セルフサービス
「ふたりしてここで何してんのや……?」
「し、シーソー!」
草若兄さん、そこで何でバレた、て顔せんといてください。
電話の横のメモに日暮亭15時とか書いてあったら、バレるに決まってるでしょう。
我が家のヘンゼルとグレーテルが残したパンくずのヒントを頼りに日暮亭の事務所に顔を出すと、狭い事務所は既に満員御礼という様子で、兄弟子と子どもが並んで、今月の番組のパンフレットに夜の特番のチラシを挟んでいた。
「あんな大層な書置き残しといたら、バレるに決まってます。若狭、茶。」
「はいい……!」
「あー、喜代美ちゃんは動かんでもええで。日暮亭の事務所はセルフサービスですぅ~。」と草若兄さん。
「サービスですぅ~。」
若狭二号、お前もおったんか……。
まあオチコでええか、草々兄さんもそない言うてるし。
「セルフサービスからセルフ取ったらただのサービスやぞ。そもそも、お前に茶入れられるんか?」
「僕もう入れられるで……おばちゃんに習たし!」
いや、お前はええぞ、と言おうとしたけど、まあええか。
なんや茶を入れたいような顔になってるような気がしたので子どもの好きにさせることにした。
「おい、ここ、ゴムで結べてへんとこ跳ねとるぞ。」
「あ、ほんまや! シーソー師匠、お願いします!」
……なんでそこで僕の膝の上に乗って来るんやお前。
草若兄さんですら最近は人前では遠慮してんのに。
「したことないで。」
だいたいの女は、僕が起きる前に身支度整えてたからな。
「またまた、そんなご謙遜を~。」
……草若兄さん、子どもに変な言いようを教えんといてください、という視線を兄弟子に向けると、不肖の妹弟子もこっちと似たような顔になっているのが見えた。
不穏な空気を感じ取ったらしい兄弟子は、そっぽを向いて口笛を吹いている。
子どもの教育に悪い大人の見本やな。
二十代の頃やったら可愛いで済みますけど、ええ加減、この年の子どもの前くらい大人の自覚持ったらどないですか、と言わんばかりの顔になっている妹弟子の顔つきを見てため息を吐きたくなった。若狭、お前はそれ、ちゃんと声に出して言わんかい。
「私もう知っとるんやで……。小草々くんが、師匠になったらもっと上手く結えるんやて言うてたし!」
はい、と櫛を渡された。どこに入ってるねん、と思ったが、普段はランドセルに付けている黒猫の巾着の中から出て来たらしい。
「おい……草々兄さん、子どもの世話、弟子にさせてんのか?」
「いやあの……。」
おい、なんでお前がそこで焦った顔になる必要がある。
「お前はええわ、そもそも、毎日メシ作っとるだけでも子どもの世話にはなっとる。」
「あの草々に、子どもの髪結わえるとかそんな器用なこと出来るわけないやろ。」と草若兄さん。
僕かて子どもが来るまでは、内弟子修行中におかみさんに習った料理なんか、一度も作ったことなかったですけどね。
「そうやそうや、お父ちゃんにそんなんさせたら、私三日でハゲてまう……!」
お前はどっちの味方やねん。
まあええけど。
「おい、僕が髪弄ってええんか?」
「ええよ~。可愛くしてね~!」
「お前の顔、土台が若狭やからな。」
「はあ? 何言ってるんやお前、喜代美ちゃんは世界一可愛いやろが!」
「……お父ちゃん、お茶あるよ。」
毎日メシ食わせてる子どもから憐みの目で見られるのも腹立たしいが、隣に座ってる男が僕のことを羨ましそうな顔で見てるのも腹立つというか……。
まあええわ。
「とりあえず、僕の分は髪結えるまでそこ置いとけ。」
「うん。」と頷いた子どもは僕、若狭、草若兄さんの順番で茶を出している。
この場限りの序列としてはそれでもええかもしれんけど、もう一人おったら順序逆やぞと突っ込まれるな、小草々の木曽山に変な入れ知恵される前に……。
まあ今から言うてもしゃあないか。そのうち、日暮亭の中だけは全部気ぃ付いた人間が入れるか、セルフになる可能性もある。
「若狭、お前、先に休憩しててええぞ。」
「四草兄さんも、ほんまにありがとうございます。いやあ、今日のお茶、ほんまに特別美味しいていうか…あったかいお茶はやっぱええですねえ…。」
若狭がしみじみ感動している向かいでは、鏡を持ったスパルタ教師が「もっとぽっちりを右にして、……あかん、模様が正面に見えるように! ああ~、それそれ……」と建設現場の現場主任よろしくこっちに指示を出している。
お前、ほんまはこのくらい、自分で出来るんとちゃうか?
まあええけど……。
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