日記帳2冊目
◇幕間・ガルーダ討伐とその後◇
日記帳を新しくした。まずは空中の遺跡調査から帰ってきた後のことを書こうと思う。
色々あったけど、実はしばらくの間お姉とお兄には現地で何があったか詳細まで話していなかった。
というのも「ガルーダをおびき寄せて戦いました」なんて言おうものなら今度こそお説教確実だと思っていたから。
でもやっぱり隠し事はできないもので、数日後にサンドキアの神殿と冒険者ギルド連名の封書が届いた。
内容は長年の宿敵であったガルーダ(自称"天空帝"カイゼル)の討伐に関する感謝状と、栄誉を称える記念品の盾と、小切手。
つい居間で開けてしまったから、昼食の片付けをしていたお姉に全て見られてしまった。
大目玉かと思ったらお姉はしばらく固まった後でへたり込んでしまって、復活したかと思ったら大泣きされた。
もうこんな危険なことをするな、とは言われなかった。
むしろ逆の立場になって初めて気持ちが分かった、今まで心配かけてごめんなさいと謝られてしまった。
私はお姉たちがある程度仕事を選んでいることを知っていたから良かったけど、
そういえば師匠が蛮族領へ向かったと聞いた時は気が気じゃなかったことを思い出していた。
お説教の代わりに盛大なパーティーが開かれて、酔っぱらったお兄には
「ガルーダ相手に先手を取るなんて、"機先の"ロジーナだな!」などと言われてしまった。
ちょっと恥ずかしい気もするけど、尊敬するお兄に認められて嬉しかったから今度ギルドにも提出しようかな。
師匠にも報告に行った。
記念盾を見せたら最初は信じられないものを見るような目をしていたけど、すぐ私の栄誉と成長を祝ってくれた。
それで勢いのまま師匠に実戦形式で稽古をつけてもらって、ここでも信じられないことが起きた!
流石に先手は取れなかったし腰の入った剣とは言えなかったものの、初めて師匠に一撃当てられたの!
今までずっと雲の上の存在だったから、自分の成長を実感できて本当に嬉しかった!
それと記念品と共に受け取った小切手で、ずっと借りたままになっていた支度金を師匠にお返しした。
これで対等、とはまだまだ思えないけど、やっぱり気になっていたから胸のつかえが一つとれた感じがする。
残りの金額は家に入れることにした。
聞けばルアンシーさんは全額孤児院に寄付したらしい。流石は神官、と思う。すごい。
◇幕間・ブラム来訪とその後◇
さらにそのすぐ後、私たちの関係を説明するためにとブラムさんが家を訪ねてくれた日があった。
髪をオールバックにして少しきちんとした服を着ていて、普段あまり見せないけど律義なところあるよね。
印象の差で面白かったけど、それだけ真剣に考えてくれたということだし嬉しかったな。
ただ本当に申し訳ないことに、お兄へ私から説明するより前だったから、この時はお兄が卒倒してしまった。
過保護というかシスコンの気はだいぶあるなと思ってはいたけど、まさかここまでとは。
ごめんねブラムさん。
ブラムさんが帰った後でお姉と二人で今後について話し合った。
私も気が付いたら結構名が売れて、それこそ指名で依頼を貰えるようになった。
そろそろ私も自分の拠点を持っても良いんじゃないかということで、ちょっと背伸びして小さめの家を買うことにした。
ちょうどこの家の近くに売家があったし、近いうちに見に行こうと思う。
実家を離れるのは名残惜しいけど、帰ろうと思えばすぐに歩いて行ける距離ならいいかな。
資金については足りなかったら家から借りるということになった。
師匠にお金返したばかりなのにまた、と思わなくはないけど、相手が実家の方が気は楽かもしれない。
とはいえ甘えていたら独り立ちの意味がないから、ちゃんと耳揃えて返すことだけは絶対に守らないとね。
ルシュールに強盗が入って、師匠に稽古つけてもらって。
魔域に魔剣の迷宮に宝島、想像もしなかったところにも行った。
ブラムさんとルアンシーさんはもちろん、たくさんの仲間とも出会ったし。
あっという間に感じたけど、思い返すと本当に色々なことがあった。
なんて、2冊目が始まったばかりなのに結びみたいなこと書いちゃった。
隣に1冊目を置いておくとつい見ちゃうから、引っ越したらしまっておこうかな。まずは家を決めないとね!
それに家具とかも色々考えたいし、そうだ、料理の練習もするんだった。
明日からまた頑張ろう!
◆空裂く剣に迫る影◆
〈巡る空鯨亭〉で事務作業をしていたら、私宛の手紙が届いていると〈栄誉の旅〉から連絡があった。
送り主は以前魔剣を譲ってくれたディセットさん。
魔剣の迷宮の情報を掴んだから、踏破および魔剣の回収をしてほしいとのこと。
もちろん断る理由が無いので請けたけど、ブラムさんは長期遠征中だしルアンシーさんは資料整理が忙しそうだったので、
ちょうど〈栄誉の旅〉で登録をしていた神官のグウェンさん、久々に会ったイスティリアさんと一緒に出発。
現地近くで立ち往生していたクォンさんとマノリアさんもパーティーに加わってもらい、5人で迷宮を調べることになった。
迷宮は扉の代わりに裂けた空間の隙間で繋がっているような不思議な構造をしていて、
そして何より部屋という部屋に下級蛮族の死体が折り重なっていたのでかなり異様な風景だった。
中には迷宮の罠によるものもあったけどほとんどは別の要因の死体で、その要因とは迷宮の最奥で遭遇することになった。
私たちより先に魔剣に辿り着き、部下で試し斬りをしていた上位蛮族、ドレイク種が待ち構えていた。
その時は頭に血が上って、あまり良くないことも口走ってしまった気がする。聞かれちゃったかな。
とにかく気が付いたらそのドレイクは倒れていて、持ち主を失った魔剣が落ちていた。
魔剣は私たちでは扱いにくい物だったので、ジニアスタでディセットさんに報告する際に買い取ってもらった。
もしかしたら、私はあのドレイクの持っていたものを手放したいと思っていたのかもしれない。
報告の後はディセットさんに稽古を付けてもらって、今度魔剣の封印を少し解いてもらえることになった。
ここのところ自分の技量が上がってきたと実感する機会が多くて、そのこと自体はとても嬉しい。
ただ、思い上がらないように気を付けないといけない。
後から時間をかけて思い返せば、ドレイクと戦っている時の私はとても褒められたものではなかったと思う。
私が攻撃を引きつけるべきだったのに、防御の薄いマノリアさんに攻撃が集中してしまっていたし、それで怪我もさせてしまった。
確かに私は防御より攻撃の方が得意ではあるけど、ちゃんとその時のメンバーを見て動き方を考えないと。
そして何より良くなかったのは、そんなマノリアさんを見ていながら危ないとは少しも考えていなかったこと。
途中から勝てる相手だと思って完全に油断していた。相手がどんな手段を隠し持っているかも分からないのに。
よりにもよってドレイク種相手にそう思ってしまったのが自分でもショックだった。
身体や技を磨くことも大事だし成果は出ているけど、精神的な部分は本当に未熟だと自分でも思う。
課題はしっかり分かったから、ちゃんと向き合っていきたい。
マノリアさんは特に定住せずに暮らしているらしくて、出会った時も食料に困っているくらいだった。
〈巡る空鯨亭〉の案内を渡せたから、いつか訪ねてくれたらお礼とお詫びにたくさんご馳走したいと思う。
もちろん他の皆も来てくれたらいいな。草の根広報活動、頑張っていこう!
