だな」
厳しい表情でそう呟くと恵徒はダンが指差した先にある端末の傍へと歩み寄る。
「ちょっと待ってくれ恵徒、それ以上機械の傍に行くな」
ブリーズの制止を受け恵徒は足を止める。
「……大丈夫だブリーズ。同じ轍を踏むようなことはしないから」
優しく諭すようにそう言った後、恵徒はPETを端末に向ける。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」

ブリーズが工場の機械を制御する装置の電脳に入り込むと赤いパネルと黒いパネルが不規則に並び、ところどころにコンテナが不自然に積み上げられている様子が目に映った。
「……あからさまに胡散臭い罠を仕掛けやがって。そんなのに引っかかるほど俺は馬鹿じゃねぇよ!」
そう叫びながらブリーズが吶喊すると通過したパネルのいくつかが次々に爆発し、コンテナの陰に設置されていた砲台からいくつものミサイルが発射される。
「はっ、案の定二段構えかよ!」
両手の甲にブレードを装備したブリーズは回転斬りを放ち、ミサイルを切り払う。
切り払われたミサイルは一斉に爆発し、凄まじい轟音と共に爆煙を発生させるがブリーズはその中を突っ切って前進を続ける。
「うおらああああぁぁ!」
咆哮を上げながらブリーズはトラップ地帯を潜り抜け、制御装置の電脳の最奥地へと辿り着く。
「うお、随分あっさりと抜けてきたな。こっちの想定としてはもうちょい時間がかかる筈だったんだけどな」
「ならてめぇが俺を甘く見すぎてたってことだな」
青年型ナビ──プロードマンにブレードの切っ先を向けながらブリーズは軽口を叩く。
「まさか俺がデリートした筈のてめぇとまた顔を合わせることになるなんてな」
「バックアップのお陰で復活できたのさ。……まぁ顔を合わせずに済むならその方がお互い良かったかもしれないな」
「……そうかもしれねぇな、けど今回先に勝負を吹っかけてきたのはそっちだろ?」
「そうだったな」
苦笑交じりにプロードマンは肩を竦める。
「与太話はこれぐらいにしてそろそろ始めようぜ」
「……ああ、そうだな。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「そらよっ!」
掛け声と共にプロードマンは円柱型の爆弾をブリーズに向けて投げつける。
「そいつはもう一年前に見切ってんだよ!」
そう叫びながらブリーズが両手の甲からブレードを外してフリスビーの要領で投げつけると爆弾はあっけなく両断され、数瞬の間を置いて爆発する。
「ここは……素直に弱点を突くか。バトルチップ、リップルシュート!」
「甘ぇよ!バトルチップ、リフレクメット!」
恵徒がリング状の水を飛ばして攻撃するバトルチップ――リップルシュートを転送したのに対し、ダンは攻撃を反射する性質を持ったシールドを展開するバトルチップ――
リフレクメットを転送しリップルシュートを弾き返す。
「畳み掛けさせてもらうぜ、マインズデストラクト!」
弾き返されたリップルシュートを食らってブリーズが怯んだ隙をついてプロードマンが右足で地面を思い切り踏みつけるとブリーズの足元とその周囲にあるパネル全てが爆発する。
「ブリーズ!」
恵徒が叫んだ直後、濛々と立ち込める爆煙の中から全身傷だらけのブリーズが姿を現す。
「くっそ……派手なことしてくれやがって…」
「そりゃあ大技だからな、見た目も威力も派手じゃなきゃ話にならねぇだろ?」
プロードマンが余裕の笑みを見せる一方、ダンは不機嫌そうな表情を見せていた。
「何だよ大したことないじゃないか、ラドロや狐雅の奴は何をやってたんだ?」
「大方子どもが相手だからって油断してたんじゃないのか?」
「……有り得そうな話だ、大人の余裕がどうとかいって気を抜いてたから痛い目を見たんだな」
溜め息混じりに言いながらダンは肩を竦める。
「プロードマン、次で終わらせるぞ」
「はいよ」
短く返事をするとプロードマンは円柱型の爆弾を両手に携える。
「くっ……」
「いいザマだな時凪、一年前のあの時お前があの爆発で死ななかったって聞いて心底ムカついたりもしたがこうして屈辱を味わわせられることを思えばお前が死ななくて良かった
とも考えられるな」
「……それだけか?」
「は?」
「言いたいことはそれだけか、と聞いているんだ」
恵徒の冷徹な言葉と眼差しを受け、ダンは眉間に皺を寄せる。
「……何もかも見透かしている、とでも言いたげな目をしやがって。どこまでもムカつく奴だなお前は!プロードマン!」
「へーいへい。しっかしまぁクールだねぇお前のオペレーターは、こんな危機的状況で落ち着いていられるなんて大したタマだと思うぜ?」
「そりゃどうも。褒めてもらった礼といっちゃ何だが一つ良いことを教えてやるよ」
「良いこと?」
きょとんとした顔でプロードマンが訊ねるとブリーズは不敵な笑みを浮かべながら答えを返す。
「余計なお喋りは命取り、だ」
「は?そりゃ一体どういう……」
「こういうことさ。バトルチップ、ライフリバース!」
恵徒が転送したバトルチップ──ライフリバースがその効果を発揮した瞬間、ブリーズの身体にあった傷が消えた代わりにプロードマンの全身が傷だらけの状態に変化した。
「ぐぁっ……!」
突然全身を駆け巡った痛みにプロードマンは顔を歪ませ、態勢を崩す。
「な、何だよこれ……何でいきなり全身に痛みが……」
「痛いか?それが一年前、恵徒がてめぇに味わわされた痛みだ。しっかり噛み締めやがれぇっ!」
咆哮と共にブリーズは渾身の右ストレートをプロードマンの左頬に叩き込む。
「がっ……」
「ぷ、プラグアウト!」
咄嗟にダンがプラグアウトしたことによりプロードマンは制御装置の電脳から離脱し、デリートの危機を免れた。

「大丈夫かプロードマン!?」
「あ、ああ……助かったぜダン」
プロードマンの反応を見てほっと安堵の息をつくとダンはすぐさま恵徒を睨み付ける。
「おい時凪、お前さっき何をした!?」
「何と言われてもライフリバースの効果でブリーズとプロードマンのHP残量を入れ替えただけなんだけどな」
「HP残量?」
怪訝そうな表情でそう呟いた後、ダンははっと目を見開く。
「要するにダメージを移したってワケか、じゃあダメージを食らったのは回避や防御が間に合わなかったからじゃなくてダメージを蓄積するためにわざと……」
「ご明察」
そう言いながら制御装置の端末からブリーズをプラグアウトすると恵徒はダンの方に向き直る。
「さてどうする?大人しく捕まってくれるなら手荒な真似をするつもりは無いんだが……」
「……悪いけどな、俺にもメサイアの一員としてのプライドってのがあるんだよ。だから今ここでお前に捕まるって選択肢は選べねぇな!」
そう叫びながらダンは懐から何かを取り出し、無造作に放り投げる。
すると放り投げられたもの──閃光弾はかち、という小さな駆動音を出した後強烈な光を発する。
「くっ……!」
反射的に恵徒は左腕で目を庇い、閃光弾が地面に落ちた音を聞いて腕を下ろすとさっきまで目の前にいた筈のダンが姿を消していた。
「……逃げられたか」
「ったく往生際の悪い奴だな。けどまぁあの時の借りを返せたわけだからよしとするか」
どこか満足げな表情のブリーズに対し恵徒は険しい表情を見せていた。
「どうしたんだよ恵徒、何か気に食わないとこでもあったのか?」
「気に食わないというよりは腑に落ちない、の方が正しいかな」
「はいはい。で、何が腑に落ちないんだ?」
「さっき発地が言ったことだよ。一年前の事件、本当にあいつが犯人なのかなって」
恵徒の疑問を聞いたブリーズはがくりと項垂れる。
「……悪い、お前が何を言いたいのかさっぱり分からねぇ」
「要するに俺が気になっているのは爆破事件の実行犯はあのナビ、プロードマンだけどそれを発地が指示したのかどうかってことだよ」
「さっきのあいつの口振りからして間違いねぇと思うんだけどなぁ……」
口元に指を当てて考え込む恵徒を見てブリーズはやれやれと溜め息を吐いた。

「くそっ!」
恵徒が閃光弾で怯んだ隙をついて廃工場から抜け出し、路地裏に身を潜めたダンは苛立ちを乗せた拳を壁に叩きつける。
「なぁダン、あいつらに本当のこと言わなくて良かったのか?」
「……何のことだ」
「一年前のあの事件、あれはお前を唆した俺が全部悪くてお前には非が無いってことだよ。口裏を合わせりゃ無罪放免は無理でもお前の罪を大分軽くできた筈なのに……」
「経緯はどうあれお前は俺のナビで俺はお前のオペレーターだ。お前を見捨てて自分だけ助かるなんて最悪にムカつくこと、俺はしたくねぇんだよ」
毅然とした態度でダンがそう言うとプロードマンは苦笑いを浮かべ溜め息を吐く。
「何でお前はそう妙なところで頑固なのかねぇ……まぁその頑固さのお陰で俺は自分の過ちに気づけたんだけどさ」
「……プロードマン、お前それ褒めてるのか?貶してるのか?」
「少なくとも悪い意味で言ったつもりはねぇよ」
そう言いながらくつくつとプロードマンが笑っているとPETから電子音が鳴り響く。
「ん?……ダン、ボスからの呼び出しだ。今すぐアジトに来いってさ」
「ボスから?珍しいこともあるもんだな…ってそうだ、戻ったら何て言い訳をするかな……」
「素直に相手が思ったより強くて勝てませんでした、って言えば良いんじゃないか?他人の揚げ足取る嫌味な奴はお前しかいないワケだし」
「……悪かったな、嫌味な奴で」
不機嫌さと気まずさを織り交ぜたような表情でそう呟いた後、ダンはアジトのある方向に向かって歩き出した。

「諸君、急な呼び出しに応じてここまでご足労いただいたこと誠に感謝する」
薄暗い部屋の中壇上に立つ白いコートを着た銀髪の壮年の男性は深々と頭を下げる。
「諸君に来てもらったのは他でもない、世界救済プログラム・メサイアの完成を報告するためだ」
そう言って男性が傍にあったキーボードを操作すると男性の背後に設置されていたスクリーンに青い翼を背に持ち、ローブを模した白いアーマーを纏った巨大な人型プログラムの姿が映し出される。
「こいつが……メサイア」
目を丸くしながらダンはぽつりと呟く。
「今日に至ることができたのは諸君が私の考えに賛同し、様々な面で力を貸してくれたからだ。心から感謝している」
再び頭を下げ、数秒の間を置いてから姿勢を正すと男性は表情を厳しいものに変化させる。
「明日の正午、メサイアの起動と同時にプロジェクト・メサイアを開始する。これにより今あるネットワーク社会は完膚なきまでに破壊され、新たな姿に生まれ変わることとなるだろう。……もし今の世界に未練があるならプロジェクト開始までの間に無くしておくように。私からは以上だ」
一頻り言い終えると男性は壇上から降りて部屋を後にした。

「いよいよ明日かぁ、ここまで長かったような短かったような……」
スクリーンに映るメサイアの姿を眺めながらラドロは感慨深げに呟く。
「今あるネットワーク社会を破壊して新たな姿に生まれ変わらせる……最初聞いた時はそんなことが可能なのかと疑っていたけど今なら可能だと断言できる気がするよ」
「こいつには博士……ボスの想いが詰まっているからな、やり遂げてもらわなきゃ寧ろ困るってもんだ」
「それもそうだね」
ラドロと彩葉が和気藹々と話している一方、ダンは気まずそうな表情で黙り込んでいた。
「どうかしたのかいモール、いやダン君?」
「えっ、ああいや……その……」
Mr.グレイの問いかけに対しダンが口ごもっていると追い討ちをかけるようにクロウが話しかけてくる。
「そういえばモール、オフィシャルを始末する件はどうなった?」
「そ、それは……」
「失敗したよ、あいつらが強かったお陰でな」
「ふむ、そうか。それでは仕方が無いな」
プロードマンの報告を受けたクロウの反応にダンは驚きを隠せずにいた。
「仕方が無いって……ちょっと待てよクロウ!でかい口叩いたくせに失敗してきた俺を咎めないのかよ!?」
「何故咎める必要がある?お前たちはオフィシャルの始末と言う目的達成のために尽力した、それは紛れも無い事実だろう?」
「あ、ああ……そうだけどよ……」
「なら咎める必要など無かろう」
そう言ってクロウが踵を返してその場から去った後、ダンはわしゃわしゃと自分の頭を掻き毟る。
「ああもう、組織の指揮官ってのはもっとこう厳格な態度を取るもんじゃねぇのかよ!」
「いや、クロウにそういうのを求める方が無茶だって」
「彼は大よそのことに対して寛容だからね」
苛立ちを露にするダンに対しプロードマンとは苦笑いを浮かべ、Mr.グレイはくつくつと笑う。

「ねーマスター、まだ掲示板巡りするのー?俺もう飽きたー」
「そこの奴が最後だからもう少しだけ我慢しろ」
メサイアのメンバーがアジトに集まっている頃、ドルリーとリッパーマンはメサイアに関する情報を集めるためにウラインターネットの掲示板を調べて回っていた。
「どうせなら強い奴の情報でも載っていれば良いのにー……あれ?」
「どうかしたのか?」
「マスター、このカキコミ何かくっついてるよ」
そう言ってリッパーマンが指差したカキコミにはよくよく目を凝らさないと認識できないほど小さく圧縮されたデータが添付されていた。
「バグの欠片……ではなさそうだな。リッパーマン、ウイルスの反応は?」
「無さそうだよ。解凍してみる?」
「……他に手がかりが無い以上それを調べるしかないな。データを解凍してくれ」
「はーい」
間延びした返事をしながらリッパーマンが解凍を行うと圧縮データは膨大なテキストデータへと姿を変える。
「うわ、何この量」
「……かなり複雑に暗号化されているな」
ドルリーがPETを操作して暗号を解読するとテキストデータの内容は文章として成立したものへと変換される。
「……これは、どういうことだ?」
その内容を一読し終えた時、ドルリーは怪訝な顔をしていた。

