残響01
吹雪で足元に雪が降り積もっていく中、ヨレヨレのスーツで窶れた眼鏡の男は倒れ込んだ。腹部と首元から血を零し、雪を赤く染め上げていく。見た目からは判別し難いが、彼は所謂吸血鬼ハントを生業としていた。
この世界では弱肉強食、食物連鎖の王は人間ではなく吸血鬼である。と言っても、血を吸って悪さをするだけの下級の吸血鬼から、身分を隠して人間と共生する上級の吸血鬼(この場合の上級下級は人間の判別であり、吸血鬼という生物界の階級とは異なる。人間に害をなせば高等な吸血鬼も下級であり、人に害をなさなければ下等な吸血鬼も上級なのだ)までおり、ハンターは基本下級の吸血鬼を狩ることを目的として仕事をする。
「くそしくじった」
金額が高い下級吸血鬼をハントするはずが返り討ち。よくある話だった。下級吸血鬼=弱い吸血鬼ではない。あくまで人に害をなすかなさないかが判断基準であることを忘れるハンターは多い。最も、ほとんどのターゲットは料金一律のようなもので、組織に属して活動したほうが、生活としてはある程度安定する位に不安定な仕事だ。だが高額の仕事は稀な分、相応の値段になる。正直数年遊んで暮らせる額になることも少なくない。最近はそういう輩も増えてきたので、彼のようなハンターも増加傾向にあった。
「なにが楽で稼げる仕事だっ!あんにゃろう幻覚使いじゃねえかっ」
ごぽごぽと傷から漏れる傷を止血するが、意識は絶え絶えだった。運が良ければ救急車で運ばれて助かるが、運が悪ければ死ぬ。携帯は解放される代わりに戦利品として吸血鬼に奪われてしまった。こういうことをするということは、それなりに知恵も回る吸血鬼だったのだろう。
「ああクソついてねえ……」
男は雪の中に倒れ込むと深い意識下に落ちてしまった。無情にも彼の上に雪は深々と積もっていくだけだった。
とあるバーがある。このバーには様々なワケアリの客が来る。これから犯罪を犯すもの、犯したもの、昨日親や子供を亡くしたもの、栄光を持っている時の人、若い男、老人や女、そして吸血鬼やただの一般人。ここのルールは一つ、互いを侵さないことだけだ。まあ犯罪は止めるし、犯人が堂々としてればマスターだって通報もする。要するに互いに構わず静かに、あるいは楽しく飲めということである。
故に独り身の男が静かに酒を飲むにはうってつけで、変なやつに声もかけられず、センスのいいBGMを肴に酒を愉しむ者もちらほらいた。ほら、そこのバーの最奥隅のカウンター席にいる男。彼もそうである。
黒いセミロングの髪に黒い喪服のようなスーツの男。彼は名をS·コウイチロウといった。SはスナイパーのS、言ってしまえば吸血鬼ハンターである。それも二つ名が付けられる公認組織の人物であることは確かであり、加えて相当の実力者だ。二つ名が与えられるということはそれだけ大きな地位を持っているとも言えるし、実力も(少なくとも)スナイプの腕は相当だと言える。管理職であればここにいる暇はなさそうだが、それでも彼は静寂を好み、グラスをここで傾けるのが好きだった。故に誰も管理せず、管理されない。孤高の立場を守っている人物と言えるだろう。
彼の横にもう一人、男がいる。性別不明の妖艶さはあるが、体格から男だとわかる。長い銀髪を毛先でまとめ、黒い服に黒いコート、黒いチョーカーをつけている。彼はコウイチロウとは飲み仲間であり、友人である。だが肝心の名前は無い。自ら所有しないと主張しており、所有をしていない理由を聞いても、必要がないと答えるだけだ。そんな少し変わり者の彼は案の定というべきか、言うまでもなく吸血鬼であった。正確には吸血鬼でなくもっと深遠に近い存在らしいのだが、詳しいことを語る事はまだない。
「……明日の夜「仕事」に行きます」
コウイチロウが口を開いた。先述したが彼の仕事は吸血鬼ハントである。名前のない吸血鬼はただ「ああ」と返した。
通常この場合、吸血鬼はハンターに少なからず嫌悪を覚えるものなのだろう。だって同族が自業自得とはいえ殺されるのを見て喜ぶものはいない。そういう理由もあるにも関わらず意外にもハンター側に回る吸血鬼も少なくはない。金は生きていくのに必要だし、夜は吸血鬼は有利だからだ。だが、吸血鬼が人間のハンターに力を貸すのはやはり稀なケースである。全くいないわけではないが、少なくいるペアには、あるものは復讐、あるものは富や名声と理由が必ず存在している。しかしこの二人にはそれはない。唯の飲み仲間であるから、コウイチロウを手助けするのである。変わった二人ではあるが馬が合うだけで、他意などは全くなかった。
そもそもの出会いもこのバーだった。ただ孤独に酒を嗜みたいだけの存在。誰かに構うことなく、構われることなく、平行線を辿るだけ。しかしたった一度だけの偶然が二人を友人足らしめている。何故人はと吸血鬼が問えば、コウイチロウが自分の答えを述べ、そしてその命題を語り合う。変わっているといえば変わっているが、それ以上に二人には言葉は多く要らなかった。察する力が優れているとも言えるが、そんな言い方は野暮というものだろう。
「先日知人が重傷で運ばれました……記念品に殺す相手のものを持っていくようです」
「フン、シリアルキラー気取りか」
酒を一口飲む。唯無感情に呟いて、終わり。二人とも感情の起伏は激しくなく、むしろ感情などないのではないか?と言えるほど静かな水面のような性格をしていた。それ故に気が合ったのかもしれないが、言う言葉一つ一つに意味がないようにも聞こえてしまう。しかも互いにそれを気にしないので、周囲からは妙に聞こえるかもしれない。だがここの掟は互いを侵さないこと。これくらいの距離感で周囲もちょうどいい。
「寄ってから行くか?」
「いえ、先に片付けます」
軽く仕事を片付けて酒を飲む。こういうのも悪くはない。酔ってから行くのは悪手に思えるが、それくらいで悪手になるなら酒も飲まないしこんな仕事はしていない。翌日夕方、ぎりぎり人間が有利な時間に公園で待ち合わせることに決めて、二人はグラスを傾けた。
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