【ドッペルダンシング】
うちよそ長編『虚空遊園からの脱却』
第二幕 氷の城 より抜粋
登場キャラ
[色杷]リオ:腕の良いガンマン。喧しいけど頭が回る。
[友人]剣太郎(こんたろう):キツネの獣人。喧しいけど仲間思い。
1
全てが氷でできた奇妙な城の内部を歩いているのはリオと剣太郎だ。彷徨う彼らが洒落た文字で「Dance Hall」と書かれた扉をくぐると、その先には広く開けた空間があった。
「ここは……」
心許ない青白い灯りで照らされ、見る方向全てを鏡で張り巡らされたその空間はリオと剣太郎の虚像ばかりが上下左右に散らばってどこまでも続く、なんとも居心地の悪い無限の異世界となっていた。
リオが怪訝そうに眉根を寄せる。同じものを感じたのか剣太郎はうげ、と声に出していた。ここに至るまでの道すがらでも『姿を映す物』はロクなことがない。
「……引き返そう」
「せやなぁ」
互いに目線を配る。しかし二人に思いも虚しく、空間の青白い灯りが色を落とし代わりに無機質な赤黒いランプだけが場を支配した。
無限を映す姿見の空間だけでも気味が悪いというのに、二人の存在を認知した空間は色を成し警告を顕にした。赤色に染まる。
「なんっ……」
剣太郎の言葉が終わる前に何かの気配を背後に感じたリオは腰のホルスターから銃身を抜き、振り返らずに引鉄を引いた。
「もー!」
目の前に現れた蠢く影の化物を剣太郎が切り裂くのも同時だった。
「鏡はええことあらへんなホンマに!」
「まったくだね!」
背中を合わせた二人を取り囲むように形を持たない影法師たちが現れ、リオが悪態をつくのと同時に彼らは攻撃を仕掛けてきた。
2
襲い来る影法師たちの攻撃をうまく躱しながら確実に倒していく剣太郎とリオ。
「しゃがめ!」
掛け声と共に剣太郎の背後から襲いかかってきた影をすかさず撃ち抜く。
「うひょぉ〜、おおきに!」
剣太郎もかがんだ拍子に群がってきた影たちを切り捨て追い払う。
「キリないなぁ! こんなとこはよ出よ!」
「まずはこいつらをどうにかしないと、どうにもなんねぇな」
ひとしきり敵を倒してひと呼吸と愚痴を吐く。その時、身の毛のよだつような寒気と共に棘のある幼い少女の笑い声がホール内にこだました。
「……癪に触る笑い声だな」
「こりゃたぶん城主ちゃうかな!」
「?」
リオの言葉に答えたのは剣太郎でもない別の声だった。少女の笑い声とも違う少年のような声はどうにも剣太郎の握る刀から聞こえたようだが。
「もしかしてその刀喋った?」
「パツキン見たことなかったか?」
戦いの合間に剣太郎は手に持つ黒い刀身をリオに見せる。
「喋るで喋るで〜! しかもただの刀やなくて八咫さんやで!」
「やかましわっ!」
陽気なそれでいてどこか幼さのある少年の声がやはり彼の持つ刀から聞こえていた。ツッコミのつもりか剣太郎は八咫と名乗った刀を振り回してる。
「喋る刀なんて初めて見た」
「いや〜、ワシは刀ちゃうんよ〜! 多分ヒトかカラスどっちかなんよな、分からんねん!」
「自分でもわかんないのかよ!」
場違いに明るい八咫の声にリオは思わずツッコミを入れてしまう。
「せやろ、わけわからんやろ! そりゃあ百年も生きてたら勘ちゅうもんが備わってやなァ。長生きしたら知りたくないモンまで知るんやで〜、さっさとあの世に行くことをオススメするで〜!」
「振り回されながらよう喋るわ……」
剣太郎が諦めて刀を振るのをやめると、じゃあと八咫は二の次を開く。
「大先輩八咫さんから一言ヒント! ハットボーイ、今日はもっかいズタボロになるで。けど大丈夫、死にやせん!……以上!」
明るい声色のトーンを少し落とした真剣な声だったが、出てきた言葉はリオにとっては拍子抜けするものだった。敵を蹴散らしながら何その不吉なヒント、とツッコんでしまうほどだ。