「何か……物凄く心配されたな」
「……そうだな」
廃工場でダンとプロードマンを倒した次の日、恵徒とブリーズはショッピングモールの一角にある飲食店で昼食を取っていた。
「あんな凄い形相の森若さん始めて見たよ……いや俺たちがそもそもの原因なんだけど」
「よくよく考えたら無警戒すぎたよな俺たち……あいつらが同じことしてくる可能性は予想できたのに何で援軍呼ぶっていう発想が出なかったんだか……」
「確かに……次に何かあった時はせめて日原に声をかけるようにしよう……」
「そうだな……ん?」
ふと上を向いたブリーズは空中に見慣れないものがあることに気づく。
「……なぁ恵徒、あれ何だと思う?」
「……門、じゃないか?」
ブリーズが指差す先にあるもの──豪奢なデザインが施された門を見て恵徒が首を傾げながらそう呟いた直後のことだった。
門がばん、という轟音と共に勢いよく開き、中から青い翼を背に持ち白いローブを纏った小さな人型プログラムが群れを成して姿を現したのは。
「な……何だあいつら……?」
ブリーズが思わず口にした疑問への回答を示すかのように群れは手当たり次第に破壊活動を開始し、その様子を目の当たりにしたナビたちは悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
「……少なくとも有害な存在であることは確かみたいだな」
恵徒がそう呟いた直後、PETから電子音が響く。
「恵徒、オフィシャルセンターから緊急のメールだ!」
「……内容は?」
「えーと……緊急事態発生、突如出現した謎のプログラムたちが大規模な破壊活動を開始した。オフィシャルネットバトラー各位は至急プログラムたちの対処に当たるように、だってさ」
「謎のプログラムたち……あいつらのことか、そうと分かれば話は早い。ブリーズ、奴らを倒すぞ」
「おう!」
そう返事をするとブリーズは両手の甲にブレードを装備し、人型プログラムの群れの中へと突っ込んでいった。

「バトルチップ、アイビードール!」
恵徒が転送した無数の蔦で敵を拘束しじわじわとダメージを与えていくバトルチップ──アイビードールによって人型プログラムの何体かがその動きを戒められる。
「そのままじっとしてろよお前ら!」
やや苛立った声で叫びながらブリーズは蔦に捕らえられた人型プログラムたちの方に突っ込み、ブレードで一閃すると人型プログラムたちはあっけなくデリートしていく。
「こいつら案外脆いから倒すのはそこまで難しくねぇけど……」
そう呟きながらブリーズは自分の周囲に蔓延る人型プログラムの群れを見回す。
「ちまちま倒していたら埒が明かないな…一気に殲滅するぞ。バトルチップ、プリズム!ドラゴンヘッド!」
恵徒が二枚のバトルチップを転送すると虹色の輝きを放つ多面体──プリズムが人型プログラムの群れの中心に現れ、ブリーズの右腕に竜の頭を模したバスター──ドラゴンヘッドが装備される。
「ったく、俺はバスター使うのが苦手だってのによぉ!」
そう叫びながらブリーズがプリズムに向けて竜の姿をした光弾を放つとプリズムに命中した光弾は四方八方に拡散され、人型プログラムの群れを殲滅していく。
「今だ!」
恵徒がそう叫ぶと同時にブリーズは左手の甲に装備したブレードを構えながら門に向かって吶喊するが門の中から新たに飛び出してきた人型プログラムたちによって行く手を阻まれてしまう。
「くっそ、門まであと少しなのに……!」
悪態をつきながらブリーズがドラゴンヘッドを構えようとしたその時、見覚えのある背中がブリーズの目に映る。
「バトルチップ、タイガーファング!」
恵徒とブリーズには聞き慣れた声が響いた直後、門は真っ二つに切り裂かれその周囲に固まっていた人型プログラムたちも一体残らず切り伏せられていた。
「ようブリーズ、真打ちが助けに来てやったぜ」
デリートする門と人型プログラムたちに背を向けながら片刃のロングソード──タイガーファングを右腕に装備したショットマンが軽口を叩くとブリーズは目に苛立ちを宿しながらも
口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
「けっ、おいしいとこ持ってきやがって。助けてくれてありがとよこのキザ野郎!」
ブリーズがそう言うとショットマンはどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとう日原、お陰で助かったよ」
駆け寄ると同時に恵徒が礼を言うと達貴は呆れと怒りをない交ぜにしたような目で恵徒をぎろりと睨み付ける。
「時凪……お前何ですぐ連絡をよこさなかった?森若さんに他の奴を頼る習慣をつけろって言われたばっかりだろ」
「うっ……ご、ごめん」
達貴の厳しい言葉に恵徒は思わず萎縮する。
「はいはい、怒るのはそこまで。今はこの状況を何とかするのが先決だろ?」
「……まぁ、確かにそうだな」
ショットマンがそう宥めると達貴は仕方ないと言わんばかりに大きな溜め息を吐く。
「とりあえずここはもう大丈夫そうだから良いとして……次はどうする?」
「それなら寺羽中学校に行かせてくれ。ここからそう遠くないしそれに……」
「友達のことが心配、か?」
達貴がそう訊ねると恵徒は無言で頷く。
「なら決まりだな」
そう言って達貴はショットマンをプラグアウトし、恵徒もブリーズをプラグアウトするとすぐさま寺羽中学校に向かって走り出した。

「ああもう鬱陶しいわね、これでも食らって消えなさいよ!サークルクロス!」
苛立った声で叫びながらマリアは自分の周囲を囲むように配置した十字架型のビットの全てから一斉にビームを放たれ、人型プログラムたちを貫いていくがデリートには至らない。
「マリア!」
鈴那が叫び、人型プログラムたちがマリアに襲い掛かろうとしたその時──二つの影がプログラムたちを薙ぎ払った。
「ブリーズ!それにショットマンも!」
二つの影──ブリーズとショットマンの名を呼びながらマリアは傍へと駆け寄る。
「よっ、助けに来たぜ」
「それは有難いんだけど……何であんたはそんなのに乗ってるわけ?」
怪訝な顔をしながらマリアはショットマンが乗っているもの──ネットナビ用に製作された電脳バイクを指差す。
「あーほら、俺はブリーズみたいに飛べねぇからこういうの使って移動速度を賄わないといけないワケよ」
「ふーん……」
マリアが呆れた表情を見せる一方、鈴那から現状を聞いた恵徒と達貴は驚愕の表情を見せていた。
「本当なのか鈴那!?希たちが異変の原因を探しに行ったって……」
「う、うん。芥先生とクラーケンマンが一緒だから無茶はしてないと思うけど……」
「あれは民間人には荷が重い相手だ、急いで追うぞ」
「ああ」
「あ、あの!」
走り出そうとした恵徒と達貴を鈴那は呼び止める。
「き、気をつけてね……」
鈴那が口にした気遣いの言葉に対し恵徒と達貴は無言で微笑むと希たちを追うために走り出し、ブリーズとショットマンもまた移動を開始した。

「くっそ、あと少しだってのに……」
右腕に装備したランスを構え直し、行く手を阻む人型プログラムの群れとその先にある門を睨み付けながらジュールはため息混じりに呟く。
「……強引に突破口を開くしかなさそうだな。クラーケンマン、行けるか?」
「出来て一回、だな」
「一回か……大丈夫か鳴上?」
「そこは生徒を信じてよ、芥先生!」
希の自信満々な表情を見て芥は苦笑いを浮かべる。
「分かった、お前を信じるよ。クラーケンマン!」
「ああ。……なるべく高く跳んでおけよ」
「……了解」
クラーケンマンの言葉に短く返事をするとジュールはしゃがみ込み、思い切り地面を蹴って真上に跳躍する。
「メイルシュトロム!」
咆哮と共にクラーケンマンが二本の触手で水パネルの水面を叩くと地響きと共に大津波が発生し、人型プログラムの群れを押し流していく。
「今だ!」
希が叫ぶと同時にジュールは足の裏に電気を発生させて即席の壁を作るとそれを蹴り、落下の勢いを利用して門をランスで穿とうとするがそれに気づいた人型プログラムたちがジュールの攻撃を阻もうと集まりだす。
「くっ……門まで届くのか……?」
不安が頭に過った直後、突然人型プログラムたちが次々にデリートしていく様がジュールの目に映った。
「えっ?」
「ほら何ぼさっとしてんだ、追い風送ってやるからしっかり決めて来い!」
「うわっ!」
背後から聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと突然強い風が吹き、文字通りジュールの背中を押していく。
「これなら……!ライトニングクラッシュ!」
叫ぶと同時にジュールは雷撃を纏ったランスを突き出し、門から現れようとしていた人型プログラムごと貫きデリートする。
「いよっしゃあ!」
ジュールが門をデリートした瞬間希はガッツポーズを取り、芥とクラーケンマンはほっと安堵の息を吐いていた。
「お疲れさん、大活躍だったな」
不意にかけられた労いの言葉に気づき振り返るとジュールは苦笑いを浮かべる。
「お前らが手を貸してくれたお陰だよ。欲を言えばもうちょいマイルドな方法で手助けして欲しかったかな」
「あ、やっぱ駄目だったかあれ?」
ジュールが苦言を呈するとブリーズは気まずそうに頬杖をかく。
「まぁ結果的にあの門を壊せたからそれでよしってことで!ありがとな恵徒、日原!」
「どういたしまして」
希の感謝に対し恵徒は短く言葉を返すと芥の方に向き直る。
「芥先生、後のことはお任せして良いですか?」
「ああ、元より学校のことは私たち教師の管轄だからね」
「お願いします」
そう言って一礼をすると恵徒と達貴は踵を返す。
「二人とも無茶するなよー!」
走り去っていく恵徒と達貴に希がそう言葉をかけると二人はその返事として背を向けたまま手を振った。

「クライアントアームズ!」
叫ぶと同時にタタラがハンマーを振り下ろして地面を叩くと正面方向にあるパネルから無数の刃が飛び出し、人型プログラムたちを串刺しにして一掃するがすぐに新たな群れが門から姿を現し始める。
「やっぱりあの門を壊さないことにはどうしようもないか……」
「だがどうする?オレたちだけでは門の破壊まで手が回らないぞ」
「そこなんだよなぁ……」
ロイとタタラが門を破壊する方法について話し合っていると突然門が破壊され、中から姿を現そうとしていた人型プログラムもろともデリートしていく。
「なっ……?」
「どうもー援軍でーす」
呆然としているタタラの前に軽口を叩きながらブリーズとショットマンが現れる。
「君たちは……ありがとう、助かったよ」
「ご無事そうで安心しました」
「君の方もね。ええと、そっちの子は……」
「時凪の同僚の日原達貴と言います」
淡々とした口調で達貴が自己紹介をするとロイはああ、と感嘆の声を上げると同時に納得したような表情を見せる。
「……ここはもう大丈夫そうだな。すみません、先を急ぐので失礼します」
「あ、ちょっと待って。君に会ったら話しておこうと思っていたことがあるんだ」
「……手短にお願いします」
「無論そのつもりだよ」
苦笑いを浮かべながらそう言うとロイは軽く咳払いをして表情を厳しいものに変化させる。
「実はついさっきラドロくんからメールが届いたんだ、以前彼に盗まれたコピープログラムのオリジナルが添付された状態でね」
「ラドロさんから……?」
思わぬ人物の名前が登場したことに恵徒は驚き、眉間に皺を寄せる。
「しかもメールの本文には『勝手に持ち出してすいませんでした』という謝罪の言葉が書かれていたんだ。最初見た時はわけが分からないと思ってしまったよ……っとすまない、これはただの愚痴だね」
「……いえ、情報ありがとうございました」
一言礼を言うと恵徒は踵を返し、先に行った達貴を追って走り出した。

「あああああもういい加減にしてよ!弱いくせに数だけやたらめったら多いのが俺は一番嫌いなの!」
大声で不満を叫びながらリッパーマンは右腕に装備したナイフで行く手を阻む人型プログラムたちを次々に切り伏せていくものの、その数は一向に減る気配を見せない。
「……面倒になってきたな。バトルチップ、ソードコメット」
そうぼやきながらドルリーが転送した巨大な剣を隕石のように降り注がせるバトルチップ──ソードコメットをリッパーマンが門めがけて投げつけると着弾点にあった門とその周囲を蔓延っていた人型プログラムたちがまとめて吹き飛ばされる。
「おー、流石はおにーさんたち。ものの見事に俺らの出る幕無しだー」
間延びした口調でぼやきながら姿を現したブリーズとショットマンを見てリッパーマンは疑いの眼差しを向ける。
「……ねぇ君たち、出てくるタイミング伺ったりとかしてないよね?」
「してないしてない」
ブリーズとショットマンが声を揃えて否定の言葉を述べたのとほぼ同時にドルリーと情報交換をしていた恵徒と達貴は驚きの声を上げる。
「メサイアに関する重要な情報を手に入れたって本当ですか!?」
「ああ、その報告をするためにオフィシャルセンターへ行こうとした矢先にこの騒ぎだ。偶然かもしれんがな」
「……オフィシャルセンターに急ぎましょう、俺たちも一緒に行きます」
達貴がそう申し出るとドルリーは一瞬きょとんとした表情を見せる。
「……こちらから頼む手間が省けたな」
小さな声でそう呟くとドルリーは恵徒と達貴を伴い、その場を後にした。

「うっわ、ここもやばいな」
オフィシャルセンター管轄のエリアに入った瞬間、人型プログラムたちが暴れまわっている様子を目にしたブリーズは思わず顔を顰める。
「いや、そうでもなさそうだぜ?」
ショットマンがそう言った直後、人型プログラムの群れに囲まれていたウィッカーマンが右腕を大きく振り上げる。
「ブランチプリズン!」
咆哮と共にウィッカーマンが右腕を振り下ろし地面を叩くとエリア内ほぼ全てのパネルから無数の枝が突き出し、範囲内にいた人型プログラムと門を串刺しにしてデリートする。
「へー、結構やるんだねあいつ」
ウィッカーマンの実力を目にしたリッパーマンは意外そうな表情を見せながらそう呟いた。
「森若さん!」
「時凪くん、日原くん、それにドルリーさんも…皆無事でよかった」
三人の顔を目にした瞬間、森若は表情を和らげる。
「すまんが急を要する話がある、会議室を貸してもらえるか」
「……分かりました、案内します」
ドルリーの目を見て事態を察したのか森若は了承の言葉を口にすると踵を返し、会議室に向かって歩き出した。

