レンタルBLから勇尾になる話
「本日はよろしくお願いします」
その日、尾形が依頼人に指定された待ち合わせ場所にほど近い所で合流した相方は腹違いの弟だった。
「は? 俺はレンタルBLの仕事でここに来たんですが何か勘違いしてませんか」
「レンタルBLのお仕事で合っています。今日はクライアントからご指名いただきました」
にこにこと笑みを浮かべる弟――花沢勇作を前に尾形は逃げ出したくなった。事前に依頼人の希望や指示などと共に相手役の情報も送られて来ては居たがただの同姓同名、しかも本名だとは思わなかったのでわざわざホームページのキャスト画像まで確認しなかったのだ。
合流場所にも早めに着いたので、そこでやっと一緒に仕事をする相手の顔を把握しておこうかとスマートフォンを出したところで声を掛けてきたのが勇作だった。
「いつからこの仕事を?」
「つい最近です! 尾形さんがこの仕事をされていると聞いて一緒に働いてみたくなったのです」
「いやアホか」
花沢勇作は最近顔を合わせたばかりの弟だ。尾形は妾の子だが勇作は本妻の子である。勇作は無条件に思慕を向けて来たが、馴れ合うつもりはさらさらなかった尾形が「こういういかがわしい仕事をしているので今後は他人のふりをしてください」と名刺を渡したのは逆効果だったのかもしれない。
勿論、尾形は自分の仕事がいかがわしいとは思っていないが嘘も方便、ボンボン育ちの男なら騙せると思ったがそうはいかなかったようだ。
色々問い詰めたい尾形だったが、依頼人を待たせる訳にはいかない。仕事と割り切って勇作と軽い打ち合わせをすることにする。
「今日の方は初めてのご利用です。指示内容は俺と勇作さんのデートなので特に難しいことはないと思いますが何か気になることはありますか」
「実践は今日が初めてなのでよろしくお願いします」
「マジか」
「研修では問題ないと言われましたのでなるべくご迷惑をおかけしないよう頑張ります!」
相手役が初仕事だということを現場マネージャーは前もって知らせるべきだろう。尾形は心の中で悪態を吐きつつも頭の中でプランを練った。
「今日は勇作さんの力量を見たいので俺をリードしてもらえますか。危ないときは俺がフォローしますので」
「了解しました。フォローしていただけるのはとても心強いです」
ちなみに尾形が勇作さんと下の名で呼ぶのはBLモードに入るための慣らしという事もあるが、単に花沢という姓が嫌いなので口にしたくないだけである。
対面した依頼者は大まかな設定以外は丸投げしてくれるタイプだったので、初めての勇作にとっては言うまでもなく尾形にとっても有難かった。
事前に示された規約に同意しているはずが、当日会ってみたら依頼人が無理難題をふっかけて来たなんて話はザラにあるからだ。今回の指定は「初デート」ということで、それ以外は役名の指定もなく自由に動いて構わないとの事だった。ちなみに依頼主は適度な距離で観察するだけでいいらしい。
「尾形さんとの初デート、楽しみです」
花が綻ぶような笑顔とはまさにこの事か。
勇作の照れたような顔に尾形は一瞬目を奪われた。咄嗟に返事が浮かばず頷くだけに留めたが、この調子ではフォローどころではない。
「尾形さんと二人で歩けるなんて幸せです」
顔を覗きこまれてその近さに思わず尾形は身を引いてしまったが、仕事の先輩としてはもう少し能動的になるべきだろう。
「こういう時は手でも繋ぐもんなんですかね。俺はデート自体初めてなのでよく分からんのです」
「私も初めてなので分かりませんが、尾形さんが嫌で無ければ繋いでもいいですか?」
男同士の初デートの初々しさを出すために提案してみると勇作も控えめな返しをして来た。定番の流れや会話は研修時のロールプレイングで叩き込まれているはずなのでヘマをすることはないだろう。
腹違いの兄とはいえ男の手を握ることに躊躇いがあるかもしれないと思った尾形は自分から手を差し出した。勇作はすんなりとその手を握る。手のひらが少し汗ばんでいるのは緊張のせいだろうか。
