初恋のお話

「十文字くん、これあげる」
 おもむろに手渡されたのは購買に売ってる焼きそばパンだった。なぜ急に?一応受け取りながら、俺は先輩に一応お礼を言った。
「ヒル魔くんへの今日のお供物。食いやがれって言われたんだけど、わたし焼きそばパンを焼きそばとして食べればいいのか、パンとして食べればいいのか分からなくてどうしても食べられないからあげる」
「え?いや、え?なんか話なんも入ってこなかったッス」
「部活前お腹空くでしょ?あげる」
 先輩はふふふっと楽しそうに笑っていた。多分自分が言ったことを面白いと思ってるんだろう。先輩はちょっとシュールなところがあるから、俺にはイマイチ笑いどころが分からなかった。ヒル魔への供物というのは、おおかたアイツの奴隷にされてる奴らからの賄賂みたいなものなんだろう。
 焼きそばパンの封を切って、一口食べる。購買の焼きそばパンは少しソースが濃くて喉が乾く。モサモサとした食感は嫌いじゃなく、焼きそばとパンのボリュームは食べ応えがあって俺は結構コレが好きだった。
 先輩は俺が焼きそばパンを食べるのを確認して満足したようで部室の整理整頓を始めた。ボールやユニフォームだけじゃない、ルールブックや作戦盤、妙に出来のいい俺たちのフィギュア、不穏な謎の書類やらDVDやらで雑然としているこの部屋にも、いつの間にか馴染んでしまった。先輩がこうして早めに部室に来て掃除してる姿も、もう何度も見た。
 俺に背を向けて棚の辺りを片付けている先輩の少し長い髪が動きに合わせて微かに揺れる。運動なんかしたことなさそうな筋肉のついてない足は、あんなに俺たちと一緒に外にいるのに白かった。白くて、細くて、歩くのが遅くて。
 俺は先輩と出会って初めて、歩くのが遅い女子には歩幅を合わせて歩いた方がいいということを知った。
 ヒル魔が、先輩と歩く時にそうしていたから。
「…先輩」
「なあに?」
「俺も手伝う…ます」
「わ、ありがとう!」
 先輩は、目がちかちかしそうなくらい笑ってくれる。
 俺が知る限りヒル魔にこんなふうに笑ってるのは見たことがない。焦ったり驚いたり呆れたり困ったり、そんなふうな顔ばかりさせられているはずだ。なのに俺はなぜかいつもそのことに心の奥のどこか深いところで静かに打ちのめされている。
 俺よりも背の低い先輩を下目に盗み見る。まつげにはマスカラはついてないのに瞼にはうっすらきらきら光るものが乗っているようだった。そうして先輩のことばかり見ていたら鼻が小せえな、なんて自分でもわけのわかんないことにまで気づいた。
 でもヒル魔はとっくに先輩のアレそれには気づいているんじゃないだろうか。こんなのんきでトンチンカンなことを思うあの男はまったくもって想像できないけれど、それでも確信があった。それは多分、アイツもこの人のことを。
「先輩」
「なあに?」
「明日も焼きそばパン、欲しいッス」

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