だいすきの花束

アイカツスターズ きらあこss。
2018年、早乙女あこちゃんのお誕生日に書いたもの。
花園きららちゃんと幸せになってもらいました。


******************************

 今年の秋フェスは、あこの指導している劇組の生徒達も積極的にユニットを組み始めている。ただ、ユニット結成時に1年生の友人同士の間でちょっとしたいざござがあったようで、今日はその仲裁をするのに骨が折れてしまった。
 その後、定期公演の準備に追われて、S4城の自室に戻ったのは、もう日付が変わるような時分だった。
「今年は秋フェスも概ね順調だと思っていましたけれど、結局、何だかんだありますわよね……定期公演も、もう少し頑張りませんと……」
 そんなことを呟きながらベッドの上に寝転がる。
 すると、アイカツモバイルが振動して、キラキラインの通知が来たのが分かった。M4の最新情報が掲載されたメールマガジンだ。それに目を通しながらそう言えば、と気が付く。
「もう今日は火曜日ですのね」
 メールマガジンが届くのは毎週決まって火曜日の日付が変わる頃なのだ。
 アイドルの仕事にカレンダー通りのお休みは存在しない。ステージイベントなどはむしろ土日の方がたくさんあるくらいだ。だから、曜日感覚が曖昧になっていくのも当然のことだった。特に最近は忙しくて、日付は収録日を表す記号のように認識してさえいる。
 手にアイカツモバイルを持ったままうとうとし始めた時、着信が入った。
『あこちゃん!!!!!!』
 スピーカーから聞こえてきたのは、よく知っている甘い声、それが叫ぶように張り上げられたものだった。
「きらら!?ちょっとこんな夜遅くになんですの!?」
 襲い来る眠気に閉じられようとしていた瞼をぱちぱちとしばたたかせながら言うけれど、電話の主はそんなこと聞いていないようだ。
「あこちゃん、今、お部屋にいる?」
「え?いますけれど?」
「じゃあ待ってて!行くから」
「はぁ?今から、ですの?」
「そう!今から!だから起きてて!」
 きららは一方的に話を進めてくる。あこは思わず眉間に皺を寄せる。一体何があるというのだろう。起きてて、だなんて。こんな夜遅くに。
「……それって、今、この時間じゃなきゃだめですの?」
「もちろんだよぉ!今日の、いま、このときじゃないとメェ~っ!なの!」
 要領を得ないものの、取り敢えず起きて待っていることにした。

 そう言えば、きららに会うのは久しぶりかもしれない。
 今、ネオヴィーナスアークは4月に迎えたたくさんの新入生のお披露目も兼ねて、世界クルーズステージツアーを開催中だ。きららは彼女自身のステージはもちろん、エルザやレイ、アリアをはじめとするヴィーナスアーク時代からの生徒達とステージの準備など、裏方の仕事もしていると聞く。
 おまけにパリで開催中のドレスデザインコンテストの〆切も近いようで、とにかくめちゃくちゃに忙しいはずだった。
「……別にわたくしはいいですけれど、あのこの方は大丈夫なのかしら。まったく」
 確かに大好きな彼女に会いたくなる夜もあるけれど、いきなり来ると言われるのも、なんというか戸惑ってしまうものだな、と苦笑した。
「まぁあのこの突然の思い付きなんて、今に始まったことではありませんわね」
 これまでの色々な思い出が脳裏に蘇ってくる。あこの冠番組「みんな大好きあこにゃん×2」に急に出演したり、いつの間にかお揃いのドレスを用意していてくれたり、またある時は急に呼びつけたかと思えば「あこときららのフワッと夢見心地♪」なる新番組に急に出演させられたりと、挙げればきりがない。
 でも、その全てが驚くほど楽しくて、かけがえのない時間だった。
 花園きらら。
 いつでも、あこに思いがけない、まばゆいばかりのきらめきをくれる女の子。