完全無欠の人間に見えても人並みに手汗をかくことが分かって、尾形の勇作に対して構えていた気持ちが少し解れた。
依頼人はつかず離れず尾形と勇作を観察したいとのことだったので、距離を取りすぎないよう注意しながら初デートを遂行することになった。
ショッピングモールに入ってブラブラと歩きながら時折店を覗いては他愛もない話をする。勇作があまりにも自然体だったので尾形もつい素の自分に近い感覚になってしまう。
気づけば繋いだ手は恋人繋ぎに変わっていて、勇作の掌の熱と何かの拍子に甲を撫でる指がくすぐったかった。
服や靴を見ているうちに昼時になったので、尾形はプライベートでもよく行く和定食のチェーン店がいいと主張した。勇作は初めて行く店だったようで「尾形さんの好物が知れますね」とご機嫌だった。
依頼人にも勇作から同席の有無を確認してもらったが一人でいいとのことだった。会話が聞こえる距離のカウンター席に座ってくれたのでこちらとしても気を抜けない。
初デート感を出すため、おかずの交換は研修でも鉄板ネタとして教えられたが、実際に尾形が頼んた鯖の塩焼き定食についてきた小鉢には苦手な椎茸が入っていた。皿の端に除けた尾形に気づいた勇作が自身の唐揚げ定食から交換を切り出してきたので尾形としても心の中で合格点を与えつつ、個人としては得をした気分になったのだった。
大きめの唐揚げを頬張っていると、勇作は嬉しそうな顔で尾形を見つめてきた。自分でなかったら仕事とはいえ勘違いしてしまいそうな破壊力がある。
勇作は勇作でおかわり自由のご飯を三杯も食べて腹を満たしていた。仕事中の飲食代は設定されいる上限額までなら報酬から間引かれることもないが、生活に困っているようには見受けられないので単なる健啖家なのだろう。
その後、ゲームセンターでクレーンゲームに熱中したり猫カフェでゆったりとした時間を過ごしたりしているうちに終了時刻を迎えた。
依頼人はとても満足した様子で、次も尾形と勇作のペアで指名したいと明言していた。リピーターが出来るのは有り難いことだが、相手が勇作となると尾形は調子が狂う気がして複雑な心境だ。
帰り道を勇作と並んで歩きながら、尾形は今日の仕事は仕事と割り切るには違和感を覚えるほどやりやすかった自覚があることに気づいた。単純に楽しかったのだ。
「勇作さんが思っていた以上の演技力で驚きました」
「え? すみません、実はずっと素のままだったんです。何かあっても尾形さんがカバーしてくれると思って特に役作りはしませんでした」
尾形は急に頭が痛くなった。どうやら勇作を買い被り過ぎていたらしい。だが流石に手を繋いでいたのは仕事として割り切ったのだろうと考えて説教をするのは止めておいた。
「俺以外のキャストと仕事をするときは気をつけるように」
「はい。尾形さん以外の人の前では素にはなりませんのでご安心ください」
何故自分が安心せねばならないのだろう。
尾形は何となく不貞腐れた気分になったが、スマートフォンから仕事の完了報告を済ませるとそのまま直帰することにした。
「尾形さん、私の初仕事が上手くいったお祝いに一杯付き合っていただけませんか?」
「……奢らねえぞ」
「勿論、割り勘で」
「そこはお前が奢れ」
結局流されるまま、その日の尾形は勇作と夕飯まで共に過ごす羽目になったのだった。
次にまた勇作と組むことになったのはそれから二週間後だった。予告されていた通り同じ依頼人からだ。与えられたテーマは「両片思いと駆け引き」。
勇作が演じるにはハードルが高いのではと尾形は危惧したが、始まってみれば見事にそれらしい台詞回しが口からすらすらと吐き出された。
「私の方が多く飲めたら、今夜は家まで来てくれますか?」
「却下。いきなり家と来ましたか。まずは一晩一緒に過ごせるかどうか、ホテルで試してからだな」
「その一回で振られてしまったら、ホテルでは思い出に浸れません。自宅ならば、いくらかは尾形さんが過ごしてくれた痕跡が残りますから」
「よくもまあ次から次へそんな言葉が出て来ますね」
「本気ですから」
