2023/11/23 17.黄金桂 カルとニンジン
「……あの」
恐る恐るかけられた声に思わず手を止めて振り返る。そこには少しだけ青ざめた表情のカルが立っていた。
「……どうした、カル。何があった?」
帝国最強の騎士、そんな肩書などなくてもいつも泰然自若と言った様子の落ち着いたたたずまいのカルがあからさまに青ざめているのだ。私でなくても何事だと思うだろう。
そんな私に、カルは少しだけ安堵したかのような息をはいた。
「その、私は何か主の気を損ねるようなことをしたのでしょうか?」
「……いや? 思い当たることはないぞ?」
私が驚いてそう返すと、何かもの言いたげな視線を私の手元へとむけた。その視線で私も自分の手元へ視線を戻し「あぁ」と、納得したようにうなずく。
「これは神殿の子供たちにだ」
今私が作っているのは、スライサーで千切りにしたニンジンを入れたキャロットケーキだ。上にサワークリームでフロスティングをする予定。ニンジン以外には、クルミ、ラムレーズン、ココナッツファインをいれるので、優しい甘さと香ばしさがバランスよく配分されたケーキになる予定。
露骨にニンジンの味がするのでカルに出す予定はないぞ。と言う。
「そうですか……」
その時のカルの表情は安堵と不満が何とも言えないバランスでまじりあった不思議な表情をしていた。
「あー、味見だけはするか?」
「………………そうですね」
葛藤の長さには気が付かなかったことにしよう。ちょうどいるのはレーノとラピスとノエルだけで、ガラハド達は迷宮だ。
焼き上げた円型の方から外し、程よく冷やしたところでサワークリームと粉砂糖で飾り付ける。いつもとは違ってカルには薄く、それ以外には普通の厚みで切り分ける。
なんで? と言う顔をしているラピスとノエルに、「神殿への差し入れだ」と言うと納得したような、そうじゃないような顔をして頷いた。レーノはいつも通りぶ厚めに。
お茶はキンモクセイの香りが華やかな烏龍茶にしてもらった。
「美味しい」
「美味しいです、|主《マスター》! きっとみんな喜びます」
「喜ぶ」
ピコピコ揺れる尻尾と耳が可愛い。そうか。とうなずいて頭を撫でていると、ようやく、と言うようにカルが切り分けたケーキを口にする。そんな気合を入れなければいけないような味ではないと思うが、どうだ。
「……美味しいです」
「それはよかった」
ほわっと、表情を緩めたカルに私も思わず神妙な顔で頷いた。いそいそとお代わりをする際には分厚く切り分けるカルに苦笑いを浮かべて、カップを手にする。軽やかな口当たりに「うん、美味しい」とうなずいた。
ちなみに、これのおかげでカルがニンジン料理にも苦手意識が亡くなったのかと言うとそんなことはなく。ただ、「お菓子は別」と言うことになっただけだったようだ。まぁ一歩前進。と思っておく。
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