「……つまりこの事態はメサイアによって引き起こされたもの、というわけですか」
会議室でドルリーが持ってきた情報を一通り聞いた後、森若は険しい表情で呟く。
「あの人型プログラムたちを使ってインターネットを破壊すること、それが奴らの目的だったようだ。さしずめこれまでに起きた事件はここに至るための下準備といったところか」
そう言いながらドルリーは肩を竦める。
「あいつら個々の力は弱いけど門がある間は無限湧き状態ってのがめんどくさいんだよね」
「先人の失敗を学んだ結果、強大な力を持った個より最低限の力を持った群れに破壊活動を行わせる方が目的を達成できると判断したのだろう。……首謀者は中々に頭が切れるようだな」
「何呑気なこと言ってんだよ、今はこの状況をどうにかする方法を考えるのが重要なんじゃねぇのか!?」
「俺も同じ意見です。ドルリーさん、何か手はないんですか?」
声を荒げるブリーズと冷静に問いかける恵徒を交互に見やった後、ドルリーは回答を述べ始める。
「最も手っ取り早い方法はメサイアのアジトに直接人型プログラムたちの発生源を叩くことだが……モリワカ、ケイトとタツキ以外に動かせる人員はいないのか?」
「……強いて挙げるなら私ぐらいですかね」
苦笑交じりに森若がそう申告するとドルリーは露骨に顔を顰める。
「指揮官が前線に出ることは推奨しかねる」
「そうも言っていられない状況なのはドルリーさんも重々承知しているでしょう?」
「……先走った真似はするなよ」
「肝に銘じておきます」
ドルリーの忠告を受けた森若は苦笑いを浮かべる。
「……それでドルリーさん、どうやってメサイアのアジトへ行くんですか?」
「寺羽タワーの下にメサイアの連中が作った通路を利用する。封鎖されていなければ、の話だがな」
ドルリーが寺羽タワーの名前を出した瞬間、ブリーズと恵徒ははっとした表情を見せる。
「なぁ恵徒、ひょっとして……」
「……ああ、あの時点で俺たちがそれを見つけていたらそのままアジトに乗り込むことも出来ていただろうな。……すぐ返り討ちに遭っていたとは思うけど」
そう呟いて恵徒が息をつくのとほぼ同時に森若がこほん、と軽く咳払いをする。
「今から30分後、メサイアのアジトへの侵攻を開始する。それまでに全員然るべき準備を整えておくように」
森若の指示に頷いて答えると恵徒たちは踵を返し、会議室を後にした。

8話

「灯台下暗し、だな」
然るべき準備を整えてオフィシャルセンターを発ち、メサイアのアジトへ通じる道がある場所――寺羽タワーの前に到着するなり恵徒は自嘲気味に呟く。
「……これか」
歩道の垣根に隠されていた電子パネルをドルリーが操作するとずごごご、という音と共にタワー付近の地面がスライドし、地下へと通じる階段が姿を現す。
「モリワカ、殿を頼む」
「分かりました、前はお願いしますね」
短いやり取りを済ませるとドルリーが先陣を切って階段を降り、その後についていく形で恵徒と達貴が階段を降りていく。
二人がある程度降りたのを確認した後、森若が階段を降り始めると突然ずごごご、という音が森若の頭上で響く。
その音に気づいた森若が振り返ると再び地面がスライドし、地上への道を閉ざしていく様子が目に映る。
「……決着がつくまで戻れない、と思った方が良さそうかな」
地面―森若から見れば天井が完全に閉じたのを確認した上でそう呟くと森若は先に行った三人と合流するために早足で階段を降りていった。

「……奴らめ、地下通路を抜けてこちらに乗り込んでくるつもりか」
通路に設置されている監視カメラの映像を通して恵徒たちの動向を知ったクロウは険しい表情を浮かべていた。
「カマエル、もうすぐそちらにやってくる侵入者を全員排除しろ」
「了解、セキュリティレベルをレッドに変更し迎撃態勢に移ります」
クロウの指示を受けた赤い翼を背に持ち銀色のアーマーを纏った青年型ナビ──カマエルが機械的な返答をした後、アジト内に警報が鳴り響く。
「お、おいクロウ何かあったのか?」
「オフィシャルの連中がこちらに乗り込んできた。カマエルに排除の指示を出したがもしものことを考えてお前たちも迎撃の準備を整えておけ」
「……了解だ」
ダンがそう返事したのを皮切りにメサイアのメンバーが通信を切っていく。
「いずれ見つかるとは思っていたが予想以上に早かったな……向こうに腕の立つ情報屋がいたのか或いは……」
そう独り言を呟きながらクロウは監視カメラの映像に目線を戻した。

「……行き止まり?」
首を傾げながらそう呟いた達貴の前には白い壁があった。
「確かここまで一本道だったよな?」
「その筈だけど……」
恵徒と達貴が不安げにぼそぼそと会話する一方、ドルリーは白い壁に近づきその正体に気づく。
「…シャッターか、どうやら向こうはこちらの侵入に気づいているようだな」
「じゃあこの先に奴らのアジトが……」
「問題はこれを開ける方法だが……」
そう呟きながらドルリーはシャッター付近の壁にある端末に目線を向ける。
「……そこの端末を調べる以外に選択肢は無さそうだな」
どこか嫌そうな表情を見せながらドルリーはため息をつく。
「念のため全員で調べに行きましょうか」
「……そうだな」
森若の提案にドルリーが短く返事をした後、四人はPETを端末に向ける。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション!」
「プラグイン、ショットマン.EXEトランスミッション!」
「プラグイン、ウィッカーマン.EXEトランスミッション」
「プラグイン、リッパーマン.EXEトランスミッション」

「うわ、何だここ」
シャッターの電脳に入ったブリーズたちが目にしたのはエリア内のほぼ全域が紫色のパネル──ダークパネルに侵食されている光景だった。
「どうなってんだよこれ、あちこちダークパネルだらけじゃねぇか」
「しかもあれって闇の穴だよな?」
そう訊ねながらショットマンが指差した先では黒みがかった紫の穴が開いたパネル──闇の穴が紫色の光を噴出していた。
「イヤ、ヨク見ロ。アレハ闇ノ穴ヲ擬似再現シタセキュリティシステムダ。大ヨソノ性質ハ同ジト見テ良イダロウガナ」
「大よそ同じ、ということは……」
そう呟きながらブリーズはエリア奥地に佇む青年型ナビ──カマエルに目線を向ける。
「このエリアにある闇の穴を全部潰してあいつを倒さないとシャッターを開けられないワケか」
「……データベースに登録の無いネットナビ四体を捕捉、排除対象と見なします」
淡々とした口調でそう言うとカマエルは右手に携えた長剣の先をブリーズたちに向けた。
「お、向こうはやる気満々みたいだね」
「穴は四つ、その内バリアパネルに守られているのが二つ。ガーディアンは今のところ鳥型が二体に四つ足と剣持ちが一体ずつ……こりゃかなりめんどくさそうだな」
カマエルの様子を見てリッパーマンが嬉々とした表情を見せる一方、エリア内の状況を冷静に観察していたショットマンは露骨に嫌そうな表情を見せる。
「……それぞれ何が出来るか確認した方が良さそうだね。時凪くん、ブリーズが出来ることを教えてくれるかい?」
「あっはい、えーと……ダークパネルの上を通れるので移動範囲が広いです」
「それと縦二マスのダークパネルをまとめてリベレートできるぜ」
恵徒とブリーズの発言を聞いた森若は口元に指を当てて考え込む様子を見せる。
「となると離れ小島になっているアイテムパネルの回収をお願いすることになるかな……日原くん、ショットマンは何が出来るかな?」
「横三マスのダークパネルをまとめてリベレートできてパネルにトラップが仕掛けられている場合はそれを外すことができます」
「けどこのエリアにはアイテムパネルが密集してるところは殆ど無いから普通にリベレートした方が良いかもな」
「となると状況を見て臨機応変に動いてもらった方が良いかもしれないね。ドルリーさん、リッパーマンが出来ることは……」
「はいはーい、縦三マス横二マスのダークパネルをまとめてリベレートできまーす。ただしアイテムパネルの中身の安全は保障できませーん」
「……まぁそういうことだ」
呆れた表情を見せならがドルリーは溜め息を吐く。
「ところでモリワカ、ウィッカーマンは何が出来るんだ?」
「周囲一マスにいる味方を庇ってダメージを無効化できます、要は盾役ですね」
「無用ナダメージヲ避ケタイノナラワタシノ近クニイテクレ」
「了解!」
ウィッカーマンの申し出にブリーズとショットマンが声を揃えて返事したのを確認した後、森若は表情を真剣なものに変化させる。
「よし、確認も済んだことだしリベレートミッション開始と行こうか」

【OFFICIAL PHASE 1】
「さて最初のフェイズだがどう動く?」
ドルリーにそう訊ねられると森若は考え込む仕草を見せる。
「……そうですね、まずは一番近くにある闇の穴をリベレートして向こうの戦力を削ぎましょう。日原くん、ショットマン。先陣を頼むよ」
「分かりました、行くぞショットマン」
「りょーかい」
そう返事をするとショットマンは最も近距離にある闇の穴の傍へと移動する。
「えーと……そうだ、周りがダークパネルに囲まれた状態でリベレートを始めると不利な状況で戦う羽目になるから……この位置だな」
そう呟きながらショットマンは自分が有利な状況で戦える位置にあるダークパネルの前に立つ。
「よし、それじゃパネルリベレート開始だ!」
ショットマンがそう叫ぶと同時に正面のダークパネルからウイルスの群れが出現する。
「リベレートにおけるウイルスバスティングの基本は速攻で片をつけること。バトルチップ、ボルトランサー!」
達貴が転送した雷の槍を飛ばして攻撃するバトルチップ──ボルトランサーを放ってウイルスの群れを攻撃した後、すぐさまショットマンは右腕に装備したバスターを構える。
「まとめて吹っ飛べ、セブンスバレット!」
そう叫ぶと同時にショットマンが放った七つの光弾はウイルスたちを貫きデリートするとショットマンの正面とその両側にあるダークパネルが解放される。
「よっし、1ターンリベレート成功!」
「シミュレーターで何回かやったきりだったけどうまくやれたな」
1ターンリベレートの成功にショットマンは喜び、達貴は安堵の息を吐く。
「二人ともお疲れ様。次は……ドルリーさん、お願いします」
「了解した。リッパーマン」
「そこの闇の穴をリベレートすれば良いんでしょ?余裕余裕」
調子に乗った発言をしながらリッパーマンは闇の穴の前へと移動する。
「面倒だしさっくり終わらせるよ、パネルリベレート開始」
つまらなそうに言いながらリッパーマンが右腕に装備したナイフを構えると闇の穴からウイルスの群れと剣を携えた大型のウイルス──ガーディアンが現れ、付近で待機していた
剣を携えたガーディアンもリッパーマンに襲い掛かる。
「お、割と倒し応えのある奴が来た」
「無駄口を叩いている暇があったら集中しろ。バトルチップ、シザーハンド」
そう言いながらドルリーはバトルチップ──シザーハンドを転送しリッパーマンの両腕に分解した鋏を模したブレードを装備させる。
「はいはい分かってますよー、だ!」
ぶうぶうと文句を言いながらもリッパーマンはブレードを振るってウイルスの群れを斬り捨て、鋏を閉じる要領でガーディアンを両断する。
「はいおしまい、ついでに1ターンリベレート成功だよ」
リッパーマンがそう言ったのとほぼ同時に闇の穴が消滅し、周辺のダークパネルが一斉に解放される。
「これで第一目標はクリアだな、次はどうする?」
「そうですね、そこの闇の穴をリベレートしておきたいところなんですけど……」
「バリアパネルガ邪魔ダナ」
そう呟きながらウィッカーマンは障壁を展開している白いパネル──バリアパネルに目を向ける。
「じゃあバリアキーを探すのか?」
「うーん……あるとしたらあそこの離れ小島になってるアイテムパネルだろうけど……」
細い通路の奥にあるアイテムパネルを見据えながら森若は言葉を濁す。
「ちまちまリベレートするより俺がひとっ飛びして取ってきた方が早いんじゃないか?」
「それはそうなんだけど、そうすると君が孤立してしまうからちょっと危険かなって……」
「……いや、あの位置なら攻撃される心配は無い。いくら移動範囲が広い鳥型でもあそこまで入り込むことは出来ないからな」
「じゃあ俺たちがあの離れ小島になっているアイテムパネルをリベレートする、ってことで良いですか?」
確認の意味も込めて恵徒がそう訊ねると森若は頷いて肯定する。
「バリアキーがあるかどうかの確認も含めて頼むよ、二人とも」
「任せとけって!」
森若の言葉に対して意気込んだ様子で答えるとブリーズは離れ小島になっている青い印のついたダークパネル──アイテムパネルの傍へと飛んでいく。
「よし到着、早速パネルリベレート開始だ!」
そう叫びながらブリーズが両手の甲に装備したブレードを構えるとアイテムパネルからウイルスの群れが出現する。
「今回は早さよりも確実さが優先だな。バトルチップ、カマイタチ」
恵徒が転送した風の刃で攻撃するバトルチップ──カマイタチがウイルスの群れに命中したのを確認するとブリーズはすぐさま右腕のブレードを左の肩口に持っていった
状態で吶喊する。
「おらあぁっ!」
咆哮と共にブリーズが放った一閃によりウイルスの群れがデリートすると同時にアイテムパネルが解放され、中から一本の鍵が出現する。
「おっしゃ1ターンリベレート!ついでにバリアキーも見つけたぜ!」
そう叫びながらブリーズが鍵―バリアキーを掴むと闇の穴を囲んでいたバリアパネルが全て消滅する。
「これで残っている闇の穴のリベレートが大分楽になった、けど……」
「今動ケルノハワタシタチダケダカラナ」
辺りを軽く見回しながらウィッカーマンがそう呟くと森若は苦笑いを浮かべる。
「これは無理にリベレートしに行くよりショットマンとリッパーマンを庇える位置で待機するのが無難かな?」
「ソウダナ、今ハソレデ充分ダロウ」
そう言うとウィッカーマンはのそのそとショットマンとリッパーマンの傍に移動する。
「……よし、これでこちらのフェイズは終了だ」

【MESSIAH PHASE 1】
「フェイズ開始、侵入者を排除せよ」
それまで口を閉ざしていたカマエルがそう言って剣先で地面を叩いた瞬間ガーディアンたちは咆哮を上げ、各々移動を開始する。
「キシャアアアア!」
その内の一体──鳥型のガーディアンは咆哮を上げながらショットマンに飛び掛る。
「うわこっち来た!」
「ソウハサセン!」
そう叫ぶと同時にウィッカーマンはショットマンの前に立ち、鳥型ガーディアンの攻撃を片腕で弾く。
「か、庇ってもらえるって分かっててもおっかねーもんはおっかねーな……」
表情を引きつらせながらショットマンがそうぼやいたのと同じ頃、もう一体の鳥型ガーディアンがブリーズに向かってけたたましい声で吼えていた。
「おー、ドルリーの兄ちゃんが言った通りだ。こっちまで来ねぇ」
「……範囲内に攻撃できる対象の不在を確認、フェイズ終了」
苦々しげに呟きながらカマエルは右手に携えていた長剣を下ろした。