そういえば迷宮内で地図を描こうとして手が滑り、ずっと使っていた羽ペンを血だまりに落としてしまった。
流石に拾って使えそうになかったので、ジニアスタの商店でちょっと質のいい筆記具を買って今はそれで書いている。
まだ慣れていないけど奮発しただけあって書きやすい。蓋もしっかりしているから冒険に持って行くにも良さそう!
これから書類仕事も増えるだろうし、ブラムさんとルアンシーさんにも同じものをお土産に買った。
予定通りなら明日ブラムさんが帰ってくるはずだから、二人に渡そうと思う。
やられた。
お土産をルアンシーさんに渡せたところまでは良かったけど、ブラムさんからもお土産があると先手を取られてしまった。
ユーシズの珍しい調味料とかかなと思っていたらまさかのアクセサリーで、予想外すぎてかなり挙動不審になっていたと思う。
銀製の耳飾りと笛のセットで、笛から出る音色はこの耳飾りを付けている人にだけ聴こえるらしい。
三人分同じ音色だから、私たちだけの秘密の連絡手段ができたということ!
この音が聴こえたら船長室に集合な、ってブラムさんが試しに鳴らしてみたけど、
耳飾りからだけ聴こえる感覚が可笑しくて、三人で顔を見合わせたのは今思い出しても笑っちゃう。
聴こえる範囲は結構広いけど私の家と船が両方入るほどではないから、家に来る時はこれで知らせてもらうことにした。
付けたところを鏡で見てみたけどデザインも派手過ぎずいい感じ。ちゃんと選んで買ってくれた感じがして嬉しい。
箱も可愛かったし、失くさないように寝る時はちゃんと外して箱にしまおう。
今日はもう少し付けていたいから、ちょっと夜更かし。
さらに翌日の話だけど、冒険を挟んでいないから続けて書くことにする。
ブラムさんと一緒に長期遠征に行っていたウィル君から、以前の焼き菓子のお礼として高級菓子の詰め合わせを貰った。
そこまで律儀に返さなくてもいいのに真面目だねって言ったら、何とも言えない微妙な表情をしていた。
私たちの関係についてブラムさんから聞いたらしくて、それで何を返すのがいいか困ったと正直に言われちゃった。
どうやら二人は色々と腹割って話す仲になったみたい。知られているのはちょっと恥ずかしいけど、仲良きことは良いことだね!
それで貰ったお菓子を開けながらお互い最近どんな感じか情報交換して、そこでうっかりドレイク種を倒した話をしてしまった。
案の定というかブラムさんにもしっかり聞かれてしまって、今まで見たことがないくらい心配された。
私は無傷だったけど一緒に行ったマノリアさんが一発貰って、という話をしたのも良くなかった。
ウィル君に助けを求めたけど、どうもウィル君もブラムさんの因縁についてこの間に聞いていたみたいで、
今のは完全に私が悪いとバッサリ言われてしまった。それはそうなんだけどさぁ。
途中から加わっていたルアンシーさんは少し考えていたけど、ブラムさんを宥めつつ私に
ドレイク種を打ち倒したそのこと自体はちゃんと誇って良いことだと思いますよと言ってくれた。
最近のルアンシーさんはますます落ち着いてすごいと思う。本当に見習っていかないと。
なんとなくだけど、私がドレイクと戦って少しもやもやしていたことも見透かされていた気がする。
とにかくブラムさんたちは七曜の魔剣の迷宮攻略記念、私はドレイク討伐記念ということでちょっとしたパーティーをした。
終わる頃にはブラムさんも少し落ち着いていた、と思う。多分。
私もお祝いという形で気持ちの整理がついたような気がする。ルアンシーさんとウィル君に感謝だね。
◆再臨の空と黒い穴◆
今回もかなりの大冒険になった。
〈巡る空鯨亭〉で受付をしていると、突然コウさんという学者の方が駆け込んできた。
最近発見された魔法文明時代の遺跡で金色の杯と記述が見つかり、その杯をサイリンノソラという町に届けてほしいという。
記述通りであれば10日後に大きな厄災に見舞われる可能性があるので、それを防いでもらいたいという依頼だった。
突飛な上に報酬の用意も怪しいという話だったけど、杯に触れると実際に声が聞こえたので本物らしい。
現地までは片道1週間かかるので、その場にいたブラムさん、華グラさん、ナナセさん、サリエルさんと急いで出発した。
到着したサイリンノソラはかなり大きく、大昔に調査完了した遺跡の上に建てられたという町だった。
水が豊富かつマナを含むこともあって、聖水としてそこかしこで汲み上げられていた。
ただ最近は含まれるマナがだんだん減ってきているみたいで、聖水を売っている人の縄張り争いがあるとか。
神殿や大工さんの組合、チョウさんという恐らくナイトメアの方からお話を聞いて、まずは持っていた杯の浄化に成功。
それに気づいた魔神の軍勢を退けて、神殿の地下に隠されていた転送陣からさらに地下の大規模な遺跡に辿り着いた。
地下の光景を言葉で説明するのは難しいけど、天井に反転した町と巨大な聖杯が張り付いたような大空洞で、
聖杯に向かって空中にある「黒い穴」から禍々しい何かが滴っていた。
「黒い穴」は魔域に似ているけどもっと恐ろしい何かで、追加調査を終えたコウさんによれば奈落に近いものらしかった。
最初に見つかった小聖杯はその「黒い穴」を消滅させるための兵器だったみたい。
しかもその「黒い穴」を利用しようとしている人がいて、それがハーヴェスでも手配書の貼り出されている指名手配犯だった。
広い空間を移動しつつなんとかその人に追い付いて、戦闘になったけどなんとか捕縛することができた。
小聖杯によって「黒い穴」も塞ぐことができ、地下からも脱出して無事町を守り切った。
今回は組んでいった皆以外にも、多くの人の協力があって解決できたと思う。
まず現地に先んじて入っていた自称「教える君」さん。そういえば本名を聞きそびれたな。
名前通り色々教えてくれただけでなく、手間のかかる調査や町の人たちへの説明等の私たちで対応しきれない部分をやってくれた。
それから町の生き字引として遺跡の秘密を童謡にして守っていたチョウさん。
本人は肝心なところに辿り着けなかったと言っていたけど、その知識が無ければ私たちも何もできないままだったと思う。
ライフォス神殿でお世話になったのは資料室の担当の方。
はじめはちょっと怖い印象だったけどすごく博識で、余所者の私たちにも親切に歴史のことを話してくれた。
そして〈巡る空鯨亭〉に依頼を持って来てくれた学者のコウさん。
彼しか異変に気付いていなかったから、コウさんがいなかったら今頃は町や周囲ごと奈落の底だったのかも。
あとは、地下で単騎奮闘していたオプティさん。
最初疑ってしまったのが申し訳ないくらい、立派な戦士だった。あまり多くは書けないけど。
私はといえば、調子の波が結構激しかったのが反省点だなと思う。
やっぱり慌てたりしていると避けられる攻撃も避けられなくなっちゃう。一度冷静になれば大丈夫なのに。
でも、ブラムさんがミノタウロスの攻撃を受けて倒れた時、本当に怖かった。今でも悪夢を見そう。
あの状況で冷静になれるのが良いことなのかどうか、今の私にはちょっと分からないけど。
弱いなぁ私。せめて表向きくらいは動揺を見せないようになれたらいいなと思う。
◆巡る空鯨亭の冒険者達(依頼側)◆
今日は以前から検討したものの頓挫していた、食堂階への伸縮式タラップがついに完成!