 その時、カーテンの向こうがピカッと光って、遅れて低く空が唸る音が聞こえた。雷鳴だった。少し間を置いて、雨の音が聞こえ始める。そう言えば天気予報では明け方までぐずついた天気になると言っていたような気がする。
 あこはしばらくその音に耳を傾けていたが、ハッとしてベッドから起き上がった。
「あのこ、今こちらに向かっているということは、雨に思いっきり降られているんじゃありませんの!?」
 そもそも先程の電話の時点できららがどこにいるのかも分からなかったが、少なくともあこが自室に戻ってくる前までは雨の兆候なんてなかった。だからきららが準備よく雨具などを持っているとは思えない。居ても立っても居られなくなって、タオルと傘を掴んで部屋から出ようとした時、当の人物が思いっきり飛び込んできた。
「うわぁっ!」
「にゃあっ!」
 その人物、きららに押し倒されるような形になってしまう。
 そして、思った通り彼女は雨に濡れていた。ピンクと水色のツートンカラーの髪から雫が落ちて、あこの頬に流れ落ちてくる。
 水分を含んだヴィーナスアークの制服が、あこの部屋着にもじっとりと染み込んでくるのが感じられる。
「はぁ、はぁ、はぁ。よかった、あこちゃんに、いま、会えて」
 きららは肩で息をしながら、あこの身体の上で微笑んだ。
「ステージのアンコール、3回もやっちゃったから、すっごくギリギリになっちゃったんだけど、じいやに専用ヘリ飛ばしてもらって、でもそのあと道路が混んでてね、走って来ちゃった」
「あなた、馬鹿ですの?別にそんなに慌てなくても、わたくし暫くロケもありませんし、ずっと四ツ星にいますのに」
 雨に濡れた白い頬を、あこは自身の指先で拭ってやる。
「まったくずぶ濡れじゃありませんの。降ってきたなら、どこかで雨宿りしてきたらよかったですのに。それか別の日にでも――……」
 続けてそう言ったあこの言葉をきららは遮るように叫んだ。
「今日の、いまじゃなきゃ、メェ~っだよっ!ぜったい!!だって」
 言って、持ってきていたらしい傍らのそれを、あこに向かって突き出した。
 鼻先に、雨の匂いと同時に、甘い芳香がいっぱいに広がる。視界が深紅に染まる。
「今夜ね、日付が変わった頃に、きららが一番に言いたかったんだ。あこちゃん、15歳のお誕生日、おめでとう!」
 真っ赤な薔薇の花だった。あこが今しがた重ねた年齢と同じ、15本の薔薇の花束。
「え、あ、たんじょうび……」
「もうっ、まさかあこちゃん、自分のお誕生日、忘れてたの~?」
 きららはからかうように言うが、その言葉通り、今日が9/25、自分の誕生日であるということはすっかり意識から抜け落ちてしまっていた。
「最近忙しかったんですのよ。仕方ありませんでしょう」
「ふふふ。まったくしょうがないな~あこちゃんは」
「なんですの、あなたなんてよく収録日を間違えたりするじゃありませんの!それに比べればこれくらいどうってことありませんわ!」
 あこもいつもの調子でツンとして返事を返す。そうしていないとだめだった。心臓はドクドクと喜びに打ち震えている。きららが自分の誕生日を覚えていて、お祝いしてくれているなんて、嬉しくて飛び跳ねてしまいたいくらいで、涙まで溢れそうになっていたから。
「……でも、ごめんね」
 だからきららが謝罪の言葉を口にした時は、思わず首を捻った。
「なにが、ですの?」
「だって、きらら、あこちゃんのお誕生日のこと、ずっと前から分かってたのに、もっといっぱいいっぱいあこちゃんにしてあげたかったのに、お花くらいしか用意出来なかったの……」
 顔を曇らせたきららの唇を、あこは両端からぎゅっと摘まむ。
「ほんっとうに、馬鹿ですわねあなた!」
「むぐ、むむむ~!?」
 きららは何か反論しようとしたようだったが、唇を掴まれているので言葉は発せられない。そのまま一生懸命に何か言おうともごもごしている彼女に、あこはくすっと笑みを漏らした。
「本当に、馬鹿ですわ」
 ものすごく忙しい中で、あこのことを考えて、それで今日はこんな時間なのに、おめでとうを言うためだけに来てくれる。それ以上のことがあるだろうか。
 胸の奥が、きゅうんと愛しい気持ちでいっぱいになる。
 柔らかに香る薔薇の香りの中、あこはそのままきららの顔を、自身の方へ引き寄せた。
 ――そっと触れるだけの、しかし、たっぷりのありがとうを込めたキス。

「あ、あこちゃ……」
「なんですの、あなた、顔が真っ赤ですわよ?」
「だって、あこちゃんの方からしてくれるの、久しぶり……」
「そうでしたかしら?」
「そーだよっ!もう、きららの方がプレゼントもらっちゃったみたい……」
「ふふ、ふふふふ」
 珍しく初心な反応をするきららに今度は声をあげて笑ってしまった。
「もう、あこちゃん何笑ってるのーっ!……くしゅんっ」
「まったく、濡れたままでいるからですわよ。これを使いなさいな」
 手元に持っていたタオルでその頭を包んでやる。その髪を、身体を優しく拭いてやりながら、そう言えばと、思ったことを聞いてみた。
「このお花、赤い薔薇にしたのはどうしてですの?」
「うん?アリアにね、聞いたの。お花なら何がいいかって。そしたらこれだって言ってたんだ。あのねぇ、花言葉はねぇ」
「知ってますわよそれくらい」
「ええっ!?うそだぁ、今から花言葉のこと教えてあこちゃんのことドキドキさせようとおもってたのにぃ!」
「うそも何も、赤い薔薇なんて、花言葉ものすごく有名じゃありませんの。それに」
「それに?」
「あなたが私に贈る花の中で一番相応しい花ですわ」
「え~、なんでそう思うの?」
 無邪気に首を傾げるきららにあこはニヤリと口の端を上げた。2年目のS4を務める、しっかりとした、同時にどこか落ち着いた雰囲気の、きららより一つお姉さんになった顔で。 
「だってあなた、わたくしのこと、世界でいちばんすきでしょう?もし花言葉を知らなくても、あなたの気持ちなんてお見通しですわよ」
アーモンド形の瞳がきらりとエメラルドに光る。
「あ、う……」
「どうしましたの?きらら?」
「……なんか悔しい。だってあこちゃん、なんか、今までよりすごくその、かっこいいんだもん」
 きららは再び赤面して、声を上ずらせた。
「15歳のわたくしを見くびらないで頂きたいですわ」
「むぅ、ちょっと早く生まれただけじゃん」
「ふふっ、一足お先にいってますわね」
 きららの鼻先をちょんとつついて、それからもう一度、彼女を抱き寄せて口付ける。先程雨に濡れて冷たくなっていたそれは、すっかり熱を取り戻していて、重なりあったところから熱く蕩けていく。
 相変わらず甘く漂う薔薇の香りの中、あこは心の中で呟いた。

――『きららの方がプレゼントもらっちゃったみたい』だなんて。そんなことありませんわよ。わたくしの方が、あなたからいっぱいいっぱい、もらってますわ

 数日もすれば、当然この薔薇だって枯れるだろう。
 それでも今日この時のことを、きららがくれた、いっぱいの『愛』のことは、きっとずっと忘れないはずだ。

powered by 小説執筆ツール「notes」

40 回読まれています