【OFFICIAL PHASE 2】
「こちらのフェイズだがどうする、素直に攻めるか?」
「そうしたいところなんですけどそこの闇の穴の近くにあるアイテムパネルが気になるんですよね……」
「トラップ……ですか?」
恵徒がそう訊ねると森若は頷いて肯定する。
「位置からしてそう考えるのが妥当だろうね。……ドルリーさん、リッパーマンのリベレート能力でトラップは壊せますか?」
森若の問いに対しドルリーは首を横に振る。
「残念ながら破壊できない。トラップの中身がダメージならまだマシな方だが一時行動不能を引いた時が面倒だな……」
「何でトラップは別判定なのさー」
「まーまーおにーさん、ここは俺に任せてよ」
そう言ってショットマンが目配せをすると達貴は頷いて答える。
「森若さん、ショットマンのリベレート能力を使ってあのアイテムパネルをリベレートします。それならトラップの被害が出ないし後続への負担も減らせます」
「……その方が良さそうだね、お願いするよ」
「了解です、ショットマン」
「あいよ」
短く返事をするとショットマンは闇の穴周辺にあるアイテムパネルの傍へと移動する。
「そんじゃ行くぜ、アナライズスナイプ!」
そう言いながらショットマンが自身の正面とその両側にあるアイテムパネルを攻撃するとパネルからウイルスの群れが出現する。
「さすがに数が多いな……バトルチップ、サウンドボム」
達貴が転送したバトルチップ──サウンドボムをショットマンが投げつけると爆発と衝撃によってウイルスの群れは一体を残してデリートする。
「うげっ、一体倒し損ねた」
「なら次で仕留めれば良いだけだ。バトルチップ、イーグルアイ!」
そう言いながら達貴が転送したバトルチップ―イーグルアイの効果で出現したマーカーがついたウイルスに狙いを定めてバスターで撃ち抜き、ウイルスがデリートしたのを確認するとショットマンはほっと息を吐いた。
「どうにかリベレート成功っと」
ショットマンがそう呟くのとほぼ同時にリベレート能力で攻撃したアイテムパネルが解放され、その内の一つから小さな球状の光が現れる。
「おっ、オーダーポイントだ。トラップも無事外れて一石二鳥ってとこか?」
球状の光──オーダーポイントを確保しながらショットマンは微笑を浮かべる。
「これで不安要素の一つは解消されたね。じゃあ次は……時凪くん、ブリーズ。そこの闇の穴のリベレートを頼めるかな」
「分かりました。行くぞ、ブリーズ」
「了解!」
そう返事をするとブリーズは闇の穴の傍へと飛んでいく。
「着いた……のは良いけど近くに鳥型の奴がいるんだよなぁ……」
「無理に1ターンリベレートを狙わなければ大丈夫……だと思う」
「慎重に、ってことだな。そんじゃ行くぜ、パネルリベレート開始!」
そう叫びながらブリーズが右手の甲に装備したブレードを構えると闇の穴からウイルスの群れと鳥型のガーディアンが出現し、闇の穴付近に待機していた鳥型のガーディアンもブリーズを攻撃対象と定め襲い掛かる。
「やっぱりこっち来やがったー!?」
「落ち着け、全てを確実に仕留めれば良いだけの話だ」
うろたえるブリーズに対し恵徒は冷静に状況を分析する。
「……この数をまとめて倒すならこれだな。バトルチップ、アイビードール!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス!ソーンクラウン!」
恵徒が転送した三枚のバトルチップによって発動したプログラムアドバンス──ソーンクラウンの効果によってウイルスの群れと鳥型のガーディアンたちは無数の茨に縛り上げられ、そのダメージでウイルスの群れはデリートしていく。
「これで落ちろ!スパイラルブラスト!」
咆哮と共にブリーズは全身を使った回転斬りを鳥型のガーディアンたちに浴びせ、二体同時にデリートする。
「おっしゃ1ターンリベレート成功!」
そう叫びながらブリーズがガッツポーズを取ったのとほぼ同時に闇の穴が消滅し、周辺のダークパネルが一斉に解放される。
「残る闇の穴は二つ……ドルリーさん、道を切り開いてもらえますか?」
「了解した。リッパーマン、その一帯を薙ぎ払え」
「はーい、思いっきりやっちゃうよー」
嬉々とした表情を見せながらリッパーマンは行く手を阻むように広がるダークパネルの前に移動する。
「それじゃ派手に行くよ、シェイディスラッシュ!」
そう叫びながらリッパーマンがダークパネルを攻撃するとパネルからウイルスの大群が出現し、リッパーマンに襲い掛かる。
「何体来ようと雑魚は雑魚なんだよ!マーダーステップ!」
挑発的な発言をしながらリッパーマンは右腕に装備したナイフで次々とウイルスを一閃し、襲い掛かってきたウイルスの大群全てを瞬く間にデリートする。
「はいおしまい、1ターンリベレート成功だよ」
退屈そうな表情を見せながらリッパーマンが呟いた後、リベレート能力でリッパーマンが攻撃したダークパネルが一気に解放される。
「これで闇の穴への道は開けた。後は任せたぞ、モリワカ」
「任せてください、ウィッカーマン」
「ソロソロワタシタチモリベレートヲヤラナイトナ」
そう言いながらウィッカーマンはのそのそと足音を立てながら闇の穴の傍へと近づく。
「サテ、パネルリベレート開始ダ」
そう言ってウィッカーマンが拳を構えると闇の穴からウイルスの群れと四つ足のガーディアンが現れ、付近で待機していた四つ足のガーディアンもウィッカーマンに襲い掛かる。
「動キノ鈍イ四ツ足ナラ手早ク倒セソウダ」
「油断は禁物だよ。バトルチップ、アバランチロック」
森若が転送した無数の石礫を落として攻撃するバトルチップ──アバランチロックの効果で出現した石礫はウイルスの群れを押し潰してデリートし、四つ足のガーディアンたちにもダメージを与えていく。
「沈メ!ピアッシングリム!」
そう叫ぶと同時にウィッカーマンは細長く尖った槍に変化させた右手の指で四つ足のガーディアンを貫き、デリートする。
「リベレート成功ダ」
ウィッカーマンがそう呟くのとほぼ同時に闇の穴が消滅し、周辺のダークパネルが一斉に解放されていく。
「このフェイズはここまでだね、さて向こうはどう動いてくるかな?」

【MESSIAH PHASE 2】
「フェイズ開始」
そう呟いてカマエルが剣先で地面を軽く叩くと待機していた鳥型のガーディアンがウィッカーマンに襲い掛かる。
「甘イ!」
そう叫びながらウィッカーマンは鳥型のガーディアンが振り下ろした爪を拳で弾き返す。
「……範囲内に攻撃可能な対象を確認」
淡々とした口調でそう呟くと同時にカマエルは一瞬姿を消した後リッパーマンの背後にあるダークパネルの上に姿を現し、長剣を振り下ろしてリッパーマンにダメージを与える。
「いったいなぁもう……!後で切り刻んでやるから覚悟しなよ!」
「攻撃完了」
怒号を浴びせるリッパーマンには目もくれず、カマエルは元の位置へと戻っていく。
「あの一撃だけで二割持っていかれたか……不用意に切り込むのは命取りだな」
カマエルが放った攻撃で削られたリッパーマンのHPを確認しながらドルリーは眉間に皺を寄せる。
「フェイズ終了、砦パネル消滅に備え戦闘態勢を維持します」

【OFFICIAL PHASE 3】
「できればこのフェイズで決めたいところだね、ウィッカーマン」
「最後ノ闇ノ穴ノリベレートダナ、了解シタ」
そう言ってウィッカーマンは最後の闇の穴がある場所へと移動を始める。
「えっ、ウィッカーマンに闇の穴のリベレートをやらせるんですか?」
驚いた表情を見せながら達貴がそう訊ねると森若は頷いて肯定する。
「最後の闇の穴のリベレートを私たちが、あのナビに挑む下準備をドルリーさんたちがやって直接対決は君たちがやる。これが今出せる最適解だと思う」
「私も同意見だな」
「俺は納得いかなーい!」
頬を膨らませながらリッパーマンは不満を訴える。
「お前な、これがチーム戦だということを忘れたのか?お前の軽率な行動が原因でこちらが敗北を喫することとなったらどう責任を取るつもりだ?」
「う、うー……」
厳しい口調でドルリーに叱られたリッパーマンはしおしおと引き下がる。
「……ともかく。闇の穴のリベレートは頼んだぞ、モリワカ」
「分かっています」
「デハ行クゾ、パネルリベレート開始!」
そう叫んでウィッカーマンが拳を構えると闇の穴の中からウイルスの群れと鳥型のガーディアンが現れ、付近に待機していた鳥型のガーディアンもウィッカーマンに襲い掛かる。
「機動力ノ高イ相手ニ最モ有効ナ手ハ──」
「向こうが突っ込んできた時に強烈な一撃を叩き込むこと、来るよ!」
森若がそう叫んだ時、鳥型のガーディアンたちがほぼ同時に爪を振りかぶろうとしていた。
「ログストライク!」
咆哮と共にウィッカーマンが放った拳の一撃を真正面から喰らった鳥型のガーディアンたちは鈍い断末魔を上げてデリートする。
「残リハコレデ充分ダナ、ブランチプリズン!」
突き出した拳をそのまま地面に叩き付けるとパネルから出現した無数の枝がウイルスの群れを貫き、デリートしていく。
「片付イタナ、リベレート成功ダ」
姿勢を正しながらウィッカーマンがそう呟くと同時に闇の穴が消滅して周辺のダークパネルが解放され、カマエルの周囲を囲む灰色の印がついたダークパネル──砦パネルが普通のダークパネルに変化する。
「さて舞台を整えに行くとするか、リッパーマン」
「……はーい」
不満げな声を漏らしながらもリッパーマンは右腕にナイフを装備する。
「こうなりゃ憂さ晴らしだよ、シェイディスラッシュ!」
そう叫びながらリッパーマンがナイフを振り下ろすとダークパネルからウイルスの群れが出現する。
「ほらほらほら、消されたい奴からかかっておいでよ!」
挑発的な発言をしながらもリッパーマンは着実な一撃でウイルスの群れをデリートしていく。
「お、おにーさんこえー……」
怯えるショットマンをよそにリッパーマンがウイルスを倒し終えるとダークパネルが解放されていく。
「ほら君たち何やってんの?さっさとあいつを倒してきなよ」
「お、おっす」
そう返事をしながらショットマンはカマエルの目の前へと移動する。
「さーてと……そんじゃ親玉退治と行くか!」
「ああ、こいつを倒して先に進むぞ」
そう言ってショットマンと達貴が身構えるとカマエルも右手に携えた長剣の切っ先をショットマンに突きつける。
「防衛のため戦闘態勢に移ります」
「行くぞショットマン。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「消えろ、ヴァイスディメンジョン」
そう呟きながらカマエルが長剣を振り下ろすと白い斬撃が地を這いながらショットマンに襲い掛かる。
「うおっと!」
斬撃が当たる寸前のところでショットマンは地面を蹴って右に飛び、直撃を回避する。
「お返しだ、クランブラスト!」
片膝をついた姿勢でショットマンは右腕に装備したバスターから光弾を放つが、カマエルはその光弾を盾のように構えた長剣で防ぐ。
「げっ防がれた!?」
「怯むな!バトルチップ、ボルカノイラプト!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス、ギガイラプション!」
達貴が転送した三枚のバトルチップによって発動したプログラムアドバンス──ギガイラプションの効果によって出現した巨大な火山から噴射された火柱がカマエルを包む。
「ぐっ……」
「おらぁ今度こそ食らいやがれ!」
怒号を上げながらショットマンはバスターを連射し、いくつもの光弾をカマエルに直撃させる。
「こいつはおまけだ!セブンスバレット!」
続けざまに放たれた七つの光弾は全てカマエルに命中しダメージを与えるものの、完全な撃破には至らなかった。
「リベレートバトルの強制終了条件の達成を確認……累計ダメージ80%を突破……」
「くっそ、リベレート失敗か……けど、これなら仕留め切れるよな?」
「――当然!」
不敵な笑みを浮かべるショットマンの問いかけに対し力強く答えながらブリーズはショットマンの背後から姿を現し、満身創痍のカマエルに吶喊する。
「悪いが次は俺たちの相手をしてもらうぞ。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「エアクレイドル!」
そう叫びながらブリーズは右手の甲に装備したブレードから竜巻を放つが、カマエルは長剣の一閃で竜巻を切り裂く。
「ディヴァインスタブ!」
「バトルチップ、ビハインドクロス!」
カマエルが長剣で連続突きを放つのに合わせて恵徒が転送したバトルチップ──ビハインドクロスの効果でブリーズはカマエルの背後へと回り込む。
「うおらぁっ!」
カマエルが振り返るよりも先にブリーズは両手の甲のブレードを振るい、カマエルの背中に二発の斬撃を食らわせる。
「ぐぁっ……!」
「とどめだぁ!」
咆哮と共にブリーズが突き出したブレードはカマエルの胸を貫いた。
「がはっ……」
くぐもった断末魔を残してカマエルがデリートするのと同時にエリア内に存在する全てのダークパネルが解放される。
「……リベレートミッション完了ダ」
そう呟くとウィッカーマンはエリアの奥にあった制御装置の傍へと歩み寄り、パネルを操作するとシャッターが音を立てながらゆっくりと開いていく。
「皆お疲れ様、けど本番はこれからだよ」
ブリーズたちがプラグアウトしたのを確認した後、森若がそう告げるとドルリーは溜め息を吐いた。
「ここの時点でこれだけ手間をかけさせられたことを考えるとアジト内部にも面倒な仕掛けがありそうだな」
「一層気を引き締めないといけませんね」
きっと鋭い眼光で前を見据えながら恵徒たちは通路の奥へと足を進めた。

「……カマエルが倒され、シャッターが開放された。もうじき奴らが乗り込んでくるだろう」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらクロウは他のメンバーに現状を報告する。
「俺たちの仕事は第二波を送り込むまでの時間稼ぎ、あわよくば奴らの撃破。それで良いんだよな、クロウ?」
ダンがそう訊ねるとクロウは頷いて肯定する。
「奴らの撃破はあくまで二の次。最優先事項がメサイアの防衛であることを忘れるな」
「了解」
「できる限り彼らを足止めしてきますよ」
「そのついでに倒せれば設けものですけどね」
「さて、そんじゃ名誉挽回と行きますか」
思い思いの言葉を口にしながらメサイアのメンバーたちは通信を切った。

「ここがメサイアのアジト……」
メサイアの面々が迎撃態勢を整えている頃、恵徒たちはメサイアがアジトとして利用している施設の前に到着していた。
「どうやら元々あった施設を改装した上で利用しているようだな。正面以外に中へ侵入できそうなところは……そこぐらいか」
そう呟きながらドルリーは施設の裏手にある扉を見据える。
「じゃあそこから中に……」
「あ、ちょっと待って」
達貴の言葉を遮って森若が制止をかける。
「時凪くん、日原くん。君たちに渡しておきたいものがあったんだ」
そう言って森若は自分のPETから恵徒と達貴のPETに一つのプログラムを転送する。
「Beast.bat……?森若さん、これは?」
「今君たちに送ったのはビーストバッチというプログラムパーツで、組み込んでいる間だけ獣化の力を得ることができる代物…と言いたいところなんだけどそれの効果で振るえるのは
本家の25%程度なんだ」
獣化(ビーストアウト)──電脳獣と呼ばれる存在をその身に宿してなお自我を維持することが出来るナビだけが行使することを許される強大かつ危険な力。直接目にしたことこそ
無いものの、その力の凄まじさは恵徒も達貴もよく理解していた。
「ついさっきまでそれを渡すかどうかずっと悩んでいたんだけど……これから先起こるであろう戦いの厳しさを考えると、ね」
「……そうですね、ありがとうございます」
そう礼を言うと恵徒と達貴は軽く頭を下げる。
「話は済んだか?そろそろ行くぞ」
ドルリーに促され恵徒たちは扉の方へと向かった。

