ロング・パス

プロジェクト・ヘイル・メアリー二次創作。捏造バイオ学者の話。カールもちょっといる。映画はヘイル・メアリー号の中でなんか植物育ててたっぽいので、あれでエリダニでの食糧どうにかならんかなーとムクムク考えた結果なぜかこういう話になりました。いろいろと確認してないけども許されたい。



 世界の終わりは『マッド・マックス』のように、汚染と砂漠に支配されてやってくると思っていた。
 マイベスト、フューリー・ロード。あの行きて帰りし一本道のバトルは、ウィンター・ソルジャーにクラッシュしていた子供の人生を変えた。その子供は奮起し、したはいいがどこをどう曲がりくねったのか、食糧開発に燃えた。たぶんマザーズ・ミルクのキモさのせいだと思う。
 けれど世紀末よりも先に、気候変動の方がやってきた。ハリケーンや豪雨、多種多様の過剰な烈しさと、忍び寄る「いつもと違う」の連続。気づいたら、もうそこにある。ホラーみたいに。
 大学で研究を始めるころには、とにかく目の前を見ようと決意した。あれは映画で、これが現実。
 それなのに。太陽が食べられて、氷河期がやってくるだなんて。
 そんなファッキンSFな“終わり”は全然聞いてない。未来のサイテーな土地で生き延びるための品種改良だって、さすがに氷河期は想定外だ。
 いや、嘘、そんなことはない。
 当然、想定してる研究者もいた。研究も多様性に満ちている。人間が思いつくことなんて、だいたい“変わり者”が試してる。
 けれどそれに金がつくかは別の話。資本主義にとって不要不急だと判断される研究にリソースは回らない。それでいざという時になって、慌てて評価され賞賛される。ペトロヴァ・ラインが全宇宙に感染してるって突き止められたのは、趣味で天体観測を続けていたアマチュアたちのデータがあったからって言われてる。
 もちろん、バイオテクノロジー分野も例外じゃない。
 太陽が食われたあとの世界なんて、誰も本気で考えてなかったし、お偉い方は、当然のように右往左往した。
 世界中ひっくり返してようやく見つけたのが、アイスランドの兼業農家、ノア・アレクソン。
 分野の研究者はその老人のことを誰も知らなかったけれど、研究者という自負を持つ彼が毎年書いていた論文が、どうにかサーチに引っかかってくれた。彼が自前で細々と続けてきた研究は、凍えていく世界の食糧危機を少しでも和らげるための現実的な対策として、最重要に位置づけられた。
 ノア・アレクソンの34世代分の成果を引き継いで、世界各国の研究者が寄ってたかってあらゆるブーストをかけた3世代めのファームは、主幹研究所と各国の研究室で、順調に育っている。

 育っては、いる。
 砂糖たっぷりのコーヒーをすすり、ため息が出る。“保育器”の中のみずみずしいミニミニ双葉をガラス越しになぞる。
 遅い。
 植物の品種改良研究の難点は、時間がかかるということだ。平気で年単位、世代スパンで考える自分たちは、時間に追われるとどうにも落ち着かない。
 廊下の向こうで、軍服が慌ただしく行き交っている。皆顔が険しい。“後片付け”だ。
 あの、一昨日の、ミリとマイクロを取り違えたデーモン・コア。
 宇宙出向組の科学者たちをいっぺんに吹き飛ばした爆発は、不運にも、温室研究の科学者と技術者たち、そして温室をもいっぺんに巻き込んだ。
 温室研究。すなわちアストロファージの培養ファームを起点とし、アストロファージを熱源とした食糧増産ファーム環境整備施設研究。この施設の中で一番重要な隣接研究だった。アストロファージを扱うのだから、当然研究室は実験室の近く。
 ボン、だ。ほんとに。
 37世代目の増産ファームを見に行ってたバイオの同僚も、ひとりやられた。少し言葉に人をイラつかせるところはあったけど、彼女の研究者としての姿勢を尊敬していたし、基本的にはいいやつだった。当然、今死ぬべき人間じゃなかった。
 温室研究には急いで世界から次の候補が集められ、いなくなった者たちの研究データを必死に読み解き引き継がれるのだろう。それでも研究は一年は遅れる。37世代目の生き残りはもう多くない。また世代を回し直す。この遅れは、命取りかもしれない。
 けれども今は誰もがそれどころじゃない。
 なにしろ船の出発が迫っている。順延なし。何が何でも明後日発射させるつもりらしい。
 昨日、ちょうど研究室の裏で生き残りの科学者の大捕物が繰り広げられていた。ひどいな、と思いながら、だいぶ本気で抵抗していたのがちょっと笑えた。いや、笑えないけども。
 その後一斉送信されてきたメール。
 爆破事故で生き残った最後の科学者の動揺は大きく、出立までの心身の安全を確保するため先に睡眠に入り、そのまま宇宙にいくことを選んだ。彼との最後の別れの機会を取れなかったことを皆々様に謝罪する。
 そういうことにしろということ。全然笑えない。
 ─── 時間がない、それなのに。
 育つのは、遅い。

