メロン



オレなあ、今でも後悔してることたくさんあるねん、と草若兄さんが言った。
夕方の西日の差す中でアホほど暑い部屋の中にいると、そもそもこんな暮らしをしていること自体が後悔の種ではないかと思わないでもない。
「どんな後悔かは知りませんけど、ずっと引きずってたかてしゃあないでしょう。」
「そらそやけど、オヤジの病室にあったメロン、気が付いたらなくなってて、あれはなんか後になってもうちょっと頻繁に顔出しといたら良かった、て思ってな。」
……メロン?
冷えてるし、夜は西瓜入れたいし、子どもがプールに行ってていないうちに半分食べてしまいますか、と言ってもらい物のメロンを切っていた僕は、うっかりメロンの果汁に濡れた指先が滑りそうになった。
「人を笑かそうとしてるんなら、包丁持ってる時は止めてください。」
「ドアホ、そういうのとちゃうわ。いや、一人きりの看病がどんだけキツイのは分かってんのやで。やっぱ、オレとオヤジだけやと絶対詰んでたけど、喜代美ちゃんちのおうちの人とかライターの人とか、代わる代わる来てたやん。おかんは親戚ほとんどおらへんし、オヤジも似たようなもんで、オレがおらん間のオヤジの世話頼めるような人とかおらんからほんまに助かってたけど、なんや賑やかやし、あっこに入りづらいな、て勝手に思ててな。草々とか喜代美ちゃんみたいに、お稽古お願いします、て突進していかなあかんのに、仕事もあらへんのに病院の下の喫茶店で時間潰してみたりして。あの頃のそんなん全部、勿体ない時間の使い方やったな、と思って。」
「……メロンの話でしたよね。」
「ただのメロンやのうて、食べ損ねたメロンの話してんのやて。」と草若の声で言った。
僕は切り分けたメロンにまた包丁で切り込みを入れ、店で出されるような顔をして皿に乗せた。
こうしておけばまだ皮にくっついてるとか言ってデコボコのクレーターみたいになることもない。
先がギザギザになっているスプーンがないので、新しく買うよりもとからあるフォークとナイフでどうにか出来るようにと思ってやってみたが、これが具合がいい。
「親と……まあ親に限らんけど、大事な人との時間て、似たようなもんとちゃうか。後になってこうしておけば良かった、てなるもんや。子どもの頃から、そうやねん。おかんの顔より仏壇屋のおばはんの顔のが見てる時期長かったんとちゃうか。内弟子修行中かて、買い物途中でサボってあの店に行ってたし。」
「僕の内弟子修行中も、まあ似たようなもんですよ。草々兄さんがおかしいんです。メロン食べましょう。」
そんな風に言って皿を出すと、内弟子修行中の話なんか、メロンみたいなもん食う前にする話とちゃうな、と兄弟子は笑った。
「師匠の話やから、怪談噺みたいなもんじゃないですか。僕もまあ、今一瞬だけ、暑いのを忘れてましたし。」
「お前はまた、人の親を祟り神みたいに言うて。」
「僕の師匠でもありますから。」
「まあええか。このメロンで許したるわ。」
切り替えが早すぎる兄弟子は、皿に乗ったメロンを切って食べ始めた。
あっという間に皿の上が空っぽになって、こちらの皿にあるメロンを狙うような視線になっている。子どもに半分残したメロンを出してもう少し切るか、半分ならまだどこぞから貰った体になるが、と思って自分の皿の分をひと切れ兄弟子の皿に移した。
「そんな好きなら、今度買ってきますよ。」と言うと、ええて、というジェスチャーで手を振った。
「こういうのは貰いもんやからええんやないか。夏に身体を冷やすていうなら西瓜食べてた方がずっとええし、自分で買うて食べるもんとちゃうわ。」
「そんなもんですか。」
「そんなもんや。」
夏には何でも好きなものを食べたいと、自作のゼリーや寒天で冷蔵庫を満たしていたおかみさんの顔をふっと思い出した。
子どもが来る前に片付けますか、と言うとそうやなあ、という兄弟子の横顔を見つめていると、相手の顔がぱっと赤くなった。
「……あんなあ、今食べたらメロンの味するで。」
それ、今言うことですか?

後三十分で子ども帰って来ますけど、と言うと、味見くらいはええんとちゃうか、と兄弟子は他人事のように言って小さく笑った。

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