「……杞憂だったか?」
裏手の扉から施設内部に入った恵徒たちは周囲を警戒しながら奥へと進んでいたが、次の部屋へ通じる扉に着くまでの間何も起こらなかったことに首を傾げていた。
「もしかしたらここからが本番かもしれないよ?」
「その可能性はあるな……行くぞ」
意を決してドルリーが扉を開けると部屋の中は半歩先すらまともに見えないほどの暗闇に包まれていた。
「……こう来たか」
「暗すぎて何も見えませんね……」
ドルリーと恵徒が顔を顰める一方、森若は部屋の入り口付近にある端末に目をつけていた。
「……この端末、どうやらプラグインできるみたいだね」
「ソコカラ照明ノ電源プログラムヲ探シテクルシカ無サソウダナ」
「そうみたいだね。頼むよ、ウィッカーマン」
「了解シタ」
ウィッカーマンの返事を聞くと森若はPETを端末に向ける。
「プラグイン、ウィッカーマン.EXEトランスミッション」

「コチラモ暗イナ……ム?」
部屋の電脳に入り込んだウィッカーマンがまず目にしたのはぼんやりと輝く球状の光だった。
「何ダアノ光ハ?」
首を傾げながらウィッカーマンが近づくと光はウィッカーマンから逃げるように離れていく。
「……何ナンダ?」
のそのそとウィッカーマンが追いかけると光は再び逃げるように離れていく。
「……耕也、ドウ思ウ?」
「うーん……まだ何とも言いがたいなぁ…」
「トリアエズアノ光ヲ追ウシカ無イカ」
そう言って溜め息を吐いたウィッカーマンが再び近づくと光は逃げるように離れていき、その先にあった灯篭の中へと入り込む。
すると部屋の入り口付近に設置されていた照明に電源が入り、真っ暗な部屋の一部が見渡せるようになった。
「……なるほど、こういう仕掛けだったんだね」
「ツマリ先ヘ進ムタメニハ光ヲ灯篭ノ中ニ入レル必要ガアルトイウワケカ。全ク面倒ナ仕掛ケダナ」
面倒くさいと言わんばかりの表情を見せながらウィッカーマンは肩を竦める。
「けどまぁやらないことにはどうしようもないからね」
「ソレハ分カッテイルンダガナ……」
はぁ、とため息をつくとウィッカーマンは遠くでうすぼんやりと輝く光の元へと向かった。

「コレデ最後ダナ」
光が灯篭に入っていくのを見ながらウィッカーマンがそう呟くと同時に最後の照明に電源が入り、部屋の全域が見渡せるようになる。
「ご苦労様ウィッカーマン。それじゃプラグアウトを……」
「ちょっと待ったー!」
突然叫び声が響いたかと思うとウィッカーマンの前に二体のナビ──バーグラーとサクヤが現れる。
「このまま先に進めると重ったら大間違いなんだからな!」
「及ばずながら足止めをさせてもらいますよ」
「全ク面倒ナ……ドウスル、耕也?」
ウィッカーマンがそう訊ねると森若は少し黙り込んだ後、徐に口を開く。
「……ドルリーさん、子どもたちをお願いします」
「それは構わんが大丈夫なのか?」
「ええ、心配には及びませんよ」
「なら良いのだがな」
肩を竦めながらそう言うとドルリーは踵を返し、奥の扉に向かって歩き出す。
「森若さん、いくら何でも二対一は…」
「君たちはドルリーさんと一緒に先を急ぐんだ、これは上官命令だよ」
「……っ、分かりました」
不満を押し殺した表情を見せながらそう答えると恵徒と達貴は奥の扉に向かって走り出した。
「さてと、待たせてすまないね」
おどけた調子で森若がそう言うとラドロはうっすらと笑みを浮かべる。
「中々合理的な判断ではあるけど良かったのか?いくらオフィシャルのお偉いさんでも二対一はきついだろ」
「確かに厳しいものがあるね。だからちょっとずるい手を使わせてもらうよ」
「ずるい手?」
「コウイウ手ダ。来イ!リトルウィッカー!」
咆哮と共にウィッカーマンが右の拳で地面を殴ると周囲の地面からデフォルメしたウィッカーマンのような姿の軍勢が姿を現す。
「……はああああぁぁ?!何だよそれ、聞いてねぇぞ!」
「ど、どうするんだいラドロ君?これはかなりまずいんじゃ……」
「……い、いやあの作戦ならどうにかできる!つーわけで彩葉、サクヤ!予定通り頼むわ!」
冷や汗を流しながらラドロがそう言って軽く頭を下げると彩葉は呆れ顔で溜め息を吐く。
「だそうだよ、サクヤ」
「……仕方がありませんね。バーグラー、サポートを頼みますよ」
「まっかせろー!」
「それじゃあ行くよウィッカーマン。バトルオペレーション、セット」
「イン」

「出てこーい、コピーゲート!」
そう叫びながらバーグラーが両手を振り上げると頭上に大きな門が開いた状態で出現する。
「クダギツネ!」
続けてサクヤが召喚したクダギツネが門に飛び込むとその数を増やしてウィッカーマンに襲い掛かる。
「行ケ!」
ウィッカーマンが指示を出すとリトルウィッカーたちはクダギツネたちの前に立ちはだかり、乱戦を開始する。
「……なるほど、つまりあの門はコピー機の役割を果たしているのか」
「アノ門ヲ作ルタメニコピープログラムガ盗マレタ、トイウワケカ」
「まぁ大体合ってるかな。けどそれが分かったところでどうする?バトルチップ、トリプルボム!」
そう言ってラドロが意地の悪い笑みを浮かべるのと同時に転送したバトルチップ──トリプルボムをバーグラーはコピープログラムを増やし、それをウィッカーマンに投げつける。
「ソノ程度デワタシヲ倒セルト思ウナ!」
そう叫ぶと同時にウィッカーマンが右の拳を勢いよく突き出すと投げつけられたトリプルボムの一つに命中して爆発し、その影響で他のトリプルボムも次々に誘爆していく。
「うわわわわっ!」
「バーグラー!」
誘爆したトリプルボムから発生した爆風でバーグラーは吹き飛ばされそうになるが、サクヤが召喚したクダギツネに首根っこをくわえられたことで窮地を切り抜ける。
「た、助かったー……」
「全く世話が焼けますね」
ほっと安堵の息をついたバーグラーを見てサクヤは苦笑いを浮かべる。
「けどまぁあれだけ食らえば……」
ラドロがそう言いかけたところで煙の中からほぼ無傷のウィッカーマンが姿を現し、ラドロたちを驚愕させる。
「……うそぉん」
「言ッタ筈ダ、ソノ程度デワタシヲ倒セルト思ウナト。ピアッシングリム!」
咆哮と共にウィッカーマンの指先は細く鋭い槍のように伸び、サクヤの身体を貫いた──かに見えたが、貫いたのは一匹のクダギツネだった。
「身代ワリカ……小賢シイ真似ヲ……」
「何分小賢しいのが取り柄みたいなものですからね」
苦笑交じりに言いながらウィッカーマンの背後に姿を現したサクヤは五枚の札を投げ、ウィッカーマンを囲むように配置する。
「狂心之陣、発動!」
そう叫びながらサクヤが指で五芒星を描くと五枚の札が光を放ち、ウィッカーマンを包む。
「グオッ……!?」
「……そうか、これが時凪くんの言っていたココロプログラムの暴走か」
ココロウィンドウに表示されたウィッカーマンに齎された異常──ココロプログラムの暴走を一瞥した森若は淡々とした口調で呟く。
「いくらあなた方が強くともこうなってしまってはどうしようもないのでは?」
「…そうだね、この状況を打破するのは困難だ。──でもね、それの対策は万全なんだよ」
そう言って森若が不敵に笑った直後、札の一枚がリトルウィッカーたちによって破壊される。
「なっ……!?」
突然の出来事に彩葉が驚愕する一方、ラドロはPETの画面に映る光景──リトルウィッカーたちによって破壊された門を見て目を見開いていた。
「あいつらいつの間に……!」
「門を出されたのは想定外だったけど案外何とかなるものだね?」
「サテ、オ前タチト遊ブノハココマデダ。放テ、ミリオンスパイク!」
ウィッカーマンが指揮を出すとリトルウィッカーたちは両腕から槍のように鋭い枝を伸ばし、四方八方からサクヤとバーグラーを貫く。
「サクヤ!」
「バーグラー!」
彩葉とラドロが声を揃えて叫ぶのと同時にサクヤとバーグラーはデリートし、残存していたクダギツネたちも一斉に消滅した。

「……さて、そろそろ出てきたらどうだい?」
ウィッカーマンをプラグアウトした後、森若がそう声をかけると部屋の奥からラドロと彩葉が姿を現す。
「いやー、流石はオフィシャルのお偉いさんだわー。まさかあんな奥の手があったなんてねぇ」
「その割には随分と対応が早かったように見えたけどね」
「たまたまこっちが用意していた作戦で対応できそうな手だったからだよ。……というか俺らなんかに構ってて良いの?」
おどけた口調でラドロが訊ねると森若はにっこりと笑顔を見せる。
「確かに先を急ぎたいところだけど君たちに逃げられたら元も子もないからねぇ?」
「え、あの、何で指鳴らして……」
顔を引きつらせた彩葉が言い終えるよりも先に鈍い音が二回響いた。

「……この部屋は随分と入り組んでいるようだな」
森若がラドロと彩葉への対処を行っている頃、ドルリーたちは迷路のように入り組んだ部屋に苦戦していた。
「とりあえず進めそうな道を進むしかないんじゃ……あだっ!」
周囲を警戒しながら先に進もうとした直後、達貴は何も無いはずの場所に顔面をぶつけ、その場に蹲った。
「お、おい大丈夫か達貴?」
「ちょっと顔をぶつけただけだ……けど何にぶつかったんだ?」
不思議そうに首を傾げながら伸ばした達貴の指先が見えない何かに触れたのを見た瞬間、ドルリーは察しが着いたような表情を見せる。
「……なるほど、マジックミラーか。全く面倒な仕掛けを……」
「マジックミラー、ですか?」
「ああ、よく見てみろ。ただのガラスとは少し違うだろう?」
「……そう言われてみれば」
まじまじと見えない何か──マジックミラーを眺めた恵徒と達貴が納得したような表情を見せる一方、ブリーズは何かに気づいたような表情を見せる。
「あれ?ってことはこのままだと先に進めないんじゃ……」
「そうなるな、だがそいつをどうにかする方法の目星はついている」
そう言うとドルリーはマジックミラー付近の壁に備えられた端末にPETを向ける。
「プラグイン、リッパーマン.EXEトランスミッション」

「うっわ、こっちも鏡だらけなの?」
何枚もの鏡が様々な角度で配置されている光景を目にした瞬間、リッパーマンは露骨に嫌そうな表情を見せる。
「意味も無く並べられているとは思えんが……む?」
一見無造作に配置された鏡の内何枚かが直線状の光を反射し、一本の線になっていることに気づいたドルリーは何か閃いたような表情を見せる。
「リッパーマン、お前の傍にある鏡を左に90度動かしてみろ」
「えーと……これ?」
「ああ、それだ」
「これを左に……っと」
そう言いながらリッパーマンが鏡の角度を変えると光が離れ小島のように配置されていた像に差し込み、それと同時にドルリーたちの行く手を阻んでいたマジックミラーがゆっくりと
上がっていく。
「ここの仕掛けは光と鏡のパズル、といったところか。次に行くぞ、リッパーマン」
「りょーかーい、めんどくさいからぱっぱか解いてくよー」
くあ、と欠伸をしながらリッパーマンは奥に向かって歩き始めた。

「あああああもういい加減くどいよこの仕掛け!」
「三つぐらいならそこまででも無いだろ……良いからさっさと動かせ」
「まぁこれが最後だから良いけどさー……」
ぶつくさと文句を言いながらリッパーマンが鏡を動かすと光が像に差し込まれ、扉のロックが解除される。
「……大分時間がかかったな、先を──」
「そうは行きませんよ?」
不意に響いた声がした方にリッパーマンが振り返ると背後にあった鏡に映るリッパーマン──に化けたミラーマンが不気味な笑みを浮かべ、鏡の中からずるりと這い出る。
「うわっ、何その出方気味悪っ!?」
「……次の足止めはお前か、Mr.グレイ」
「おやおや、そんなに睨んでは端正な顔が台無しだよ?」
厳しい表情を見せるドルリーに対し、Mr.グレイはからかいの言葉を投げかける。
「ケイト、タツキ。お前たちは先に行け。こいつらは私たちが始末する」
「ドルリーさん……分かりました」
「メサイアは必ず俺たちが止めてきますから!」
そう叫びながら恵徒と達貴が扉を開け、奥へと走り去っていくのを見送るとドルリーはPETの画面に向き直る。
「時間が惜しい、早急に片をつけるぞ。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「今回は本気で行かせていただきますよ」
「それは別に良いんだけどさー……その格好どうにかなんないの?」
「おやお気に召しませんでしたか、ではこういった演出は如何でしょう?」
そう言ってミラーマンがぱちんと指を鳴らすとその姿はホラー映画に出てくる黒いローブを纏ったゴーストのような不気味なものへと変化する。
「そ、そういうサービスはお断りだよおおぉぉぉ!!」
ミラーマンの姿が変わった瞬間情けない顔で悲鳴を上げたリッパーマンを見たドルリーは頭を抱えた。
「弱点は調査済み、というわけか」
「君が相手だと形振り構っていられないからね、あらゆる手を使わせてもらうよ」
「……そうか、ならば私も奥の手を使わせてもらおう。バトルチップ、ムーンストラック」
溜め息混じりに言いながらドルリーが一枚のバトルチップ──ムーンストラックを転送した瞬間、リッパーマンは黒と紫が入り混じったオーラに包まれる。
「ふふッ、ふふフふっ、ふふフあはハははハは!」
オーラに包まれたリッパーマンが哄笑する様子を見たミラーマンは数歩後ずさる。
「正気とは思えない昂揚状態……これはもしや」
「ダークチップ、だね。しかし意外だな、君がそんなものを使うなんて。リスクを承知した上での使用、と思って良いのかな?」
「生憎だが私はリスクの高い代物をそのまま使うなんて間の抜けたことはしない」
「……なるほど、ダークライセンスか」
そう呟いたMr.グレイの脳裏にはダークチップが齎すリスクを抑制するプログラムパーツ──ダークライセンスの存在が過ぎっていた。
「私が聞くのは筋違いかもしれないけど……ドルリー君、君は本当に善玉かい?」
「愚問だな、ネットハンターがウラを本拠としている時点で答えは分かりきっているだろう?」
Mr.グレイの問いを一蹴し、ドルリーはリッパーマンの方に向き直る。
「リッパーマン、好きなだけ暴れてこい」
「りょオかぁイ!」
おぞましい笑みを浮かべながらリッパーマンは地面を蹴り、右腕に装備したナイフをミラーマンめがけて振り下ろす。
「くっ……!」
リッパーマンが振り下ろしたナイフの一閃はミラーマンが咄嗟に出現させた鏡の盾によって阻まれるが、重い一撃を受けた鏡の盾はぴしぴしと音を立てながらひび割れていく。
「あはハっ、それデ防いダつもリなのォ?」
鏡の盾を割り砕いたリッパーマンがナイフを構え直した時、ミラーマンは不敵な笑みを浮かべていた。
「かかりましたね、ペインミラー!」
ミラーマンがそう叫ぶと同時に割れた鏡の破片が一斉にリッパーマンを襲い、全身を切り刻んでいく。
「割れた鏡で攻撃とは面倒なことを……」
「おっと、それだけじゃないよ。よく見てごらん」
Mr.グレイに促されてドルリーがPETの画面を良く見るとリッパーマンの身体にバグが発生していることに気づく。
「鏡を割ると七年の間不幸に苛まれる、という話を聞いたことはないかな?」
「……バグを不幸に見立てているわけか。面倒ではあるが……寧ろ好都合だ」
「好都合?」
「こういうことさ。バトルチップ、バグブレード」
そう言ってドルリーが転送したバトルチップ──バグブレードをナイフの代わりに装備し、不規則に揺らめく刃の先をミラーマンに向ける。
「あれは……流石にまずそうですね、ミラースライド!」
そう叫びながらミラーマンは分身を三体出現させ、光の刃を左手に携えると四方からリッパーマンに斬りかかるが──
「──無駄ナ足掻キだよ」
それまでとは打って変わって冷淡な口調で呟くと同時にリッパーマンはバグブレードで四人のミラーマンを一閃する。
「そんな、たったの一撃で……」
驚愕と絶望が入り混じった表情を浮かべながらミラーマンは分身と共にデリートした。