 概ね爆破現場に吸い寄せられていく軍服組を逆にかき分けるように。小ぶりなスーツケースほどの白いパッケージを脇に抱えた、大柄の男がつかつかと横切っていった。
 政府組。
 直感がそう言った。研究施設には異質な存在感。スーツがピシッとしている。なにしろ耳に透明のやつを付けている。
 なんだっけ、と記憶をたどる。そう、一度聞いた。カール。“あの”科学者の子守り。
 ムスッとした顔の彼が向かう先を見る。
 研究室じゃない。食堂、ジム、居住エリア…────
 頭が回るまでのなだらかな間があり、ポン、と一つのアイデアが弾けた。
 アイデアは即座に連鎖反応を起こし、体系づけられる。
 研究室を漁る。引き出し、バッグ、保存ボックス。鍵…鍵…鍵……ゴム手袋!慌てて口で引っ張るように装着し、ひっくり返したバッグから落ちた半透明の袋を、まごつきながら開く。キュッとペンを引く。よし。
 気づいた時には彼を追いかけていた。

 予想通り、行きつく先には、一室のドアがあった。
 わずかに空いた隙間から、部屋を漁る黒い背中が見える。控えめなノック。警戒態勢を取られる前に所属と名前を名乗る。そして返事も聞かずにドアを開けてしまう。こういうのは図々しくいくのに限る。だって、彼だって同じ侵入者なんだから。
 ハイ、と口角だけくっきり上げて、胸のネームバッジを主張する。図々しくいっても、怪しい者じゃないと主張することは怠らない。それもだいじ。特に拳銃を持った相手には。
 カールはじっとネームバッチを見つめ、慎重に目線をちらり上げる。
「彼と個人的な知り合いだった?」
 彼…つまり部屋の主。連れ去られた哀れな科学者。
 緊張と期待のこもった声音に虚をつかれ、「いいえちっとも」と正直に答えれば、「そうか、残念だ、いや、まあそうだろう」とカールは大きく息を吐く。参ってる、といったような、そんな元気のなさだった。きっと彼以上の、その科学者の“個人的な知り合い”は、ここにはいないんじゃないだろうか。
「大丈夫?」
 口に出してから自分で少し驚き、窓の外を指差し、慌て強く付け足す。
「昨日のことは誰にも言わない、もちろん」
 カールも一瞬だけ目を見開く。それからゆっくり、“政府の人”の顔をした。
「彼は行かないとならない。けれど、それを彼が望まなかったことは、俺は忘れちゃならない」
 それで君は?と枕元のガラクタをより分けながらカールが言う。我に返ったように、ああ、ああ、と、コクコク頷き、急ごしらえの包装を目前に掲げた。
「これ、彼のパッケージに入れてもらえないかな」
 動きを止めたカールが、差し出されたジップロックを怪訝に摘む。
「大したものじゃない。けれど彼に預けたい」
 眉を上げ、肩をすくめる。そのままジップロックをつき返され、顎でくい、と窓際のデスクを指された。
「まあ、実際彼の荷物も大したものじゃない。隙間に放り込んでおけばいいさ」
 なんでもないようにそう言われ、逆に目を泳がせながらぎくしゃく窓際に移動する。
 くだらないデザインのシャツばかりが詰まったパッケージにそれを差し入れ、手のひらをそっと当てる。熱がそこに、残ることを期待して。
 くそ、ダサい集合写真でも撮っときゃあよかったな。カールはブツブツ言いながら、まだ家主の荷物を漁っている。
 サンクス、と聞こえるか聞こえないかくらいで言って、部屋を出た。

