ルーシル1


 フィエルテ・シャノワーヌ。
 彼は貴族並みの資産を持つ中流階級の家系に生まれた。家庭環境や人間関係に恵まれていたものの、社会の荒波に呑まれ家は没落寸前となった。そのことが原因で家族は離れ離れとなった。夢を抱いて進んでいたものの、それは儚く潰えてしまい落ちぶれたも同然になった。
 「俺の人生、もうどうにでもなれ」
 そんな思いを抱えながら自棄になった。男娼として身体を売ったこともある。その後も彼にとっての不運が続いた。職を失い生きる術がなくなったかと思えた。しかし、光が差し込むかのように転機が訪れる。すぐに新たな職は見つかった。それも皮肉なことに誰も手をつけたがらない『拷問官』という役職だった。
 「嫌われようがどうでもいい。どうせ大した人間じゃないんだし」
 フィエルテの心は荒みかけ、生きていく理由さえ解らなくなった。
 そして自身は自問自答を繰り返す。俺の誇りとは何だ、と。
 彼の名前でもある「フィエルテ」は「誇り」という意味を持つ。両親は少しでも誇りを持って生きられるようにと名付けてくれたに違いない。それなのに…。
 「これじゃあ親孝行にすらなっていない」
 フィエルテはは落ち込んだ心のまま何とか人生を歩んでいた。




 シルヴァン・ミゼリコルド。
 「死刑執行人組合」の頂点に君臨するミゼリコルド家四代目当主である。役職はもちろん死刑執行人だ。
 この家に生まれた男子は死刑執行人となる運命からは逃れられない。幼き日のシルヴァンは幾度となく運命を拒絶しようとしたが決して抗えるものではなく、次第に受け入れていくしかなかった。
 今でこそ凛とした様子で処刑台の上に立てるが、それには「正義の名のもとに任務を遂行する生き様こそ誇り」という強い信念があるからである。
 というのは大袈裟だ。なぜなら彼は「そう言い聞かせなければ己の心を保てない」のだ。仕事柄、とてつもなく精神を削られてしまう。それはいつまで経っても慣れるものではない。むしろ慣れてはいけないものだと錯覚さえする。
 それでもシルヴァンが逃れられる術はない。この世の中に死刑制度が存在する限り。そして罪を犯す人間がいる限り。
 今日も運命は無慈悲に彼を処刑台の上に立たせるのであった。


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