三十三


「……今日はまだ三月三十三日や。」
「流石にそれは無理あると思うけど。……あと二日あるんやし、なんや別に草若ちゃんだけがそんな張り切らんかてええんとちゃう? オチコのおばちゃんにいつもみたいに相談したらええやん。」
僕は気ぃ付いてたけどな、とおチビが言った。
まあもう流石に、ほんまのおチビちゃんやった頃よりは十五センチは伸びてんのやけど。
「そんな今更気が付いてたなら教えてくれみたいな顔されても困るわ……。ケーキの話とかせえへんな、とは思ってたけど、ここんとこ毎年寝床やし、同じケーキ屋でケーキ買うてたし、草若ちゃんがお父ちゃんの誕生日忘れてるとか思わへんやん。カレンダーめくってお父ちゃんの誕生日にマル付いてへんの見て、びっくりしたで。……まあちゃんと台所の見えるとこのカレンダー、三十一日にめくっとけばよかったわ。僕もごめんな。」
ほんま明らかに口が達者になってしもて。
ここぞという時に賭けますか、しか言わないオヤジとはえらい違いやで。

お咲さんから、今年予約入れてへんけどほんまにええの、と聞かれてしもたけどええの、と子どもに聞かれてやっと思い出した。
底抜けブームふたたびで去年から仕事が立て続けに入ってて、なんや忘れてるような気ぃするな~て思ってたけど、ほとんど襲名後ぶりの独演会やら確定申告やら色々あって、すっかり忘れてたていうか……。いつもやったら草原兄さんから声掛かるんやけど、今年はなんやカルチャーセンターの仕事、四月からダブルで入ってるて言うてたから忙しかったんやろなあ。
オレの方でも、こういうときは政治家のお偉方とは違って、うっかりしたら税務署に脱税とか言われてまうからな、とカラスヤマに念を押されて昼飯の領収書まで適当に経費にするからて出させられてるうちに冬が終わって春が来て。まあそんなん理由にはなられへんのやけどな。
「すっかり忘れてた、て言うたらあいつ怒るやろな~。」
何もないならきつねうどんでええですとか言っていい年して拗ねた顔する男の顔を思い出しながら、昨日喜代美ちゃんとこから貰って来たシチューの残りを食べていると、「別にほんまには怒らへんとは思うけど、怒ったふりして草若ちゃんがどない出るか見て来るくらいはやりかねんような気がするわ。……このシチューほんまに美味しいなあ。」と子どもが言った。
……ここまで子どもに言われるてどないな親やねん、と思ったけどほんまのことやからぐうの音も出んていうか。
確かにシチュー美味いな。
「味噌汁とシチューて合うかどうかわからへん、と思ってたけど、食べてると身体があったまってええなあ。なんかまだ夜は肌寒い日多いし。おでんもまだ食べたいけど、」
「したら、明日おでんにするか?」
「いやあ、シチューとかカレーでええと思う。この時期の大根て、もうそんな美味しないやん?」
ほんま、大人になったなあ……。
「しっかし、なんやこの人参の切り方……?」
なんか円筒刑ていうか……パルテノン神殿の柱かっちゅうねん。
「草々おじさんとこの料理、いつもながら芸術点高いなあ。味付けもええし。」
「そうやな。あいつはよ帰って来たらええな。」
「それあかんやん、今日までならお咲さん予約入れるの待ってくれるて言うてたで。」
「そやった!」

年度末終わって早々の仕事に出掛けて行ったあのアホが帰ってくるまでにどうにかせえへんとあかんのやった。
「ちゃっちゃと食べて、ちゃっちゃと電話しよ。」
子どもは、このシチューほんまに旨いな、と一言。
オレもそうやなあ、とにっこり笑って、またスプーンを動かした。

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