確かに本気の目をしている。尾形は勇作の気迫に押されて冷や汗をかいた。顔には出ていないはずだが咄嗟に返す言葉が出て来ない。散々使い倒したマニュアル台詞なら寝ていても吐けるはずなのに。
「今夜は離れたくないんです」
「聞き分けのない人ですね。……でも、そこまで求められるのは嫌いじゃない」
「尾形さん」
オプションのハグをここで披露してきた勇作は確かに優秀だ。依頼人も目をキラキラさせている。
勇作はしっかりと尾形を抱きしめると、その肩口に頭を寄せて熱い息を吐く。その感覚に尾形は背中がぞわっとするのを自覚した。これは嫌悪感ではなく快感に近い。
今回のミッションはここまでのはずだ。背中をポンポンと叩けば勇作も気づいたようで名残惜しげに身体を離した。最後の最後まで徹底している。
脈の上がった身体を鎮めたくて、尾形は勇作に会計を任せて小用に立った。トイレの手洗い場で顔を洗うと何とか顔の火照りは治まった。
尾形が戻ると勇作は依頼人と話をしていた。柔らかな笑みで応対する勇作に依頼人も頬を染めている。そういえばキャストの管理担当者からも勇作にはレンタル彼氏はしないのかという問い合わせが増えていると聞いた。実際、顔もスタイルも芸能人顔負けであるし物腰が柔らかく清潔感があるのでレンタル彼氏にはもってこいだろう。
そこまで考えて尾形は自分が何となく面白くない気持ちになっていることに気づいた。その理由を探ろうとしても分からず、そのまま依頼人の元に戻る。
「お客様をお待たせしてしまいましたね。花沢が余計なことを言いませんでしたか」
「いえ、特には」
依頼人は何故か驚いた顔をしていたが、すぐに相好を崩すと「またレンタルさせてください」と言った。尾形は依頼人に一礼すると、勇作を小突いて歩き出した。胸に溜まった澱は飲んで晴らすしかない。
「今日は貴方の奢りですよ」
「ええっ!?」
「何か文句でも」
「いえ、その、今夜もこのままお付き合いいただけるとは思わなかったので凄く嬉しいです!」
確かに勇作を誘う必要はなかったかもしれないが、支払いはさせたかったので結局二度目も仕事終わりの食事会となったのだった。
「仕事には慣れましたか」
ビールで乾杯したところで尾形は勇作に尋ねた。初仕事のときの依頼人が熱烈なレビューを書いてくれたお陰もあって、画像だけでなくレンタルBLのキャストとしての信頼度や期待値が上がっているのは尾形も把握している。
「尾形さんとのカップリングは二度目ですが、ほかの方との組み合わせはこの二週間で何度か演じさせてもらいました」
ホームページのレビューを見ると、勇作の相手として指名されるのは大抵尾形とは真逆の小柄で童顔の男だった。尾形と勇作を固定で指名してくる依頼人がレアであって、一般的にはいかにもスパダリな勇作と小動物系もしくは綺麗系の相手役が人気のようだ。
「俺以外の相手とはどんな顔でやってるのか見てみたくなるな」
「演じている姿を尾形さんに見られるのは恥ずかしいです」
「前も言っていたが、俺相手のときは本当に演じていないんですか?」
「はい。今日もありのままの自分として接しました。尾形さんはベテランなので演技でもあれくらいは出来るのでしょうが、私は尾形さんが相手だとどうしても自我が出てしまいます」
冗談を言っているようには見えなかったが、それにしてもありのままの自分とはどういうことだろう。尾形は今日の仕事の内容を振り返って首を傾げた。
「勇作さんは俺とどうなりたいんです?」
出会って間もないうちに腹違いの兄と同じ職場に押し掛けて来る弟は控えめに言っておかしいと思う。尾形はずっと不思議に思っていたことを勇作に投げかけた。
「よくて恋人、悪くて兄弟、でしょうか」
「恋人になりたいんですか。まだ会うのも三回目でしょう」
尾形の当然の疑問に、勇作は少し困ったように口を開いた。
「一目惚れ、というか子どもの頃からずっと兄に……尾形さんに会えることを夢見て来ました。そして初めて会ったときにこの人しか居ないと思ったんです」
「随分と熱烈だな」
尾形はどこか他人事のような感覚で居た。焼き鳥を持ってきた店員に二杯目のビールを注文する。