「せめて打開策とかないの」
「せやなぁ、お前がキツネを助けやんかったら大丈夫や」
八咫がからからと笑いながら告げる言葉の意味、それは剣太郎を助けなかったらリオはズタボロにならないという暴論とも言える打開策だ。リオは顎に手を添えてから目を細める。口元は弓を描くが眉尻は下がったままだ。
「助けられるほどノロノロしてないわ!」
「ま、ハットボーイも頑張るんやな!!」
言うだけ言うと八咫は疲れたから寝るわ!と口を閉ざした。
3
襲いかかる影共を振り払いながら会話をしていると、再び辺りから少女のような甲高い笑い声が反響し身構える。悪意に満ちた少女の声に呼応するように影が引いていき、眼前の鏡の中で二人の背後に一人の少女の像が浮かび上がる。
「これは、いると思うか?」
「ワイはおるに一票やな!」
鏡の中の少女は口元に赤を裂いて、ゆっくりと、手を伸ばしてその歩を近づけてくる。
「……そう、これは誘導だ。ボクは"どちらにも"いるな」
と、リオ。息を呑み鉄把を握る手に力を篭めて少女を見据える。
「ほーう。前も後ろもかぁ」
剣太郎も刀を構え直して鏡の向こうの背後を睨みつけた。
「三秒数える。剣太郎は後ろを、ボクは前を」
「任せろや!」
じりじりと。少女の笑い声が響く。
リオは目を閉じ、敵の気配に集中する。
「……3」
腕を広げ、影が伸びる。
「……2」
闇の中へ誘う笑みが近づく。
「1……!」
そして――リオは瞼を開けた。
「さいならやで嬢ちゃん!!」
鬨の声と銃の声が重なった。
刀の刃と銃弾が同時に少女の心臓を貫き、鏡の割れる音と断末魔が入り混じり共鳴する。
「う〜ん、可愛い城主やなぁ」
音が止み粒子となり消えた少女を見届けた後、静寂の中にポソリと八咫の呑気な声だけ落ちた。寝ると言いながらもまだ起きていたようだ。
「もう敵おらんか?」
「これで終わりだといいんだけど」
剣太郎は刀を鞘に納めて、それでも柄に手を添えたまま尋ねる。リオも銃を手に持ったまま、ふう、と息をつき辺りを見渡した。
「それで、出口はどこだ?」
首を右に左に動かすも、見える範囲には出口どころか入ってきたはずの入り口すらどこにも見当たらない。それだけではない。だだっ広いホールの目に見える範囲の床や天井、ひと部屋を構成する壁という壁が『鏡』に成り代わっていることに気がついた。二人が鏡の中の少女と共に割ったばかりの場所には早くも新たな鏡が現れようとしていた。
万華鏡のように彼らの姿を幾重にも映し出す光景にリオは妙な胸騒ぎを覚え眉根を寄せる。不気味やな、と剣太郎も胸中の違和感を吐き出す。
「……すごい嫌なこと言うけど、もしかして閉じ込められた?」
考えたくないけど、と言葉を添えてこめかみに手を当てるリオ。それを聞いた剣太郎は彼の方を向くと口を半分開けて呆けた顔をしていた。言われてから初めてその可能性に気がついたようだった。
「うそやん!」
「あ〜あ〜、今日はここでおねんねやな〜」
リオが呆れていると、再び緊張感のない八咫の声が通る。
「嫌やわこんなとこ!! せめて、全部鏡割ろうや。そしたら変なん出てけぇへんやろ!」
「……鏡を割る、か」
剣太郎が口にするが早いが鏡の近くまで行くとそのまま刃を向けて突き割った。黒い破片が舞い鏡の奥にはなにもない壁が姿を現すが――
「剣太郎、横だ!」
――リオの声に反射的に刀を前に出し防御の体勢をとった。
「っ!?」
すぐに真横の鏡から大きな黒い腕が飛んできて刀ごと剣太郎を殴りつけた。反対側の鏡に当たる前に踏みとどまったが彼の掛け声がなければ危ないところだっただろう。
「っなんやねん、も〜!」
「早いところここから出ないと……」
言いかけて、ふと肌が粟立つような悪寒がして直感のまま目線を上へと向ける。うげ、と顔をしかめてたじろいだリオを見てつられて天井を見上げる。
