きみの掌に乗りたい

 半崎くんは時々、怒った顔をしてわたしを見る。どうしたの?と聞いても「なんでもないッス」と怒った顔をしたままどこかへ行ってしまう。
「わたし今半崎くんに変なこと言ってたかな?」
「うーん、言ってねーんじゃね」
 太刀川が真剣に考えて出た答えなのできっと間違ってない。でも怒った半崎くんを放っておくのは違う気がしたので、他愛のない話を切り上げて彼を追った。
 勢いよく通り過ぎて行ったと思ったのに、半崎くんは予想よりまだ遠くに行ってなかったのですぐに追いつけた。
 半崎くん、半崎くん。と呼ぶ。こういう時はだいたい3回目で立ち止まってくれる。半崎くん。まるでそう決めていたようにピタッと素直に動かなくなる。
 帽子から覗く短く切り揃えられた髪の毛をかわいいな、と思っていたら口元が緩んだ。ちがうちがう、今はにやにやしてる場合じゃない。
 少し彼に近づいてわざと声をひそめながら「義人くん」と呼んだ。眉間に思いっきり皺を寄せた赤い顔がしぶしぶ振り向いた。
「なんで笑ってんスか」
「笑ってないよ。怒ってるみたいだから謝ろうと思ったの」
「うそだ」
「うそじゃないよ。ごめんね、義人くん」
「謝る人の表情じゃない…」
 むすっ、とまるで子供みたいに拗ねた顔してジト目でわたしを見るから、やっぱりかわいいな、と思ってしまった。
 こちらのそんな気持ちがバレたのか義人くんは「ハァーーッ」と大きく息を吐いて帽子を被り直すふりをする。
「別に怒ってないッス。俺、女の子には怒らないタイプなんで」
「そうなんだ。優しいね義人くん」
「……別に女子全員に優しいわけじゃねーし…」
「あ、そうなんだ」
 きょとんとして返すと半崎くんはしびれを切らしたように今度は「あ〜〜っ!もう〜!!」と苦しさと苛立ちが混じった悲痛な声を出した。
 わたしはまだ彼を怒らせてしまったことも拗ねさせてしまったことも謝っていないのに、さっきからずっと照れのせいか怒りのせいかわからないけど赤いまんまのほっぺたがかわいくて触りたいなあと思っている。
「だから、もう…俺こういうんじゃなくて…」
 とごにょごにょ言い始めた義人くんの目がなんだか子犬のようで少し泣きそうだった。
さすがにかわいそうだなあ、と思って赤いほっぺにそっと手を伸ばす。
「ごめんね。ヤキモチ妬いちゃった…?」
 なだめるように親指でほっぺたを撫でると義人くんの顔は余計に赤くなった。
 今日は訓練だけだから終わったら一緒に帰ろうって言ってたのに、なかなか待ち合わせの場所に来ないわたしを探してたら、よりにもよって太刀川とふたりで喋ってたからヤキモチ妬いちゃったんだよね。怒ったふりしていなくなっちゃえば、追いかけてきてくれると思ったんだよね。ごめんね、って、たまにはわたしに折れてほしかったんだよね。分かってる、わたしは全部分かっているのだ。
 未だ謝りもしないわたしに何か言うことを考えて黙っている義人くんをさらに覗き込む。このあとはどうなるのかな、とどきどきしていたら、ほっぺたに触れていた手をギュッと握られた。
「今日、なんか一個言うこと聞いてくれたら許します」
 言い終わるのとほとんど同じぐらいのタイミングで義人くんは早足で歩き出した。手を繋がれたままずんずん歩いていくので「義人くん」と呼んでみてももう立ち止まっても振り返ってもくれない。
 じーっと後ろ姿を眺めていると耳が赤くなっていて、やっぱりかわいいな、と思って笑った。

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