「確認ですが今言ったことはレンタルBLの台詞ではなく本心ですか」
「勿論です! それに何度も言っていますが仕事中でも兄様には嘘の気持ちは言えません。クライアントの設定を守ることは大前提として、自分のありのままの気持ちをお伝えしています」
「この短期間で俺を好きになっても後悔しませんか。俺は欲張りなので別れるとか捨てられるのが無理なんですが」
「そんなことは絶対にありえません」
「その自信はどこから来るんだか」
「自分でも分かりませんが、分かってもらえるまで伝え続けます。というわけで、今夜はこのままうちに泊まりませんか。その、尾形さんが嫌なことはしないと誓いますから」
仕事中に言われたことを蒸し返されて尾形は思わず咳き込んだ。噎せる尾形の背を勇作の手が撫でてくる。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと驚いただけです。見かけによらず強引なんだな」
「こういう私はお嫌いですか」
「いや、嫌じゃないから困ってる」
尾形は二杯目のビールを一気に飲み干すと、据わった目で勇作を睨んだ。
「俺も男です。勇作さんに対する気持ちが何なのかまだ認識出来て居ませんが、それを知るためにもこのあと貴方の家に伺いましょう」
「ありがとうございます!」
勇作は嬉しさのあまり尾形の手を両手で包んだ。尾形もその手を無理に解くことはせず、やはり勇作の熱は自分にも感染していると思った。
その夜、二人は勇作のベッドで最後までは致さなかったもののキスやそれ以上の疑似行為には及んでしまったのだった。そして尾形はその行為に全く嫌悪感を覚えなかったどころか先へ進みたいと思ってしまい自分も手遅れなのだと自覚するに至った。
尾形と勇作の関係性が深まった後も、必ず二人をペアで指名してくれる依頼人からのオーダーを受けることが多かった。仕事ではあるが、やり取りはほぼ素の二人という状態が続き三回目以降の依頼も二人の気持ちを高める題材ばかりだった。
「三回目のデート」では二人きりになれる場所に行きたいと迫る勇作と面映ゆく思いながらも受け入れる尾形が居たし、「イチャイチャデート」では四六時中身体を寄せ合って離れることがなかった。トイレの個室まで一緒だったのは依頼人にも秘密である。
「些細な喧嘩をした翌日デート〜お互いに謝まるまで〜」では実際に二人がぎくしゃくしたタイミングだったので依頼を通じて仲直りすることが出来た。
「先輩と後輩のオフデート」はマンネリ化しがちなやり取りからかけ離れて、可愛い後輩役の勇作に迫られる先輩役の尾形であったり、また上司役の勇作に愛を請われる部下の尾形だったりと、なかなか出来ないシチュエーションを楽しんだ。
成り行きで付き合っている状態だった尾形と勇作は、そのうちレンタル業を辞めようという結論に至った。仕事である以上、相手役を固定することは出来ないし演技であっても互いに酷く妬いてしまうことが分かったからだ。
最後の仕事は二人の縁を深めてくれた最初の依頼人の案件と決めていた。
「禁断の兄弟カップル……?」
「今回の設定はそのようですね」
「あの人、俺たちのことを知ってる、訳はないよな」
「ピンポイントで当ててくるのが凄いですよね」
これが最後と気合を入れて臨んだ依頼は恐ろしいほどに自分たちと同じ設定だった。当日、詳しいシチュエーションと希望を聞いた二人は更に驚くことになった。
「尾形さんは花沢さんの腹違いの兄で、妾の子ゆえに弟に対して素直になりきれないところがある。それでも弟が屈託なく慕ってくるので、次第に絆されてしまう……という設定でデートは普通にしていただいて大丈夫です! あと出来ればで良いのですが花沢さんには尾形さんを兄様と呼んでもらいたいです」
ここまで来ると能力者か何かと疑いたくなる。尾形は若干引き気味だったが、勇作は柔らかい笑みで「私は尾形さんのことを〝兄様〟と呼んで、尾形さんは私のことを〝勇作さん〟と呼ぶのがルールですね」と確認を取っていた。
「実は尾形さんを〝兄様〟と呼ぶのが私の密かな夢だったんです」
「そうだったんですか? あの女、一体何者だ」