「──Mr.グレイ、お前に一つ聞きたいことがある」
「何だい?」
「何故ケイトに宣戦布告のメッセージを残した?」
酷く厳しい表情を見せながらドルリーはMr.グレイに対して問いを投げかける。
「自分が不利になりかねない情報をわざと残したお前の意図が私には分からない」
「意図なんてそんな大それたものは無いよ。ただ強いて挙げるとすれば──」
不意に言葉を切ると同時にMr.グレイはくす、と笑みを浮かべる。
「展開を面白い方向に誘導するため、かな」
「……享楽的だな、そして腹立たしい。お前のつまらん遊びにつき合わされていたと思うと殊更な」
「こんな仕事をしているとこういうお遊びをしたくもなるんだよ。……まぁ、根が真面目そうな君には分からないかな?」
「分かりたくもない」
「そう言うと思ったよ。さて、そろそろ潮時みたいだしお暇をさせてもらうよ。次の機会があったらまた遊び相手になってもらえると嬉しいな」
「逃が……っ!」
ドルリーが叫び終わる前に通信は切れてしまう。
「……くそっ、面倒な奴を取り逃したな」
腹立たしげに呟きながらドルリーは頭を掻いた。

「……奴らめ、思った以上に早く侵攻してきているな」
「心配いらねぇよクロウ、あいつら全員は流石にきついだろうけど一組だけならどうとでもできるだろ?」
「……っモール、お前…」
はっとした表情を見せるクロウの言葉を制するようにモール―ダンはクロウが映る画面に手をかざす。
「──片方は俺たちが足止めしておく。だからもう片方は確実に仕留めろよ」
「……分かった。だが無茶はするなよ」
「まぁ善処はするさ」
クロウの忠告に対しプロードマンは肩を竦め、ダンは苦笑いを浮かべた。

「えーと……これは一体どんな仕掛けだ?」
ダンとクロウが神妙なやり取りをしてる頃、達貴たちは目の前に広がる光景──床一面に敷き詰められた半透明のパネルを不思議そうに見つめていた。
「どう見ても何かあるに決まってるよなーこれ」
「まぁ調べないことにはどうしようもないけどな……」
ため息混じりに呟きながら恵徒が爪先をパネルに近づけ、微かに触れた瞬間パネルから激しい電流が発生する。
「っ!!」
咄嗟に足を引いて後ろに倒れこんだことで恵徒は背中を地面に打ち付けつつも電流の直撃を回避する。
「恵徒!」
「おい時凪、大丈夫か!?」
「あ、ああ……にしてもいきなり物騒な仕掛けになったな……」
「それだけ先に行かせたくないってことだろ、達貴」
ショットマンに声をかけられた達貴は無言で頷くと付近の壁に備えられた端末にPETを向ける。
「プラグイン、ショットマン.EXEトランスミッション」

「おー、こっちも似たような状況か」
床一面に敷き詰められた半透明のパネルを見下ろしながらショットマンは肩を竦める。
「おそらくこっちにもハズレのパネルを踏むと電流が発生する仕掛けがある筈だが……」
「どれがハズレか分かんねぇ以上虱潰しに踏んでくしかねぇんだよなぁ……」
嫌そうな顔をしながらショットマンがパネルの一つを踏んだ瞬間、激しい電流がパネルから発生する。
「うおあっ!?」
慌てて足を引っ込めたものの、電流はショットマンの足を軽く焦がす。
「っ痛ぅ……ほんとデンジャラスな仕掛けだなぁおい」
「やっぱり虱潰しにパネルを踏むのは得策じゃないな、何か正解のパネルを見極める方法は……」
そう呟きながらパネルを見つめていた達貴はパネルがある法則性を持って明滅を繰り返していることに気づく。
「……そうか、これはこういう仕掛けなのか」
「何か分かったのか達貴?」
「ああ、今から俺が指示する通りに動いてくれ」
「りょーかい」
短く返事をして達貴の指示通りにショットマンがパネルを踏んでいき、ある地点に到達すると仕掛けが解除されたことを知らせる電子音が響く。
「おおー、解けた解けた。にしても光ってない方が正解とか随分捻くれた仕掛けだなぁ」
「簡単に解かれると困るからだとは推測できるが……確かに捻くれているな」
「ま、解き方さえ分かればこっちのもんだな。次もオペレート頼むぜ、達貴」
「ああ、手早く解いて先を急ごう」
手短なやり取りを終えるとショットマンは達貴が指示したパネルに向かって歩き出した。

「よし、これで最後だな」
そう言いながらショットマンがパネルを踏むと電子音が響き、全てのパネルから光が消える。
「思ったより時間がかかっちまったな、こりゃ急いで先に……」
「──行かせねぇよ?」
不意に響いた声がした方にショットマンが振り返ると同時にどこからか円柱型の爆弾が投げ放たれる。
「っ!」
爆弾の存在に気づいたショットマンはすぐさま右腕にバスターを装備して構え、爆弾を撃ち落とす。
「──よう、いつぞやのデータ廃棄場以来だな」
唇の端を吊り上げながらショットマンは爆弾を投げ放った人物――プロードマンに向けて軽口を叩く。
「俺たちが何しに出てきたか、わざわざ言わなくても分かるよな?」
プロードマンの背後に展開された画面に映るダンがそう問いかけると達貴は無言で頷き、恵徒の方に振り返る。
「時凪、お前は先に行け。こいつらの相手は俺たちがする」
「日原……分かった、必ず後から追いかけて来いよ!」
そう叫びながら踵を返すと恵徒はパネルの上を走り抜け、扉の奥へと進んだ。
「……随分あっさり通してくれるんだな?」
「お前らの意思を尊重しただけだ、特にお前の借りを返したいって言う意思をな」
ダンに図星をつかれた達貴は一瞬驚いたような表情を見せた後、ふっと笑みを浮かべる。
「お見通しってワケか。それじゃ早速……と言いたいところだけどその前に一つ聞きたいことがある」
「何だよ調子狂うなぁ……で、何が聞きたいんだ?」
「お前が満たそうとしている欲望は何だ?」
達貴がそう質問した瞬間、ダンは表情を強張らせた。
「俺は最初お前をただの破壊魔だと思っていた。けど今改めてお前の目を見てその認識が誤りだったことに気づいた。お前の目は破壊衝動のままに行動する奴がする目じゃない、
確かな覚悟を持った奴がする目だ」
「……欲望じゃねぇ、ワガママだ」
「ワガママ?」
達貴がそう訊ね返すとダンは自嘲するような笑みを見せる。
「悪役として正義の味方に裁かれたい、俺はただこのワガママを通したいだけだ」
「……何だよそれ、裁かれたいなら自首すれば良いだけの話じゃないのか?」
「それじゃ駄目なんだよ、俺が納得できねぇ」
「……なるほど、確かにワガママだな。と言うより……」
「と言うより、何だよ?」
「頭固すぎ」
「……はぁ!?」
唐突な達貴の発言に一瞬固まった後、ダンは素っ頓狂な声を上げる。
「確かに頭固いっていうか回りくどいことしてるよな。あ、もしかして堅苦しく考えすぎてスマートな方法思いつかなかったとか?」
「てめぇら……人が真剣に悩んでいることを軽く流しやがって……!プロードマン!」
怒り交じりの声でダンに名を呼ばれたプロードマンは呆れ顔を見せながら肩を竦める。
「へいへい、あいつらを徹底的に叩きのめせば良いんだろ?ったく、ダンは煽り耐性低いってのになんつーことしてくれたんだよ」
「えっ、俺らのせいなのか?」
「そんなつもりは無かった……と言っても聞いてくれそうにないな」
「まぁこいつら倒さなきゃ先に進めないし、何より借りを返さないといけねぇしな」
ショットマンがそう軽口を叩くと達貴はにやりと笑みを浮かべる。
「それじゃ利子つけてたっぷり返してやるとするか。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「バトルチップ、バルカン!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス、ムゲンバルカン!」
達貴が転送した三枚のバトルチップによって発動したプログラムアドバンス──ムゲンバルカンで弾幕を展開するショットマンに対し、プロードマンは動じた様子を見せないどころか
不敵な笑みを浮かべてみせる。
「そんなヘッポコ弾喰らうかよ、メルティングバースト!」
そう叫ぶと同時にプロードマンが左足で地面を強く踏みつけると爆音と共に激しい炎が発生し、弾幕を飲み込んだ上でショットマンに襲い掛かる。
「それの対策は準備済みだ!バトルチップ、カキゲンキン!」
にやりと笑みを浮かべながら達貴が転送した火属性の攻撃を反射する罠を仕掛けるバトルチップ──カキゲンキンの効果で炎は勢いを増しながらプロードマンの元へ送り返されるが──
「甘いな。バトルチップ、リターンミラー」
冷たい視線を達貴に向けながらダンが転送したバトルチップ──リターンミラーの効果で出現した鏡は炎を撥ね返し、再びショットマンに襲い掛からせる。
「ぬおあああああああっ!?」
情けない悲鳴を上げながらショットマンは横跳びで炎の直撃を回避し、ごろごろと地面を転がりながらもプロードマンとの間合いを取り直す。
「おいおいおいおい、何か前より攻撃の威力上がってねぇか!?」
「そこは火力って言ってほしかったなぁ。もっと正確に言うと破壊力だけど」
「破壊力?」
プロードマンの発言に一瞬疑念を抱いた後、達貴ははっとした表情を見せる。
「お前まさか、ブレイクプログラムを……!」
「ああ組み込んでるぜ、複製品だけどな」
「やっぱり……って複製品?」
「じゃあオリジナルはどこだよ?」
「元あった場所に返却済みだよ、謝罪のメール付きでな」
ダンから予想外の返答をされたことに驚くあまり達貴とショットマンはぽかんとした表情を見せる。
「何つーか……お前ら妙なところで律儀だよな」
「そりゃどうも、けど今はもっと違うことに意識を向けるべきじゃないかな?」
「どういう……ぐあっ!?」
突然背中に爆撃を受けたことでショットマンは仰け反り、くぐもった悲鳴を上げる。
「ほれ見ろ、背中ががら空きだぜ?」
「っのヤロ……!」
不敵に微笑むプロードマンを睨み付けながらショットマンはぎり、と歯軋りをする。
「このままやられてたまっかよ……達貴!」
「……使うしかなさそうだな。ショットマン、獣化だ!」
そう叫ぶと同時に達貴がPETの画面に表示されたアイコンを押すとショットマンは光の奔流に包まれ、咆哮と共に光を引き裂いて現れた時には虎を模したアーマーをその身に纏っていた。
「おー、獣化とは中々すげぇ切り札を持ってたんだな。……そんじゃその力がどんなもんかお手並み拝見と行こうか!」
「はっ、ほざくのも大概にしろよ。最期の言葉がろくでもないものになっちまうぜ!」
そう言って獰猛な笑みを浮かべるとショットマンは右腕に虎の頭を模したバスターを装備し、その銃口をプロードマンに向けると同時に光弾を放つ。
「だからそんなヘッポコ弾は喰らわねぇって言ってんだろ!」
呆れ顔でそう叫ぶとプロードマンは円柱型爆弾を投げ放って光弾にぶつけ、攻撃を相殺する。
「バトルチップ、タイガーファング!」
達貴が転送したバトルチップ──タイガーファングに右腕の装備を切り替えるとショットマンは地面を蹴って跳躍する。
「うおらあああぁぁっ!」
咆哮と共にショットマンは落下の勢いを乗せた一閃を放つが、タイガーファングの刃が切り裂いたのは円柱型の爆弾だった。
「なっ……!?」
「どうよサクヤ直伝の身代わり技は?」
目を見開くショットマンの背後に回り込んだプロードマンは不敵な笑みを浮かべる。
「これで終いだ、マインズ──」
「させるか!バトルチップ、デスマッチ!」
プロードマンが右足を地面につけるよりも先に達貴が転送したバトルチップ──デスマッチの効果でエリア内全てのパネルが崩れ、足場としての機能を失う。
「はっ、それで俺の攻撃を封じたつもりか?」
「ならもうひと手間加えるだけだ。バトルチップ、バインドチェイン!」
そう言って達貴が転送したバトルチップ──バインドチェインの効果によりパネルに空いた穴から無数の鎖が出現し、プロードマンを拘束する。
「うおっ!?」
「プロードマン!くそっ、バトルチップ──」
「悪いがこれで決めさせてもらう。バトルチップ、ジェノバースト!」
ダンよりも先に達貴が転送したバトルチップ──ジェノバーストは二門の巨大なガトリング砲としてショットマンの両腕に装備される。
「──おい爆弾野郎、こいつを撃つ前に一つ聞いておきたいことがある」
「……良いのかねぇそんな余裕見せたりしちゃって。で、何が聞きたいんだ?」
「あの時……一年前のあの事件でお前が時凪を殺しかけたのは偶然か?」
俯くショットマンの問いかけにプロードマンは笑みを浮かべながら答えを返す。
「いいや確信犯だよ。俺はあの時あいつを殺そうとした、それが事実で真実だ」
「……なるほどね」
そう言って短い溜め息を吐くとショットマンは勢い良く顔を上げ、激しい怒りが篭った眼光をプロードマンに向ける。
「ありがとよ爆弾野郎、俺が予想していた通りの答えを返してくれて。お陰で何も憂うことなくお前をデリートできる!」
そう早口でまくし立てるとショットマンはガトリング砲の銃口をプロードマンに向け、獣の如き咆哮と共にガトリング砲を乱射した。
「……おーおー怖いし痛いねぇ、怒りの感情が篭った攻撃って奴はさ」
デリートする間際、自嘲気味にそう呟きながらプロードマンは笑みを溢した。