これで船倉から複雑な船内を上らなくても食堂やギルド受付へ来ることができるので、お客さんも入りやすくなりそう。
野生動物対策にもなるし、手伝ってくれた皆には感謝だね。何故かブラムさんも混ざっていたけど。
動作確認の時に下を通りかかったらナンナさんが落ちてきたのにはびっくりしたけど、無事キャッチできてよかった。
そういえば今日はやたらとナンナさんがどこかから食堂まで飛ばされてきていた気がする。
2回目に森から飛ばされてきた時に空いた穴は、結果的にタラップの接続口という形で綺麗にされたみたい。
皆は他にも色々な雑務を引き受けてくれたみたいで、ちょっとずつ使いやすい船内になってきたと思う。
私たちよりずっと先輩の方だったり、龍骸諸島から乗ってきてくれた方だったり、意外な人も増えてきた。
私もできるところから手伝っていって、もっと皆の来やすい場所にできたらいいな。
◇幕間・Ready, steady, fly◇
ブラムさんたちがドーデンへ向かってしばらくした頃に、バルフートを飛ばしたいという人が現れた。
なんとその人は皆でマドレーヌを焼いた時にお世話になったテルルさんで、自身のマナで飛ばせるからと言われてびっくり。
とはいえ船長がいない状態で飛ばすわけにもいかないから、プリムさんに通話のピアスで連絡を取ってもらった。
ちょっと悔しいけど、連絡手段があって本当に助かった。
ブラムさんとルアンシーさんには悪いけど急いで帰ってきてもらって、それでテルルさんが用のあるウルシラへ出発。
バルフートの全速力は初めて体験したけど、以前サンドキアの遺跡に向かうため乗った飛空艇とは比較にならない速さだった。
フウラさんの見立ての通りとはいえ、まさか本当に4日でウルシラ地方のハールーン魔術研究王国に着くなんて!
乗り物酔いをする人たちは大変そうだったけど、私は空からの景色に夢中で本当にあっという間に感じた。
現地ではハールーンの王様に謁見したり、ウルシラ地方の各冒険者ギルドに挨拶に行ったりで大忙し。
流石のブラムさんも連日の挨拶回りでぐったりしていた。ごめんね。
ハールーン滞在の後半はフウラさんたちが話を付けてきた魔法障壁の起動装置をバルフートに取り付けるための作業。
紹介のあったティエリーさんが考案した魔法障壁によって飛行中に魔物と衝突しても弾き飛ばすことができるようになった。
ハールーンに着いた時に見た船首は結構ボロボロだったから、これで安心して飛べるようになったと思う。
魔法障壁の起動にかかるマナはブラムさんたちがドーデンで発掘した巨大なマナチャージクリスタルから出すことにした。
準備が整ったところでハーヴェスまで再び4日で飛んできたけど、着いてから問題が起きた。
行き帰りとずっとマナを注ぎ続けていたテルルさんは負担が大きすぎたのか、晶石でできた腕に大きなヒビが入っていた。
今回はテルルさんからの依頼だったとはいえ、そうとも知らずはしゃいじゃったのが恥ずかしい。
もちろん今後テルルさんに頼んでバルフートを飛ばしてもらうことはできないので、フウラさんたちと相談しなきゃ。
そうそう、書きそびれていたけどルアンシーさんからドーデンのお土産と、頼んでいたものを受け取った。
沈黙の赤牙に女王のブラッドミードに、ヒスドゥール鋼の万能包丁!
特に包丁はルアンシーさんとお揃いで、料理する時にすごく良さそう!
ところでミードって蜂蜜から作る飲み物と聞いてたけど、結構度数の高いお酒なんだね。
アビスワインといい、これ私が飲んで大丈夫なのかな。二人がいる時に試してみないと危ないかも。
その後フウラさんたちと検証して、巨大なマナチャージクリスタルを2個とも動力に回せば一応長距離移動はできそうと分かった。
ただ速度は先日開通した鉄道と大差ないし、それに魔法障壁も起動できないから速度を出せても抑えないといけない。
マナチャージクリスタルの再使用にも結構な日数がかかりそうで、一度飛んだらひと月はチャージにかかりそうとのこと。
とはいえ飛ぶ手段がなくなったわけじゃないし、皆で一斉に移動することもできるから良かったと思う。
もしかしたら今後別の地方で活動することもできるかもしれない。
◆過去からの翼◆
ウルシラから帰ってきてすぐ、現地で乗ってハーヴェスに来たウィングさんから依頼があった。
内容は生き別れの弟さんを探して欲しいというもので、その弟さんの名前は「ウィル=フォースター」
なんとウィル君のお姉さんだった。ウィル君にお姉さんがいるなんて聞いたことも無かったので皆びっくり!