そこには餌を求めて水面に顔を出す魚の群れのように、びっしりと、赤黒い腕が生え出している様だった。それらはゆっくりと、されどじっとりと、二人のいる場所まで伸びてこようとしていた。
4
「なんやこれ!? 気持ち悪っ!?」
天井から生え出た赤黒い腕が肌に触れる度に、ぞ、と皮膚の細胞を逆撫でしてひっかくような感覚が背筋を走り、思考を奪われそうになる。小さく悲鳴をあげながら伸びてくる腕に刀を振り回すが、その数はあまりにも多い。
「……かがめ、剣太郎」
普段では聞かないようなリオの低い声が耳に入る。考えるよりも先に体をそのように動かすと、すぐにドンと重々しい銃声のあとで派手な業火と破裂音が轟いた。剣太郎の周りにいた腕がぼとぼとと千切れて落ちて、続いて火薬の爆ぜた臭いが鼻をつく。
かがんだまま砲撃の主の方へ顔を向けると彼は手持ち型の大砲を構えていた。
「カッコええ武器持っとるやん〜」
「ありがとう」
硝煙の臭いが未だ鼻を掠める中でリオは、聞いて、と言う。
「……この部屋から出る方法。ひとつ思いついたんだ」
「おー? なんやその方法ってのは」
尋ねられた砲撃主は答えの代わりに砲を構え入り口があったであろう場所の鏡に合わせてトリガーに指を掛けた。引き金が引かれて破裂音が轟く。鏡は乾いた高い音をあげて砕け、黒ずんだ破片が舞い散った。
「うっわ、雑っ!」
思わず驚きの声よりも文句が先に出た。
二度目の轟音。壁に空いた風穴にはどこへ通じているかもわからない空間の割れ目を覗かせた。歪ではあるがこれが彼の言う『この部屋から出る方法』なのだろう。
リオは声を張り上げた。
「城壁の外じゃないことを祈って……剣太郎、走れ!!」
「走れ、て……もー!」
彼の号令を合図に剣太郎は身をかがめて素早く走り出す。襲いくる黒い手の猛攻をかいくぐり、突破口へとその身を滑り込ませた。
幸いにも外に投げ出されることもなく剣太郎は受け身で転がり、通り抜けたダンスホールの出口へ目を向ける。
そして目を見開いた。
「っ!? パツキンもはよ!」
壁に空いた穴は蠢き今にも元あった形に戻ろうとしていた。空間を隔てた向こう側の彼に急いで声を伸ばすが、彼の目は決意を宿してしっかりと剣太郎を見据えていた。先に行け、と強い眼差しが訴えていた。
「後で合流しよう」
にこりと笑み。ガンマンの彼は手に持った爆弾のピンを口で外し、背後から迫りくる影に向けて投げつけた。
「はあ!? おい、ふざけんなや!」
今になって初めから剣太郎だけを逃がす魂胆に気がついて、塞がりつつある出口に刀を差し込んだ。だが、蠢く壁がそれを拒んだ。
そこからあふれ出た黒い手が隙間を埋め尽くして視界に残るリオの背中すらも覆い隠してしまった。くぐもった破裂音が連続して響いていたが、やがて轟音も遠くなっていき壁が完全に塞がってしまった。
「パツキンのくせにリーダー様に何指図しとんじゃ、こんにゃろおぉぉ!」
空間が繋がっていたことすら認知できないほどなくなり、ただの氷で覆われただけになった壁に力を込めて突きを入れる。しかし、どうにもならないというのはわかりきっていた。
「…………」
「行けや。お前にできること、まだあるやろ?」
刀の姿のまま八咫の声が響く。刀を下ろし壁に拳をぶつけて強く歯を噛みしめた。拳から痛みが伝わってきた頭で八咫の言葉を飲み下す。
目を閉じ俯いたあとに黙考し再び壁を殴った。
この異質で悪意しかない空間から抜け出すために立ち止まっている暇などないなら、背中を預けて信じるしかないだろう。
「……堪忍な、リオ」
仲間を信じるのは彼の一番得意なことだ。剣太郎は壁を背に走り出した。
powered by 小説執筆ツール「arei」
56 回読まれています