洛陽にひそむ

「俺のこと好き?」
 秋斗くんはいつもにこにこしながら聞いてくる。
「好きだよ」
 わたしもできるだけにこにこして返す。そうするとじっとこちらを見つめてから今度は困ったような顔をして微笑んで、この話を終わらせようとする。
「秋斗くんも言ってよ」
 わたしだけ言うなんてずるいよ、とねだると秋斗くんはやっと嬉しそうな顔をした。薄い唇が開いて「好き」とゆっくりと大切そうに愛しい言葉を紡ぐ。
 秋斗くんはよくわたしに自分を好きだと言わせたがるけど、こちらから伝えた時よりも秋斗くんから伝えてくれた時のほうがずっと幸せそうな顔をしている。本人がそのことに気づいているかは分からない。けれど気持ちを伝えてくれた後は決まって抱きしめてキスをしてくるから、たぶん秋斗くんは確かめたいのかもしれない。空虚な想像のなかではなく目の前に存在しているわたしに、気持ちをぶつけられることを。
 短いキスが終わると次はおでこだけがくっつき、至近距離で見つめ合った後はそのまま彼の腕の中に閉じ込められる。細く見えてもしっかりと硬い胸板の奥から規則正しい心音が聞こえる。わたしはそれに耳を澄ませながら、静かに秋斗くんのぬくもりに身を委ねた。そうすると彼の抱きしめる力がより強くなる。このなかはあまりに心地よくて、いっそもっと苦しくしてほしいとさえ思った。
「秋斗くん、大丈夫だよ」
「…何が?」
 秋斗くんが少し離れて不思議そうに見つめてくる。何の脈絡もないわたしの言葉に戸惑うのは当然だ。
 飄々として全てを見透かすことができそうな秋斗くんは時折、まるで母親からはぐれた子供のように弱々しく見えることがある。そのたび、遠慮がちにわたしを引き寄せてはそっと腕のなかに閉じ込めるので、きっと彼は何かが不安なのだろうと思った。自惚れな気がして自覚するのをずっと躊躇っていたけど、日に日にそれは確信に変わっていった。秋斗くんは、わたしが誰かに見つかってとられてしまうのが怖いのだ。
「わたし、秋斗くんが好きだよ。ほんとうに」
「どしたん?や、嬉しいねんけど」
「秋斗くん以外、好きにならないよ」
 毎日ずっと太陽の下にいるとは思えない彼の綺麗な顔を輪郭だけなぞった。わたしの意図が伝わったのかそうでないのか、秋斗くんは少し何かに気づいたような表情をしてから、何でもないかのように微笑んだ。
「熱烈な彼女でほんまに嬉しいわ。キスしてええ?」
「もう、ちゃんと聞いて。真剣に言ってる」
「分かってるて。照れ隠しやん」
 秋斗くんの大きな手がわたしの顔を包む。引き寄せられたのか彼が近づいてきたのかわからないまますぐに距離はなくなって、少し長いキスをした。薄くて柔らかい唇が触れるたびとても気持ちよくて、わたしはいつもその甘さにいとも容易く溺れてしまう。自分がこんなに快楽に弱い人間だとは思わなくて時々恥ずかしくなる。キスがそういうものなのか秋斗くんとしているからなのかわからない。秋斗くんだからだといいなと思う。
 きっと彼にもバレバレなほどにわたしはうっとりしてしまっていたと思う。不意に唇が離れてしまい名残惜しさに思わず「秋斗くん?」と呼んだ。返事はなく、ただ強く抱きしめられる。
 秋斗くんの硬い肩に頬がぶつかる。強く、けれどわたしが苦しくないように、背中に腕が回っているのがわかる。
「俺も   以外いらん」
 肩に秋斗くんの頭の重みを感じる。首筋に一瞬、痛みとも呼べない鋭い刺激が走った。その刺激を撫でるようにして柔らかい唇が生ぬるく触れる。少しだけ体が反応したのが恥ずかしくて秋斗くんの背中に縋った。

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