それもそのはずで、複雑な事情でウィル君自身も知らなければウィングさんも会ったことがなかったとのこと。
会ったことのない弟を名前だけ頼りに探すのってどういう気持ちなんだろう。想像できないかも。
ウィル君を探して〈暁の剣〉に行ってみたら、バルフートへ向かったということで入れ違い。
その後も船内で小さな依頼を請けながら探し続けて、最終的に訓練室で見つけることができた。
感動の再会と言うには混乱の方が大きすぎたみたいだけど、無事引き合わせることができて良かったと思う。
何気にアイシャさんが女性ってことも知らなかったみたいで、ウィル君はそっちにもびっくりしていて面白かった。
道中に請けた中でも放置された田んぼを綺麗にしてほしいって依頼では大きなエビみたいな魔物と戦った。
その時にウィングさんのペガサスに同乗させてもらったけど、めったにない経験で楽しかった!
ウィングさんとペガサスのレーヴェは長い間ずっと友達らしくて、息の合った動きで飛び回っていてすごかったなぁ。
それにしても放置された田んぼを使いたいっていう龍骸の人、もしかしてあのスノウエルフの方なのかな。
私はこっちのご飯に慣れているから何も思わないけど、切望されるくらいだし龍骸のご飯はだいぶ違うはず。
いつか私も食べてみたい!
そうだ、飼育室のドアを二重にする工事をしなきゃ。
個々の動物を捕まえるのはそんなに大変じゃないけど、今回みたいにまとめて逃げだしたら大変だもんね。
◆狡知の迷宮◆
かなり前に魔剣の迷宮の情報を売ってくれた〈探し屋〉のマーキスさんが空鯨亭に来て、新たな迷宮の情報を売ってくれた。
前回も本物の迷宮の情報だったしということで、ちょうど非番なのもあって私も同行させてもらうことに。
そうそう、ソフィさんが七曜の魔剣についての情報と引き換えってことで価格交渉してくれたんだった。今度お礼しなきゃ。
実際今回の情報も本物で、これからもマーキスさんの情報だったら信頼していいなと思う。
ただそれはそれとして迷宮自体は本当に厄介な代物だった。
事前に呪いの類が充満していることやアンデッドが徘徊しているという話を貰っていたけど、これについてはその通り。
その上でいたる所に人族の遺体が積み上がっていたり、血とかの流れている水路があったり、どんよりとした雰囲気だった。
先日ディセットさんの依頼で向かった迷宮には蛮族の死体が積み上がっていたけど、同族だとさらに最悪の気分。
実際私も一度その空気に飲まれてしまって、ソフィさんに魔法で対処してもらうまではかなり沈んでいたと思う。
奥まで進んだ私たちを待っていたのはなんとドラゴン種、レッサードラゴンで魔剣の持ち主でもあった。
戯れに人族を殺してはアンデッドとして蘇らせて遊んでいる、思い出して書くだけでも怒りが込み上げてくる奴。
相手として強大ではあったけど、とても生かしておけない存在だったので戦うことに異論は無かった。
今になって思えばまた怒りで強敵に挑む形になってしまったのは反省しきり。
ただ他の皆も同じように使命感に燃えていたのか、実力以上の力を出して有利に戦いを進めることができた。
ソフィさんの魔法もいつも以上に冴え渡っていたし、私とウィル君とアリスさんの3人は的確に急所を狙うことができた。
防御もかなり理想通りの受け方をできた上、ソフィさんに至っては相手が得意げに放ってきた魔法を掻き消していた!
普段表情の読みにくいソフィさんだけど、あの時ばかりは少し口角が上がっていたような気がする。
とにかく私たちは邪なドラゴンを打ち倒して、無事迷宮の攻略も完了となった。魔剣はソフィさんが引き取ることに。
その後、主を倒したことで迷宮の呪いも解かれたので、皆に手伝ってもらって迷宮内の遺体を運び出して埋葬した。
本当に途方もない数だったし極めて不衛生ではあったけど、文句一つ言わず手伝ってくれた皆には感謝しかない。
私も神官として少しは使命を果たせたかなと思う。きっとあの方々が次の生を幸せに過ごせますように。
帰ってギルドに報告して、と私が言うのも変な感じだけど、本部まで通達が行ったことで邪竜討伐の褒賞を受けた。
「|竜殺し《ドラゴンスレイヤー》」の称号、随分と大層なものを貰ってしまった気がする。けれどそれだけの相手を倒したんだ。
これでまた一歩お姉やお兄、師匠に近付けたのかも。そうだったら嬉しい。
本部からは褒賞の他に、コルガナにある本部に短期所属して実地研修を受けないかというお誘いも頂いた。
正直に言ってしまえば怖さもあるけど、受けようと思う。私の甘い部分を鍛えてもらうためにも。
書くかどうか迷ったけど、気持ちの整理のためにも残しておこうと思う。
迷宮の遺体を埋葬している時、アリスさんがウィル君に話しているのを聞いてしまった。
「自分が死んだら同じように埋葬して祈ってくれるか」
冗談なのか本気なのか分からないけど、もしかしたらその両方だったのかもしれない。
それを聞いて私は、今までずっと目を背けていたことを考えるようになってしまった。
自分が死ぬ時のこと、自分以外の誰かが死んでしまった時のこと。
幸いにも今まで私の近しい人が亡くなるという事は起きていない。もちろん私自身もそう。
でも師匠が蛮族領へ行って予定通り帰って来ていないと知った時は最悪の事態を考えた。
お姉やお兄が大怪我をしたことも一度や二度じゃないし、先日のブラムさんの時も一歩間違えれば危なかった。
私も私の周囲の人もずっと薄い氷の上を歩いている。無意識に、いや意図的に目を逸らしていたけど。
名が売れてきて、大きな敵と戦う可能性のある依頼を請けることも増えてきた。
報酬が高くなるのも、名誉を得られるのも、それが危険な内容だからなんだ。忘れないようにしないと。
近しい人が亡くなったら、私はきっと正気じゃいられなくなってしまう。想像するだけでこんなに悲しいのに。
そしてそれは、もしかしたら逆の立場でも同じなのかもしれない。
私は私のことで誰かに泣いてほしいのかな。そんな我儘を考えるべきじゃないなんて分かっているけど。
でも、それを言葉は違えど真っ直ぐ訊けるアリスさんのことが、少しだけ羨ましかった。
私のために泣いてくれる人がいるなら、それを願うのでなく泣かせないようにしないといけない。
目を背けるのではなく、ちゃんと見据えた上でできる限りの備えをしないと。
レッサードラゴンを倒してきたこと、コルガナへの招待を受けるつもりでいること。
ブラムさんとルアンシーさんに打ち明けるのは、ちょっと気が重い。
◆顕現する天禍の将◆
先日の招待をそのまま受ける形で、コルガナのギルド本部へ研修に向かった。
やっぱりというかブラムさんとルアンシーさんにはかなり心配されたけど、二人とも行かないでとは言わなかった。
私自身まだ怖さはあったけど必要なことだと思っていたから、考えを汲んで送り出してくれて良かった。
そろそろ所定の期間も終わりだし、何かお土産を選ばないとね。
今回の実地研修は各地方から隊を組む形で召集されたみたいで、私たちはブルライト地方の代表団だった。
先導してくださったのは、なんと〈始まりの剣〉級の冒険者であるラインハルトさん!