「っ…………」
笑みを溢していたプロードマンとは対照的にダンは怒りと悔しさを押し殺すために唇を強く噛みながら顔を俯かせていた。
「……発地」
その様子を見ていた達貴が恐る恐る声をかけるとダンは徐に顔を上げ、覇気の無い眼差しを達貴に向ける。
「……何だよ、俺なんかに構ってる暇があったら先を急げよ。あいつらのことが心配なんだろ?」
「あ、ああ……」
そう促され達貴が部屋の外へと出て行くのを見届けた後、ダンは再び顔を俯かせる。
「……くそっ。腹括って、覚悟決めてた筈なのに……悔しくて仕方ねぇよ……!」
こみ上げる悔しさを吐露しながらダンはぼろぼろと大粒の涙をこぼした。

「……これはまた随分と直球な妨害だな」
ショットマンとプロードマンの対決に決着がついた頃、恵徒の前には悪魔を模した巨大な石像が鎮座していた。
「扉の前に人力じゃ動かせそうに無い石像を置くとかほんと直球だな…まぁこいつを動かす方法の目星はついてるけど」
「こいつの電脳にある制御プログラムを動かす、ってところだろうな。頼むぞ、ブリーズ」
「おうよ!ぱぱっと片付けてきてやるよ!」
意気込むブリーズの様子を見て軽く微笑んだ後、恵徒はPETを石像の端末に向けた。
「プラグイン、ブリーズ.EXEトランスミッション」

「さーて制御プログラムはっと…」
きょろきょろと辺りを見回しながらブリーズが石像の電脳を探索していると突如目と鼻の先を一筋の光線が掠めた。
「……随分なご挨拶だなぁおい?」
「今のを挨拶だと思えるならお前の頭は相当おめでたいようだな」
鳥を模したメットを目深に被り黒いアーマーを纏った男性型ナビは動揺を隠すためにブリーズが叩いた軽口を一蹴する。
「うーわ冗談通じねー……殺気バリバリ出してるし、こりゃやるしかなさそうか?」
「あいつを無視して制御プログラムを探す……のは無理だろうな。ブリーズ、ここは実力行使で突破するぞ」
「了解!」
「お前たちをこれ以上先に行かせはしない。──我が名はナベリウス、お前のメモリに刻まれる最後の名、しかと覚えておけ」
冷ややかな眼差しを向ける男性型ナビ―ナベリウスに対しブリーズは鼻で笑う余裕を見せる。
「最後?はっ、勝手に決めつけんじゃねぇよ!」
「俺たちはここで終わらせられるわけにはいかないんだ。──行くぞブリーズ。バトルオペレーション、セット」
「イン!」

「来い、ガーゴイル」
淡々とした口調でナベリウスがそう告げると悪魔を模した石像が四体現れ、ブリーズを取り囲む。
「はっ、四方を囲めば楽に倒せるとでも思ったのかよ!」
吐き捨てるように言いながらブリーズは勢い良く上昇し、両手の甲にブレードを装備するとひょいと足を振り上げて空中で逆さ吊りをしているかのような姿勢を取る。
「お前らなんかまとめて粉々に砕いてやるよ!」
咆哮と共にブリーズは急降下し、その勢いを乗せたブレードの一閃で石像──ガーゴイルたちを粉砕する。
「次は、」
きっと顔を上げ、ブリーズはナベリウス目掛けて吶喊する。
「お前だ鳥野郎おおおぉぉっ!」
咆哮と共にブリーズは逆袈裟にブレードを振り上げるが──
「甘い」
ナベリウスが召喚した盾を構えるガーゴイルによってその一閃は防がれる。
「所詮は子ども、狙いの単調さが透けて見える」
無機質な声で呟きながらナベリウスが右手を軽く振るうと新たなガーゴイルがブリーズの背後に召喚され、手にした斧を振りかぶる。
「バトルチップ、ビハインドクロス!」
咄嗟に恵徒が転送したバトルチップ──ビハインドクロスの効果でブリーズはガーゴイルが斧を振り下ろす寸前でその背後に回り込み、斧を振り下ろして動きが止まったガーゴイルの身体を両断する。
「っぶねー……あと少しバトルチップの転送が遅かったらお陀仏だったな……」
「──何を安堵している?」
唐突に背後から響いた声に驚いたブリーズが振り返るより先にナベリウスが放った光線がブリーズに直撃する。
「がっ……!」
呻き声を漏らしながらブリーズは片膝を地面につける。
「お前たちはここで私が始末する、と言った筈だ。──お前たちを止めるため倒れていった仲間たちのためにもな」
「仲間……?お前ら、仲間意識なんてあったのかよ……?」
げほげほと咳き込みながらブリーズがそう訊ねるとナベリウスは心外そうな表情を見せる。
「お前は我々を何だと思って……いや、聞くだけ無駄か。お前の評価に興味など無い」
「ひっでぇ言い草だなぁ……まぁ聞く気がねぇなら言う必要もねぇわな」
地面に突き立てたブレードを杖代わりにして立ち上がるとブリーズは軽く息を吐き、戦闘態勢を取り直す。
「──恵徒」
「……そうだな、持ってる手札を全部使い切るぐらいの覚悟で行かないとこの場は切り抜けられそうに無いな」
そう言って小さなため息を吐くと恵徒はきっと表情を引き締める。
「──飲まれるなよ。ブリーズ、獣化だ!」
そう叫ぶと同時に恵徒がPETに表示されたアイコンを押すとブリーズは青い竜巻に包まれ、咆哮と共に引き裂かれた竜巻の中から姿を現した時には竜を模した青みがかった白いアーマーを纏っていた。
「獣化、か。──そんな付け焼刃の力で私を倒せるとでも?」
「倒してやるよ、絶対にな!」
冷徹な眼差しで見下すナベリウスを睨み返しながらブリーズは爪を模したブレードを手の甲に装備し、地面すれすれを飛びながらナベリウスに向かって吶喊する。
「同じ手を……」
不快そうに表情を歪めながらナベリウスはガーゴイルを召喚し、ブリーズの攻撃を防ごうとするが──
「何度も使うかよ」
低い声でそう呟くとブリーズは地面に片手をついて急停止する。
「バトルチップ、ドラゴンヘッド!」
恵徒が転送したバトルチップ──ドラゴンヘッドをもう片方の手に装備したブリーズは銃口を上空に向ける。
「どこを狙って……」
「バトルチップ、プリズム!」
ブリーズが光弾を撃つと同時に恵徒が転送したバトルチップによって虹色の輝きを放つ多面体──プリズムが上空に現れ、命中した光弾を四方八方に拡散させエリア全域に光の雨を
降り注がせる。
「くっ……!」
ガーゴイルを盾にすることでナベリウスは光の雨によるダメージを最小限に抑えたものの、眼前にいた筈のブリーズを見失うという失態を犯す。
「奴め、どこへ──」
「バトルチップ、ミストラルエッジ!」
恵徒が転送したバトルチップ──ミストラルエッジはナベリウスの背後を取ったブリーズの両手の甲に鮮やかな青緑色のブレードとして装備される。
「裂け散れえええええぇぇぇっ!」
竜の咆哮を髣髴とさせる叫び声と共にブリーズが振り上げた左のブレードは無数の風の刃となってナベリウスを斬り刻み、突き出された右のブレードはナベリウスの腹を貫いた。
「っぐ……!」
激痛に苦しみながらもブレードを掴んだナベリウスの目を見てブリーズは何かを察したように目を見開くが──
「ただでは勝たせん……!」
ブリーズが反応するよりも先にナベリウスが執念の篭った言葉を口にするとその身体から眩い光が生じ、次の瞬間には轟音が石像の電脳全域に響き渡っていた。

「ブリーズ!返事をしろ、ブリーズ!」
轟音が止んだ後、恵徒は必死の形相を浮かべながらPETの画面に向かって何度もブリーズの名を叫び続けていた。
「頼むから返事をしてくれ…!」
肩を震わせながらそう呟いた直後、恵徒は画面の向こうで小さな影が動いたことに気づく。
「ブリーズ!?」
上ずった声で叫びながら目を凝らし、影の正体がデリート寸前の状態で倒れているブリーズであることに気づいた瞬間恵徒は顔を青ざめる。
「っ……サブチップ、フルエネルギー!」
恵徒が転送したサブチップ──フルエネルギーの効果でダメージは瞬く間に回復する。
「う……」
微かな呻き声を漏らしながらブリーズは瞼を上げ、徐に身体を起こす。
「あれ、俺……」
「……った……」
「恵徒……?」
「良かった……目を覚ましてくれて…デリートされていなくて……」
俯きながら震えた声で呟く恵徒の頬には細い光の筋が伝っていた。
「恵徒お前……泣いてんのか?」
ブリーズにそう訊ねられて我に返った恵徒は袖で荒っぽく顔を拭う。
「……悪かったな、情けないとこ見せて」
「謝らなくて良いって、泣かせた原因俺なんだし。しっかしまぁ、まさか自爆してくるなんてな……」
「自分を犠牲にしてでも俺たちを倒すつもりだったんだな……そうだブリーズ、制御プログラムは無事か?」
「一応探しては見るけどよ……あれあった後で無事なのかねぇ……」
不安を口にしながらブリーズが石像の電脳を探索すると制御プログラムは奥まった場所に鎮座していた。
「まさか無事だったとは……お陰で動かせるから良いんだけどさ」
ぼそぼそと呟きながらブリーズが制御プログラムを操作すると石像はずずずと鈍い音を立てながら横にスライドし、扉を開けられる位置まで移動する。
「……行こう」
ブリーズをプラグアウトしてそう呟くと恵徒は扉を開け、奥へと進んだ。

「ここが最深部……か?」
目の前に聳えるスライド式の扉を見据えながら恵徒は不安げに呟く。
「ここまで通って来た道を元に作ったマップを見る限りはそうだな」
「……行くぞ」
意を決して恵徒が一歩踏み出すと扉が開き、薄暗い部屋の奥で輝く巨大なスクリーンの前に壮年の男性が一人佇んでいた。
「……おや、ここまで来たということはナベリウスが君たちに敗れたということか」
静かな声で呟きながら男性は恵徒の方に向き直る。
「あなたは……?」
「私の名はモーリス・アワリティア。この組織──メサイアのボス……と名乗るべきかな」
「あ、あなたがメサイアの……?」
「人を見た目で判断するのは浅慮なことだよ、少年」
驚愕の表情を見せる恵徒に対し男性──アワリティアは穏やかな口調で窘める。
「折角ここまで来たんだ、一つ老人の与太話を聞いてはくれまいか?」
「……どうする恵徒?」
「時間稼ぎが目的……かもしれないけど聞いておきたい情報だ。警戒を怠らなければ不測の事態にも対応できる……と良いんだけどな」
短い話し合いを済ませ、恵徒はアワリティアの方に向き直る。
「……話を、聞かせてください」
「礼儀正しくて結構。では話そう、私が何故メサイアを立ち上げ、このような事件を起こしたのか……その理由と経緯をね」

「──私はね、科学省で働く科学者の一人だったのだよ」
過去を懐かしむような表情を浮かべながら穏やかな声でアワリティアは語り始める。
「若い頃はネットワーク社会をより良いものにしようと身を粉にして働いていたよ。……だがね、年を重ねていく内にそんな稚拙なやり方では何も変わらないことを悟ったのさ。
世界を変えるためには大々的な改革が必要だ、そう考えた私は科学省から離れ世界救済プログラム・メサイアの作成に取り掛かった」
「メサイア……その画面に映っているものですか?」
アワリティアの背後にある画面を指差しながら恵徒がそう訊ねるとアワリティアは頷いて肯定する。
「街に放ったのはこいつの分身に当たるものだがその凄まじさは充分伝わっただろう?……尤も、私一人の力ではここまでの存在にならなかったとは思うがね」
「コピープログラムとブレイクプログラム、あなたが部下に命じて盗ませた二つのプログラム。それらがあったからこそメサイアは完成した、と?」
「その通りだ。お陰でメサイアは今ある電脳世界を完膚なきまでに破壊しつくした後、新たな電脳世界を再構築することができる存在と成りえた。……できれば人の研究成果を利用するなんて真似はしたくなかったのだけどね」
「……理由や動機は何であれあなたは犯罪者だ。モーリス・アワリティア、オフィシャルネットバトラーの名の下にあなたを逮捕する!」
そう宣言した恵徒に対し、アワリティアは落胆したような表情を見せる。
「多少聡明といえど所詮は子どもか」
「ああ子どもだよ、子どもだからこそ納得がいかないことに対して真っ向から文句を言うんだ!」
「──良いだろう、ならば倒してみたまえ。私が作ったメサイアを、君たちの手で!」
高らかに叫ぶアワリティアを睨み付けながら恵徒は腰のホルダーからPETを取り出す。
「覚悟は良いか、ブリーズ?」
「いつでも!」
威勢の良いブリーズの返事を聞いてふっと笑みを浮かべながら恵徒はモニターに備えつけられた端末にPETを向ける。
「プラグイン!ブリーズ.EXEトランスミッション!」