「お得意様ですよ」
勇作のデートプランから尾形が選んだシューティングバーへ移動する電車が混んでいたため、依頼人が少し離れた時間を使って勇作は尾形に打ち明けた。
「随分と兄様呼びに慣れていると思ったら実績があったんですか」
「子どもの頃から何度も呼んでいましたから」
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
「でも、兄様に嫌だと言われる可能性が高いと思ったんです」
「それは否定しませんが」
「でしょう?」
自然な会話を交わしながらも、尾形はいつも繋がれている手が離れているのは物足りないと思った。最後の仕事として兄弟設定はリアルで面白いがその点だけは残念だった。そこまで考えて随分と勇作に絆されている自分に驚く。
はっきりと口にしたことは無いが勇作のことが好きなのだと認めざるを得ない。
シューティングバーでは酒やフードメニューを摘みながら、色々なエアガンを試して楽しんだ。尾形は射撃が得意だが勇作もすぐに扱いに慣れたようでなかなかの腕前だった。また一緒に来たいと思えて、尾形は勇作との未来が見えた気がした。
「今夜は兄様のお宅に泊まっても良いですか?」
「泊めるのは構いませんが、泊まるだけですか」
「できれば兄様と一緒に寝たいです」
「それは……」
「〝男兄弟というのは一緒に悪さもするものなんでしょう?〟昔、兄様が教えてくださった言葉です」
「はっ、なら勇作さんの考える〝悪さ〟をしてもらいましょう」
「望むところです」
随分と稼がせてもらったので依頼人へのサービスも込めつつ、二人はそれなりに本気だった。あとはオプションのハグを三回こなせばこれでレンタル業は終わりだ。
尾形は自分から提案して勇作に抱きついた。それなりにベッドの上では抱き合っていたが、こうしてシンプルに抱きつくのは初めてかもしれない。
それは勇作も同じように感じたのか、顔を真っ赤にして抱きしめ返して来た。裸で抱き合うのとはまた違った熱の伝わり方に、尾形は安心感を覚えた。
「今日は最後まで抱いてください」
依頼人には聞こえない程度の小声で尾形が言うと、勇作も抱きしめ返す力を強めて「嬉しいです。兄様から誘ってくださるなんて」とくぐもった声で返した。
会計時間に雑談をしつつ、今日でレンタルBLを辞めることを伝えると依頼人は大きな声を上げて驚いていたが、「それは残念です」とだけ言ってこれまでの礼を二人に伝えてくれた。
会計と挨拶が終わり、仕事モードを終えると勇作は自然と尾形と手を繋いだ。尾形もそのまま指を絡める。
「あの、もしかしてお二人は本当にお付き合いされてるんじゃ」
目ざとく気づいた依頼人に、勇作は笑顔を返した。
「ふふ、内緒です」
尾形も口元に人差し指を立てて内緒のポーズを取る。
手を繋いだまま駅へと歩いていると、後ろから「末永くお幸せにー!」という声が聞こえてきた。人通りが少ないとはいえ恥ずかしいことこの上ない。尾形は小さく舌打ちしたが顔は笑っていた。勇作と顔を見合わせると、足を止めて軽く手を挙げる。
二人は後で知った事だが、時間内に指示のなかったオプションが追加されていてインセンティブが増えていた。依頼人なりの祝儀だろうと尾形も勇作も有り難く受け取ることにした。
「さてと。勇作さんと飯を食いに行くのも仕事後の恒例でしたが今夜はこのまま俺の家に来ますか」
「本当に宜しいのですか」
「おや、今更怖気づきました?」
「いえ、こちらからお願いしたいくらいです」
薄暗い歩道で軽くキスをされて尾形の心臓が跳ねる。
今からはレンタル業に関係なく過ごす勇作との時間が始まるのだ。気持ちは追いついて居ないかもしれないが、身体の相性はこれまでの触れ合いからしても良いはずだ。
勇作に好きという気持ちを伝えるのは、明日ベッドで目覚めてからにしようと尾形は思った。
だが結局は互いに事の最中に愛を囁き合うことになるのだが、それはまた別のお話。
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