実際にお話できただけでも光栄なのに、師匠から私のことを聞いていたみたいでびっくりした。畏れ多いけど嬉しい。
他のメンバーはドラゴン討伐の時に一緒だったウィル君、ドレイク討伐で一緒だったクォンさん、
それからバジリスク討伐の時に一緒だったドロシーさんと、以前ルアンシーさんがお世話になったテレスさんだった。
あとで聞いたけどドロシーさんは魔域帝国への潜入任務とかもこなしていたみたい。
本部付けの研修ということもあって、高位魔術師の方がコルガナまで一瞬で転送してくれた。
着いたのは奈落の壁が目と鼻の先にある街、オクスシルダ。
ラインハルトさんに魔術ギルドや工房を案内して頂いたけど、やっぱり街全体がハーヴェスとは全然違う空気だと思う。
常に奈落からの脅威に備えている緊張感があって、それ故か街の人たちの連帯感もとても強固なのを感じる。
お会いした方々も皆親切で、工房では記念にと一押し加工をしてもらえた!
その後訪れた酒場でお会いした先輩守人の方も、遥かに格上なのに私たちを邪険にするでもなく対等に接してくれた。
それどころか英雄の卵だって。ちょっと照れくさいけど、そう言って貰えたからには報いないとだね。
そういえば魔術ギルドを訪れた時、クォンさんが3000年以上も眠っていたことが発覚してびっくり!
まさか魔動機文明時代を丸々飛ばすほど昔からだなんて、皆もだけど本人が一番驚いていた。
街が知っている姿からずいぶん変わっていると言っていたのも当然のことだよね。
むしろ奈落のすぐ近くで当時の街が今も現存して賑わっているのがすごいのかもしれない。
これも守人の方々が日々魔神の軍勢と戦っているからで、本当に感謝しないといけないなと思う。
各地を見学して宿に向かおうとしたら急にオーロラが出て、城門のすぐ前に魔域が出たと通達があった。
私たちでもなんとか対処できそうな脅威度で、すぐ近くにいたので閉じに向かうことにした。
結果として無事私たちで魔域を閉じることができたけど、やっぱり現地の方からすれば大した脅威度では無いみたいだった。
普段どんな戦いをしているんだろうという答えは翌日にすぐ明らかになった。
2日目の朝からは壁の上で魔神を相手にした実戦での戦闘訓練。
実際に自分の目で見る壁も奈落も本当に途方もない規模で、うーん、上手く言葉にできない。
湧き出てくる魔神も前日に私たちが苦労して倒したような存在ばかりで、この場所がどんな所なのか思い知らされた。
本当は守人の方々が相手するまでもない魔神で訓練する予定だったらしいけど、急に雰囲気が変わって辺りが暗くなった。
大量の、あまり思い出したくないなぁ。とにかくすごい数の蝗の群れが湧き出てきて、群体となって巨人の形を取っていた。
同時に他の強力な魔神も現れたことでラインハルトさんはそちらの対処をすることに。
蝗の巨人は完全に顕現してしまう前に私たちで相手することになった。
ほとんど不定形と言えるような蝗の群体は相手しにくくて大変だったけど、なんとか5人で対処することができた。
いや、実際には離れた位置からでも号令を入れてくださったラインハルトさんのおかげだと思う。
あの状況でこちらの面倒までと考えると、本当に高位の冒険者は格が違う。
それで一度なんとか退けたと思ったら、さらに大量の蝗が湧いてきて魔神将が完全に顕現してしまった。
どんな奇跡が起きても私たちで対処できる相手ではなくて、あぁここまでなんだと諦めたところで伏せろって大きな声がした。
何もかもが一瞬ではっきりと覚えていないけど、轟音と閃光が収まる頃には強大な魔神将の姿はどこにもなかった。
代わりにいたのは、"夜の目の狼"ワナギスカ戦士長。生ける伝説その人だった。
今になって思えばもっとその戦いを目に焼き付けておくべきだったけど、そんな余裕は全くなくて。
へたり込んでいる私たちに一声かけると、戦士長はあっという間に別の戦場へと去ってしまっていた。
激戦で消耗してしまった私たちのため2日目は半日で休息となって、以降は今日まで本来の訓練だった。
危ない場面もたくさんあったしまだちょっと生傷も痛いけど、今回の話は受けて良かったと思う。
奈落や壁、そこで戦う人たちを自分の目で見ることができたのは本当に貴重な経験になった。
守人の方々と交流していて分かったのは、彼らがもう名声とか感謝のために戦っているのではないということ。
それが使命だからそうしているのであって、私たちが常に彼らの戦いのことを思い続けるよう望んでいるわけでもない。
むしろ私たちが奈落のことを考えたり悩んだりせず日々を暮らすことが彼らにとっての望みなんだって。
そしていつか、私たちの中からもそれを使命とする者が出た時に肩を並べることが喜びなんだ、と言っていた。
普段の私の暮らしからすれば想像もつかないけど、いつかそういう境地に辿り着くのかな。まだ分からないかも。
でも変に守人の方々を案じすぎるんじゃなくて、帰ったらちゃんと日常に戻らないとね。
そうだ、日常で思い出したけどウィル君からちょっと変わった魔剣を買い取ったんだった!
見た目はメイスなんだけど、マナを込めると一瞬でお肉の下ごしらえができるという優れもの。
実際に一度試してみたら本当に味が染み込みやすくて柔らかいお肉になって感動した!
ハーヴェスに帰ったら二人にもこれを使った料理を振舞うことにしよう。
◆揺らぐ大地◆
ギルドの食堂で言い合いしていた話が耳に入って来て、その内容は「コルリスさんが動く山を見た」というもの。
詳しく聞くと、この間ウルシラへ向かう途中で眼下に動く山を見た、しかも脚で歩いていたという話だった。
サンドキアのように浮いている山ならまだしも、歩く山という話はにわかに信じがたい。
でも言っているのがコルリスさんであれば嘘をついているとも思えない、ということで調べに行くことになった。
ウルシラへの空路から割り出して向かったのはオーレルム地方、ゼルガフォートから東へ進んだ方面。
まさかコルリスさんと一緒に冒険することになるとは思わなかったけど、他のメンバーもすごかった。
サイリンノソラの時以来の華グラさんに、コルガナから来たという戦士のポルタさん。
さらにエリザベートさんとソルティさん、つまりとんでもない高名な方々も一緒に行くことに。
お二人は様々な理由で全力を出せない状態ではあったけど、それでも経験の差は歴然で本当に頼りになった。
先日のコルガナでの研修もそうだけど、場数を踏んだ先輩の背中は本当に頼りになる。
そうだ、この日記を書いたら長いロープとくさびを買い足しに行こう!