「うお、近くで見るとさらにでかく感じるな」
目の前に佇む巨大プログラム──メサイアを見上げながらブリーズは感嘆の声を上げる。
「にしても世界救済、か。随分な大役を背負わされたんだなお前」
不意に言葉を切り、ブリーズは顔を俯かせる。
「……世界がどうとか、そんなスケールがでかくて難しいこと俺にはよくわかんねぇけどさ。お前やお前を作ったおっさんのせいで恵徒や俺の友達が傷ついたり大変な目に遭ったのは事実だ」
勢い良く顔を上げると同時にブリーズはメサイアを鋭く睨みつける。
「──だからお前を倒す、それで理由は充分だ」
「行くぞブリーズ。ラストオペレーション、セット!」
「イン!」
短く叫ぶと同時にブリーズは両手の甲にブレードを装備し、メサイアに向かって吶喊する。
「──敵性反応、感知」
電子音交じりの声を響かせながらメサイアは背の青い翼を広げ、目に光を宿らせる。
「排除、開始」
そう呟いたメサイアが右腕を振り上げると門が現れ、中からメサイアと似た姿の人型プログラムが群れを成してブリーズに襲い掛かる。
「バトルチップ、カマイタチ!トリプルスロットイン!」
「プログラムアドバンス、エアロデスサイズ!」
恵徒が転送した三枚のバトルチップによって発動したプログラムアドバンス──エアロデスサイズは人型プログラムたちを切り裂き、デリートしていく。
「邪魔なんだよ!」
悪態をつきながらブリーズは門を両断し、再度メサイアへの吶喊を試みるが──
「捕獲開始」
「っ……!バトルチップ、カワリミ!」
徐に左腕を動かしブリーズを捕らえようとするメサイアに危機感を抱いた恵徒は咄嗟に一枚のバトルチップ──カワリミを転送し、ブリーズの代わりに人形をメサイアに掴ませる。
「──消去」
そう呟くと同時にメサイアは掴んだ人形を一瞬の内に消滅させる。
「っぶねー……もし捕まってたら俺がああなっていたのか」
「おそらくあの左腕にはブレイクプログラムが組み込まれているんだろうな……絶対に捕まるなよ」
「了解!」
短く返事をするとブリーズは迫ってくるメサイアの左腕を避けるように大きく旋回しながら上昇する。
「うおらああぁぁっ!」
咆哮と共にブリーズはブレードを振り下ろし、メサイアの左腕を肩から斬り落とす。
「よし、これで……っ!?」
形勢が有利になったと思いブリーズは調子付いたことを言おうとしたが、メサイアが切り落とされた左腕を即座に復元する姿を目の当たりにした瞬間声を詰まらせる。
「な、何であんなあっさり……!?」
「……右腕だ。あいつの右腕にはおそらくコピープログラムが組み込まれている」
「それで復元したってワケかよ……くそっ、このままじゃ埒があかねぇぞ!」
「おやおや、君たちの覚悟はその程度だったのかな?」
アワリティアの挑発的な発言に対し恵徒は苦々しげに歯噛みする。
「……止むを得ない、か。ブリーズ、獣化だ!」
そう叫ぶと同時に恵徒がPETに表示されたアイコンを押すとブリーズは青い竜巻に包まれ数瞬の間を置いた後、竜を模した白いアーマーを纏った姿を竜巻の中から現す。
「行くぜ……っぐ!?」
両手の甲に爪を模したブレードを装備して吶喊しようとした瞬間、ブリーズは苦悶の声を上げる。
「どうしたんだブリーズ!?」
「か、身体が重くて動かねぇ…!」
「身体が重いって……何でそんな状態に……」
PETの画面に表示された情報──バグの発生を示すアイコンを目にした恵徒は怪訝な表情を見せる。
「どういうことだ?何でバグが……」
「あの鳥野郎だ……あいつの置き土産がバグとして俺の身体を蝕んでいるんだよ……!」
「──どうやらナベリウスは私が思った以上に仕事をしてくれたようだね」
「はっ、物は言いようだなおっさん」
うっすらと笑みを浮かべたアワリティアに対しブリーズは軽口を叩き、この場にはいないナベリウスに対して怒りを露にする。
「おい鳥野郎、こんなバグ一つで俺を苦しめてるつもりか?……舐めんじゃねぇよ、てめぇのチャチな執念如きでくたばるようなヤワなナビじゃねぇんだよ俺は!」
そう叫ぶと同時にブリーズは青い旋風に包まれる。
「これは……超獣化!?」
超獣化(ビーストオーバー)。
電脳獣の力を最大限まで引き出し獣化の何倍もの力を発揮した状態を指すが──
「止めろブリーズ!バグが発生した状態で超獣化なんてしたらお前の身体が……!」
「ここで無茶しなかったらいつするんだよ!こいつを倒し損なったらどうなるかなんて俺が言うまでもねぇだろ!?」
「っ……だったら!」
何かを決意したような表情を見せながら恵徒はPETを操作する。
「フルシンクロ、発動!」
「なっ……お前こそなんて無茶をしてんだよ!?」
「前に言っただろ、一人で越えられない壁にぶち当たった時は二人で越えれば良いって。──今がその時なんだよ!」
「……そうだな、確かに今がその時だ。──見せてやろうぜ、恵徒。俺たちの力を!」
「ああ!」
竜の如き咆哮が二重に響き渡り、激しい旋風がエリア全域に吹き荒れた。

「──危険度上昇確認」
そう呟いたメサイアが見据える先にはより竜らしいデザインに変化したアーマーを纏い、青く輝く翼とワインレッドの髪を自らが起こした風に靡かせるブリーズの姿があった。
「超獣化とフルシンクロの併せ技、か。どれほどの力か見せてもらおう。メサイア!」
「即刻排除」
アワリティアの指示を受けたメサイアが左の拳を強く握りブリーズ目掛けて振りかぶったのに対し、ブリーズは青い風を渦巻かせた右の拳を勢い良く振りかぶってメサイアの拳と衝突させる。
「拮抗……劣勢……!?」
少しずつだが自分の拳が押し戻されていることに気づいたメサイアは右腕を横に伸ばして門を出現させようとするが──
「させるか」
静かな声で呟きながらブリーズが拳を押し出す力を強めるとメサイアの拳はぴし、と音を立てると同時に亀裂を生じさせる。
「左腕破損……損傷拡大……」
拳に生じた亀裂は凄まじい勢いで広がっていき、次の瞬間メサイアの左肩から先が粉々に砕け散った。
「め、メサイアの左腕が砕かれた、だと……!?」
「これで、終わりだあああああぁぁぁぁ!」
咆哮を二重に響かせながらブリーズは吶喊し、メサイアの胸部を穿つ。
「損傷率甚大……戦闘続行……不能……」
少しずつ声を小さくしながらメサイアはゆっくりと崩れ落ちていく。

「そんな……私のメサイアが……」
アワリティアが愕然とする中、超獣化とフルシンクロが解けたブリーズは力なく地面に倒れ伏す。
「ぐっ……」
超獣化とフルシンクロで体力を消耗した恵徒は片膝をついてげほげほと咳き込む。
「──まだだ」
低い声でアワリティアが呟くのと同時に崩れ落ちた筈のメサイアがゆっくりと起き上がる。
「な…」
「まだメサイアは完全に機能停止していない、敗北が決まったわけではない!」
「敵……抹消……」
ほぼノイズと化した声を響かせながらメサイアはブリーズを捕まえようと壊れかけの右腕を伸ばす。
「く、そ……こっちはもう体力の限界だってのに……」
掠れた声で呻くブリーズの眼前までメサイアの手が迫ったその時、一筋の閃光がメサイアの手を貫いて肘から先を消滅させた。
「──ったく、なーんで予想通り無茶してんのかねぇお前たちは」
「その声……ショットマン、か……?」
驚きの表情を見せるブリーズの視線の先には虎を模したオレンジ色のアーマーを纏い、虎の頭を模したバスターを構えるショットマンの姿があった。
「時凪、あと少しだけ戦えるか?」
「日原……ああ、大丈夫だ」
駆けつけた達貴の肩を借りて立ち上がった恵徒は二枚のチップを取り出す。
「──力を貸してくれ。ナビチップ、マリア!」
恵徒が転送したナビチップに保存されたデータからシスター風の少女ナビ――マリアの姿が形作られ、ブリーズの体力を回復させる。
「ほらしっかりしなさいよ、あんたはこんなところでへばるような奴じゃないでしょ?」
「……たりめーだ」
そう言い残して消えたマリアに向けてブリーズは悪態をつく。
「多少回復したところで……!」
「ナビチップ、ジュール!」
アワリティアが叫ぶと同時にメサイアが再び攻撃を仕掛けようとしたのに合わせて恵徒が転送したナビチップに保存されたデータからオレンジ色のアーマーを纏った赤い長髪の少年型ナビ──ジュールの姿が形作られ、右腕に装備したランスでメサイアの右腕を弾く。
「――後は頼むぜ、お二人さん」
口元に笑みを浮かべながらジュールが消えたのを見届けた後、ブリーズはショットマンの肩を借りて立ち上がる。
「これで最後にするぞ。バトルチップ、ドラゴンヘッド!」
恵徒が転送したバトルチップ――ドラゴンヘッドを左腕に装備したブリーズはショットマンと目配せをし、バスターの銃口をメサイアに向ける。
「あばよ、救世主(メサイア)」
そう呟くのと同時に二人が放った竜と虎を模した二つの光弾はメサイアを貫き、完全に消滅させた。

「これは……一体……」
呼吸を乱しながらそう呟いた森若の目には壁に背を預けて蹲る恵徒とその傍に座る達貴、力なく座り込むアワリティアとその前に立ちはだかりアワリティアを見下ろすドルリーの姿が映っていた。
「遅かったなモリワカ、既に事は済んだようだぞ」
「事は済んだって……まさか時凪くんたちが……?」
「殆どはケイトとブリーズの功績だな。目を覚ましたら労いと、少しばかり説教をしておけ。タツキの話では随分と無茶をしたらしいからな」
「……分かりました。けどその前に一仕事片付けないといけませんね」
きっと表情を引き締め、森若はアワリティアの方に向き直る。
「この人が一連の事件の首謀者ですか?」
「ああ。Dr.モーリス・アワリティア、元科学省所属の科学者だ」
「何故こんなことを……」
「──身の丈を越える夢を叶えようとした、ただそれだけの話だよ」
森若が口にした疑問の言葉に対し自嘲するような口調でアワリティアは呟く。
「……詳しい話は牢屋に入れた後でも聞けるだろう。今は──」
「子どもたちを家に帰すのが優先ですね」
恵徒と達貴の方に目線を向けながら森若は苦笑交じりに呟いた。

「──どうやら決着はついたようだね」
ノートパソコンのモニター越しに事態を静観していたMr.グレイは満足げな笑みを浮かべる。
「今回は随分と楽しんでおいでのようでしたね、ミスター?」
「良い役者が揃っていたお陰かな。……さて、あまり長居をしていると抜け出した意味が無くなってしまうからそろそろお暇するとしようか」
「次はどちらに向かうのですか?」
「そうだね……シャーロの方でも行こうか。面白いことになりそうな事件の種が蒔かれはじめているようだからね」
楽しげに語りながらMr.グレイは閉じたノートパソコンを鞄にしまうと踵を返して歩き出した。

恵徒たちオフィシャルの活躍により犯罪組織・メサイアは壊滅させられ、一連の事件は終息した。
事件の首謀者でありメサイアのボスであるモーリス・アワリティアをはじめメサイアのメンバーの大半は逮捕されたが、Mr.グレイ──繰谷茉莉人と名乗っていた人物のみは未だ行方知れずとなっている。
取り調べの結果主犯であるアワリティアは牢に入れられ、他のメンバーはオフィシャル及びネット警察の監視下で一定期間慈善活動に従事させられることとなった。

「──ともかくこれにて一件落着、ですね」
事件の顛末をまとめた資料を横目に見ながら森若は溜め息混じりに呟く。
「これで私も御役御免だな、短い間だが世話になった」
「こちらこそ色々とお世話になりました。また何か縁がありましたら宜しくお願いしますね」
「……無い方が互いのためだとは思うがな」
深々と頭を下げる森若に対しドルリーは目線を泳がせながらぼそりと呟く。
「折角だから君と戦ってみたかったんだけどなー」
「マタ次ノ機会ノ楽シミニデモシテオケ」
「そーさせてもらうよ」
ウィッカーマンの提案を渋々受け入れながらリッパーマンは肩を竦めた。

「な、何でこんなことになってるんだ……」
同じ頃、オフィシャルからの指示によりプログラム研究所で再び働くことになったラドロはロイから渡された資料の山に囲まれながらパソコンにかじりつきの状態になっていた。
「盗んだものを返したから許してもらえると思ったら大間違いだよ。言っとくけどそれが片付くまで休ませてあげないからね」
「ちょ、いくら何でも酷くないすか先生!?」
「問答無用!口を動かす暇があったら手を動かす!」
「せ、先生の鬼ー!人でなしー!」
「……良いんですかね?あのままで」
ロイの無体な扱いにぎゃーぎゃー騒ぎながら抗議するラドロを指差しながら彩葉が訊ねるとタタラはため息をつきながら肩を竦める。
「暫くすれば頭が冷えて譲歩するようになるだろうから放っておけ。それはそうとお前も作業の手を休めるな」
「は、はいっ!」
若干上ずった声で返事をしながら彩葉はデータ整理の作業を再開した。

「──ところで発地、お前があの事件を起こしたそもそもの理由は何だったんだ?」
見回りを終えてショッピングモールの一角にあるカフェで休憩していた達貴が徐にそう訊ねると合席していたダンは不快そうに顔を顰める。
「何でまたそんなことを聞くんだよ……」
「ずっと疑問に思っていたんでな。ああ、時凪に教えるつもりは無いから安心しろ」
「別にバラしても構わねぇよ、大した理由じゃねぇし」
「そうか。で、どんな理由だったんだ?」
「何でもできて周りからちやほやされていたあいつに嫉妬してたから、ただそれだけの理由だ」
「……本当にそれだけの理由であんな事件を起こしたのか?」
「ガキが騒ぎ起こす理由なんてそんなもんだろ?」
呆れ顔でダンがそう言うと達貴は口元を指で押さえながらくすりと笑う。
「それもそうだな」
「そういやその時凪は今どこにいるんだよ。確か一緒に見回りするんじゃなかったのか?」
「あいつなら友達との約束があるから休むって言ってたぞ」
「約束?」
「事件のせいで反故になってた約束があるんだとさ」
ショットマンがそう説明するとダンはふぅん、と生返事をしてコーヒーを一口啜った。

「よっし準備万端!いつでも行けるぜ!」
チップフォルダの確認を終えた希がそう叫ぶと先んじて準備を終えていた恵徒は苦笑いを浮かべる。
「先延ばしになったりなあなあになったりしてたけど、これでようやく約束を果たせるな」
「学校襲撃事件の頃からでかい事件ばっかり起きてたもんなぁ……勿論手加減なしだろ?」
「当たり前だ。全力で勝ちに行くぞ」
「負けた方はあたしたちの分も含めてジュース奢りだからしっかりやりなさいよー!」
「ちょ、ちょっとマリア!私たちの分まで入れちゃ駄目だよ!」
「マリアの奴ちゃっかりしてるなぁ……」
「あいつらしいっちゃらしいけどな」
ジュールが溜め息混じりにぼやいたのに対し、ブリーズはくつくつと笑う。
「よし、そんじゃ始めるか!」
「ああ」
短く返事をすると恵徒はPETを目の前にあるネットバトルマシンに向ける。
「プラグイン!ブリーズ.EXEトランスミッション!」

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