その顔が見たくて | ウィルシャム

「ぶっ飛ばす……!」
「っ、喰らえ……!」
 物騒な言葉が飛び交っているが、ふたりの目には敵対していた頃の険しさはなかった。
 言えば否定するだろうが、どこか楽しげですらある表情を浮かべたアキラとシャムスは、トレーニングルームでスパーリングをしていた。


「はぁ? データ収集……?」
「ああ。戦闘スタイルの研究データを取るのに適しているのが、シャムスとアキラらしいんだ」
 ウィルがこの話を伝えたとき、シャムスは最初あからさまに嫌な顔をした。それはそうだろう。情報提供の域を越えてヒーローの研究に付き合わされる上、またアキラが一緒なのだ。適しているとはいえ、以前のように絶対にシャムスでなければならないわけではない。それに、身体に負担をかけることはないとはいえ、シャムスに実験を思い出させるようなことへの参加は反対だった。
 それでもウィルがこの話をしようと思ったのは、研究への協力を打診してきたブラッドが、シャムスの気分転換になるかもしれないと言ったからだ。
 「ビゼルがいればいい」と多くを望まないシャムスから何か言われたことはないが、ずっと狭い部屋にいては、気が詰まるだろう。
 以前任務に協力してもらった際に見せた、あの勝ち気な笑顔をウィルはしばらく見ていない。
 だから、あくまでシャムスが少しでも乗り気であればという条件で、ブラッドにも了承してもらっていた。
 シャムスは少し考えたあと、ウィルの心配をよそに、ぽつりと言った。
「…………まぁ、ストレス発散くらいにはなるか」
 「アイツをぶっ壊していいんだよな」と笑うシャムスには、「駄目に決まってるだろ!」とつい慌てたけれど、今のシャムスであれば心配はいらないだろう。
 なんだかんだアキラとシャムスの会話も増え、シャムスの拒絶するような態度も少しずつ軟化してきていた。相変わらず、喧嘩は絶えないけれど。


 そんな話をした数日後、研究に協力しているシャムスを、ウィルは少し離れたところから見守っていた。
 今回ウィルの出番はなかったが、参加しない選択肢はなかった。当然のように同席するウィルにシャムスは微妙な顔をしたものの、何も言わない。
 アキラとシャムスの小競り合いは多少あったものの、基本的にデータ収集はスムーズに行われ、シャムスはかなり協力的だった。ブラッドやノヴァからの指示も、ウィルが心配していたような実験めいたものではなく、シャムス自身も興味深げに聞いているようだ。
 ウィルはもちろんふたりを信じていたけれど、どこかでほっとする。
 ウィルが見る限り、能力が制限された中では、体力や力は普段からトレーニングを欠かさないアキラに分があるようだったが、シャムスはブラッドやノヴァの指示を器用にこなしていた。意図をうまく汲めないでいるアキラをからかって楽しそうに笑っていた。少しくらいの言い合いであれば誰も咎めない。そうやって好きに言い合って身体を動かすシャムスは、気づけばずっと見たかった勝ち気な笑顔をしていた。
 ウィルはそれを、ただただ見ていた。


「お疲れ」
「おう、サンキュ」
 先にウィルの元へ来たアキラに、タオルとドリンクを渡す。
「調子良さそうだったな」
「ああ! ……でも、アイツはやっぱムカつく」
 アキラはブラッドに呼び止められているシャムスをじとりと睨むと、タオルで思い切り顔を拭いた。ウィルは曖昧に笑いながら、それでも以前のような刺々しさはないとわかっていた。
「ありがとな」
「……ん? なんでウィルがお礼言うんだよ」
 つい口から出た言葉にツッコまれて、言葉に詰まる。たしかに、ウィルがお礼を言うのは変だ。でも、シャムスが生き生きとしている姿を見ていたら、自然と出てしまった。
「……あ、シャムス」
 答えあぐねていると、シャムスが戻ってきた。誤魔化すように視線を移せば、アキラからはそれ以上追求されることはない。
「お疲れ様。これ……」
 アキラと同じようにタオルを差し出そうとした手がピタリと止まる。
 そこそこの時間動き回っていたシャムスの首筋には汗が光っていて、いつもはふわふわの白い髪が湿って顔に張り付いていた。
 考えるより先に、タオルをシャムスの頭に被せていた。
「ウィル……? って、オイ?!」
「か、風邪引いちゃうだろ」
 苦しい言い訳をしながらも、そのままシャムスの髪をごしごしと拭いた。シャムスはなぜか大人しくされるがままだった。
 しばらく無言で拭いたあと、すっかり乱れてしまった髪をそっと整える。ふと、シャムスがじ、とこちらを見ていることに気づいた。
「ご、ごめんな……」
 思わず謝ると、シャムスは楽しげに笑った。
「ふ、相変わらず変なヤツ」
「……うん」
 以前は訝しげだったその言葉に、今ではどこか穏やかな声色が混ざっていて、ウィルは思わず頷いてしまう。
 喉が渇いただろうからドリンクを渡さなきゃいけないのに、なんでか目線が外せない。そうしてしばらく動けないでいると、気まずそうなアキラの声が聞こえてくる。
「あー、ウィル。オレ先に戻ってるな」
 そうだ、ここはまだトレーニングルームだった。冷静になり周りを見渡すと、ブラッドとノヴァもこちらを見ていた。その表情から感情は読めないが、どことなく生暖かいものを感じる。
「ご、ごめん!」
「クソっ!」
 誰への謝罪かわからないウィルの声が響くのと、真っ赤になったシャムスがウィルの手から抜け出るのは同時だった。

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