目星を付けていた地点で私たちを待っていたのは、明らかに最近できた地面の巨大な窪み。
それが足跡のように一方向に続いていて、この時点でコルリスさんの言っていたことが本当だと分かった。
そのまま痕跡を追いかけていくと、本当に山のような、それどころか山よりも大きな生き物がゆっくり移動していた。
神牛クヤタ、神紀文明時代に存在したという大地を背負う巨大な牛。伝説の存在が目の前で歩いていた!
正直口で言っても信じてもらえないと思うし、私も山の成り立ちを神話に結び付けた話だと思っていたけど。
でもエリザベートさんのマギスフィアにその姿がちゃんと残っているから、夢じゃなかったって言える。
ただ遠目から見るその姿は何かに苦しんでいるのか痛がっているのかという様子で、私たちで登って調べることになった。
なにしろあの巨体だから、そのまま走り回ったり暴れたりしたら途方もない大災害が起きてしまう。
もちろん登れるようにできていないし原生生物に襲われたりで大変だったけど、登り切ったところで謎が解けた。
背にある水源地の上に魔域が発生して、そこから神牛の背中に向かって巨大な杭が伸びて刺さっていた。
それによって眠りから目覚めて、痛さに歩き回っていたんだと思う。
二重の意味で放っておくわけにもいかないので、魔域を守るように立ちふさがる魔神の相手をすることになった。
私たちで対処できる本当にギリギリくらいの相手だったけど、先輩方の力も借りて何とかこれを撃破。
杭を生み出していた魔域もコルリスさんによって核を壊されて、無事に神牛の背中は治癒していった。
あの時頭の中に響いた声。全く知らない言葉なのに、なぜか私たちに感謝を伝えていることだけは分かった。
そういえば真語魔法にそういった類の魔法があると聞いたことがある。あれがそうなのかな。
それでも今まで少しでも聞いたことのある言葉とは全く違う響きだった。もしかしたら失われた言語なのかもしれない。
その後私たちは神牛の転送魔法でハーヴェスまで飛ばしてもらい、一瞬で帰ってくることができた。
あそこから再びほぼ垂直の前脚を降りることにならなくて良かった。私たちを乗せたまま結構な距離を移動していたしね。
ただゼルガフォートで借りた魔動バイクがそのままになってしまったのが心残り。
コルリスさんとエリザベートさんが事情を話しておいてくれると言っていたけど、甘えて大丈夫だったのかな。
転送されてきた裁判所裏ではエリザベートさんがマナカメラで皆一緒のところも撮ってくれた。
手元に残るわけではないけど、冒険の証が思い出以外にも残るのはなんだか嬉しい。日記もそうだね。
山登りや魔神との戦いは本当に大変で、それだけに得るものも多かった。
私もそれなりの回数冒険して準備を怠らなくなったと思っていたけど、まだまだ不測の事態は起こることを痛感した。
コルリスさんは巨大な斧で豪快に敵をなぎ倒していて、もちろんすぐに真似できるものではないけど参考になる動きだった。
先日のラインハルトさんの守備、今回のコルリスさんの攻撃、ソルティさんの身のこなしにエリザベートさんの集中力。
先輩方の戦い方を見ていると気付くことがたくさんあって面白い。
私たちももっと頑張らないと、と思うと同時に、私もそう見られることがあるのを忘れないようにしたい。
今では戦友みたいな感じだけど、それこそウィル君とか後輩みたいなところあるし、最近登録してくれた方もいる。
うん、決心着いたかも。
◇幕間・センチネル級昇格◇
実はコルガナでの研修の最終日、ラインハルトさんに呼び出されて一通の書状を渡されていた。
内容はセンチネル級冒険者としての推薦状、それも冒険者ギルド本部から発行のもの。
つまりいつでもセンチネル級として登録、活動して良いというお達しだった。
話によれば研修自体がセンチネル級への昇格試験のようなもので、ラインハルトさんが試験官を兼ねていたそう。
現地での内容も問題なく、特に壁上での戦いを見て私さえ良ければ是非とのことだった。
私は、一度断ってしまった。心の準備が足りなかった。
ラインハルトさんは責めるでもなく、いつでも良いと言ってくださった。
お姉とお兄に追い付きたくて、師匠に憧れて冒険者になった。
肩を並べられるようになりたいという気持ちも嘘じゃなかった。
けれどどこか「絶対に届かないから」という予防線を張った上でそう言っていたと思う。
最初家族に秘密にしていたのだってそう。有名になったら隠せるはずがないことは分かっていたのに。
自分がそうならないことを前提に活動していた。もちろん今も届いたと思っているわけではないけど。
ここから先は話が違う。センチネル級は国から認められるというのと同義だから。
なまじギルド運営に関わったことで、その手続きがどれだけの意味を持つのかよく分かるようになってしまった。
明確に大きな一歩を踏み出すことになる。私はそれが、言い訳をできなくなることが怖かった。
でもコルリスさんたちの戦いを見て、その背中を借りて、これじゃダメなんだと思うことができた。
私はもう駆け出しじゃなくて、新米冒険者に背中を見られる側なんだ。
追いかける先輩が言い訳をしながら戦っているようじゃ、誰のためにもならない。私自身のためにも。
だから、少し日が開いてしまったけどセンチネル級として登録をすることにした。
申請元をどこにするか迷ったけど〈巡る空鯨亭〉から申請、発行という形にした。
本来なら自分自身の申請をするというのは規定に沿っていないけど、本部からの承認が既に得られているので問題なかった。
記念すべき空鯨亭からのセンチネル申請第一号、まさか私になるなんてね。
とはいえこうなれたのは最初に所属した〈栄誉の旅〉のおかげでもあるから、ジョーさんには謝りに行こうと思う。
お姉とお兄、それに師匠も盛大にお祝いをしてくれた。師匠を実家に招くのも久しぶり。
ドラゴン討伐とかコルガナ研修とかをまとめて話してしまったので三人にはちょっと小言を貰っちゃったけど。
でも前と違って心配はあまりされなかった。何よりそれが一人前の証みたいで嬉しい。
師匠に至っては「このままだと追い付かれるのも時間の問題」だなんて言って鍛え直しているらしい。
流石にまだまだそんなことは無いと思うけど、でもいつか本当にそうなって見せるって今なら言える。
ブラムさんとルアンシーさんも家に招いて改めて報告した。
二人とも流石にびっくりして「そんなところまで"機先"なのか」なんて言われちゃった。
ちょっと悔しそうにもしていたのは申し訳ないけど、きっと二人もすぐだと思う。
実際に二人が申請するとしたら、書類は私が書くことになるんだよね。その日が来るのが楽しみ。
そうそう、ウィル君から買い取った精肉の魔剣。それで下ごしらえしたお肉を振舞ったら大好評だった!