 ヘイル・メアリー。一か八かのロング・パス。
 地球のことばかりを考えてたので、この宇宙の片道列車のことはあまり目に入っていなかった。
 それこそ、祈りでしかないと思う。祈りが腹を膨らませてくれるわけじゃない。いつか来るかもしれないその時を永遠に待ちながら、地球は凍え、飢え、死んでいく。ヘイル・メアリーが順調に宇宙旅行をしても、タウ・セチ到着は約12年後?その頃にはもう人類は、本当の危機感に直面している。
 けれども、もうすぐお別れだ。泣いても笑っても。人類の祈りを託される船を、見ておける者が見ておくのも礼儀だろう。
 見上げる33メートルの小型船。英知をかけて計算され尽くしたのだろう船としてはなんとも心もとない。
 メディカル部門が管やなんらかのパックを持ちながら、ゆるゆる船の内と外とを行き来するのが見える。件の科学者が、他のクルーより一足早く“搭乗”を済ませようとしているのだろう。
 船の周縁、少し離れたところに、地面に布を敷く男性─── 物理学者だったと思う。食堂で何度も見たことがある ───も見えた。
 ヘイル・メアリーに向き合うように、あるいは船のことを誰かにお願いするように、布に膝をつき、額を地につける。慣れたように繰り返される動作。それはなかなか不思議な光景に思えたが、一番相応しい光景のようにも思えた。
 私の種。
 瞼を閉じる。さきほどかざした、手のひらをぎゅっと握り締める。
 結局、祈らざるを得ないのだ。この絶望的なロング・パスを、キャッチし、ゴールまで繋いでくれる誰かが現われることを。いや、ゴールすら望んでないのかもしれない。せめて誰かが、その球をキャッチしてくれることを、きっと祈らざるを得ないのだ。
 船の中には、かつてのパイオニア号のメッセージプレートよろしく、我々はどこから来たのか、そして“どこへ行くのか”が刻まれたプレートが貼られているらしい。
 いつか、遠いいつか、宇宙のどこかで生き延びた知的生命体がいたとして。タウ・セチに漂う船を見つけ乗り込んだその生命体が、プレートを発見し、それをある星の歴史を模した絵だと認識してくれたとして。
 なにかを想ってくれるだろうか。理解してくれるだろうか。地球人だって頑張ったのだ。それが足らなかったのだとしても。
 私の種。
 先生から引き継いで私が手塩にかけて育てた、『マッド・マックス』の世界でも生き延びられる強い子。
 ヘイル・メアリーのクルーはいずれ船の中で死ぬ。だからいつかやってきた地球外知的生命体に、プレートとともに、その種も見つけてもらえたらと思う。見つけて、自分たちの星に持って帰ってくれたらと思う。宇宙のどこかにはもしかしたら、種が育つ環境があるかもしれない。
 ただどうすれば、地球外知的生命体に船の中でそれが地球の最後の生命であると気付いてもらえるのかは、どうにも思いつかなかった。だって急ごしらえだったし。そこのところは、科学者に考えてもらえるとありがたい。タウ・セチでの“原因究明”が果たせなくても、死ぬまでそれなりに時間はあるだろう。丸投げなのは申し訳ないけれど。種を渡しておくならば、パイロットや整備士よりかは科学者がいい。そうでしょ?
 もちろん、ノア・アレクソンの37世代目も忘れず入れてある。選択肢は多い方がいい。宇宙は広いのだから。

 ふう、と息をつく。宇宙のことを考えていると途方もなさ過ぎて力が入る。首をストレッチすると、固まった繊維が伸びる。身体は動かさないと動かない。
 ヘイル・メアリーに別れを告げ、踵を返す。
 まだ時間はある、と自分に言い聞かせる。
 強い種を育てよう。
 来たるべき残酷な世界で、生き延びる人を一人でも増やす種を。ゆるやかに悪くなっていくこの場所で。

 冷たい風が吹き抜けた。
 その冷たさが、心地よかった。

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