彼女とコーヒーブレイク

 仲睦まじく歩く人たちが目立つ大通り。その中を私は一人で歩く。口から出ていった息は、白く浮き上がり消えていった。
 隣に好きな人が居るというのは、正直に言えばうらやましい。しかし、その肝心の好きな人ができないため、こうして今日も右ポケットにいれてあるホッカイロで自分の手を温めている。
 
 よく漫画なんかであるような運命みたいな出会いに焦がれた子どもの時代はとうに過ぎて、気が付けば仕事に追われて必死に自分なりに社会を生きる大人になってしまっていた。
 最後に誰かが隣にいたのはどのくらい前だったろうか……。信号を待ちがてら空を見ると、星が綺麗に光っていた。
 別に恋愛が全てではない。ただ、人恋しい季節が巡ってくると、私の思考はそこに向かってしまうのだ。
 中学からの友達である頼子と合コンに出たこともあったが、最終的にはそこで会った人たちも知り合い止まりで終わった。頼子にせっかくセッティングしてもらったのに申し訳ないと謝ったら「無理に付き合うことはない」と優しく笑ってくれた。
 彼女の言う通り、好きという感情もなく付き合うのは難しい。面倒な人間だと自分に対してため息を吐いた。

 夜が濃くなってくると周りの店の明かりがぼんやりと光っているのがよく分かる。光の色が柔らかいせいか心地よく感じた。

「あれ?」

 信号が青になり、進んでいく途中で一軒の店が目に入った。前にはなかったが、どうやらカフェが出来たらしい。店の前にある看板には、テイクアウトもあると書いてあった。ふわりとコーヒーの匂いが漂ってくる。ああ、これは抗えないな。と私は店の中に入っていた。

 本格的な店のようで、色々な種類があった。どれがいいのか分からなかったが、好みのオーダーができると説明されたので店員さんに好みを伝えて作ってもらうことにした。
 待っている間、店内に流れる曲に耳を傾ける。少しすると強くコーヒーの匂いが辺りに広まり始めた。
 ――不思議だ。この匂いを嗅ぐと心が落ち着いてく。
 粉にお湯が注がれていき、それが浸み込んでいきコーヒーサーバーに落ちていく音も心地良い。作られていく過程込みで良い時間だと思った。
 
「お待たせしました」
「ああ、ありがとうございます」

 出来上がったコーヒーはオシャレな紙袋付きで手渡された。少しウトウトしていたので反応が遅れてしまった。後は帰るだけだけど、気を付けて行こう。と気を引き締めて店を出た瞬間、冷たい空気に触れて眠気は一気に去っていった。
 思わず右ポケットのホッカイロに手を伸ばす。ほわりと伝わる熱に何とも言えない気持ちになったが、深呼吸をして振り払った。ここから家までそう距離はないが、さっきよりも足は速く動いていた。

 鍵を閉める音が部屋に響く。灯りを点け、紙袋を机に置いてそこからまだ温かいコーヒーを取り出す。
 何の音もしない部屋の中で、それに口をつける。温かさとわずかな苦みが伝わった後に、優しいミルクと砂糖の甘みがじわりと広まった。オーダーした通りの味に口元が緩んでしまう。

「あ~、幸せ」

 無意識に出た言葉に、ハッとする。そしてコーヒーをもう一度飲む。
 ああ、別に幸せじゃないわけじゃない。人恋しさは消えないだろうが、こうしてゆっくりと自分の時間を過ごすのも良いじゃないか。考えてみれば、一人の時にしかできないことはたくさんある。

 飲み終わったコーヒーを片付け、明日の休みに何をしようか鼻歌交じりに考える。今が一人なら、その時間を楽しんでしまおう。
 悩みの消えた私の背中は、自然と真っすぐになっていた。

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