ルアンシーさんも使いたい機会多そうだし、必要な時はいつでも貸し出せるようにしておこうと思う。
これからはセンチネル級冒険者。
肩書が変わったことで急に生活が変わるわけじゃないからまだ実感は薄いけど。
でもそれに恥じない活動ができるよう、頑張る!
◆白と黒の狭間で◆
いつものように受付をしていると上の甲板が騒がしくなって、上がってみたら華グラさんと数名が向き合っていた。
でもその相手が問題で、なんとドレイク族。突然のことすぎてパニックになったけど、襲ってくる気配は無かった。
そのドレイク、ワルダさんはラージャハで冒険者をしていると言ってセンチネル級の冒険者証を取り出すし、
横でバテているのはよく見ればアリスさんとドロシーさんだしで、危険じゃないとしてもなおさら混乱してしまった。
ひとまず話を聞いてみると、ワルダさんは砂漠の移民"イェシー"を率いている方で、その集落が魔域に飲まれてしまったとのこと。
ラージャハのギルドは今アンデッドの相手で手一杯になっていて、移民にまで戦力を割いてもらえないらしい。
それで守りの剣の範囲外にある空鯨亭ならもしかしてと、藁をもすがる思いで飛んできたという話だった。
身元が確認できたこと、それに魔域の対処は種族関係なく必要なこともあって、空鯨亭として正式に依頼の手続きをすることに。
依頼主がドレイク族というのは身元よりも心情的に心配だったけど、ブラムさんもそこは一旦割り切ったみたいだった。
ラージャハまでは列車で、そこからはラクダに乗って砂漠へ向かうと、確かに半球状の魔域が地面に埋まっていた。
ドロシーさんが奈落魔法で調べた脅威度は3だったけど、イェシーの方々がどんな状態か分からないので急いで進入した。
魔域の中は極端な気候が近い距離にひしめき合っているような場所で、各地で取り込まれてしまった方々が避難していた。
そういえば以前ルアンシーさんに貰った包丁のおかげで皆に美味しい料理を振舞えた。後で改めてお礼を言わないと!
途中小さい子の行方が分からなくなっていたりして焦ったけど、無事全員を魔域の外に避難させることができた。
私はずっとワルダさんの様子を伺っていた。少しでも妙な動きをしたら、というのはブラムさんも同じだったと思う。
でも彼女は確かにイェシーの皆の心の拠り所になっていて、どんな相手にも分け隔て無かった。
ナイトメアの子、ウィークリングの方々、何かしらの理由で身体が不自由な人たちや故郷を追われた身分の皆が
ワルダさんの前では種族や外見に関係なく手を取り合って協力していた。信じられない光景だった。
以前迷宮で戦ったドレイクが同族すら斬り捨てるような奴だったから、印象の差が大きすぎてずっと混乱していた。
イェシーの方々を避難させて一息ついていると、遠くからオーガが数体近付いてきて戦闘になった。
ワルダさんの関係者らしく手加減する必要があったのは大変だったけど、なんとか投降させることができた。
オーガたちはワルダさんの実家、つまりドレイク領から彼女を連れ戻しに来たと明かして、
その後ろにはいつの間にかワルダさんの母親、私たちでは太刀打ちできない高位のドレイクが立っていた。
ワルダさんにはすっかり心を許していたけど、その彼女を連れ戻しに来たのなら敵対することにもなる。
そう思って青くなっていた私たちにワルダさんの母親、カメリアさんは攻撃の意思は無いと示して見せた。
彼女の話す事情は複雑だった。
ゴーント地方にある領地の近くには魔神将の封印されている魔域があること。
魔域のある遺跡には守りの剣があり、魔神将の討伐が叶っていないこと。
その封印のために一族が犠牲となり続けていること。
そして残っているのはワルダさんとカメリアさんの2名だけであること。
領地はワルダさんがそうしているように、と言うには逆だけど、人族の地位が守られ平和を保っているらしく、
当主であるカメリアさんが居なくなればそれも維持できなくなってしまう。
カメリアさんは淡々と話していたけど、他に手段のない、苦渋の決断であることは私たちにもよく分かった。
それくらいの決断をしなければならないということも、残念なことに私にはよく分かってしまった。
コルガナの壁の上で相対した魔神将は私たちが束になって、その上ラインハルトさんの助けが無ければ到底敵わない相手だった。
それも不完全な状態ですらそうで、完全に顕現しようとした時のことは今思い出しても寒気がする。
あのような存在が復活してしまえば、領地がどうの種族がどうのと言っている場合ではなくなる。
ワルダさんもその事をよく知っているようで、自らの犠牲で済むのならと帰ることに同意しようとしていた。
その時大きな声を上げてくれたのは普段温和な華グラさんだった。
自分たちなら守りの剣の影響を受けないから、完全な状態になる前に魔神将を叩きに行けるはず。
そしてそのために皆の力を貸してほしいと、私が言い淀んでいたことも全部、きっぱりと言ってくれた。
私はついブラムさんのことを心配してしまったけど。
ブラムさんはあくまで未踏遺跡の探索ついでに魔域が出たら対処する、という体で目標変更をまとめてくれた。
その後でワルダさんを助けるためと言っちゃったから建前は無いようなものだったけど、私はそう言ってくれて嬉しかった。
その後はカメリアさんの辿ってきたルートを遡るようにして魔域を抜けてゴーント地方へ。
案内を受けて遺跡へ向かうと、話の通りに大きな魔域とその前に刺さった守りの剣があった。
ドロシーさんの調べてくれた脅威度は14で、不完全とはいえ迂闊に進入できるものでは無いしと準備をしていると、
突然魔域から触手のようなものがワルダさんに向けて伸びてきた。
咄嗟に斬り付けると一度引っ込んだけど、今度はその触手を束ねたような魔神将が魔域から出てきた。
その触手には無残にもドレイク族の遺体が埋め込まれていて、どうやらそれがワルダさんの一族だったみたい。
それに加えて、よりにもよってブラムさんの因縁のドレイクが含まれていた。多分、だけど。
余裕の表れなのか、魔神将は吸収したドレイクに似せた分体を各地に置いて"遊んで"いたことまで話してきた。
ブラムさんが本気で怒っているところ、初めて見たかもしれない。怖かったし悲しかった。
でもそれ以上に侮辱を繰り返す相手のことが許せなくて、気が付いたら私も斬りかかっていた。
話の通りの凶悪な相手だったけど、不思議と負ける気はしなかった。
ワルダさんは精一杯の魔法で支援してくれたし、私を含め皆も全力を出し切ったと思う。
ブラムさんも怒りで我を忘れるということはなく、いつもより気が急いている様子はあったけど冷静だった。
最後はグラスさんの鉄球が弱ったところにめり込んで、魔神将は何か言いながら消えていった。
そういえばグラスさんはもっととんでもない存在と戦ったって言っていたっけ。今度聞いてみよう。
戦勝ムードもそこらに、私たちは再び魔域を渡ってブルライトへ戻ることになった。
移動用に作られた魔域は脅威度も低かったし、うっかり放浪者の方に閉じられたりしたら大変だからね。
折角の機会だしゴーント地方を見て行きたかった気持ちはあるけど、いつか改めて訪れることができたらいいなと思う。
ワルダさんは一族の宿敵を倒した功績を手土産に領地へ帰って来ないかと訊かれて、でもすぐに断っていた。
口出しできる問題ではないけど、私もそれが良いと思う。イェシーの皆はワルダさんを必要としていたから。
遺跡自体には建前にしていたような宝物は無かったけど、結果として大振りの守りの剣を回収することができた。
実際のところ冒険者としての名誉やギルドの名を挙げるという意味ではこれ以上ない成果になったはず。
守りの剣の出元を説明するのは少し大変だったけど、私たちもランクを上げていたから説得力に繋がったんだと思う。
まさかこんな形で今までの行いが役に立つとは思わなかった。
華グラさんはすっかりワルダさんと友達になって、お互いまた会おうねと約束していた。
今回華グラさんの分け隔てない優しさが皆を引っ張ってくれたけど、私はあそこまで言えないなと改めて思った。
同じドレイク族でも両極端の例を見てしまったから、私自身まだ混乱しているんだと思う。
それに依頼で蛮族討伐を請けることはきっとこれからもたくさんあるから、変に迷わないようにはしたい。
ワルダさんとカメリアさんは特別。あとは、ターバンを巻いたボルグやゴブリンがいたら一応話は聞こうかな。
なんだか別の意味で人に見せられない日記になってしまった気がする。また鍵のかけられるベルトを買わなきゃ。
ブラムさんは、どうなんだろう。帰りの列車でもずっと複雑そうな顔をしていた。
考えようによってはこれできちんとした敵討ちができたということになるけど、一度に色々なことが明らかになったから。
多分ブラムさん自身にも整理を付ける時間が必要だと思って、まだ詳しい話は聞いていない。
そう、思い出したけどワルダさんから見たらブラムさんとの関係は丸分かりだったみたい。
ポルタさんにもやっぱりそうかみたいな顔をされたし、気を付けていたはずだけどそんなに態度に出ていたのかな。
帰り道ではグラスさんにも結構質問されちゃった。隠すつもり無いと言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。
とはいえ、これは日記だし。思ったことをちゃんと書いておこう。
久しぶりにブラムさんと一緒に冒険できて嬉しかったし、格好いいところもたくさん見られた。
怒ったブラムさんは怖かったけど、普段見られない顔を見た気がしてちょっと良かったって今は思ってる。
でも、またあんな顔をしないで済むようになるのが一番。私も私にできることをして支えていきたい。
もうこんな時間。ブラムさんとルアンシーさんの昇格お祝いパーティーを準備しなきゃ。
◆金満は弱者の上に◆
珍しく〈青空の船出亭〉からお呼びがかかり、行ってみると人攫いを指揮している上位蛮族の拠点を突き止めたという話。
ただ所属冒険者の多くが出払っているので他ギルドにも召集をかけさせてもらった、と説明を受けた。
人攫いの集団を率いているのは以前魔域で相対したバジリスクの近親と思われる「トラグリオス」というバジリスク。
師匠がオルダスカで見たと言っていた上位蛮族の名前だった。
とはいえオルダスカでも有数の実力者だったこともあり、私たちだけでというわけにもいかず先輩冒険者が付いてくれることに。
合流したユウゲンさんは歳こそ近いけど邪神討伐にも一役買ったというすごい人で、妖精魔法の使い手だった。
一応ユーシズに学籍もあるみたい。ちょっと肩書が長くてすぐには覚えられそうになかったけど。
情報の通りに向かった先の拠点は遺跡を改造して作られたものみたいで、そこかしこに侵入者警報の罠だらけだった。
最初気付かずに作動させちゃった時は肝が冷えたけど、おかげでその後の罠は全部事前に解除して行くことができた。
捕らわれた方々の牢の近くには大爆発を起こすような卑劣な仕掛けもあって、無事に取り外すことができて本当に良かった。
罠解除はあまり自信なかったけど、この時は自分でも驚くほど手際良く進めることができたと思う。
牢の中からも見えていたみたいで、終わった時には結構注目を集めちゃった。
奥の部屋には想定していた通り、以前に取り逃したバジリスクがいた。
それとそっくりな兄弟、報告にあった「トラグリオス」も一緒にいて、今度こそと戦うことに。
ただこの兄弟は相当慎重な性格みたいで、またしてもあと一歩というところで逃げられてしまった。
しかも遺跡に元々あったらしい小型のコロッサスを起動して逃げていくなんて。
今思えば大量にあった侵入者警報の罠も、逃走準備をするためのものだったのかもしれない。
小型とはいえコロッサスの力は絶大で、私たちも窮地に追い込まれてしまった。
今度こそダメかと思った時にユウゲンさんの持っていた盾が輝きだして、そこからはあっという間だった。
なんでも契約している妖精と喧嘩中で、最初は力をあまり貸してもらえなかったみたい。
でも本当に危なくなったら全力で助けてくれたから、そんなに悪い関係じゃないのかな。
とにかくユウゲンさんの力もあって無事コロッサスを止めることができて助かった。
捕らわれていた人達も全員無事に解放することができたし、略奪品も回収することができた。
そうそう、捕らわれた人たちの中にも結構気骨のある方がいて、皆の誘導に手を貸してくれたりした。
高価な通話のピアスをユウゲンさんに貸したりしていたけど、何者だったんだろう。
全てが片付いた後、ドロシーさんが改まった態度でユウゲンさんに感謝を伝えていた。
元々ドロシーさんはオルダスカにいて、ユウゲンさんが奴隷を救出した際に親友と一緒に逃げて来たみたい。
憎きオルダスカの支配者たちを倒してほしいと伝えて、ユウゲンさんも必ずと答えていた。
時期は違うけど師匠も行った因縁の場所。
本格的な奪還作戦が組まれたら、師匠も行こうとするのかな。
行かないでと言わずにいられるか、ちょっと自信ない。
厚めのものを買ったはずなのに、気が付けば最後のページになっちゃった。
短い期間にずいぶんと色々なことがあった気がする。
ひとまず明日は新しい日記帳を買いに行くことにしよう。
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